「おおおおおおおお―――!? ニグ! 遮蔽! 遮蔽! テイクカバー!」
「わわわわわ、あ、アレの下から行けそうじゃない? 行くわよ」
「お、オッケー!」
全力で疾走しながら正面に馬車を見つける。一気にスライディングで馬車の下へと潜り込むと、先ほどまで走り抜けた場所に無数の矢が落ちてきた。それから完全に逃れる様に馬車の下をくぐって反対側へと抜ける。何本もの矢が馬車に突き刺さる音を聞きながら、それが止むまで一旦馬車の裏で隠れてやり過ごす。音が消えた所で少しだけ顔を横から出してみるが、屋根の上に待ち構えるインフェクティッド・コボルトアーチャーが再び弓で矢を射ってきた。それを馬車の裏に隠れて再び落ち着くのを待つ事にする。
「殺意たか……高くない? 高くないアレ??」
「困ったわね」
まさかの屋根上アーチャーである。定番の戦術だけどここまでガチの殺意を浴びせられるとは思わなかった。最初のコボルトから続くコボルト共は良い感じに理性が薄くてハメやすかった。だがそれを退けて奥へと進んでみれば何だこれは。まさかの伏兵配備ではないか。こんな事になっているなんて聞いてないぞ―――いや、内心盛り上がってきたなぁ! とか思ってるけど。そうじゃない、この明らかな待ち伏せは理性のある行動だ。これまでのインフェクティッドはそういう理性の類を見せてこなかった。
どういうこっちゃと一瞬考え、ここに入った時のシーンを思い出す。
「人影……」
「操ってる?」
「かもしれない。まぁ、どちらにしろ奥に行くしかないんだがー?」
少しでも顔を出せば矢が飛んでくる。これはなかなか面倒だ。杖を横に出して矢を誘う。矢が数本飛んでくるが、そこまで正確ではないのか命中しない。命中精度はそこまで良いものではないらしいのなら、まだやりようはある。ニグへと視線を向ければ、此方の考えなんて最初から理解しているようにニグが体のストレッチを始めている。
「走れば良いのね?」
「全力で頼むぞ。援護はこっちで入れる」
「ん、任せた」
良し、任された。
信頼は裏切らないと決めている。だから決めた時には馬車の横から飛び出し、即座に詠唱を開始する。目標は屋根の上の空間。〈イラプション〉を狙い、詠唱は4.85秒間。その間、回避動作が行えない為、目の前の空間を2本の杖を振るって降りかかる矢をガードする。だが矢の精度は高くない。そのほとんどが横や上へと抜けて行く。自分に飛んでくるものだけを弾き、
「ゴー・ドッグ・ゴー!」
「わふっ」
〈イラプション〉の発動と同時に犬の声真似をしたニーズヘッグが飛び出した。屋根を吹き飛ばせるかどうかは解らなかったが、屋根を起点とした炎の魔法が屋根の上を無事に破壊する事に成功し、その上に乗っていたコボルト達を屋根から落とす。その間にも全力疾走するニーズヘッグがチェーンソーのエンジンに命を灯し、稼働させながら樽、窓枠、そして屋根を連続で蹴る様に跳躍してからの落下で加速した。高度を稼いでからの落下で速度を上げながらの移動、そして連続の跳躍で落ちなかったコボルト達の矢からの回避、それを同時に行いながら弓矢を一つ潰す為に〈イラプション〉ではなく、今度は〈ファイアーボルト〉で弓を対象に放ち、
命中させた。
「ぎゅいんぎゅいーん。わおーん」
気が抜ける様なやる気のない声をしながらも、ニーズヘッグの動きは全力で、早い。素早く落下してきたコボルトに到達すると躊躇なく落ちてくる姿に向けて回転刃を突き刺し、抉りながらそのまま次のコボルトへと向かってチェーンソーを振り下ろす。
コボルトがチェーンソーに突き刺さったまま、血をスプリンクラーの様に噴射しながら切りかかる。
「見えるか、敗北者ども。アレが本物のバーサーカーだ。あ、危なっ」
顔面コースで来ていた矢を杖で殴り弾きながら走り出す。正面にニーズヘッグが食い込んだことで隙が生まれる為、そこに援護する為に〈詠唱消去〉で〈イラプション〉を打ち込んで、範囲を焼く。この魔法は範囲に対して攻撃が出来るだけではなく、個人的に爆破を発生させることで生まれる爆炎で視界を遮れる事が優秀だと思っている。
特に、こういうシチュエーションなら。
ニーズヘッグをフリーに自由に動かせられる。
そして相手の視界が遮られればこちらも詠唱を挟み込める。次は〈ファイアーボルト〉だ、放たれた火の矢がコボルトの顔面に衝突し、屋根の上に陣取っていた最後のコボルトを撃ち落とした。
「上はもう気にしなくて良いぞ!」
「じゃあ後は皆殺しね」
地上に落ちてきたコボルトの処理に入る。ポーションを飲む事前提なのでMPを惜しむような事はせずに、1匹1匹〈ファイアーボルト〉で処理し、ニーズヘッグも素早く殺す為にポーションを飲みながらチェーンソーの刃を回転させている。
そしてそれらの処理を終えた所で―――レベルが9に上がった。
周りにコボルトがいない事を確認し、ふぅ、と息を吐きながらMP回復用の《マナポーション》を取り出し、口をつけて―――止める。そういやレベルアップしたら完全回復するじゃん。危ない危ない、とポーションを戻しながら冷や汗を拭う。ちなみにだが味は少し粘り気のある炭酸のないサイダーという感じで、不味くはない。ただ急いで飲むとこれ、喉につっかえそうだとは思う。あまり戦闘中に飲みたくはない。
「ニグ、乙カレー」
「ぶい」
返り血を浴びていたニグもコボルトの死体が消えたからか、浴びていた返り血が少しずつ消え始める。中々の数が伏兵として出現したが、足元を崩してチェーンソージェノサイドアタックを行えば直ぐに戦闘を終わらせられた。ただし、リソースを吐き出すという形は非常に不本意だったが。それでも勝利出来ればすべてが良し、という事になる。
「やっぱり4人だな。タンク、ヒーラー、DDが2人って感じ。合計4人いると凄く快適に戦えると思う」
「うん、それは解るかな。本職の盾持ちが居れば多分ここ、そこまで苦労しないよ」
まぁ、そこは2人で突撃しているからしょうがないのだが。それにこんな楽しい事、他の連中を待っていられる程優しい奴ではない。他のプレイヤーたちはまだレベリングの最中だろうし。
「あー、でもなぁ。これをクリアしたら1度街に戻って募集するか?」
「何を?」
「周回用臨時メンツ」
「あー」
効率的なレベリングを行うなら多分、ここに軽く数時間籠って周回するのが一番だと思うんだよなぁ。恐らく敵の質もレベルも、ここは他のエリアよりも少し高いと思う。たぶん適正レベル+5ぐらいまでならここにこもってレベリングする事が出来るレベルでこのエリアは美味しい。だから戦闘安定のためにタンクとヒーラーを募集したい所がある。と、そこで配信してるんだった、と思い出す。
「と、まぁ、そういう事だ諸君。ここクリアしたら一旦ダリルシュタットに戻るから。一緒にレベリングしたいって奇特なタンクとヒーラーがいるなら俺達を探してくれ。レベルが多少下でも多分どうとでもなるから。寄生の類は容赦なく全裸に剥いて街の街灯から吊るすけど。姫ちゃん? もう既にワンコ飼ってるからいいです……」
配信にちょっとだけ募集アピールしておくと、付近をうろうろしていたニーズヘッグから声が飛んできた。
「ボスー、宝箱あったわよー」
「マジで!?」
え、宝箱っておいてあるものなの!? 急いでニーズヘッグの近くまで行くと、先ほどまでの戦場にぽつん、と宝箱が置いてあった。戦っている場所はよく見てフィールドを把握しているので、確かになかった筈だ。だけど今、こうやって出現しているという事は……倒してから出現した? ドロップとはまた別枠らしい。
「開けてもいい? 良いわよね?」
「ステイ、ステイクール」
「わん」
宝箱を見る。先ほどの集団はちょっと数が高く、これまでの無理性コボルトと比べると難易度が高かったし……中ボス扱いなのだろうか? となると中ボスを討伐すると報酬が出るのかこれ? 報酬次第だがID周回がレベリングの鉄則になりそうだな。MMOでのフィールド狩りタイプのゲームは常にフィールドが奪い合いになってぎすぎすし始める。そういう意味ではIDを使ったレベリング主体のゲームはその渋滞とぎすぎす回避出来てかなり民度が高く保たれる。
「良し、いいか、ゆっくり開けるぞ。罠があるかもしれないし。スカウトがいないからな……」
「そ、そうだったわ。反対側に回ってゆっくり、慎重に開けましょう」
宝箱の反対側に2人そろって回り込み、しゃがみながら宝箱に2人同時に手をかける。いっせーの、と声をかけながら両側から蓋を掴み、そして宝箱を開けた。
瞬間、目の前に取得のウィンドウが出現する。特に罠らしい何かはなく、ふつうに開けられた。
「……罠はなかった?」
「報酬扱いだしなかったのかしら」
「ふぅー……心臓に悪い」
立ち上がりながら2人で取得ウィンドウを確認する。まだ完全に取得している訳ではなく、どうやらここから更に欲しい人に分配するか、ランダムで獲得するかというシステムに分かれているらしい。ここで表示されているアイテムは2つ、
《ガラドア・リング・オブ・エンデュランス》と、《ガラドア・キャスタータトゥー》だ。
「えーと、確認する限り耐久力を向上させる指輪と、INTを上げる入れ墨だな。どっちもアクセ1枠消費するっぽい」
「あら、ちょうど私たちが装備できるものが出たわね。分配でもめずに済むわ」
「或いはシステム的に一番適したタイプの装備品がドロップするのかもな、2つとも装備だったし」
「じゃ、指輪を貰うわよー」
「俺も入れ墨を貰うな、っと……装備レベルは10からか。ぎりぎり装備できないな」
装備レベルは10、ただし装備するとINTとHP、ついでにMNDも伸びる。レベル10の店売り杖で伸びるINTが12なのだが、このアクセは装備するとなんとINTが8も伸びる。たぶんこれは相当ハイスペックだ。もしかしてID産の装備は店売り品よりも性能が高く設定されているのかもしれない。
となると装備を揃える為にもIDを周回する事の意義が出てくる。
「このペースだともう1回今のレベルの集団がくればレベルアップするかな? 雑魚の殲滅込みで」
「かしら。そうなったら装備できそうだけど……その前に1番奥に到達しそうね」
魔晶石の壁によって遮られているこの宿場町ではあるが、迷路の様に入り組んで家屋が壁、デッドスポットとなって奇襲を誘発させている。だが町の規模自体がそう大きくはないから、10分ほどで歩くだけなら端に到達できそうな感じはある。少なくとも戦闘抜きであればそれぐらいだろう。今は戦闘込みだから時間がかかっているだけで、
もうそろそろ、後半戦に入っている頃だろう。
「うっし、10になったら装備更新するって事だけを忘れずに進むか。頼むぜニグ、お前の直感力が全てだから」
「任せてボス。私もボスの采配を頼りにしてるわ」
良し、と声を零して気合を入れる。戦闘はなるべく蹂躙できるように誘導しているが、それでも奇襲が通ったり、まともに攻撃を受ければ一気に瓦解する範囲だ。それをしないためにも油断はできない。少なくともここで敗北すれば、また最初からやり直すハメになるだろう。そうしたらこれまでの経験値、装備品がどうなるかもわかったもんじゃない。
だから慎重に、かつ大胆に。
トップレースをぶっちぎる事を他の全員に証明するのだ。
まだまだ上昇する配信の視聴者数。増えれば増える程愉悦に満たされる。だがまだ、発狂するな。楽しいのはここからだぞ、とカメラに視線を向けて笑みを浮かべる。
まだ、ここのボスを見てないんだ。初の大ボスとの戦闘を貰う。
その瞬間が楽しみでしょうがなく、前に進む足は何時だって軽い。
募集と同時に、掲示板は荒れ狂った―――!
そう、誰だって美味しい狩場は欲しい! 強い味方は欲しい! 強い装備は欲しい! 罵詈雑言の嵐は一転、掌返しをした野良タンクとヒーラー共は自分たちの売り込みと場所把握に全力ダッシュをし始めた……!
世はタンヒラ戦国時代。