第六次聖杯戦争〜偽善者の聖杯〜   作:黒猫街夜

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長すぎたので二つに分けます


セイバー

 「聖杯の調査ですか……?」

 

 聖杯戦争の聖地、冬木市の遠坂邸のとある応接室。ソファーに座るのは流れる流水を思わせる腰の位置より少し高い所まで伸ばした黒髪に、青みを帯びた瞳。そして桜の葉が散りばめられた着物を来た美少女と、赤い服を着込み、同じぐらい赤い宝石のペンダントを首から下げた女性の二人。

 二人の間にある机には、複数枚の写真が置いてあった。映り込んでいるのは、眼鏡の女性の写真と、仮面被った男の写真、そして血色の獣を従えた女、黄金の髪を持つ男。計四枚の写真に映る彼らは、全てがどこか異質さを感じられるものだった。写真の下の方に書いてあるのはまぁ名前だろう。

 そんな彼らの写真と一緒に置かれた紙束(かみたば)。何かの資料なのかもしれないが、目の前の女性の許可なくそれを読む事はできないと、女は遠慮していた。

 どうせすぐに許可が出るだろうと待機していたというのもある。

 

 「とにかくその資料を見てちょうだい」

 

 許可が出たので、紙束を手に取り読んでみる。そこには、ここから遠く離れた地で行われる()()()()という儀式についての情報だった。

 

 「これは……」

 

 「五十年前の第五次聖杯戦争、それが終わった後にアインツベルンの城を襲撃した魔術師。結果として聖杯に関する技術の大半が持ち去られ、聖杯の破壊にもだいぶ苦労したそうよ。あぁちなみに襲撃者はそこの眼鏡の魔術師ね。

 まぁそれはいいのよ、問題は、それを再現しようとしてる馬鹿が居るって事よ」

 

 第五次聖杯戦争が終わり、目の前に居る女性、遠坂真尋(とおさかまひろ)の母、遠坂凛と、当時のロード・エルメロイII世によって聖杯がまさに解体されている最中、アインツベルンの城を襲撃した魔術師が居た。その魔術師は城内のホムンクルス、ゴーレムを破壊し、破壊の限りを尽くした。

 もはやかつての雪の城は跡形もなく、廃墟とかしていた。

惨劇を生み出した本人は何処かへ消えていき、現在まで行方不明……のはずだ。

 

 「分かるわね? (あや)

 

 「はい」

 

 私達四季森(しきもり)家の役目、何代か前の当主が冬木市の管理者(セカンドオーナー)は、自分達にこそ相応しいと勘違いした結果がこれ。先祖の業を押し付けられるのは、正直面倒でしかない。今回もこうしてその役割を押し付けられた訳だし。

 

 「では遠坂家七代目当主、遠坂真尋が命令します。四季森家五代目当主四季森彩、諏訪州市に行って聖杯戦争の調査、可能であるなら聖杯の破壊を命じます」

 

 「破壊ですか? 回収ではなく?」

 

 「当然よ、アインツベルンから掠め取った残りカスの再利用品なんて使いようがないし、何よりお父様とお母様に怒られるわ」

 

 苦笑いをしながら言っているが、その裏で僅かに怯えが見えている。確かにあの二人は少し怖い。お会いした事があるが、初めてお会いした時は、中々の威圧感を感じた。お父様の方はともかくとして、お母様の方は絶対に敵に回してはいけない人だ。

 近々私の弟が、真尋さんに婿入りする事が決まっている以上、この話を破談にしないためにも、仲良くしておかなければならない。四季森家再興のためにも、私達はこの家に付き従わなければならない。

 

 「拝命しました、四季森の名にかけて必ず成し遂げます」

 

 「よろしく頼むわね、それから、もしも儀式が止めきれない事を考慮して、触媒を用意したわ」

 

 机の下から黒い箱を渡された。許可を取り開けてみると、中には木編が入っていた。

 

 「これは?」

 

 「かの有名な英雄船、アルゴノーツの木片よ。取り寄せるのにだいぶ苦労したんだからね」

 

 「ありがとうございます」

 

 あのギリシャの英雄が集った船。しかしこれでは、あまりにも召喚公募が多すぎる。予めサーヴァントの能力を含んだ作戦を立てたいのだが……

 

 「お母様が言ってたんだけどね、そういう複数の英霊を召喚できる触媒は、その中から最も相性のいい英霊を召喚できるらしいわ。それにあのアルゴノーツならハズレのサーヴァントを引く事なんてないでしょ」

 

 成程、英霊召喚のシステムとは中々奥が深い。なるべくセイバーを召喚したいが、相性の問題があるならそれは仕方がない。こちらの言う事を聞かない英霊なんて、扱いづらいにも程がある。

 

 「バーサーカーは呼ばない方がいいと思うわ。間違いなく貴方の魔力量じゃバーサーカーの魔力消費量を補えないと思う。よくて二回の戦闘が限度ね」

 

 「分かりました」

 

 言われるまでもなく、バーサーカーなんて扱いづらさの極致みたいなサーヴァントを召喚するつもりは微塵もなかった。

 狙うのはセイバー、次点でマスターを直接狙えるアサシン。サーヴァントの能力をどう生かすかは基本的にはマスター次第。バーサーカーに戦略なんて期待しても無駄だろうから、わざわざ選ぶなんて論外だ。

 

 「じゃあ頑張ってね。帰ってきたら一緒に紅茶でも飲みましょ?」

 

 「はい、楽しみにしてます」

 

 屋敷を出ると、車が用意されていた。それに乗ると、トントン拍子で最寄りの駅行きの新幹線の切符が渡された。やはり私が断る事は考えてなかったらしい。まぁ断る理由も無ければ、断る事もできない。真尋さんとはそれなりに仲良くなれた。これを(こじ)らせるのは得策ではない。

 四季森家の栄光を取り戻す。そして遠坂家と対等な立場になり、今度こそ私達が上だと証明してみせる。

 ……別に真尋さんが嫌いな訳では無い。普通に接してくれているし、色々遠坂サポートもしてくれている。四季森家は今では遠坂家の補助が無ければ、魔術師としての体系を保つ事すらできない。むしろ感謝すらしている。一度争った家同士だというのに、こうして支えてくれているのは、非常にありがたい。

 でもそれでは駄目なのだ。私達四季森家は滅亡の一途をたどっている。曾祖母は呪われていた。というよりもそういう家系だったのだ。

四季森家が当時敵対していたとある家系には、特殊な女児が生まれる性質を持っていた。

 簡単に言えば、処女を奪った者にかけられる呪い。その内容は産まれる子供に何かしらの欠陥が発生するという事。

 即座に曾祖母は処理されたが、他の家から嫁を選んでも結局呪いの影響からは逃れられなかった。しかもその過程で六人の子供が産まれたせいで、当主争いが激化。魔術刻印の三割が損傷するという大惨事。私の祖父が他の兄弟を殺しきった事で当主争いは終わったが、中々に酷いものだったらしい。

 

 私はそんな家に産まれた。その事は別に後悔していない。弟は可愛いし、お父さんもお母さんも優しい。問題は、どんどん劣化していく魔術回路に破損した魔術刻印。

 私はそれらの問題を解決するために()()()()。魔術的、もしくは呪術的デザイナーベビー。それが私。四季森家の最高傑作。

 

 胸に手を当てて、精神を仕事用に切り替える。背負った竹刀袋に入っている刀を取り出し、腰に差す。認識は誤魔化している。逆に見えるようならそれこそが魔術師だろう。

 名刀灰吹雪(はいふぶき)、四季森家の当主に代々継がれてきた名刀。数代の時を重ね、数百の人間を斬り殺し、呪いに呪いを重ねた妖刀。それこそが灰吹雪。

 

 新幹線に乗ると、一時間程度で到着した。人が多く、大規模な儀式を行うのは向いていない気がするが、其れは冬木市も似たようなものだし、気にしなくていいのだろう。

 まずは霊脈の調査、聖杯クラスの魔力炉があるなら、この街の魔力の流れは必ずそこに収束する。そのために霊地を探す。

 

 

 

 

 霊地は比較的すぐに見つかった。呪いに満ちた大きめの公園。死霊が漂う公園は、もはや異界と化していた。死霊達はどれもこれも苦痛と怨嗟を叫びながら、日陰を周回していた。

 生者を憎むのが死霊の理、しかし彼らはどう見ても()()()()()()()()。これでは逆だ。役割が間違えている。

 それに、どうしてか死霊には()()()()()。この公園に漂う死霊の八割が子供の死霊で構成されている。一体ここで何があったのか……

 

 いや、それは私の役目ではない。もしかしたら今回の儀式に関係があるのかもしれないが、最優先目標は聖杯を探す事。

 失せ物探しは得意中の得意だ。

 

 「……見つけた」

 

 この霊地の魔力は、この街の中心地に存在する協会に流れ込んでいた。しかしその量は尋常ではなく、この街の他の霊地からも流れ込んでいるとなると、この儀式が作動を始めたら、間違いなくこの街から龍脈が消え失せるだろう。

 裂けたいが、それは仕事の内にに入っていない。

 

 タクシーを拾い、協会にたどり着くと、そこは聖堂教会が管理する協会だった。しかし内部からは気配を全く感じられない。これは何かあると思い、裏口から侵入する。

 そこには()()()()()()()()()()()()

 

 「やれやれ、侵入者か……面倒な……」

 

 気づかなかったが、死体の中心には男が立っていた。黄金、そう評するのが相応しい男。

 

 「友の(クリーク)の邪魔になるだろうと片付けに来たが……聞くが貴様、魔術師か?」

 

 男の目には、嘘を許さない冷徹な光が宿っていた。

 

 「……えぇそうよ」

 

 逆らえない。まるで魂を鷲掴みされているかのような絶対的圧迫感。そして思い出した。目の前のこの男、惨劇の主は、真尋さんに最初に見せられた写真に写った男。

 確か名前は……

 

 「そうか、では名乗ろう。私はレオン・ハイドライト。この(クリーク)に参加する魔術使いである。貴様も名乗るがいい」

 

 「四季森彩」

 

 「そうか……ふむ、では彩。地下水路に向かえ。そこに私の親友が待っている」

 

 「……私は」

 

 「あぁすまないな」

 

 「ッ!」

 

 いつの間にか男の拳が眼前にある。

 

 「貴様の答えは聞いていない」

 

 強烈な衝撃、フワリと身体が浮き上がり、ベンチに叩きつけられる。ぐらりと視界が歪むが、それを耐え、上半身を起こすが、次の瞬間には血に染まり赤くなった靴底があった。

 顔に強い衝撃を受けた直後、後頭部に衝撃を感じ、頭を足で床に叩きつけられたのだと気づき、そのままろくに抵抗もできずに視界が狭くなっていく。

 しかし気を失う直前、レオン・ハイドライトが誰かに話しかけているように見えた。

 

 

 

 

 

 次に目を覚ますと、そこは薄暗く湿った部屋の中だった。未だに(くら)む視界の中、周りを見渡すとジャラリと音がする。何かと思い見てみると、私は部屋の壁に、鎖で拘束されていたらしい。服は全て脱がされており、羞恥心に襲われるが、そんな事を気にしている場合じゃない。刀を探すと、少し離れた所に刀と服が置かれていた。

 その時だった、ガチャリと音がして扉が開く。

 現れたのは無地の仮面をつけた人物だった。

 

 「どーもこんにちは、大丈夫だった? レオンは中々加減しないからね」

 

 申し訳なさそうな声色で語るその人物は、写真で見たかなり特徴的な人物、言われるまでもなく私も知っている。

 

 「極東の群青……」

 

 「ッ! あなたは……」

 

 「おー私の事知ってるんだ? 嬉しいねぇ」

 

 ヘラヘラと笑う目の前の人物に、苛立ちが湧く。

 

 「とりあえず荷物を改めさせてもらったよ。その過程で色々見ちゃったけどごめんね?」

 

 「……まさか悪名高い極東の群青が変態だったとは思わなかったわ」

 

 「変態って……いきなり聖堂教会に侵入した奴を()くのは当然じゃない?」

 

 当然であってたまるか。

 

 「それよりも私を解放してくれるのかしら?」

 

 ダメ元で聞いてみると、意外な答えが帰ってきた。

 

 「いいよ」

 

 「……なら早くしてちょうだい」

 

 今はとにかく、ここを離れなければ。

 

 「まぁ処置を施してからね」

 

 極東の群青は私を縛る鎖を解いた。その隙に逃げ出そうとするが、頭を押さえつけられた。

 

 「別に手荒な事がしたい訳じゃないからさぁ、大人しくしてくんない?」

 

 そう言うと極東の群青はポケットから赤いペンを取り出すと、右手に三本の縦線を書いた。それは熱を持ち、ジリジリとした痛みを与えてくる。

 

 「ぐぁぁぁっ!」

 

 痛い痛い痛い痛い!

 我慢できない程じゃないが、断続的な痛みは、私の精神を抉る。

 例えるなら、焼きごてを押し付けられるかのようなもので、まるで外側から無理矢理何かをはめ込まれているかのような違和感。形の合わないパズルピースを変形させてはめ込むというのが分かりやすいかもしれない。

 

 「おっ上手くいったか。よかったよかった」

 

 軽薄な声を聞きながら、また意識を暗転させる。

 

 

 

 

 

 

 また目が覚めると、今度はさらに薄暗く、そして狭くなった石室だった。天井から水滴が垂れ続けており、気温もかなり低い。未だに服を着ていない身としては、中々(こた)える温度だ。

 そして何より、()()()()()()()()()()()()()

 自身の警戒レベルを引き上げる。ギチギチと締め付けられるかのような感覚に襲われる。何かが部屋にいる。しかし何も見えず、警戒する事しかできない。

 

 「目が覚めたかね?」

 

 「ッ! あなた……」

 

 現れたのは黄金、レオン・ハイドライトだった。その両手は恐らく白であっただろう手袋は血液で真っ赤に染まっており、死臭を放っていた。

 

 「友より貴様の事を頼まれたのだ。右手のそれだけあっても仕方がないからな。精神的に追い込んで無理矢理呼び出させろとの事だ。悪く思うな」

 

 その言葉に思わずゾッとし、思わず構えを取るが、さっきと同じように一瞬で距離を殺され、腹に爪先が突き刺さった。

 

 「ガッ!? うっ、おぇ! はぁ……ゲボっ」

 

 壁に叩きつけられ、胃の内容物を撒き散らす。内蔵が跳ね回り、グルグルと回転しているかのように錯覚する。きっとトラックにぶつかられたらこんな感じになるのだろうか、そんな事を思いながら、もはや何度目か数えるのも億劫(おっくう)になる気絶を────

 

 「起きろ」

 

 「ぐぁっ!」

 

 右脚に激痛、見ればレオンに右脚を踏みつけられていた。しっかりと固定されているかのように動かない。ミチミチと肉が潰れる音がする。

 

 「ぁぁぁぁあああ!!!」

 

 痛みを懸命(けんめい)に堪えながら、踏みつけている足を必死にどかそうと足を掴み両手に力を込めるが、万力で固定でもしたかのように、ピクリとも動かない。そしてその無意味な行動を嘲笑(ちょうしょう)するかのように、足さらに深く沈ませた。

 

 「ぎぃぁ!?」

 

 自分の口から(こぼ)れたとは思いたくない悲鳴が部屋に反響する。グリグリと靴底をめり込ませるかのような踏みつけは、今まで味わった事も無い激痛をもたらした。突如に響くボキボキと嫌な音。

 

 骨が折れた。

 

 その瞬間にあまりの痛みで忘却(ぼうきゃく)彼方(かなた)にあった痛覚遮断の魔術をほぼ無意識で発動する。

 しかしレオンは咎めるかのように、踏みつけていた足を跳ね上げ、私の顎を蹴り砕いた。歯が数本砕けて飛んでいくのが視界の端に見える。脳みそが揺れて、意識が曖昧に────

 

 「ギブアップにはまだ早いぞ」

 

 全身がひりつくような威圧によって、無理矢理意識を戻される。

 気絶、即ち失神とは、一種の防衛本能でもある。これ以上耐えられない。そう判断した肉体が、脳が、意識を遮断する。それが気絶。

 

 しかし今回のこれは、それを全否定する起きなければ殺すという捕食者の威圧に反応した強制的な意識の接続。もはや自分がどんな状態かも曖昧だが、酷い状態だろうとという事は流石に分かる。

 酩酊感に包まれながらも、かろうじて意識を保つ。そして本能に従い、自由になった足で、全力で逃げる。

 折れた足で無茶をしたせいか、グシャリと地面に投げ出される。驚いた事に、私はそんな状態で八メートル程飛んだらしい。魔術なんてものがある世界では、当たり前だと思うかもしれないが、私は別に魔術を使った訳じゃない。死に直面した最後の馬鹿力、まぁそれを発揮したせいで足の筋肉はズタズタに裂けているだろう。

 

 茹だった頭で、必死に逆転の手を探す。

 刀──ここには無い。却下

 魔術──時間稼ぎが精一杯。保留

 逃走──魔術により時間を稼げば成功の可能性あり。即実行

 逃げるための扉はレオンの背後。隙を作って通り抜ける。

 

 魔術に必要な道具も没収されている以上、魔術刻印を使って発動する魔術に頼らざるを得ないが、無いよりはまし。

 折れた右脚を魔術で補強し、魔術刻印に魔力を流す。

 

 「吠えろ」

 

 ゴウンッと音が響き、レオンが数歩後ろによろめく。その隙をついてレオンの横を通り抜け──

 

 「無意味だな」

 

 暴風を纏った裏拳が迫る。咄嗟の判断でしゃがみ、無理矢理にでも突破を試みるが、振り向きと同時に放たれる右足の蹴りが後頭部を襲う。それを身体を捻って避けると、かなり無理な避け方をしたせいか、身体を痛めた。

 これ以上の突破は不可能だと判断して後ろに回避する。これでまた振り出しに戻った。

 

 「魔を祓う犬の遠吠えか、中々に面白いが、人間である私に対しては魔力を一時的に霧散させる程度。それでは止まらんよ」

 

 レオンがこちらに歩いてくる。一歩踏み出す度に、圧がかかり、動けなくなる。それは近づけば近づく程強くなる。

 

 「さぁどうする? このままでは本当に死んでしまうぞ?」

 

 楽しむように、期待するように、唄うように告げてくる。

 

 それはまるで処刑までのカウントダウンかのようで。

 

 「そら」

 

 軽い声と共に、破壊の拳が振るわれる。

 例え避けようとも次が待つ。当たれば骨は砕ける。どちらにしても絶望。もはや打つ手無し。

 

 一縷(いちる)の希望に賭けて、拳の側面を叩く。それだけでも凄まじい衝撃が腕を襲い吹き飛ばされるが、肉体的に負傷を負った訳では無い。まだ戦える。

 

 「……まだ戦う気かね?」

 

 「なら逃がしてはくれないの?」

 

 「……勘違いしているようだが、私は君と戦おうとしている訳では無い。ただ右手のそれの覚醒をさせたいだけだ」

 

 「これの?」

 

 右手に書かれた三本線を見ると、微かに淡く光っていた。

 

 「まぁ知識が邪魔になるかもしれんから特には言わないが、それが覚醒するかは君にかかっている。私はその手伝いをしている訳だ」

 

 「頼んでないわよ!」

 

 「まぁいい、とにかく言っておくが、私と戦うのは間違いだ。それは覚醒の手順には必要ない」

 

 あくまで事務的に告げられたが、やや呆れを含んでいるような気がした。同時にレオンの魔力が膨張していく。

 

 「()()()()があるのなら、もう少し調子を上げるとしよう」

 

 宣言と同時に視界が黒く染まる。しかしこれは気絶による視界の暗転ではなく、()()()()()()()()()()()。先程とは全く違う速度の蹴りを、ほとんど直感に任せて回避する。しかし蹴りに遅れてやって来た魔風が私の身体を壁際へと押し流した。

 

 「それで死ぬならそれまで」

 

 「ッ冗談じゃない」

 

 焦ってその場から回避すると、さっきまで背を預けていた壁が、レオンの拳によって風穴を開けられていた。威力が先程までとは段違い。もしもあの攻撃をまともに食らえば、私の身体は破壊されて死ぬだろう。安堵の息を吐くまもなく、今度は足が眼前にあった。それをギリギリではかわし、つい反撃の手段としていつもそばにある刀を求め、右手がさまよった。それを見逃さず、放たれた膝蹴りが咄嗟にガードした私の両腕ごと私を壁に叩きつける。

 

 「既にない手段に頼るなど……愚策とすら呼べんぞ」

 

 もはや苛立ちすら含んだ声で、語りかけられるが、既に死にたいの身体は、いう事を聞いてくれない。

 

 「さらばだ」

 

 そう告げられると、鉤爪状に開かれた手が迫る。

 死を目前にし、時間が限界まで引き伸ばされる。このままいけば間違いなく死ぬ。あぁここで死ねば、真尋さんとの約束も果たせない。でもこれは……死ぬ。こんなもの諦めるしかないじゃない。

 

 死を受け入れ、目を閉じる。ここが私の終わり。受け入れてしまえば、思ったよりも呆気ないものだった。何もできない、無力、意味も無い私の人生はもう……

 数々の思い出が頭をよぎる。いわゆる走馬灯ってやつだろうか、しかしそれらは真尋さんで埋め尽くされていた。

 

 誰にも言えずに秘めていた想い(感情)、子孫を残し、研究成果を次世代に受け継がせるのが役目の私達魔術師が、抱いてはいけないモノ。心の奥底にしまい、もはや永遠に口にする事は無いと決めていたそれを今際の遺言とする事ぐらいはきっと許されるのではないか。

 

 「……愛してます、真尋さん」

 

 あなたをずっと、愛していました。

 

 

 

 

 その時だった。何の偶然か、神の助けか、二人の間の天井が崩落した。

 

 「クッ!」

 

 レオンはそれの対処に追われている。間違いなく生き残るだろうが、今なら逃げられる。

 さっきレオンが壁に開けた穴から隣の部屋に移る。そこには私の服が、刀が、そして真尋さんから貰った聖遺物の入った箱。

それを見て涙が溢れた。私はまだ死ねない。あの人からの仕事がまだ残ってる。

 

 死ねない。

 死ねない。

 

 死なない!

 

 右手の落書きが赤く光り出す。燐光を撒き散らしながら輝くそれを気にする余裕もなく、続いて地面に書かれた魔法陣を見つける。ぱっと見た限りは召喚陣。これがあれば呼べる。

 

 「逃がすものか」

 

 背後から頭を掴まれて、地面に叩き伏せられる。

 

 まだ死ねない! お願い、誰か力を貸して!

 

 右手の落書きが眩いばかりの輝きを放つ。それに召喚陣が呼応(こおう)する。

 

 「ギリギリで覚醒するとは……流石は友が選んだ贄という事か」

 

 溢れ出る魔力でビリビリと部屋が震える。

 

 「では私は帰るとする。後は頑張るがいい」

 

 何とも自分勝手。しかし今はありがたかった。

 お願い、応えて!

 

 「ディオスクロイ、現界した。……何だ人間ではないか。つまらん!死ね!」

 

 「死ななくて結構です。我らディオスクロイ、お力になりましょう……あら?」

 

 私はそれを聞いた後気絶した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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