断絶世界のウィザード   作:てんぞー

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4章
固定パーティー


 ―――ゲーム開始からついに1か月が経過した。

 

 ここで少しこのシャレムというゲームを……【Shattered Realm】というゲームを振り返ろう。

 

 VR技術は元々存在しているが、そのフルダイブ環境が民間で使用できるレベルに落ちてくるまではそれなりの時間を必要とした。そしてそれが今、複数の企業の協力によって民間にも出せる様なVRギアが開発され、凄まじい倍率となったが抽選を超える事でついに一般人でもフルダイブ環境のVRゲームを手にすることが出来るようになった。

 

 そのゲーム開始が約1か月前の出来事である。そして俺達、身内をメインに作成している固定チームはこのシャレムに登場するであろう戦闘用エンドコンテンツ、最も難易度の高いコンテンツを実装後、ゲーム内最速でクリアする事を目標としている。

 

 即ちWorld First、ワールド1stの称号を得る為に活動を開始した。

 

 そしてこの開始から1か月の間、様々な事が起きて……近況の話をするとなると、状況はちょっとずつ変わりつつあると纏められる。

 

 まずはエルディア。俺達が拠点とする国であり、最も人口が多く、そして今の冒険の中心点。帝国皇子を保護したエルディアは北方遠征による帝国解放を掲げ、活動を開始した。この動きに中心となっているのはチーム《レジェンズ》だ。今では間違いなくエルディアの最高のトップチームであり、その所属数は既に50を超えている。今、エルディア王家のバックアップを受けながらエルディアの稀人、即ちPC達を牽引を行っているチームになっている。その努力の成果もあり、遠征開始から数週間の間にエルディア北方領域はガンガン開拓が進んでいる。今はほとんどのプレイヤーがエルディアの支援を受けて北方の断絶解除に進んでいる。

 

 それによって北方の開拓具合は凡そ8割から9割。山の上からはアルスティア帝国・帝都オルべリグの存在が確認できるレベルまで物事は進んでいる。帝都の攻略作戦も順調に準備が進められており、近いうちには帝都を開放する為の作戦も開始されるのではないだろうか? という話がプレイヤーたちの間では囁かれている。その為に強くなる事に対して貪欲なプレイヤーたちが一番多く集まっており、強力なプレイヤーたちが前線と王都に集まっている。その運搬を行う為のエアポートも全力で稼働しており、今現在最も潤っている国だと言える。

 

 次、マルージャ。身内によって知らない間に大打撃を喰らわされたこの国は一度、崩壊したと言える所まで行った。だがここに残されたプレイヤーたちは戦う事よりもクラフターとして復興する事に協力する事を選び、そういう意味で冒険スタイルよりも生産スタイルを楽しむプレイヤーたちの聖地みたいな形で発展するようになった。今では冒険したければエルディア、生産プレイがしたければマルージャという形で分けられている。復興を手伝うプレイヤーがかなり多く、その為マルージャの復興自体は悪くないペースで進んでいる。元々複雑な建築を伴わない、あるものを利用して暮らすのが生活のベースだった為、壊れた家等を立てなおす苦労はそこまではなかったらしい。

 

 だがそこから更に発展し、今では最もプレイヤーの住居が多い国ともなっている。自然とハウジングやファーミングにも気合が入っており、生産メインのプレイヤーたちはマルージャを拠点に様々な作物を育てはじめ、現実世界の技術や料理、制作物を再現する為の場所として居ついている。無論、システム的な限界があるのも事実だし、気候や技術の問題も出てくる。だが今最も生産活動が活発なのはマルージャでもあり、そういう意味では冒険メインプレイヤーが多いエルディアとは需要と供給がかみ合っている状況にあった。一度は崩壊したマルージャではあったものの、その賑わいは崩壊する前よりも勢いがあるという事だった。

 

 最後にジュエルコースト。ここは国ではなく個人が保有する超巨大リゾートではあるものの、船に乗って1時間揺られる事で行けるエリア、そして高レベルのモンスターが出現するIDが存在する事もありプレイヤーの人気は非常に高い。それこそ一部の超富豪プレイヤー部屋やログハウス、ロッジを購入して住み着くレベルで人気がある。単純に現実では見る事も出来ないレベルの絶景もそこにはあり、その価値から住み着くのはおかしくはない。そうやって新たに稀人という客層を入手したジュエルコーストはその資金を利用する事であっさりと断絶の影響から復帰、元の営業へと戻る事に成功していた。

 

 そしてゲーム全体。ログインラッシュ自体はある程度落ち着いた。というのも、有休を使い切ってしまった人々や、長期の休みが終わってしまった人たちが増えてきたからだ。幸い、俺達身内の固定に関してはこれ、やり切るまで休みを取っている―――というか職周りの事情が特殊なので一切気にする必要はないが、プレイヤーのメイン層は大体夜にのみログインするようになってきた。或いは休みの日に徹底して遊ぶか。そんな普通のプレイ環境が構築される中で、1日中開始時期から遊び続ける連中は見事ロイヤルニートと呼ばれるようになっていた。だが全体としての勢いは衰えていない。北方遠征が進んでいるのがその証拠だ。

 

 そして俺達。

 

 北方遠征の旗頭を《レジェンズ》に渡した俺達は、それからひたすら本格稼働する為の準備を進めてきた。拠点の確保、消耗品の用意、ハウジングの整理、これからの方針、交渉、スキルの最適化、資金の確保、クラフターのスカウト。これらの準備を積み重ねるつつレベリングをトップ層に引き離されないように維持し、俺達はこの時、

 

 漸く、新たな仲間を迎える為の準備を完了していた。

 

 北方遠征全体がその終盤に入り始め、帝都攻略の考えが頭の中によぎり始める頃。

 

 俺達は最後の仲間を見つける為の準備を進めていた。

 

 

 

 ソファに寝転がっている。と言っても良く見る西洋式のソファじゃなくて東洋式ソファ家具なのだが。或いはこの世界では東国とでも言った方が良いかもしれない。

 

 そんなソファに寝転がりつつ正面にはホロウィンドウを複数浮かべて、そこに流れるリストを確認していた。表示してあるのはプレイヤーの情報だ。無論、違法にぶっこぬいたもんじゃない。全部、他のプレイヤーから”履歴書”として受け取ったものだ。そこに表示されているのはレベル、プレイスタイル、自分のスクショ、そしてスキルだ。

 

 これは1週間前に張り出した最後の3人の募集に集まったプレイヤーたちの履歴書だ。

 

 その数、753枚。レベルとプレイスタイルによる制限を確かにつけた。だがそれを超えてもなお応募してくるプレイヤーの数はこんなにもいたのだ。これを多いと取るか、少ないと取るかはちょっと判断に困る所だ。だがそれよりも難しいのはこいつらのデータ全部に俺と土鍋は目を通さなきゃいけないという事だ。最終的な判断は俺に任せているし、考えるのは土鍋の仕事だ。シナジーの薄いビルドや、うちの固定では役割が薄そうだったり被りそうなやつは土鍋が弾く。その上から魅力的に思える奴を俺が選出、そして面接するという形になる。その為に俺はソファの上でごろりと転がりながらホロウィンドウを眺めている。

 

 今、一番やらなきゃいけない事がこれだ。出来る事なら北方決戦・帝都解放戦までにフルメンバーを集めて、最終戦には間に合わせたいと思っている。だが応募数が応募数なだけに、数日でこれを全て捌けるとは思っていない。最低で面接に入ってから1週間はかかりそうだと思っている所だ。ここから更にフィルタリングを繰り返して面接するメンツは全部で100人ぐらいにまでは減らしたいなぁ、と思っている。

 

「……ま、大事な事だし手は抜けないよな」

 

 呟きながら近くのテーブルからイェンが差し入れに持ってきた饅頭を手に取って軽く齧りつく。口の中に広がる餡の味を堪能しつつ、脳味噌に糖分よ届け、と祈りながらホロウィンドウを送る。

 

 ゲーム開始から1か月が経過した今、

 

 俺達は身内のグループに外の人間を固定枠として加える、という大きな問題を前にしていた。




 という訳で時間軸はちょっと前に進んでからの4章開幕。

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