連続投稿失礼します。
雪宮春夏です。
ちょっと長くなりましたが説明のせいですね。
かなり殺伐としたものがあります。
ご注意下さい。
必死に目を逸らしていたと、言ってしまえばそうかもしれなかった。
こどもの時分に知ってしまった出生の秘密と重なり、その事実は考えている以上に重く、己の中にのしかかった。
身内と他人の境界が曖昧なまま、相談できる相手もいない俺を最初に、ここへ連れてきたのは養母であった翠さんだったと思う。
彼女自身の
その当時十歳だった俺は、そこで担当医である彼と出会い、最初はとりとめの無い世間話がほとんどなカウンセリングから始まった。
後の多くの出会いの発端となる
「……まぁ、あのゲームを渡したことは後悔してないよ? あんな仕様になった正規版を渡したことは少しだけ後悔したけど、小耳に挟む話の中では良い縁にも恵まれたみたいだし……だけどねぇ」
擬音をつけるなら、グチグチと言った所か。そう思いながら、採血を終えたばかりの俺は、ぼんやりと話を続ける主治医を眺める。
「診療とは言わないけど、顔見せぐらいには来れなかったのかい? 今年の初めから何回か、君、病院の中に来てたよねぇ?」
「どっから手に入れた情報ですか? それ」
「そりゃあ院内記録から」
にひひと笑うその姿は、年齢に似合わぬ幼さを醸し出すが、騙されてはいけない。患者に合わせて異なる性を演じながら患者の心理的防壁を突破するのが、彼の常套手段である。
「まぁ、遊びはこの辺にしようか? あの当時はお連れの人も何人かいたみたいだし。流石に人のお見舞いしている横で診察を受けるなんて言ったら、
来た。
そう俺が身構えたのと、ジロリと目線に威圧にも似た力がこもったのは同時だった。
傍らで今まで二人の会話のドッジボールを無言で眺めていた安岐までその急変に息をのむ。
「それで……
単なる問いかけと言うには厳しすぎる空気に、目を逸らすこと無く一息で答える。
「アンタには関係ないだろう」
一刀両断、とも言える返答に、瞬時に空気が緩んだ。
「……相変わらずだねぇ。和人君」
ははと、力なく笑う男の顔からは瞬きにも満たない間に威圧が消え、そこには覇気も残らず、ゆっくりと息を吐き出した俺をチラリとだけ一瞥する。
「……どうだい? 具合は」
「……別に。普通」
二言ですませた言葉に頷きつつ、机に向き直ってカルテに何かを書き込んでいく。
そこまでの段階に入って漸く安岐は今までの流れが全て問診であったことに気が付いた。
「普通というわりには息が荒い。発汗もあるし。後さっきの呼吸だが、妙な音はしないが吐ききるまでかなり間があったね。所々詰まっているのかそれとも……」
コツコツと手に持ったままのペンで机をノックしながらもう一方の手で展開されているデータを眺める。
安岐が来院直後に彼に渡したデータは、和人がSAOに巻き込まれてから今日までの、和人の
和人達
そこは一般性の男性ホルモン、若しくは女性ホルモンと同じような扱いのために詳細は省くが、血中に混じって体を巡るそれが、一定以上の分量となり、ある濃度に達した時、「成熟」と呼ばれる現象が起こる。
その「成熟」において、最も外見から判断しやすいのが、「
一説によると、「成熟」におけるあらゆる体の変異は、この最初の
異性体における生殖器官の成熟や、「番」の契約を可能となる肉体の変化、また
「「成熟」以前ならまだしも、「成熟」した
チラリと視線を向けられて、思わず視線を逸らす、オーグマーを装着したまま、呆れたように溜息を零す男の姿を横目に、この場に己のオーグマーや、携帯電話と言った、電子機器を持ってこなかった自分を絶賛していた。こんな所は愛娘であるユイを含め、家族以外は他の誰にも知られたくはないからだ。まぁ、有り体に言えば逃避行動である。
彼の言った事は理解しているが和人にとっては受け入れたくは無い話だった。
叶うことならば触れたくも無いが、そんな駄々をこねるだけの余裕が無いというのはその推移の記録データを見ただけで専門知識を持たない和人にも理解できる。
「……SAO事件の後から、家族仲は良好になったんだってね?」
「……それは誰の情報なんだ?」
再び出された、本来ならば何年かぶりの再会でしかない主治医が持っている筈の無い情報に、自然と和人の眉間に皺が寄る。既に敬語を使う気さえ起きないのは彼のこちらの事情を顧みること無く無遠慮に踏み込んで来る尋問にも似た聞き取り方のせいだろう。
「菊岡君だよ。ここに来る前に彼から聞いたんだろう? 彼がSAO事件の対応をしていた時から」
「……俺のことに関してあなたと協力態勢を築いているとは聞いた」
そうでなければ、SAO事件から今までの間、菊岡主体で和人の記録データをとり続けていた理由が無い。因みに和人本人は、今回彼らからここにかかるように言われるまで、彼らが事件以後も記録をとり続けていた事実を知らなかったわけだが。
「この国において、
「価値を自覚して国の施設に大人しく軟禁でもされてろって?」
「別にそこまではいってないよ」
しまいには苦笑すら零した。誤魔化そうとする彼だが、現実問題、
最も元来が他人に対する壁が厚く、警戒心も強い和人が、悪い可能性を多く見積もって積み上げた仮説だからこの考えも正確とは間違っても言えないものだ。
変わらない性と呼ばれ、一番人口比率が高い
最もそれを不服として、他の性に憧れる……その対象はほとんどが
それに対して少数派と呼ばれているのが
方や優性種と呼ばれ、文武に富み、カリスマ性を持ち天才と呼ばれる存在が多いと言われる
彼らは一般性の女性に対する物だけでなく、
それに対して、同じ少数派と呼ばれるにも関わらず
その理由は個人差はあるもの一月から三月の間隔で起こる、思考能力を失い、生殖に関する欲求しか考えられなくなる
否、それらの理由よりも結局の所、もっと単純なものかもしれない。
古来より整然として存在する人間の負の一面。
少数派でありながら、身内に
それに対して、
それは
正確には男性体の
ただ、
それもあるから、
その上、
今でこそ、
当然、そんな
そんな
最も、それは褒められる要素でもなかった。
「戦後の混乱期、当然人手は足りないし、人口自体が激減していた。政府は復興と、早急な人口回復に力を入れたんだ。……俗に言う、生めや増やせやって奴」
「その中でも、政府が注目したのが
言葉尻を拾うように話に加わった和人に、目を瞬かせて、男は尋ねた。
「……あれ? この話、前にもしたっけ?」
「一々覚えてないな。でも、予想は出来るし、ネットでも結構あからさまだよ。ここの部分は……ようは
はぁと溜息をついたのは何を思っていたのか。彼の達観した瞳に反して、ただ二人の会話を黙ってきいているだけの安岐は、完全に顔色を失っている。
「……驚いた?」
茶化すような軽い問いかけに、まだ理解が追いつかないのか「……へ?」と、力ない呟きが漏れた。
「僕らの代でも、昔差別がありましたよ~、今は守って上げましょうね~、ぐらいで、ここまで詳細は教えられなかったからね。……和人君の世代は、もしかしたらもっと酷いのかい?」
「……
そこで何を思い出したのか、嘲りの色を目の前の子供は顔に浮かべた。
「ネットとかでは結構あからさまに言われてたし、親から、家族から聞いたって話も結構多かったよ……戦争とかであった実話とか。あけすけに喋るのは子供の方が容赦ないよな」
「……そうそう。そんな話ばっかり読みあさった上での来院だったもんだから、始めは僕に対しても酷いもんだったんだよ? もう仇を見るような目って言うのかな。お母さんとも一言も口聞かないし」
それを思えばまだ今は友好的だよねぇ。
そう語りかける男に無言で視線も向けない和人の、どこに友好の文字があるのか。
安岐は尋ねることも出来ないまま、二人の掛け合いをただ眺める。
しかしなるほど。最初にこの役目を任された時の菊岡の言葉が漸く理解できた気がした。
菊岡は彼女にこう言ったのだ。
『ただ、そこにいるだけで良い』と。
おそらく初めから、和気藹々と会話となる雰囲気になることはないと分かっていたのだろう。
「ええっと、そうだ。説明続けるね。後、桐ヶ谷君。政府が
そして、男の説明は続いた。
同じ才能があると言っても、どこかで優劣がつくように、決して低くは無いもの、確かな階級という形でそれはあるのだと、男は言う。
「それに対して、当然政府もまた、より強い、より高い「能力」を持つ
そう。
それに対して
最も無事に、生まれればだが。
「元々産ませる性に特化した
チラリと視線を向けた先には和人がいた。
最早その視線は完全に明後日の方向を向いており、真面目に聞いているのかさえ分からない。
「
はぁと肩を落として、男は項垂れた。
「国としては文句なかっただろうね。……十分な数がいて、
そう、その前提が今もまだ続いているのだ。
「……そんで、本題言って下さいよ。俺、いつまで持ちますか?」
重苦しい話から一変、軽い口調で続ける会話に、しかしそこには張りつめたようなピリピリとした空気が満ちる。
「いつまでまともでいられますか……?」