特殊性別診療記録   作:雪宮春夏

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 どうもお久しぶりです。
 投稿自体が五ヶ月ぶり。
 この話に至っては四年ぶりになりました。
 雪宮春夏です。
 ……果たしてまだみてくれる人はいらっしゃるのか(..;)


 随分とゆっくりペースでは在りますが、書けそうなものはこれからも続けていくつもりです。

 それではどうぞご覧下さい。



三話

「「まともでいられるか」って……そこまで思い詰めなくても、発情期(ヒート)は最初の一回が終われば、すぐに楽になるものだよ?」

 出来るだけ、その声が優しげなものに聞こえるよう心がけた。

「初めての発情期(ヒート)は、「成熟」の最終段階でもあるから負担をかけないように抑制剤が禁じられている。だがそれはあくまで一回目だけだ。二回目からは、日頃から抑制できるし、(つがい)を作るという手段もある。……知らないわけじゃ無いだろう?」

 空笑いにも似た笑みで和人を宥めようとする男は、何とも形容しがたい不安を覚える。

 最後に会ったのが和人が十四の時。あの当時と比べても、彼のこちらに向ける拒絶の色は強い気がする。

 あのような「死のゲーム」に巻き込まれたとは言え、そこでの出会いを切欠に繋がりを持つようになったという少女達に関する報告も受けている。

 現に幾つかの機関を経由して受けた報告書の中でも仲間内では柔らかい表情をみせるようになったという記述があったが。

(僕が仲間と見られていないと、言うだけの話ならば良いが……)

 何だろう。彼の中で別の人格、というほどでもないが、人か、若しくは会話内容でか、全く異なる言動をとっているように感じる。

(……まさか、「特殊性別(バース)」に対して抱いていた劣等感が……他の性別に対して抱いていた心理的な壁はまだ残っているのか?)

 ふと感じる不穏な予感。

 いや、それよりも悪い可能性に思い至り、男は男は改めて目の前の少年の一挙一動に視線を向ける。

 だが、その姿から正確な情報を割り出すよりも先に、行動を起こしたのは和人自身だった。

「……楽になるから、何ですか?」

 吐き出された言葉はどこかおざなりで、睨みつける瞳にも力が無い。

 吐き出した呼吸は己を落ちつかせる為か、それ以外か。

 全てを把握する前に彼は表情を取り繕ってしまった。

「……そもそも、質問の答えになってないですよ。俺は「いつまでまともでいられるか」って、聞いたんです。……アンタほどの腕ならこのデータでもっと正確に、俺が()()()瞬間を割りだせるんじゃないですか?」

 

 

 

 

「随分不穏な言い方だね? まるで、「発情期(ヒート)」を起こした時点で、自分がまともじゃなくなっているといっているように聞こえるよ?」

 こちらを見やる男は自覚しているのだろうか。

 強ばる表情に。引き攣る唇に。

 相手の顔ばかり観察する癖がついたのは、いつからだろう。

 SAOが始まる前か、後か……少なくとも、アスナとあってからは、めっきり気にする頻度が減ったはずのそれが、自覚してしまうほどに多くなったのは、あの「悪夢」を夢に見始めてからの気がする。

 いや、果たして()()は悪夢なのだろうかと、やや脱線した思考に流れながら、こちらの返答を相手が待っていると分かりながらも無言を貫く。

 毎晩のように見るあの夢のことは、家族にも未だに打ち明けることは出来ていない。この不信感を少なからず抱いている主治医の男に関しては尚更だ。

 たんなる夢なのか、それとも他に何かしらの意味合いがあるのかも俺には判別が出来ない代物。

 今回の来院の切欠になった数値の変動を鑑みれば、本当を言えばその数値との関係性の何らかの可能性を考え、打ち明けた上で指示を仰ぐべきなのかもしれないが、俺としてはそれはしたくなかった。

 元になった原理としては異なるかもしれないが、VR世界からの発展系であるアンダーワールドに特殊性別(バース)があるとは思えないし、何より彼との思い出をあまり余人にすすんで話したいと思えるほど、俺の中の感情は整理できていなかったから。

 こちらがこれ以上話す気がないことをくみ取ったのか、ため息を隠しもせず、相手は退出を促した。

 

 その決断を誤りであったと俺が突きつけられるのは、皮肉にも、発情期を起こした後であった。

 

「……え!? 入院っ!!?」

 その知らせを少女、結城明日奈が受けたのは、通っている帰還者学校から帰った後にダイブしたALO……その中で拠点としている二十二層内の住居の中でのことだった。

「……え? アスナも聞いてなかったの?」

 思わず目を見張る親友のリズベット……篠崎里香に頷いてから、詳細を求めるべく話題の少年、キリトこと、桐ヶ谷和人の妹に当たるリーファ、桐ヶ谷直葉に目を向けると、彼女も困惑した表情で現状を語った。

「それが、私もよくは分からないんですけど……」

 しかし、困惑の色が濃く出た彼女とは異なり、実母、翠は真逆の反応を示したのだと言う。

「あらまぁ、良かったわ……って」

 その言葉に目を丸くしたのはアスナとリズベットも同じだった。

「よかった……? でもその様子じゃあ、大騒ぎするほどの緊急事態って、訳じゃないの?」

 一時停止状態だったのをなんとか持ち直したのか、尋ねるリズベットに、必要最低限は教えられたリーファも同意を示す。

「入院も、検査を含めての事だけだから、何も心配はいらないって……」

 そこまで聞いて、ようやくアスナは最悪のもしもの可能性を否定できたのか、ほっと胸をなで下ろす。

 だがその後に覚えるのは、彼の事情を深く知るであろう女性、翠からもたらされた情報の不可解さだ。

「でも検査も含めて入院って、結局原因は何なわけ? リーファは何かきいてる?」

 不審さとそれ以上の好奇心。

 事情を知っているであろう母親からの反応では深刻な事態にも感じないが故のリズベットの軽さに、リーファも合わせるかのように敢えて空元気の混ざる応答を行った。

「それがもう、何にも教えてくれないんですよね! 全部お兄ちゃんが退院してからだって……」

 しかし言葉の通り、中身が空洞であるそれは、長く保つことも難しかったのだろう。

 不安げな顔でうつむいた顔からは寂しげな色が浮かんでいる。

「なんか……除け者にされてるように感じて。お祝い事なら喋っても、問題ない筈なのに、何で言ってくれないんだろうって。命に関わるものじゃないんなら、面会謝絶なんて、おかしいじゃないですか……」

「面会……謝絶?」

 齎された一言に不審の色を濃くしたアスナに、リズベットも眉を顰める。

「ちょっと……まさかと思うけど、またあの時みたいな事になってるとかは……」

 つい数週間前のことを思い出して問いかける友人に、リーファは慌てたように首を振った。

「いえ、そういうわけじゃないみたいです。お母さんは普通に大丈夫みたいだし……」

 あくまで、自分が除け者にされているだけなのだと、言外に続けて、リーファは溜息を零した。

 家で接する母親は申し訳そうにするものだから、責めるわけにもいかないし、当事者である和人は、既に入院した後である。

「うーん……でも検査を含めた入院って言っても、そんなに長い期間にはならないんでしよ?」

 自然と起きてしまった沈黙に耐えかねたのか、リズベットが僅かに茶化すように言葉を投げる。

 それに便乗するように頷いた直葉が発した期間は、しかし他の二人が感じていたものよりは少しばかり長いものだった。

「そんなに……あいつ、単位日数とか、大丈夫なの?」

 ただでさえ、アンダーワールド関連の事件に巻き込まれていた和人は授業速度などが遅れている。夏期休暇も、その殆どが課題の消化に消えたと言っても良い状況だった。

 それを思い出したリズベットが声を潜めると、直葉も思い出したかのように顔を顰める。

「そこは流石に……」

 しかし、直葉自身も詳細が分からない以上自信が無いのだろう。

 少し考え込むように押し黙る。

「ねぇ、もしかして、その間ALOにも、ログイン出来ないの?」

 誰がと言う主語は抜けているものの、そんなものはこの話の流れでは一人しかいない。

 しかしアスナとリズの予想とは異なり、それについてはリーファは首を振った。

「いえ、入院の用意と一緒にアミュスフィアをお母さんが持って行ったみたいなので、やろうと思えば出来ると思います。……ただ、就寝時間とかは制限厳しいみたいだから、休みの日とかじゃないとなかなか合わないのかも……」

 その言葉を聞いたアスナは、得心するように頷いた。

「分かったわ。じゃあ本人に聞きましょう」

 その言葉は、満場一致で可決された。

 

「分かった。……多分、大丈夫だとおもう」

 頷いて笑いかけたキリトの様子に、昨夜……彼の不在の間にもう一人のこの家の持ち主であり、彼の恋人でもある少女、アスナからの伝言を受け取っていた彼らの愛娘、ユイは僅かに顔を顰める。

「本当に……大丈夫ですか?」

 ユイには、今回の入院に対するあれこれは、事前に打ち明けていた。

 自身の携帯端末に自由に出入りできるユイには、隠し通せるものでもないし、何より半端な知識だけを手にした状態でネットの海の中から詳細な情報を得るという手法を、かなうことならば今回はやって欲しくなかったからだ。

 雌変性に対する情報は、現代でも真偽の情報が玉石混交している。

 二つの性を語る上ではどうしても性行に関する話題は避けることが出来ない以上、どうやってもユイの苦手とする、負の感情が入り交じる可能性も高い。

 彼女に降りかかるかもしれない万が一を考えたときに、どうしても自分から打ち明けた方が危険が少ないと思ったのだ。

(いや、俺はユイの事だけを思いやったと、本当にそう言えるのか?)

 ふとその自問が脳裏を過り、その考えを打ち消した。

 我が身可愛さや打算など、今更だろうと、自嘲が過る。

「大丈夫だよ。それに、いつかは言わないととは、思っていたんだから」

 微笑みすら浮かべて見せた俺に、しかし、聡い彼女は疑念を覚えてしまうのだろう。

 見定めるかのように目線を注がれ続ける。

 思わず目線を逸らせば、追求を諦めてくれたのか、溜息をつきながらもユイは頷いてくれた。

「分かりました。ですがその日、もしパパの体調が 優れないようでしたらどうしますか?」

「え?」

 声に出して数秒。問いかけの真意を考えて、自分が不在の場合、と仮定した状況を考える。

「流石にその場合は……また次の機会に、って言うのは、無理かなぁ?」

「それは、どうでしょう?……仮にパパがALOにログイン出来ない程状態が悪いと知った場合、ママ達が現実のパパの居場所に向かおうとする可能性があります」

 ユイの予想と、今までの彼女達とのあれこれから……特に恋人であるアスナと妹である直葉に対しては、軽くその状況を想像でき、和人は腕組みをしたまま考え込んでしまった。

 現実問題、ユイが言った自分の体調が優れない場合があるとしたら、それは一つのパターンだけだというのは和人とて分かっている。

 即ち、その時間に和人が既に発情期(ヒート)を起こしてしまっていた場合だ。

 初めての発情期(ヒート)で自分がどのような状態に陥るか分からない以上、その場合にはユイにも離れるようにとは一応伝えている。

 最も俺自身も意識を消失する可能性がある以上、本当に離れてくれるかは彼女の自己判断に委ねる事になるのだが。

 そんな状態でアスナ達と実際に会うことなど難しいだろうし、そうでなくても主治医であるあの人を通して実母である翠さん以外は面会謝絶状態にしてある以上、会うことは不可能である。

「…………仮にそうなったら、次に会うときに謝るしかないな」

 諦観を滲ませながら、言葉を吐き出す。

 出来ればそれまで持ちこたえてほしい所だが、近頃の測定結果を見るに、いつその日が来てもおかしくないと言うことは自分にも分かっている。

 こうして、端末越しとは言え本来ならば電子機器厳禁の病室でユイとの会話を続けられているのは、そんな自分が隠せなくなっている不安を敏感に感じ取った彼らの思慮の結果だろう。

「分かりました。じゃあママにそのことを伝えてきますね!」

 ビシッと、画面越しに敬礼の仕草をする少女に笑いを零して、和人は軽く頷いて、ユイを見送る。

 ピロンと音だけを残して、ネットワークを通ってアスナの携帯へ移動したユイを見送り、和人はそっと溜息を零した。

 既に日は沈んでおり就寝時間間近だ。

 横になった方が良いと思いながら、なかなか実行に移せない。

 その理由は近頃の夢が前よりも明らかに悪化……いや、この場合は()()()なっていると言うのだろうか。

 まるで実際にその場にいるような、明晰夢と呼べるほど実体を持ちつつあるのだ。

 元になっているのは自分の記憶なのだからその先の事は分かっている筈なのに、夢の中の自分はいつもそれが初見のように、何度も何度もそれを繰り返して。

(そんなに俺を……恨んでいるのか?) 

 近頃ふと、そう思うことがある。

 それと同時に、そんなわけがないと、思いたい自分もいた。

 自分が心神喪失状態にまで陥ったとき、自分と同じようにSTLに接続していたアスナ達と共に、自身の欠落したセルフイメージを回復させるため、嘗ての愛刀、青薔薇の剣からセルフイメージを与えてくれた事を覚えている。

 その後の戦いの中で、ガブリエル・ミラーに敗れそうになった己を助けて、僅かに残っていたフラクトライトを、その残滓を使い切り、消滅したことも。

「ユージオ……」

 呟きと共に目尻に浮かんだ涙を乱暴に拭う。

 ホルモンバランスが崩れているせいなのか、近頃どうも涙もろくなっている。

 情緒と言うものか、精神と言うべきか。

 言葉にすることが難しい何かが、酷く危うい。

 そんな自分を自覚しながら、少しでも休もうと俺は目を閉じた。

 体の内側が、どんどんバラバラになっていく気がした。

 

 

 

 

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