転移光が消えるとともにそんな表記が、目の前に出現した。いや、自分の体はそこにはない。マスターシーンというべきか? 視界は完全に体を離れて動いていた。それが捉えていたのは黒く染められていた宿場町だった。地面すれすれを視線が走り、黒く染まった家屋、大地、草花、そして魔晶石に飲まれて凍り付いたように動きを閉ざす人々。そこは黒く染められて時間が停止していた。浸食が始まったその瞬間から、時の流れというものを失ったかのように。
そしてその家屋の中には汚染された生き物たちが目を赤く光らせて住んでいた。今か今か、と中に潜んで通りがかる者を待っている―――もう、誰も動かないのに。
そして狂った一団が家屋から飛び出して咆哮している。
巨大な魔晶石は壁として宿場町の道を分断し、それが新たな道を生み出して進路を複雑化している。だがその一番奥には人影が見えて―――視界が戻った。
「おぉ……」
「凄い」
「うん、すげぇなこれ……」
体が動く様になって両手を動かしながら軽く首を回し、そして感嘆の声を零す。それだけに今のトレーラーの様な、ダンジョンを走る自分の視線はすごく感じられた。完全に映画のシーンを直接眼に焼き付かせている様な感覚だったが、世界や視界の動くをちゃんと自分の動きとして感じられるのだ。なんというか、これはもう凄い。これは完全に他のゲームを過去のものにしてしまう。それを今、自分の身で実感している。
「ヘイ、お茶の間の敗北者達も今のは見たか? 見たよな? でも凄さが解らないよなぁ! 経験してないからさぁ―――!」
「お、煽る煽る。チャンスは逃さない、と」
「まぁ、自慢する為の配信だしね? そんじゃアイテムショートカットにポーションをセットしておこう」
「うん」
フィエルの話が正しければここはかなり適正レベルから外れているエリアだ。となると当然の様にHPもMPも減るだろう。運営からのログボとキャンペーン報酬で、溢れるだけのポーションを今は持っているのだ。この手のアイテムは使い込んでも全く痛くはないし、だったらこういう時こそ遠慮なく使い込んでおくべきだ。少なくとも、自分が予測する感じではヒーラーなしなら間違いなくガブ飲み前提だろうな、とは思う。
杖を2本とも腰の裏から引き抜きながら両手に握り、ニーズヘッグを確認する。相棒の方も準備は完了しているようでチェーンソーを肩に担いでいた。他に特にやる準備はない。スキルもまだレベルの上がる範囲じゃないし、バフを付与できるアイテムもない。
つまり今あるこれが全てだ。
……まぁ、何とかなるだろう。
正面に広がるのは街道から入る様に広がる宿場町の姿だ。恐らくはダリルシュタットを出て最初に休める場所だろうと思う。宿や店、酒場があるはずの街並みは黒と魔晶石によって汚染されて、無惨な姿を晒している。今はまだ、前へと続く道が見えている為、前に進める。周辺へと目を向ければ、外へと去る事を拒む様に町の周辺を魔晶石は囲み、町の中を進めと示しているようだった。
「町中での戦闘をどう思う?」
「障害物が多くて楽しそう」
「楽しそうで何よりだ」
ニーズヘッグの何時も通りさに軽く笑い声を零しながら前へと踏み出す。配信画面は先ほどから阿鼻叫喚の地獄絵図だ。いったい何を叫んでいるのか、今はちょっと見たくない。でもこれ、今は最高に気持ちいいんだよなぁ。
「さーて、何が出るかな」
呟きながら前に進めばすぐに町に入り、そして屋根の上から何かが飛び降りてくる。反射的に詠唱する〈ファイアーボルト〉と、ニーズヘッグの蹴りが飛び出してくる姿を迎撃し、追撃する。出現しているのはインフェクティッド・コボルトであるのを即座に認識しつつ、ニーズヘッグがカバーリングに入って〈挑発〉を放つ。出現する姿は全部で4体だ。
「いきなりこの数か……!」
「ちゃんとしたタンクが居れば何も問題はなかったんだろうけどねー」
「生憎と俺達はDPSだぜ」
「私はサブタンクもできるけどね」
だからニーズヘッグがカバーリングに入る。お互いに軽口をたたき合いながら行動する。そこに確認の様なものは必要ない。それだけの付き合いはある。だからニーズヘッグが素早く蹴りを叩き込んで叩き落した1体、ヘイトを取った1体、そして今チェーンソーを顔面に叩きつける事でヘイトを奪った1体の合計3体を一気に抱える。そして残された1体が此方へと向かうが、既に1度〈ファイアーボルト〉を受けている。安定性を取るなら〈スロウ〉か〈バインド〉を入れるのが安定するだろう。
だがそんなものはしないし、必要もない。今までは単純に安定を取って使ってただけだ。安全性も考慮して。だが既に、コボルト相手の戦闘であれば慣れている。ここまで幾度となく潰してきている。もう、その行動パターンは頭にインプットしている。
なら迷う必要はない。
「よう、どうしたワンコ。口が寂しそうじゃん」
その行動、攻撃はパターン化できる。
そしてそれが完了してしまえば封殺は簡単にできる。
最初の噛みつきに杖を噛ませて回避、棍棒に入る前に顔面に逆の杖で喉を突いて喉を潰してスタンさせる。面白いもんで喉、目、口内、急所への攻撃はコボルトであれば確定でスタンが取れる。つまり右手の杖で喉を殴った時点で追撃が来なくなるのだ。なのでこの間、魔法が詠唱できる。
手を使っている?
足を動かし―――というよりその場から移動さえしなければ多少足を動かしても詠唱判定は途切れないのだ。
だったら両手の武器を有効活用するべきではないだろうか?
そうに決まっている。
だから1対1という状況で、相手が解っているなら―――急所を突いて、スタンを取り、行動をキャンセルさせて魔法が詠唱できる。
秒数のカウントをしていれば喉にスタンを入れた時点で先制攻撃時から2回目の魔法が叩き込めるのが解るだろう。ここで狙うのは口内。無理なら顔面。口内に魔法を叩き込んだ場合のリアクションはかなり大きい。無理なら顔面で良い。何故なら目がこれで焼けるからだ。ものすごいリアリティで構築されるこのゲームは、ちゃんと腕を切り落とせば落ちるし、目を焼けば盲目になる。
これで目を焼けば無力化が完了する。至近距離にまで持ち込んだのなら狙いたいところはほぼ確実にあてられる。というか杖で抑え込んでいるのだから当然だ。
そして目か口を焼けばしばらくは痛みで何もできない状態になるので、それを放置してニーズヘッグに合流できる。
だけど彼女も彼女の方で、結構気合が入っている。既にパターンを把握しているだけあって、タイミングがズレていたとしてもこれだけ単調なら簡単に対処する。
それがあの女だ。
踏み込み、チェーンソーを振るって二つ纏めて受けながら、姿勢を一気に落として攻撃を回避し、そのまま受け止めた攻撃を別の個体に押し付ける。そうやってあっさりと連携と同時攻撃を処理してしまう。そこに〈イラプション〉を差し込み、コボルトを焼く。コボルトだけを焼く様にコボルトたちの背後に起点指定して発動させたことでコボルトが背面から焼けてその注意が逸れる。
そしてそれで動きが鈍った所にチェーンソーが振り上げられた。
おそらく正面から見れば、その表情は悪鬼のそれにも見えただろう。
「弱い」
ぶおん、と風を裂く音と共にコボルトの頭が一つ割れた。チェーンソーの回転刃が頭部に直撃すると同時に切り込み、頭をあっさりと粉砕して血をぶちまける。詠唱が終われば新しく詠唱、だが1体死ねばそれだけニーズヘッグにかかるプレッシャーは減る。
必然的に、ニーズヘッグの攻撃密度が上昇する。1匹かち割るのも2匹かち割るのも変わらない。1匹目の処理が完了すれば無力化して放置しているコボルトを除いて、残り2匹のコボルトを今まで通り処理し、最後に残ったコボルトをきっちり始末する。
と言ってもこいつは目がダメになってるから見当違いの方向を向いている。MPを節約する為に杖で足を引っかけて転ばしてから、ニーズヘッグと囲んで踏み殺す。
これで初期遭遇の処理完了。
「とりあえずダイレクトヒットはなしか」
「この程度ならレベルも上がってきたし余裕出てきたかしら。4体までは抱えられるかも」
「俺も2体までは行けるな……3体目は詠唱関係でちょっとご勘弁願いたい」
「じゃあその時は抱える」
まぁ、5体でも決壊するとかじゃなくて、被弾が増えるというのがこの女の理屈だ。少しだけキャパシティがオーバーしても平気だろう。平気という訳じゃないが、持ちこたえてくれる信頼はある。とりあえずこれでウェルカムサービスの処理は終わったのだ。
「次、進むか」
「そうね。今のみたいな激しい歓迎は嫌いじゃないわ。忙しいのは楽しいし」
「そうだな」
少なくともこの戦いは充実感で溢れている。全力を尽くした上で相手を蹂躙するという事の喜び、自分が最高の火力を叩き出す為の道筋を理解してそれを走っているという自覚。
楽しい。
物凄く楽しい。
何もかも投げ捨ててこっちへと全力でルートを取って良かった―――この充足感こそが全てだ。
「うし」
それだけ呟き前に出る。宿場町の中央通りを進んで行けば、直ぐに魔晶石によって遮られる。これ以上前へと進めない為、横へと視線を向け、別のルートを考慮してみる。
「飛び越える?」
「それで10匹ぐらい察知されたら死ぬぞ」
「それもそうね……大人しく道を探しま―――」
無言でニーズヘッグが振り返りながらチェーンソーを構える。それにあわせて素早く振り返り、杖を構えれば後方、街道の方から四足で走りながらコボルトがトップスピードで突っ込んでくる姿が見えた。先ほどとは違って3体、と数は少ないが最初からトップスピードに乗っている為、反応が悪ければ奇襲を喰らって即死するだろう。
地味な殺意の高さにどうしても笑みが漏れてしまう。それは俺だけじゃなくニーズヘッグもそうで、
「ほんと、楽しませてくれる」
「まぁ、私たち勝っちゃうけどね」
これが配信中であるという事実さえ忘れて、全力で潰しに行く。見ているか、世界。
これが新世界だぜ。
これ、見てる側は見てる側でめちゃくちゃ楽しそうよな。