僕の世界は赤かった。いつも赤かった訳じゃないけど、唐突に赤がやって来る。それが僕の日常で、当たり前。
そんな事になったのは七歳の時、居眠り運転のトラックに轢かれた事が始まりだった。死者九名重傷者一名。そして僕がその重傷者だったという話。あの時の事は今でも鮮明に覚えている。
トラックに轢かれて意識が何処かへと飛んでいくのを感じた。引っ張られ続けて、これから死ぬのかもしれないと諦めた。
しかし突然、レールが外れた。そうとしか表現できない何かが起こった。
今まで引っ張られていた力が突然消え失せて、僕の意識は何処かに流れた。
そしてたどり着いたのが赤い世界、何もかもが赤い何処かだった。
荒廃した赤い街に住んでいる赤い何か。全てが赤で構成された世界。僕は長い時間そこに漂っていた。声も出せず、ただそこに居続ける日々に、僕の精神は容易に崩壊した。
両親の名前すら、それどころか自分の名前も忘れた頃に、僕の意識は浮上した。
目が覚めたのは白い部屋、ベッドの上。ピクリとも動かない身体を無理矢理動かすと、そばには数人の人間が居た。そして僕に泣きついて来る大人が二人。そこでようやくその二人と両親だったと思い出す。
特に感慨もなく、脳裏に焼き付いたあの赤い世界を思い浮かべていた。それからすぐに僕はおじいちゃんに呼ばれた。そこで伝えられたのは、きっと驚愕に値する事だったのだろう。どうやら僕の家系は元魔術使いというやつらしい。おじいちゃんのお父さん、つまり僕のひいおじいちゃんは魔術使いだったのだという。おじいちゃんも少し習っていたけど、ひいおじいちゃんが事故で死んじゃったせいで、あまり襲われなかったらしい。
だから僕の異変に気がついたらしい。根掘り葉掘り聞かれたので、赤い世界含めて全部答えた。おじいちゃんは最後まで悩んでいたけど、魔術を教えてくれた。定期的に赤い世界を見る事になっていたが、僕は苦痛にすら感じなかった。でもおじいちゃんはそれだとまずいと言う。いずれ人ではない何かになってしまうかもしれない。そう言われたので、
それから十四年、僕はようやく感情を取り戻し、おじいちゃんの葬式に出ていた。そこで久しぶりに涙が出た。それからおじいちゃんの魔術的な遺産をなんとか相続し、僕はアメリカに飛んだ。感情は戻ったが、記憶がチグハグなのだ。名前も教えられているから知っているだけで、覚えてはいない。だから渡米を機会に、思い切って名前を変えてみた。戸籍はおじいちゃんから教わった魔術でなんとか誤魔化した。
今でも赤い世界は僕の周囲をチラついているが、それもあまり気にならなくなった。お金は大量にあったから、あまり働こうとは思わなかったけど、世間体が悪いので、とりあえず私立探偵事務所を開き、たまにやって来る依頼をこなして生活していた。
蒼依と出会ったのはそんな時だった。彼はとある探し物をしていた。それを
探し物の内容は、魔術的に改造を施した猫だった。それをうっかり逃がしたので探して欲しいそうだ。
そして報酬として提示されたのは、
何はともあれ、視界をチラつく赤い世界が消えるなら、報酬としては十分だと、二つ返事で引き受けた。
依頼は三日かけてなんとか完遂した。下水道にまで逃げ込んでいたので、捕まえるのがとんでもなく疲れた。
そうして教えてもらったのは、
「君は事故によって精神のみを異界に接続された。しかし目が覚めた事で、一時的に接続が解除。その直後に君の精神に引っ付いていた異界は、君の目を門としている訳だ」
「門?」
「あぁ門だ、しかも開けられた隙間から異界がたまに流れ込んでる。どうにかして門を閉じろ。その上で
「うーん、何とかならないのかい?」
「手段は用意できる。ただお前の実力じゃ八割方死ぬぞ」
「構わないよ」
無気力で、何も生み出さない僕は、常に死んでいるのと、何も変わらない。そんな私が死んでも、気にする事ははない。
「……面白いな、いいだろう。数年後、極東でクソみたいに大規模なイベントを起こす。招待状は送ってやるからそれまで待ってろ」
そう言い残して彼は消えた。
『それが二年前、まぁそういう訳で僕はこうして電車に乗っているんだ』
『成程、そういう事情ですか……しかし、そのご友人は何者なのでしょう? 聞く限りでは今回の聖杯戦争の首謀者であるようにも聞こえます』
周囲に聞かれないように念話での会話。しかも彼の周囲は何故か大きく自由に動ける空間が用意されていた。
『まぁそうなんじゃない? 実際、招待状もしっかり送られてきたし』
そう言うと鞄の中に仕舞われていた黒い封筒を取り出してヒラヒラと揺らす。
『……かなり強い呪いを感じるのですが、本当にそれが招待状なんですか?』
『間違いないよ
『誠意? それ程強力な呪いがですか?』
青年のそばで霊体化しているサーヴァント、ランサーと呼ばれたそれは、どうも疑念が尽きないらしい。
青年もそれを感じたのか、苦く笑っている。
『
『……成程』
忠告に、人一人簡単に呪い殺せる呪いを込めた招待状とは、随分と物騒だと思ったが、
『まぁ呪いをしっかり何とかしたら令呪も宿ったし、あなたも召喚できた。それに蒼依は強いからね。その気になればこんなもの使わなくても僕を殺せるよ』
『そうですか、まぁそれはこの際置いておきましょう。会った事もない人物を批評するのは、あまり良くないですしね。それよりも今後の事です。
私達はこれから、聖杯戦争の開催地である諏訪州市に向かいます。そこで拠点を整え、聖杯を手にする。それで良いですか?』
『構わないよ、それよりも本当に良かったのかい? まさか
『私達英霊は既に
『……耳が痛いね』
『あぁ申し訳ない。今のは私達英霊の話です。現代に生きるあなたが、願いを叶えるというのは、間違えていない。しかし再度お願いしますが……』
『分かってるよ、狙うのはサーヴァント、最悪でもマスターまで、でしょ』
『はい、分かっているのなら良いのです』
ランサーは満足そうにそう言った。それっきり沈黙する。
何となくその沈黙がもどかしく感じてしまい、自分から話題を振る。
『まぁそう
『……ホテルの倒壊でしたか、かなり死者が出たと言っていましたね。やはりサーヴァントが関わっていると思いますか?』
『十中八苦ね、しかもあの規模はかなり高名な英霊の仕業だとみたよ』
『高名な英霊がそのような事を……?』
どうやらランサーは信じられないらしい。彼は生前は聖人として数えられた一人だし、英霊が基本的にいいヤツらだと思っているのだろうか? だとすればその認識は早々に変えて貰わねば困る。
『半英霊にだって高名なのは居るでしょ。例えるなら……ヴラド三世、彼だって半英霊に数えられると思う』
『成程……』
何かしらを思案しているらしい。考え込まれると話題が振りにくいが、仕方がない。長考に入ったようだし、目的地には後一時間程かかる。到着するまでは寝よう。今日はちょうどいい天候だし。
『マスター、着きましたよ』
『……うん? もう着いたのか、早いなぁ』
伸びをすると、パキパキと身体が音を立てる。腰のホルスターにある拳銃を感覚で確かめると、電車を降りる。
駅のホームを降り、外に出ると、やかましい程の喧騒が僕を出迎えた。それに顔を
『何処に向かいますか? 拠点とするならそれなりにしっかりと防衛ができる拠点にしなくては』
第一に防衛が出てくる辺り、積極性の無さは伝わってくる。彼の性質を考えれば仕方の無い事ではあるが。
『ホテルは爆破された。なるべく目立たず、それでいて防衛に向いているとなると……地下かな』
『地下ですか?』
『あぁ、ついでにさっき確かめたけど、この街には地下鉄があってね。さっき乗ってた駅のさらに下に設置されているんだ。
まぁ本題はそこじゃなくて
『そんな物が……』
『魔術的に隠蔽されてたし、蒼依の仕業じゃない? この分だとこの街自体が聖杯戦争を起こすために作られたみたいだね……時期的にもしかして合ってるのかな?』
『それは……』
『……気にしてもしょうがないか、行こう。アサシン対策とか、細かい戦術も考えなきゃだし、時間はないんだよ?』
『そうですね、では行きましょう』
多少の不安は残るが、それなりに上手くやっていけるだろう。そうじゃなきゃ困るというのが本音だが。
こうして僕、
「…………また
おかしいだろうが! 太陽が相性召喚で呼び出したなら、あんなまともそうなサーヴァントは呼ばれないはずだ。何なら