自分で書いてなんだけど、オメガバースの世界観はなかなか難しい……。
原作キャラが結構きついこと言ってますが、見方が変わればこういう意見も当然あるものだと思います。
まぁ、どう思われるかも、人によりますけれど。
それではどうぞご覧下さい。
事態が動くのは、いつも唐突である。
SAOが、あのような仕様のゲームとして変質したことも、現実の世界で、PKギルドの幹部格であったプレイヤー、ジョニー・ブラックこと、金本敦に襲撃された時も。
それを考えれば今回も、予期せぬ時間に起きたそれにどう対処することが最善だったのだろうか。
ふと、目を開いて、漸く自分が眠っていたことを思い出した。見回した周囲はまだ暗く、窓にかかったカーテンの向こうも陽が昇っているようには見えない。
薄暗い中で目を凝らして持ち込んでいるデジタル時計をみると、まだ深夜と言って良い時間帯だった。
何故こんな時間に目が覚めたのだろうかと、ぼんやりと天井を眺めながら考える。
入院してからは早寝早起きの規則正しい生活を強要されており、こんなおかしな時間に起きるような生活リズムにはなっていなかった筈だが。
(…………あれ?)
クラリと、起き上がろうとして目眩のようなふらつきを覚え布団の上で手をついて体を支える。
ドクドクと、心臓の鼓動が、やけに早く聞こえる気がした。
何かが、おかしい。
その微かな違和感に、自分の中の第六感とも呼べる感覚が警鐘を鳴らす。
咄嗟にナースコールを掴み、強く押し込んだのは、主治医の男からそれこそ耳にたこが出来る頻度で、もしもの時は間違いでも良いからと、念を押され続けていたからだ。
バタバタと足音が近づき、扉が僅かな音を立てて開く。
深夜だからか、今まで無音といっても良かった室内が一気に騒がしくなった。
看護士の呼びかけに呻き声に近い音を零しながら気がつけば、まるで手傷を負った獣のように体を丸めて蹲っていた。
吐き出す息に熱が籠もる。
深夜に仮眠をとっていた男が叩き起こされたときは、既に担当患者である少年は一般病室から特殊性別科専用の、特別隔離室に搬送された後であった。
雌変性の発情期は大概、本人の意志とは関係なく、突発的に起きるもので、特に初めてのそれは経験がないからこそ、事前準備が出来ない可能性が高い。
何度もそれに対応する専門医でもそうなのだから、患者本人は気がつけば正気を飛ばしていたと言うパターンさえ、珍しくはないのだ。
それを考えれば、病室内に設置されていたホルモン濃度測定器が一定量を超過したことを知らせるアラームよりも早くナースコールを鳴らした桐ヶ谷和人は、まだ珍しい部類である。
現に彼は、動けないが故に搬送という形はとられたが、受け答えは侭ならないまでも意識は保っていたようだった。
「状況は?」
隔離室の横に設置されている観察室……これは観察室から隔離室へはガラス越しに内部が視認できるようになっているが、隔離室側からは磨りガラスのようになっており、観察室の様子は窺う事は出来ない。
そこに立ち入った男は、そこに見える内部の様子の異常さに僅かに眉を動かした。
数人の医療従事者が和人の周りを囲んでいる。
彼らは一様に頭から首筋まで覆う特殊なマスクをつけていた。
これは国によって医療機関に配備されている、発情期の雌変性の発するホルモンの影響を受けないように、医療従事者を守るための特殊なマスクであった。
だが、いくら初めての発情期だからと言っても、その相手に対して複数人で取り囲むなど滅多に無い。
何をしているのかと問いかけると、観察室に残っていた医療従事者から、とんでもない事態を聞かされた。
「……何だと!?」
発情状態に至った和人が、自傷行動に走ったと言う報告に、主治医の男も直ぐさま特殊なマスクを手に取っていた。
かん高いアラーム音に結城明日奈は息をのんだ。
彼女がそのアラーム音を聞いたのは、今まで一度きりしか無い。
あのPKギルドの幹部格であった男、ジョニー・ブラックこと、金本敦の襲撃事件で、恋人であるキリトが危険な薬物を注射された際に、彼の体の中にインプラントされている小型センサーから明日奈の携帯に送信されている彼の常時測定状態の脈拍、及び体温の数値が正常値を逸脱したことで鳴り響いたのだ。
「ユイちゃん!」
咄嗟に明日奈が呼んだのは、どうやらキリトから既に色々な情報を聞いているだろうユイのことだ。
どうやら話した情報は口止めされたようだが、話された事実においては口止めされていないらしく、何かしらないかと、雑談混じりに問いかけたところ、知っているけれど教えられませんと、とても丁寧に答えて貰った。
病院の方も正式な名称は教えて貰えなかったが、グローバルネットが接続可能な事に加え、時々院内を散策しているらしい和人の目撃情報が、スリーピング・ナイツの面々から上がってきた時点で病院自体の特定も容易であったと言えよう。
「大丈夫です。ママ」
焦る明日奈とは逆に、深夜にも関わらず呼び出された彼らの娘、ユイは落ち着いた口調で応じた。
「パパの処置はもう始まっています。脈拍だけでなく、心拍数、血流速度など異常な状態ではありますが、小康状態は維持される筈です」
確認すれば確かに、この端末で分かるそれぞれの数値は高値のままではあるがその状態を保っている。
以前の時のように、低置を記録し、間隔が開き……途絶えると言う事態への変容は、今のところは見受けられない。
(でも、これって……)
だが、それで安心してもう一度布団に戻れるほど、明日奈は楽観的にはなれなかった。
「ママ……? 何をしているんですか?!」
ユイの焦る声を尻目に、明日奈は素早く身支度を整える。同時に、キリトの妹である直葉に連絡をいれた。
もしかしたら事情を知っているかもしれないが、それならばこちらよりも詳細な情報があるかもしれないからだ。
(……確かに、脈拍は落ちていない……でも、この間隔は)
頻拍と、高値異常。
しかもユイは今し方、小康状態と言った。
すぐに状態が回復すると分かるのならば、こんな言い方はしないはずだ。
「駄目です、ママ! 行ったとしても、会えないんです!!」
ユイの言葉は、明日奈とて予測できるものだった。
養母である翠以外は面会謝絶とされている現状。
そうでなくてもこの時間だ。
たとえ現地へ行っても敷地内に入ることすら不可能である可能性が高い。
だがそれでも、明日奈は動くことを止められそうになかった。
たとえ会えなくとも。
傍に居ることは出来るはずだ。
身支度もそこそこに防寒着を掴み、階段を駆け下りた所で、明日奈は玄関の傍に予期せぬ人物が立っていることに気づいた。
「お母さん……?」
明日奈の姿を認めた京子は眉間の皺を隠そうともせずに彼女を見据えた。
思わず見つめ返したこちらに気にする様子もなく、京子はクルリと玄関へ向かい、自家用車の鍵をとりながら言葉を発した。
「行くのでしょう。
目を見開く明日奈に、目線を合わせることなく、京子は続けた。
「ついてきなさい。明日奈……ただし」
向き直った目の奥には、どこか苦渋の色が見えた。
「
結城京子が桐ヶ谷和人の名を初めて聞いたのは、SAO事件が解決した二年前の十一月、未だ彼女の娘が現実に帰還する前に、夫である結城彰三の口からであったと思う。
どのような手を使ったのかは知らないが、ゲームの中でしか繋がりのなかった筈の娘の現実の身元まで探り当て、足蹴く病室にまで通う少年。
病院内ではおとなしくしており、周りへの対応も上手いことからそうとは感じられないものの、どこか歯車が違えばストーカーにもなり得たのではないかというのが京子の第一印象だった。
そうでなくても、あの当時京子にとってSAOを含む、フルダイブ技術を駆使したVRMMORPGそのものが、娘の人生における大事な数年間を奪った憎悪の対象であった。
その上あの期間はまだ彼女が目を覚ましていないという事実も相まって、このまま儚くなるのかもしれないと思い浮かべたことも一度や二度ではない。
そんな状況下で夫越しに聞かされた男と娘のなれそめ等、京子には聞く気にもなれなかったのだ。
どこまで本当なのか分かったものでなく、よしんば本当であったとしても、単なるゲームの余韻でしかない。
時間と共に忘れていく感情だろうと…言うなれば嘗めていたとも言える。
まさかその少年が数少ない手がかりから、事件の全容を暴き、娘を含む意識を取り戻していなかった残りの事件の被害者の救出に単独で動くなど、誰が考えただろうか。
次に京子が桐ヶ谷和人を意識しだしたのは明日奈の行動によるところが大きい。
今までこちらの言い分に文句一つなく……よく言えば素直、従順とも言える態度をとっていた彼女がこちらが提示した効率的な無駄のない人生設計を無視して帰還者学校と言う……政府が必要最低限の為だけに用意した受け皿に収まろうとしたことに端を発する。
何やら彼女は色々と言い募ってはいたが要するに件の相手と離れたくないと、京子からすれば最早理解しがたい暴論でしかなかった。
まともな恋愛すらしたことのない娘が極限状態でおかしな男にひっかかったとしか思えなかったのだ。
だからこそ、京子はこの時の選択を今現在も一つたりとも後悔はしていない。
正式な手続きを踏んで、彼の身元を調べ上げたことには。
(……まぁ同時に、いくつかの面倒くさい柵も出来ましたが)
そう一人心地、京子はチラリと自らハンドルを握る車内に同乗する娘の顔を眺めた。
まともに説明を受けていない娘からしたら、現状からして意味が分からないだろう。
本来ならば面会謝絶状態の相手の元へ行くほど、こちらとて暇ではないのだ。
たとえその相手と娘が実質恋人と呼べる関係だったとしても、婚約関係でもなく、のらりくらりと度胸がないのかこちらに会いに来もしない。
それどころか。
(……本当に、あれでよく付き合っていると言えるものね)
己の特殊性別すら、明かせないくせに。
京子はとうの昔に、桐ヶ谷和人の秘密を知っていた。
雌変性の個人情報は、政府機関によって厳重に管理されている。特に政府の施設に入所していなく、番を持ってもいない、言うならばまだ親元から離れられていない雌変性に関しては、特に厳重である。
それこそ、その身辺を探ろうという動きがあれば直ぐさま主治医の方にまで注意喚起がされるレベルだ。
ただそれが正体の分からない、民間の企業などを使った一般人であれば警察沙汰などにされる危険性があるが、今回の京子はある意味、堂々と行った。
無論当人である桐ヶ谷和人やその家族にばれるようなへまはさせなかったが、逆に言えば法的機関に問われれば隠す気はなく明け透けに答えたのだ。
少なくとも京子にとっては、娘の思い人の身辺調査でしかなかったのだから。
それが嘗て自分が雄変性同士の婚姻による不妊治療の為に診察を受けた医師にまで届くとは、どうして思えるだろうか。
この部分は誰にとっての幸運で、不運だったのかはどちらにとっても悩み事だろう。
だが和人の主治医である男にとっては、これは面白い巡り合わせだった。
雄変性同士の親から生まれた女性型の雄変性と、彼の患者である稀少な男性型の雌変性。
桐ヶ谷和人は元々パーソナルスペースは狭く、色恋沙汰の一つもない。
発情期も来ていない事もあって相手を見つけるのは間違いなく難儀していた。
そこにこんなお誂え向きの相手がいたのだから狂喜乱舞と言った所だった。
そう、ただ一つの問題点を除けば。
ゲームの中で出会った二人は……いや、この場合は結城明日奈当人に絞るべきだろう。
思い人の特殊性別を知らなかったのだ。
無論ゲーム内部で明け透けに不必要多数に話すような愚行は誰しも起こさないだろう。
それは理解できる。
たとえゲーム内部で婚姻関係に至ったとしても、それが現実に帰順しない、あくまでゲーム内部に留まる「遊び」の範疇ならばそもそもここまで大事にはならなかった。
彼が……桐ヶ谷和人の問題は、それを現実の関係にしたにも関わらず今日までそれを口に出来なかったことだ。
せめて相談でもあれば、こちらで説明の場を設けることも出来たかもしれないが、元より彼とその主治医の間には、相談しようと思えるだけの信頼度はなかった。
そんな不安要素が多数ある状態で迫った初めての発情期であったが、主治医は発情期そのものはそこまで危険視してはいなかった。雌変性にとっては、発情期に至ることは成長の過程の一つに過ぎない。
外部との接触を断ち、危険のないように見守る必要はあるものの、意識が混濁した果てに起きてしまうかもしれない性的なあれこれまでつぶさに観察する必要もなければする趣味もない。
医療行為として対処する必要があるときにサポートするのはその専門職に任せるべき部分でもある。
だがその前提が覆ったのは、発情期に入った直後の彼の行動だった。
唸り声とも呻き声とも言える悲鳴を上げて、呼吸が乱れた。
それは正常だ。
過呼吸の気はあるものの、通常ならばそこから性的衝動の発露が始まる。
だが彼はそこから痙攣を発症し嘔吐の症状が起きた。
その日の食事の取り合わせが悪かったのか、そう関係者が顔を見合わせたのと、ふらつく彼が次の行動をとったのは同時だった。
口からあふれた鮮血。ゴフッと嘔吐く咽頭で窒息状態になりかけているのを察した医療従事者が直ぐさま処置にかかった。
泣きながら暴れた衝撃で壊れたガラス片は、次の凶行の凶器には十分だっただろう。
SAO
彼は何の躊躇もなく、己の腹部を小さなガラス片で引き裂いたのだ。
突発的な自殺衝動。
言葉にすればその一言だが、彼……桐ヶ谷和人の場合はその手段の手数がえげつなかった。
普通の人間ならば死に対する忌避感が存在する。
実際に死のうとした所で、無意識下でのブレーキがかかり、死にきれない事などざらにある。
しかし彼の場合、その躊躇がまるでなかったのである。
まるでこの世に何一つ未練などないかのように、自らの手で体を切り裂き、貫き、抉り出す。
無理矢理口から血を吐き出させ、これ以上傷害を起こさないように無理矢理口を塞ぐも、両手足を振り回して暴れられれば、あの痩せた体で何故そこまでの動きが出来るのかと言えるほどの被害が出る。
鎮静剤と、麻酔薬を同時に服用させるのは決して褒められることではないが、この場合は誰も責められまい。
両手足すら拘束して、それでも朦朧としたまま泣きながら暴れられては怪我の治療も侭ならない。
「……麻酔薬が効いてない。効力が弱すぎるのか?」
思わず呟くも、これ以上強い麻酔薬は下手に打つと後が怖いことになる。
まだ発情期は始まったばかりだ。
基本発情期は七日続き、その中でも二日目から四日目の間で最も発情状態が激しくなると言われている。
まだ初日だ。しかも原因が分からないものの、明らかに普通の発情期の症状から逸脱している。
ジリジリと焦る気持ちを必死に顔に出さないようにしながら目の前の患者の症状に合致する条件を記憶から探す。
現状落ち着いたと言っても、原因が分からなければ限界は来る。それは、こちらの体力や気力の問題もあるし、逆に彼の体力や気力の問題ともなる。
強い薬を使えば副作用があるし、こちらの処置に対して彼が暴れればその彼の体力は消耗する。
ただでさえ、発情期に陥っている雌変性は体力が削られ免疫力は落ちる。
体が生殖行動を優先するあまりそれ以外の機能が疎かになるのだ。
その前提でこの状況下のまま放置すれば、下手をすれば精神に深い傷を負いかねない……。
そこまで思考を重ねた男は、ふと、患者の桐ヶ谷和人の行う「突発的な自殺衝動」に、僅かな引っかかりを覚えた。
(精神に、傷、突発的な、自殺衝動……?)
何か、彼に関するやりとりの中で、同じ状態を、聞いた覚えがある気がしたのだ。
近年彼を見守っていた、菊岡某と、同じやりとりを。
(精神に損傷。……そうだ、向こうで研究されていたフラクトライト? とか言うので、その原因が、自分に自分で……)
似ていると、思った。
だか、現実の世界とゲームの内部で、何故同じことをしているのか。
たかがゲームと、彼に対して言うには、彼の中のそれを占める容量が随分大きくなっていることは知っている。
だが、無意識下での活動が主軸となる発情期に、普段の思考など反映できる者など滅多にいない。
あるとすれば、それは。
「まさか……いや、あり得ない……」
声に出して、男は否定する。
「発情期に至る前は、成熟していないと言うことだ。……そんな状況下で、しかもゲームの内部で、「番」の成立なんて」
上手くいくはずがない。
普通ならば。