船に乗り込んでみると、欄干の裏に隠れるニーズヘッグの姿を見つけた。その姿を見下ろしながら、溜息を吐く。
「なにやってんだ」
「水着を見せたいんだけど他の人には見せたくないわ」
「はぁ……」
溜息を再び吐いて片手を顔に当て、どうしてこういう事をこいつは自然と言えてしまうのかなぁ、と思いながら首を傾げる彼女の姿を見た。
「ここで一旦元の装備に戻して、人のいない所で水着になれば良いだろ」
「……!」
そう言うとニーズヘッグがしゃがんで水着を隠している状態から即座に戦闘用の装備に切り替え、立ち上がった。その勢いのまま手を掴むと此方の事を引っ張って、船の反対側へとずんずんと進んで行く。それに引っ張られる俺の事は―――なんか、もう、この際抵抗しても無駄なので諦める事にした。視線をビーチの方へと向ければ肩を組みながらサムズアップしてくる馬鹿連中がいる。
心の中で滅びろ、と言葉を投げつけながら中指を突き立てる。
そしてそのまま、船の反対側から担がれるように飛び降りる。船の反対側から引きずり落とされると、そのまま砂浜に足跡を刻む様に先へとずんずんと進んで行く。
「さっき、ボスが落ちている時にね」
「おう」
「リゾートの人が来て、あっちのプライベートビーチは使って良いって。私たち頑張ったし、船の中で待たせるのもアレだからって」
「成程なー。所でそろそろ手首が痛いんだけど」
「ごめん」
引きずるのをニーズヘッグが止めると、此方の脚の下に手を差し込み、そのまま横抱きに―――所謂お姫様抱っこで持ち上げられ、そのままプライベートビーチの方へと拉致されてゆく。これ、完全に抵抗のしようがない奴じゃん。いや、もう、逃げるつもりなんて欠片もないが。これ、シチュエーション的に立場逆じゃね……?
そんな事を想いながら人気のないビーチへと俺はニーズヘッグの手によって連れ込まれてしまう。
俺このシチュ、AVで見た事あるわ。
さて、俺とニーズヘッグの距離は物凄く近い。これには多大な理由がある。というのも俺達が幼馴染みたいなサムシングである事に理由がある。まぁ、言ってしまえば簡単な話で昔困ってたこいつを俺が助けた事に起因するのだ。まぁ、この話を深く掘り下げるとかなり長い話になるので短く切り上げよう。つまりこいつには家庭の問題があって、そしてこの時はまだ若かったニーズヘッグはデバフを喰らってなかったのでパーフェクトモンスターだったのだが、家庭問題に関しては親の意向もあって逆らえなかった。
そんでその枷を破壊したのが俺だった。その、なんというか、なんだ。当時から割と人の考えている事、したい事ってのは読めたのだ。そしてニーズヘッグの欲しい言葉ってのが俺には解ってしまったので、言葉のまま肯定してしまったのだ。
『家庭問題? お父さんの事を雑魚だって思ってるんでしょ? だったら自分が家のトップとればいいじゃん』
後押ししたらこの女、マジでやりやがったのだ。小学生という身分で父親にジャーマンスープレックスを決めて入院させやがったのだ。マジでロックだった。最初はキレたお父様もキレる瞬間に音速低空タックルからタッチダウンを決められ、そこからホールドとジャーマンスープレックスまで秒でコンボを決められるとその、なんだ。人類としての自信を色々と失う。まぁ、それで家庭問題解決しちゃったんだな、これが。圧倒的武力での解決なのだが。
で、ここからが真の問題の始まりだったりする。
「ねぇ、どうかしらこれ」
そう言ってニーズヘッグが水着を披露する。選んだのは清楚な白と青のセパレートビキニ。腰にパレオを巻いて、頭には麦わら帽子を。結局、シンプルなところに落ち着いたが普段の彼女の様なアクティブではなく、どことなく大人しく清楚な感じの恰好で纏まった形となった。当然、素材が良いから似合っている。体を軽くふわりと回してパレオを浮かべながらその下に隠れている形の良い尻がちょっと見えた。こいつ、こういうの考えてやってるんかなぁ。しかも白って―――あぁ、いや、流石にそこは大丈夫か。
「ね、ね、どう? ……どう?」
「さーて、なんて答えよっかなぁ~」
まぁ、欲しい答えなんて解っているのだが。それを素直に答えた所でつまらない。なので先ほど無理矢理拉致られたことの仕返しもかねて、焦らす様にニーズヘッグから視線を外し、砂浜の方へと向かい、腰を砂浜の上に降ろす。軽く手を砂の中に突っ込んで持ち上げ、指の間からさらさらと流れる砂の様子を眺めていると、後ろから這うようにニーズヘッグがやってきた。
「ねぇ、自信あるんだけど……どうかしら?」
「どうしよっかなぁー」
横までやってくると下から覗き込む様に視線を向けてくる。そこで微妙に胸を寄せている辺り、解ってそのポーズしてんだろうなぁ、ってのが解る。それを一瞬だけ視線で確認してからよっころしゃ、っと呟きながら楽な姿勢に変える。
「似合ってるし可愛いと思うしすっげー趣味だけど」
「だけど?」
「俺の趣味であってお前の趣味じゃないだろ」
顔を見てそう返すと、ふにゃりと笑みを浮かべた。いや、まあ、趣味に合わせてくれるのって確かに嫌いじゃないし嬉しいもんだけどさ。相手に求めるのってそういう100%趣味とか性癖とかそういうもんじゃないだろう。趣味じゃないもんに付き合わせて疲れさせる方が嫌だし。だから、まぁ、合わせてくれるのは嬉しいけど。
「自分が好きな恰好をしてくれ」
「そう言うと思って実は選んできてた……手伝ってもらったけど」
そう言ってニーズヘッグが離れると体をくるり、と一回転した。終わる頃には水着が変更されている。清楚なイメージから今度はもっと大人で、しかし情熱的な印象を受ける水着に代わっている。ベースとなっているのは黒のビキニだが、その上から柄の入った赤い布を腰と装着している。簡単に言えば水着を重ね着にしているようなデザインだが、重ね着しているような違和感はなく、ちゃんと一つのデザインとして完成されている。それに合わせて頭には新しく赤いサイドリボンも装着していて、
アクティブで明るいニーズヘッグのイメージとマッチした格好になった。
「似合ってるじゃん」
「でしょ」
むふー、と物凄い満足そうな表情を浮かべると横までやってきて、並ぶように座ってくる。体が触れる距離で二人で肩を並べて海の方を眺めている―――段々と夕日が水平線の向こう側へと沈んで行く。世界を染めている色が失われ、夜の闇が徐々に空を覆って行く。世界の端から夜の闇と共に星が昇り始める。それまでは静かに昼間の空で眠っていた月も夜になるにつれ、本来の輝きを取り戻すように満ちた姿を見せ始める。
そうやって昼から夜へと移り変わる空と海の輝きを2人で無言のまま、ゆっくりと眺めた。
何か言わなきゃいけないとか、言葉が続かなくて気まずいとか、そういうもんは特にない。
そもそも俺達に言葉という概念は特に必要がない。俺はそもそも言葉がなくても他の人の意図や意思を察知する事が出来る。だから言葉がなくても何を思っているのか、何を感じているのかなんて事が解る。そしてこいつはそこらへん、相手に共感する様な能力は一切ない。だけど俺と一番付き合いが長い。単純に呼吸を解っている。一緒に居る時間が長いから言わなくても伝わる。
だからまぁ、俺達に言葉ってのは必要ない。
大体こうやって並んで、同じ時を過ごしても飽きる事はない。
だから無言のまま、二人で夜空を眺め続ける。最後にこうやって何でもない、静かでゆっくりとした時間を一緒に過ごしたのは何時だっけ。
「なんだっけな」
「うん?」
なんだっけなぁ、と呟く。
「一緒に居られる人の条件ってさ」
「うん」
「嫌いになっても一生、付き合っていられる人らしいな」
「ふーん」
俺達はそこらへんどうなんだろうか? 距離感がちょっと狂ってるのは自覚あるが。人生を歩む上で大事なのはずっと付き合っていけるかどうか、って事らしい。そこに好きとかなしで。果たしてそこらへんどうなんだろうなぁ、と思いながら何かの作業に手を付ける訳でもなく、
肩に乗るニーズヘッグの頭の重みをちょっとだけ感じて。
言葉もなく、その夜は砂浜で過ごした。
これが俺とニーズヘッグの距離感、という奴だった。
ニグはアインが好き。アインもニグが好き。ニグは態度に見せるし口にする。アインは態度にはちょくちょく見せるけど絶対に口にはしない。
そんなもん。