致命の一撃を受けたグリムビーストがゆっくりと苦しみの声を上げながらもがき、そして腕を大きく天に向かって振り上げるとゆっくりと倒れて行く。その姿は大地に倒れる前に分解され、存在した場所には代わりに黒いオーラを纏った水晶玉だけが残された。
「HP削り切るのに20分もかかるとか聞いてねぇわクソがなげぇよ!!!」
戦闘、終了―――!
《火魔法》2→3
《杖術マスタリー》2→3
《二刀流》2→3
《詠唱術》2→3
「はぁ、はぁ、なんだこれ……魔法連打してた影響で《時魔法》以外はレベル3になってんじゃん……」
「さ、流石に少し疲れたわね」
20分間、ニーズヘッグはひたすら攻撃を回避し続ける。俺はずっと次の攻撃を見極めてコールし続ける。その間常に俺達は殴り続けた。ひたすら殴り続けた。時々遮蔽物に隠れてやり過ごしながら戦い続けた。同じことを20分間やり続けた。そして漸く終わりを迎えた。疲れた。滅茶苦茶疲れた。これ以上なく疲れた。思わず疲れて戦闘が終わってもイベントを進める気にはならず、その場に座り込んでしまった。それはニーズヘッグも同じようで、背中合わせにするようにそのまま地面に座り込んでしまう。
「はあー……疲れた」
「でも楽しかったわね」
「おぉ、滅茶苦茶楽しかったわ」
そう言ってがっはっはと笑う。しっとりと汗が体に張り付いている感じがする。はぁ、楽しかったと呟き、手を前に伸ばして配信カメラを手に取る。
「じゃ、この後はお待ちかねこの闇に染まった世界に青空を取り戻す所だが―――」
「だけど?」
カメラを水晶玉へと向けてから、俺達へと向ける。
「ここから先はメンバーシップオンリーなんだ。資格のない人たちはダメー!」
「資格って?」
「あー……この戦いに参加してた、とかどうよ」
「それは残念ね……誰も見れないわ」
「という訳でばーいにゃ」
配信をオフする寸前に画面が大量の罵声で溢れているのを見て爆笑する。はー、面白い。そこまで荒れ狂うんだったら最初からスタートダッシュキメて飛び込んで来ればよかったのに。あぁ、いや、ごめん。そう言えば敗北者達はそれさえできないのだった。はー、哀れ哀れ。やっぱり敗北者と勝者では立っているステージ違うんだなぁ、と思う。
「ふぅー……」
「はぁ……もうちょっと休憩していいかしら?」
「どうぞどうぞ。こっちも成長を確認しておくわ」
ボスの攻略で経験値は入ったが―――レベルが上がる程ではなかった。その代わりにスキルを死ぬほど連打していた影響もあり、スキルレベルが上昇している。20分間ノンストップで使い続けてたのだから結構練習にはなったけどそこまでだったかぁ? とは思わなくもない。少なくとも今日中はスキルレベルが上がるとは思ってなかった。となると強敵補正でもあるのかもしれない。格上相手だとスキルレベルが上がりやすくなるとか。マスクデータ、実は結構ある感じではないだろうか? 今のこの疲労感も間違いなくマスクデータだし。
データを確認する。
まずは《火魔法》から。レベルが上がったことで習得した魔法は〈ファイアブランド〉と、火属性による最終ダメージが+5%される特性だ。〈ファイアブランド〉は武器や道具等に炎を付与する事が可能となり、それによる攻撃に対して火による追撃ダメージが発生するという魔法のようだ。これは実際試してみない事には良く解らないが、説明を見る限りは物理+火という形で、純粋に火のみになるという訳ではない様だ。つまり火に耐性、無効化を持つ相手でも普通に武器で殴っているだけのダメージが出るんじゃないだろうか? そんな相手がいないから試せないが。
それで《杖術マスタリー》はパッシブの威力上昇が5%に上がっている。これは純粋に嬉しい数字だ。100ダメージ出すなら5ダメージ、1000ダメージなら50ダメージと地味に数字が重なる。この地味な数字の積み重ねが最終的なダメージの振れ幅になるのだから、これはこれで良い。
《詠唱術》は成長しても変更はなし。だが《二刀流》は装備時の補正が5分の1から4分の1へと変化した。まぁ、まだ武器の補正が1桁レベルなので4分の1だろうが5分の1だろうが変化はないが、少しずつだが成長は実感できるレベルにスキルは成長している。まだまだ火力の増強と言うには不満なラインだが、ビルドは将来的な成長を見越してやるものだ。
今回の成長は、大いに満足できる内容だった。
「おっと、アイテムの取得ウィンドウが出しっぱなしだ」
「あ、ほんとだ。うーん、毛皮だけだった」
「こっちも毛皮だけだな」
《グリムビーストの毛皮》名前もそのまんまだ。これは売るか、或いは装備を作る為の材料にしてしまえば良いだろう。これが出たのなら宝箱も出ていて欲しいが―――見えない。まだあの水晶玉が残っているのが悪いのだろうか? アレを叩き割らない事には本当の意味でこのダンジョンも、戦闘も終わらないという事だろうか。
「報酬も欲しいし、そろそろ終わらせっか」
「そうね。まだここ、スタート地点だものね」
そう、これでまだ最初のIDなのだ。まだまだ解放しなくてはならない地域、地点、秘境はたくさんあるのだ。それを広げて行かないと本当の意味での名を刻む、という行いは出来ない。だからまずはここを終わらせる。その為にも杖を1本だけ引き抜いて、肩を叩く。
「3カウントでどうかしら」
「オーケイ、0ジャストにやるぞ」
杖を振り上げ、立ち上がったニーズヘッグがチェーンソーを引く。
「3……2……1」
0、そう言葉にせずに同時に武器を振り下ろした。まっすぐ、正面の水晶玉へと。少し抵抗を感じるかと思ったが、武器を通して感じた感触は思ったよりも遥かに脆いものであり、力を込めた一撃はあっさりとそれを砕き割った。
直後、暴風と闇が溢れ出した。
「ぐっ……!」
「大丈夫?」
「悪い」
転び倒れそうになるのをすかさずニーズヘッグが腕を掴んで引き寄せてくれるおかげで耐えきった。片腕で顔を庇う様に構え続ければ、転移に似た感触が全身を覆う。それから闇が薄れて行き、不意にそれが差し込む光によって割れた。
そして次の瞬間には、闇が一気に砕かれた。
内側から闇が耐えきれずに崩れ、ガラドアを覆っていたオーロラが消え去る。魔手の様に伸ばされていたオーロラはこの一帯からその手を引く様に砕けて消滅して行き、黒く汚染されていた空は、空気は、そして世界はその本来の色を取り戻す。時は朝から遠く過ぎ去って行き、段々と夕日が沈むオレンジ色に世界を染め上げていた。
だがその輝きは黒を全て払拭する程の美しさがあり、黒に染まっていた世界を新しく塗りつぶしていた。その色の、世界の移り変わりに思わず言葉を失っていた。
美しい。貧弱な語彙で見つけられる表現方法がそれだけだったのだから。そしてそれを成し遂げたのが、俺達なのだ。この世界で1番最初に、初めて、唯一無二の足跡をつけたのが俺達。はは、と笑い声を零しながら人差し指を立てて、それをニーズヘッグに見せた。
「We, the World First」
俺達が、一番最初にこの世界を救ったのだ。
「ははっ! やったわ! やったわねボス!」
飛び上がりながらニーズヘッグが抱き着いてくる。そのまま体を持ち上げられてぐるんぐるん回される。夕日が差し込む世界、そこで喜びを分かち合う様に笑い声を大きく吐き出しながら小躍りをする。だって、この先どれだけ強く、賢く、そして才能で溢れたやつが出てこようと関係ないのだから。この世界、このゲーム、この歴史の中で、
一番最初にこの世界を解放したのは俺達だって事実は、絶対に変える事が出来ないのだから。
そう、誰もが絶対に追いつけない足跡をここに残したのだから!
この、俺達が歴史に最初に名を刻んだのだ!
だがまだだ、まだこれはスタート地点でしかない、ここから本当の挑戦が始まるのだから。まずはマルージャ解放だ。それが終わったら現在実装されているシナリオを俺達の手で進めて、挑戦できるラスボスを引きずり出す。
そしてそのラスボスを俺達の手で、最速で滅ぼす。
そうやってこの世界に実装されている最強最大の敵を世界で1番最初に攻略してこそワールド・ファーストだ。
「……本当に攻略してしまったんですね」
呆れたような、感嘆するような、驚きの感情を声に混じらせながらフィエルの声がした。ニーズヘッグから解放されながら視線を宿場町の方へと向ければ夕日を浴びて神秘的な色に染まるフィエルの姿があった。悔しいが、今この時彼女は本当に女神の様な神々しさを美しさを兼ね備えていた。
「どうだ、参ったか」
「私たち、強いのよ」
「えぇ、嫌というほど解らせられました。そして……はい、心の底から祝福します。この世界で1番強く、そして1番早く解放の道をたどっているのは貴方達であると。その事実をここに認めます。おめでとうございます、アインさん、ニーズヘッグさん。宣言通りのトップですよ」
「ははは」
笑いながらニーズヘッグともう一度視線を合わせ、ハイタッチを決めれば、それを見ていたフィエルもどことなく笑っているのが見える。
「いえ、もう、ほんと滅茶苦茶ですよ。本当ならここは4人で攻略するところですし、20分間も戦闘続きなんてふつうは集中力が持たないですし。回復もなし、攻撃を受けようとする姿勢もなし、ひたすら見切って上から攻撃し続けて圧倒して倒すなんて……」
それは、
「いけない事なの?」
ニーズヘッグの言葉にフィエルは頭を横に振った。
「いいえ、いいえ。それで良いんだと思います。少なくとも神々はそれを賞賛していますし、楽しんでいます。それこそ多様性であり、自由なんですから。きっと、独自の路線で成長を求め、そして夢を掲げて破天荒を貫く貴方達こそが理想的なプレイヤーの形なのかもしれません」
「流石に恥ずかしいから褒めるのはそこまでにな?」
うん、ちょっとストレートにそう言われると恥ずかしいものがある。だから軽く頬を掻くと、フィエルが微笑み、
「では、イベントを進めましょう! さあ、新たな町の解放と得るべき栄誉を―――!」
そう言ってフィエルは両手を振ると祝福するかのような光が町を走る。それと同時に完全なクリア判定が出たのか最後の宝箱が足元に出現し、そしてIDクリアボーナスという書かれた経験値の取得がホロウィンドウにレベルアップ表記と共に出現する。町中に咲き乱れていた魔晶石は女神の手の一振りによって全てが砕かれ、その中から封じられ、眠らされ、とらわれていた人々が解放される。
そして最後に、称号取得のホロウィンドウが出現した。
〈解放者〉。それはこの世界を断絶する謎の現象に立ち向かい、解放した者が得る称号。
そして〈夜明けの先駆け〉。もっとも早く、断絶からの解放を成し遂げた者に与えられる称号。
これによって、最初のID攻略及び解放は成し遂げられ終了した。
これにて最初のID攻略は完了。以降はこの町の近くにポータルが出来て、そこから再現IDに突入する事が出来る。なお称号とかは手に入らない模様。
まずはワールド・ファーストへと向けた一歩目。