第六次聖杯戦争〜偽善者の聖杯〜   作:黒猫街夜

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アーチャーと狂戦士

 諏訪州市の郊外(こうがい)、そこにある小さな森は、もはや小さな異界と化していた。鳥が歌い、木々が風に揺られる。普段通りの光景を見せるその森は、中心に近づけば近づく程、静けさを増していく。そこはあらゆる命が息を潜めていた。木々は葉を揺らすのを止め、鳥は巣でじっと待つ。異様としか言い様がないおかしな光景がそこにはあった。

 そしてその中心部、一際大きな木の上部には、()()()()()()()()()()。中には一人、()()()()()()の姿が佇んでいる。

 

 「……アーチャー」

 

 「何だ娘、余に何か用か?」

 

 まだ二十代半ばの銀髪の女性の声に応じて、赤い髪に薔薇のような瞳を持った男が現れた。

 魔術に関して知識のあるものが見れば、彼がサーヴァントだと分かるだろう。

 

 「……バーサーカーを倒します。準備をしておいて」

 

 「ほう」

 

 男の瞳が面白い事でも聞いたかのように、細められていく。

 

 「あのバーサーカーは放置しておくには危険すぎます。速攻で叩きます」

 

 「……断言しておくがな、お前は狩人としての才はあれど、英雄としての才はない。皆無と言っていい」

 

 辛辣ながら、それは私も自覚している事だった。自分にある才能は精々獲物を神に捧げる狩人。将ではなく、狩人。それが私の人生であり、定められた運命。

 このアーチャーには鼻で笑われたが、この生き方をやめるつもりはない。

 

 「分かってます。今回はその狩人としての危機感からの判断です」

 

 「ふむ……」

 

 そういうとアーチャーが数秒思案するかのように顎に指を当てて考え込む。

 

 「他の陣営に余達の戦い方が割れるがよいのか? 今後は不利になるぞ」

 

 恐らく将として、戦士として、そして英雄としての言葉だろう。情報は戦争において必須であり、勝利のための条件にすら数えられる。

 

 「あなたであれば問題ないという判断ですアーチャー。宝具を解放すれば、例え解放しなくてもそこらの英霊にあなたに勝てる者は居ませんよ」

 

 「言うではないか」

 

 ニヤリといたずらっ子のような笑みを浮かべると、アーチャーは霊体化した。恐らく私に任せるという事なのだろう。まぁあのアーチャーを召喚して勝てなかった場合、それは間違いなくマスターが問題だったのだろう。そして私は負けない。あの血統主義とは違う。負けない。負けてたまるか。あらゆる全てを跳ね除けて、私は、私の一族の待望を果たす。それまでは絶対に負けない。

 どちらにしてもあのバーサーカーからは、()()()()()()()かなりの力を感じた。神性も探知できたし、間違いなく神代、最低でも神に関わる英雄。それをバーサーカーで召喚しただけでも厄介なのに、マスターはドイツ出身の血統主義にして人種至上主義。間違いなく放っておけば、厄災を招く。

 早めに仕留めるに越したことはない。アーチャーの遠距離狙撃でゴアの工房一帯を消し飛ばす。街中に散らしてある影を使えば、数時間で場所を特定できるはず。

 

 あぁそういえば、近頃影が排除されていた場所があったな。地下水路には影は何故か侵入できなかったからそこも調べる必要があるし、候補は二箇所。なら早々に発見できるはず。

 

 

 

 

 

 

 「やれやれ、この影、先刻の魔術師か。街中に散らばめているとはな。中々面倒だが、潰さねば情報を渡すのみ。いやはやドブネズミにはふさわしい誇りなき戦いだと褒めてやらねば」

 

 工房として選んだホテルの最上階で、ホテルを中心に街の数箇所に配置した血の獣、それらは同じように街を、徘徊するように動く影を食らっていた。しかし数が違う。血の獣の売りはその性能。千変万化の血の獣は、あらゆる場所に侵入し、その爪牙で敵を引き裂く。

 対して影は、力も弱く、戦闘には不向きだというのは分かるが、ぐにゃぐにゃと粘土細工かのように形を変え、チョロチョロと這いずり回る。さらには数が異様に多い。本当にネズミの手足としてこれ程ふさわしい。

 

 「……起きろ(Aufstehen)

 

 胸元のポケットから小瓶を取り出すと中身の液体が巨鳥に変化する。

 

 「アイハール・シルブリンを探せ。手段は問わん」

 

 旋風とか共に飛び立つと、窓ガラスを割って夜の街に消えていった。

 

 「どうやらアイハールとやら、それなりに前々からこの街に居たらしい」

 

 この程度の使い魔なら、簡単に用意できるだろうが、流石にこの数になれば、それなりに月日が必要になる。

 それなりの魔力が必要だったが、低俗なネズミに、貴族としての在り方を見せつけてやらねばなるまいて。所詮は地を這うが似合いの劣等種。我らのような貴き血に叶うはずもない。

 

 ゴアはこの諏訪州市においてもっとも高級なホテルの最上階をワンフロア全て貸し切っていた。そしてその上で、廊下には特性の魔獣を配置している。部屋一つ一つには、霊的結界を貼り付け、サーヴァントが扉に触れれば分かるようになっているため、霊体からの暗殺などという手も通用しない。まさに要塞とかしたそのホテルで、ゴアはほくそ笑んでいた。

 どうあっても、このホテルに陣取る限り、自分に敗北はありえない。そう確信できる準備がしてある。高々三流魔術師程度に、この私の工房は突破できまい。そう確信していた。

 

 ()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 「見つけた」

 

 諏訪州ホテルの最上階、他人の影に寄生させていた影が、ホテルの最上階から飛び立つ鳥を見たらしい。見つけやすいように寄生させた人間の目を少し魔術に適応させておいて良かった。まぁそれでも魔術関連の何かを見つける事ができるようになる程度のお遊びだが、今回は役に立った。影が離れれば見えなくなるし、普通の生活を送れるようになるはずです。

 街に散らばした影をとりあえずホテルから遠ざける。これから行う事に()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 「アーチャー」

 

 「ようやく余の出番か、待ちわびたぞ」

 

 ツリーハウスの屋根の上、そこには銀の髪をたなびかせた女性と、アーチャーが立っていた。

 

 「目標は諏訪州ホテル最上階、ある程度の被害は認めます。狙撃してください」

 

 「ふむ、ある程度か……ホテル(ごと)倒壊させるが構わぬか?」

 

 「()()()()()、遠慮なく倒壊させちゃってください」

 

 「はははは、了解した。これをもって我らが戦争の開始としようか」

 

 アーチャーは朗らかにそう言うと、ギリギリと弓を引き絞る。魔力が轟々と渦を巻き、あまりの魔力に木々にヒビが入る。魔術的に補強しているはずのツリーハウスですら、ミシミシと嫌な音を立てていた。

 バチバチと矢が放電を初め、近くの木を焼き始めた。それを消火しながら、その矢があの傲慢な女を貫く時を今か今かと待っている時、それは遂に来た。

 

 「インドラの雷よ、インドラの怒りよ、射抜け。『羅刹を穿つ不滅、雷速無常(ブラフマーストラ・インドラ)』!」

 

 ドンッ!!!!! という音が、矢に一瞬遅れてやってくる。

 それは雷の矢。

 神の名を授けられた目視不可能の最速。

 音すら容易に置き去りにするそれは、一秒も経たずに諏訪州ホテルの最上階に突き刺さった。

 

 ()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 それはもはや直感だった。

 

 「ッバーサーカー!」

 

 防御をバーサーカーに丸投げし、自分は全力で血を操り、割れた窓から飛び降りた。

 

 直後。

 

 雷が到達する。

 ドンッ!!!!!

 

 それはホテルを容易に貫通し、暴風を撒き散らした。

 

 「くぅっ! デタラメな!」

 

 血を鳥に変え、その上に乗ったはいいものの、暴風にあおられて制御が上手くいかない。ともすれば、このまま風に乗せられて地面に叩きつけられるかもしれない。その惨めな死を連想し、怒りで鳥を無理矢理制御する。魔術回路が焼き切れんばかりに魔力を回し、何とか近くのビルの中に突っ込むだけで済んだ。

 ガラス片が身体中に突き刺さり、激痛が走るが、脳から分泌されるアドレナリンのおかげか、すぐに消える。

 よろよろと立ち上がり、先程まで居たホテルを、見上げると、ホテルの上半分が、丸く削り取られていた。そして次の瞬間にホテルはガラガラと倒壊した。

 

 それなりの金をかけて用意した全てが無駄になった。その事実に腸が煮えくり返るが、もはやそんな事を気にしている場合ではない。

 逃走、普段であれば死にかけであっても絶対にしないが、アイハールへの復讐。これを決めたゴアの動きは早かった。

 

 「バーサーカーッ!」

 

 己のサーヴァントを呼ぶと、右上半身が消し飛び、所々が黒焦げになったバーサーカーが現れた。

 

 「貴様……それでもケルトの大英雄か!? えぇいクソ! 令呪を持って命じる! さっさとその傷を癒せ!」

 

 令呪が消費され、バーサーカーの傷が少しずつ癒えていく。

 

 「何故すぐ治らない!?」

 

 ゴアは知る由もないが、放たれた矢は対神宝具。()()()()()()()()()()()は、特攻が入るのだ。消滅しないだけでも大したものだといえる。

 

 「役立たずめ! ……しばらくは身を隠すか。相手もあれ程の宝具を放ったのだ。しばらくは動けまい」

 

 そう結論づけ、夜の闇にひっそりと消えていった。

 

 

 

 

 

 

 「……どうですか?」

 

 使い魔を通してホテルが倒壊していくのを無感動に眺めながら、アーチャーに尋ねる。無関係な人々が死ぬのは多少心苦しいが、一族の数百年続く待望に比べれば、無価値でしかない。

 感傷は無駄、同情は隙。

 

 しかし帰ってきた答えは予想外だった。

 

 「……逃げられたな、しかし重症だ」

 

 「逃げられた!? あの矢から逃れたと!?」

 

 「どうやらそのようだ。済まない、これは余の失態だ」

 

 どうやら本当に悔しかったのか、歯ぎしりをしている。

 

 「どうやら敵もそれなりの英雄らしい。余の矢を()()()()()()()()()()かわすとは思わなかった。神性持ちだと分かってはいたが……だからこそ余の矢で倒しきれると踏んだが、どうやら誤りだったらしい」

 

 あれで手加減、並の英霊であれば、先の一撃で消滅するであろう絶技。それを耐えきったのは賞賛に値するが、アーチャーの今の宝具、本気で放てば、()()()()()()()()

 次は仕留める。そのためにも策を練らねばなりませんね。

 

 

 

 

 

 

 

 ビルの屋上、給水タンクの上に座る朧気な影が居た。その人物は、()()()()()()()()

 

 「開戦の合図にしては強烈すぎるでしょうに」

 

 それはかなり苦笑気味に零れた言葉だったが、仮にその言葉の意味を理解できる者がそばに居たなら、間違いなく同意するだろう。

 

 「まぁ吸い出し(インプット)は問題なく機能してるみたいだね。よかったよかった」

 

 「でもあの規模で死者が六十人ちょいか……せめてこの五倍なきゃ話にならないかな」

 

 「そう簡単に上手くいくとは思ってなかったけど……呼ばれてるサーヴァントがおかしすぎるでしょ」

 

 今現在、呼ばれているサーヴァントは四騎。しかしそれでも、既に何かが致命的におかしい。

 

 「何故かバーサーカーは二騎居るし、アーチャーの中身はなんか()()()()()()、何故か東洋の英霊の李徴が呼ばれてるし……」

 

 聖杯が劣化品で模造品である以上、質の低下と、ある程度の不具合(バグ)は覚悟していた。しかしいきなり問題が立て続けに三つも連続した。流石にこれ以上は見逃せない。聖杯はついさっき見つけた。後は調整を急がなければ。

 

 「やっと時計塔も調査員を派遣したみたいだけど……もう少し適性があれば理想胎盤の核にしてもよかったんだけどね」

 

 周囲には血溜まりができていた。その中には生前誰だったか分からなくなるほどぐちゃぐちゃになった死体。

 そして死霊魔術に使う多数の礼装。

 

 「でもまぁ死霊術師(ネクロマンサー)は今この街に居られると都合が悪いか、吸い出し(インプット)の仕組みを見破られかねん。それをいえばレオンもだけど……アイツはなんだかんだいって楽しければ見逃してくれるだろ」

 

 誤算も多々あったが、基本的には順調。

 

 「そろそろ当初の予定通りに聖堂教会から監督役が派遣されてくるはずだな。じゃあ()()()()()()()()()()()()()!」

 

 フワリと立ち上がると、死体を燃やし、ビルから飛び降りた。聖杯が何処に隠したかなど、この人物には最初から意味がなかった。適当に街を歩いていたら、()()()()()()()()

 結局全ては上手くいく、そう願いながら影は何処かへと消えた。

 

 

 

 

 

 

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