断絶世界のウィザード   作:てんぞー

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1章
目指すはW1stの称号


 ―――例えばもう一つの人生を許されるとしたら、どんな人生を送る?

 

 それも現代ではなく、ファンタジー世界でならどうする?

 

 ロールプレイングゲーム、RPGは俺達のその欲望を常に満たしてきた。誰かの物語を体験、追従し、そして世界観に没頭させてくれるゲームは別の誰か、別のなにかになって冒険するという欲望を満たしてくれた。簡単なRPGゲームから始まり、それでも満たされないような奴はTRPGで自分だけのキャラクター、自分だけの冒険を作って空想の世界に浸ったりもした。

 

 だがついに世界はその先を行く様になった。

 

「飯の準備良し。トイレも済ませた。電源も入れて待機させたし後は時間まで待つのみ、と」

 

 ふぅ、と息を吐きながら自室の天井を見上げ、視線をベッドの方へと下ろす。そこに置いてあるバイザー付きのヘルメット―――VRギア、V-Diverを見てにやり、と笑みを浮かべる。頭のおかしくなりそうな倍率を乗り越えて入手する事に成功した世界初の民間用VRギアがそこに置いてある。

 

 視線をV-DiverからPCのスクリーンへと戻す。チャット画面には見慣れた身内連中の名前がオンライン状態で表示されている。その話題は当然、十数分後に開始されるVRMMO【Shattered Realm】の事になっている。複数の企業が協力する事によって作り上げた電脳世界にある、仮想現実。フルダイブという未知の世界に生み出されたゲーム。それはありとあらゆるゲーマーを魅了するには十分すぎる要素だった。既に何年も前からVR技術、フルダイブ技術は先端企業(エッジ)や医療の現場では利用されている技術であった。ネットのニュースでは話題になっていたものだし、期待されている技術だった。

 

『うおお、後少しだと思うと興奮してきてうれしょんしそう』

 

 狂ったような文章がチャットルームに張り付けられるが、何時も通りの調子に苦笑を零す。

 

『ちゃんと遊んでいる間に漏らすんやで』

 

『止めろよ汚い……』

 

「はよトイレ行ってこい……っと」

 

 何時も通りのバカげたノリ―――しかし全員が運良くV-Diverも、【Shattered Realm】のプレイ権を頭のおかしい程インフレした倍率の抽選の中から手にする事が出来た、幸運なゲーマー共だ。

 

 そう、初のVRMMOと言えど誰もが遊べるという訳じゃない。当然出荷できるギアの数の限界があれば、ゲームのサーバー側にも限度がある。それを含めて初期のプレイヤー数は数万人、という規模にまで狭められた。今人気のソシャゲプレイヤーが余裕で数十万人規模を超える事を考えれば、数万程度では足りないのは目に見えている。故にプレイ権は抽選で、そしてその倍率も見た事のないような数字になった。その数字を見るだけで諦めそうになる、そういうレベルでの倍率だったのだ、本当に。

 

 だが手に入れた。

 

 俺達は幸運にもこの新たな世界へのチケットを手にしてしまったのだ。

 

 SNSもニュースも話題は全て【Shattered Realm】一色、誰もが期待し、新世界に焦がれている。それは俺達も変わらない。

 

「所で飯はどうしてる? 準備終わったか?」

 

『ワイはカップ麺大量に買ってきたで、しばらくは三食カップ麺や』

 

『栄養バランス崩れるぞ。俺みたいにビタミン剤買い込め。飲み込むだけで終わるぞ』

 

『常に三食メイトだけど?』

 

『お前ら自炊しろ??? なんだ、全員揃って入院希望か』

 

「まぁ、自炊する時間も惜しいのは解るけども」

 

『は? W1st目指すなら当然だろ? ペットボトル用意しろよ』

 

『誰が尊厳を捨てろと言った』

 

『というかW1st狙ってる連中って大抵体のケアとかはちゃんとやる方でしょ。トイレとか食事とか睡眠とか、そこらへんサボったりそこなったりすればそれだけパフォーマンス落ちるし』

 

『一理ある。ちょっとスーパーで土鍋買ってくるわ』

 

「今から??? なんで土鍋??」

 

『は??? 数秒で戻ってこれるし????』

 

『そういう事じゃねぇだろ!!』

 

『いてら』

 

『あー、ログインサーバーパンクで入れるの数時間後の奴ですね。解る解る』

 

『あ、オフラインになってる。マジで土鍋買いに行ったのかアイツ』

 

『草』

 

「卓の合間に焼肉し始めたやつだしなぁ」

 

『焼肉屋にノパソ持ち込んでオンセを始めるってなんだろうな……』

 

 身内のいつも通りの頭の悪い行動と言動に笑い声を零しつつ、時刻を確認してみればもうそろそろゲームのサービス開始時刻になる。おっと、ログインオンラインだけは勘弁してほしいと呟きながら最後に一度、キーボードにメッセージを短く書き込む。

 

「じゃ、あっちで」

 

 それだけ入力してから、座っていた椅子から立ち上がりベッドへと移動する。その上に置いてあったギアを頭にセットし、顔を覆う様にバイザーを下ろす。そこから横たわって首を痛めないように頭の位置を枕で微調整して―――準備良し。後はシステムを起動させるワードを口にすれば、自動的に没入作業が開始される。

 

 壁に掛けてある時計が12時を示すのと同時に目を閉じ、

 

起動(ダイブ)

 

 ゲームを開始する為のキーワードを口にした。

 

 ―――次の瞬間、視界は一瞬で漂白された。

 

 ギアの稼働と同時に肉体に対する信号が遮断されたのだろう―――たぶん。技術の細かい働きなんて解らない。ただ理解しているのはギアが起動し、そしてインストールされているゲームが稼働したという事実だ。

 

 短いホワイトアウトから視界は一転する。

 

 完全な白からふわふわとした感触が身を包み、動く視界で周囲を見渡せば自分の体が一羽の鳥となっている事に気づく。空を飛翔する鳥が雲を突き抜け、眼下に自然豊かな景色が広がり、その上を飛翔して駆け抜けて行く。

 

 森を、

 

 山を、

 

 砂漠を、

 

 海を鳥は飛び越えて行く。

 

 現実ではまず、経験する事が出来ない景色、経験だった。鳥になる。言葉にしてみれば簡単だが、絶対にありえない現象なだけにそのインパクトは凄まじい。未知だった。衝撃だった。胸を満たすこの感動は、決して言葉にできるものじゃない。頬を撫でる風の感触と眼下を流れて行く景色の変化……言葉にしてみればチープすぎるものでも、実際の経験は金にできない程のものに感じられた。

 

 だがやがて、美しかった世界は断絶する。

 

 亀裂が世界に走る。それまでは美しく保たれていた世界に亀裂が走り、そこから闇が噴き出す。まるで大地をバラバラに引き裂く様に世界が、大陸が、国と国が分かたれるように隔離されてゆく。その根元からは禍々しい色の結晶が生え揃い、世界を分断する闇のオーロラから力を受けて育つ。そうやって分断された世界、その端は闇色に染まり、徐々に徐々にその色を中央へと向けて伸ばす。

 

 そこで、鳥の旅は終わりを迎える。

 

 再び雲の中へと進んだ鳥は更に高度を上げて行き、やがて雲を超える。

 

 そこに広がるのは無限の雲海と闇のオーロラ。

 

 そして空中に支えもなく浮かぶ庭園。鳥は真っすぐその方へと向かっており、近づけばその視界に、庭園の中央に立つ二つの姿を捉える。

 

 やがて少しずつ近づいて行くそのシルエット、手前にある見覚えのある姿は―――俺自身だった。

 

 それに気づいた瞬間、鳥の体から自分自身の体へと視界は戻っていた。庭園の横を鳥が飛翔して行き、その姿を片手を伸ばして一歩だけ追い、現実と変わらぬ自分の体がそこにあるのを、両手を伸ばし、手を空に掲げて確かめた。

 

「―――ようこそ、稀人様」

 

 声に引かれて視線を前に戻す。そう言えば鳥が捉えていた姿は二つだったと思い出す。視線を戻した所でそこにいたのは……そう、女神だ。女神、としか表現できない美しさを持った女性だった。長く、煌めくような黄金の髪に白いスリットの入ったドレス。胸元も大きく開けられたその恰好は露出が多くも、纏う神聖な雰囲気さが故に、エロティシズムを感じる様な事はなかった。翡翠の様な瞳は真っすぐ此方へと向けられており、そのパーツの一つ一つが非人間的な美しさを持っている。だというのに、彼女は現実として存在していた。

 

 その背中の、純白の翼と一緒に。

 

 背中から翼を生やしているのだ! なんという事だ、ありえない! だがその姿、質感、そしてバランス。

 

 そう、なんと背中から翼を生やしているのだ。これもまた、現実じゃありえない。だけどこのVRの世界であれば、ありえる。しかも体のバランス、質感、その全てがリアルなのだ。コミックやアニメの様な描写じゃなくて、現実として存在するような姿を見せているのだ。物凄く自然に。まるでこれが正しい姿であるかのように。

 

「貴方の到来を、お待ちしておりました」

 

 女神にそうやって言葉を向けられ、話しかけられていることを自覚し、口を開いた。

 

「あ、お、お? おぉ……!」

 

 声が出る。喋る事も出来る。喉に触れながらこのVRの世界を肌で感じ取る―――いや、肌では実際には感じ取れていないのだ。V-Diverを通して脳が感じているように受け取っているのだ。だから実際には本物ではない。だがこれを本物だと脳が認識しているから、そういう風に感じられているのだろう。たぶん。

 

 まぁ、細かい事はなんだって良い。

 

「どうか、私の言葉をお聞きください」

 

 女神のその言葉に意識を女神の方へと戻し、

 

 迷う事無くその翼を掴んだ。

 

「うおおお!? ほ、本物だ! マジだ! マジもんの翼だ! 背中から生えてる! すげぇ!」

 

「あ、あの、稀人様?」

 

「うわっ、ふわっふわっだ。これ、根本どうなってるの? おぉ、本当に背中から生えてる……すげぇ……」

 

 女神の後ろに回り込みながら翼の根本を確認すると、ちゃんと背中から生えているのが解る。人の肌から純白の翼が生えているのだ。しかもちゃんと鳥の奴が。質感も完全に現実の奴と何も変わらない。味覚、触覚、嗅覚、視覚、聴覚の五感全てを完全再現しているという話だったが本当にそうだった。アルファテスターやベータテスター達はずっとこれを堪能したというのか。超ずるい。

 

「あ、良い匂いする」

 

「ま、稀人様」

 

 翼の根元の肌を触ってみる。柔らかく、温かく、これが本物ではないというのが嘘みたいなリアリティだった。感動さえ覚える。

 

「おぉ、肌の質感もリアルだ」

 

「ひゃっ! と、そ、そうじゃありません! 何をやっているんですか!」

 

「うおっ」

 

 と、振り返った女神が身を寄せる様に腕で体を抱きしめ、更に翼を盾の様に回して身を守っている。その様子に、

 

「あ、あれ、もしかしてGMさんでしたか……?」

 

「い、いえ、GMとかではなく、私はこの世界の運営を担当しているAIの一つでして」

 

「あ、NPCじゃん」

 

 なら別に問題ないかなぁ、と思ったがそうか、リアルになるとハラスメント問題も出てくるよなぁ、と思い至り、触るのを諦める事にする。それに相手の方も困ったような表情を浮かべており、

 

「いえ、その、NPCですがAIというれっきとした人格を持った電脳上の存在でして……その、自由意志もありますし、あまりそういう事をやらないで頂けると……」

 

「あ、はい。すいませんでした」

 

 そこで一旦女神はこほん、と咳ばらいをすると、

 

「ようこそ、稀人様―――」

 

「そこからやり直すのか。頑張るなぁ……」

 

「……っ、い、異世界の魂である貴方をここに呼び寄せた無礼を、どうかお許しくださいッ!」

 

 昨今のAI事情ってすごいなぁ、というのを半ギレ、半耐えという様子の女神を見て思う。ここまで感情表現豊かだなぁ、とかAIさえキレ散らかす世の中なんだなぁ、とか。そんな事を考えてしまいつつ、

 

「私はフィエル。神々に仕え、貴方を導く者。まずは貴方の存在をこの世に定義しましょう」

 

「成程、キャラクリかぁ」

 

 RPをバッサリと切り捨てる発言に、フィエルの整った表情がぴくり、と反応した。正直この子を限界まで煽り通してみたい気持ちは多々あるのだが―――それはそれとして、ゲーム本編の方も大変楽しみにしている。

 

 という訳で、ここはおとなしく話を進める事にする。

 

 ある程度は公式で公開されているものの、本格的なキャラクリはまだ未公開だ。細部をどうやって詰めて行くのか。それが今は、ただただ楽しみだった。




 なろうでの連載を想定したフォーマットで挑戦。

 細かい描写省く。イベントとギャグを多めに盛る。爽快感重視でストレスを溜める事を回避する、そして文字数は4000~3000前後で文字数よりも更新の方を優先というスタイル。

 という訳でワールドファーストを目指す馬鹿どものVRMMO、始まります。

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