「さあさあ、存分に飲んでください食べてください! なんと言ったって貴方達は我らの恩人だ!」
「幸い肉も野菜も凍っていたのか全く問題なし! じゃんじゃん新鮮なご馳走を食べてください。ここは牧場が近いですから美味しいお肉が手に入るんですよ」
「食べなきゃ腹を切ります」
「食うから! 食べるから! 頼むから腹を切らないでくれ……」
はぁ、と溜息を吐きながら手渡されたエールを飲む。なんというか―――ガラドアの人々は凄く善い人たちだった。そりゃあもう解放されたら物凄い喜んで、宝箱の中身をチェックしている間にいつの間にか囲まれ、そのまま喜びの胴上げをされて、近くの酒場まで連行されてしまい、そのまま宴会コースだ。宝箱から出たのは《ガラドア・キャスター・チュニック》と《ガラドア・キャスター・グローブ》で、どっちもキャスター用の装備だったのは実に良い事だったんだが。それを確認する前に酒場に缶詰めになってしまった。
それも滅茶苦茶善意と喜びでこんなことをやっているんだから逃げ出す事も出来ず、延々と付き合わされてしまっている。レベルも11に上がったのだから装備の更新とかやりたい事色々あるんだけどなぁ……なんてことも考えてしまう。だけどここの人たちのこの笑顔とはしゃぎっぷりを見ていると、流石に抜け出すの憚れるというものだ。仕方がないから今夜ぐらいは付き合う事にする。今、間違いなくレベリングという意味では自分たちがトップレースを独走しているだろうし。
焦る必要はない。
「んんんむ、美味しい―――! く、悔しいけどこれを食べちゃうとスーパーの安い肉が食えなくなっちゃう」
「おかわり」
「姉ちゃんたくさん食べるなあ! もっと食いな食いな! こんな時ぐらい勘定抜きで祝わねぇとな!」
「おーい! 最高級ワイン持ってきたぞー!」
「いえええ―――!」
「ええんかあれ……」
呟きながらも食べるのを辞められない。これ、多分日本円だと1枚数万とかそういうタイプの肉なんじゃねぇのかなぁ、という感じの味がしてる。駄目だ、普段は安物しか食べてないからこの味を表現する事が出来ない。ただただ、食ってると今まで食ってきた肉はなんなの? なんだったの? そういうレベルで次元違いの美味しさを口の中に叩き込まれている。ずるいなー。なんでこんな美味しいんだろ……。
リアルでの食事から逃げてしまいそうになる。
だけどコンディションの調整とかの都合で、リアルの食事もちゃんと取る必要がある。
まぁ、このVRが一般化するにあたって食事も割と問題の一つとして取り上げられている。コストなく美味しい食事がVRでとれるなら、リアルでの食事を嫌がる人が出てくるんじゃないか、という話だ。
結論から言うと、お腹がいっぱいにならない。
VRでどれだけ満腹になっても、リアルでは空腹なままだ。
そしてその脳の動きをギアは察知してくれる。一定以上の空腹を感じた場合、警告を行い、それ以上は強制ログアウト、満たされるまではログインできないように装着する度に状態のスキャンを行うらしい。そういう訳で食事を取らずにダイブし続ける……なんて事態は起きないらしい。
まぁ、何とも便利な技術だ。
だからここでいくらでも食べても平気なんだが―――まぁ、お腹いっぱいになる感覚もあるし、こっちで食べていると美味しさのあまりリアルでの食事が辛そうな感じはある。そういう事は考えてなかったなぁ。でもこれ、高級な肉っぽそうだし、あまり普段から食べられないのが救いか。だったら今だけ食べちゃおう。そう思って口に濃密な肉の塊を運んで飲み込んでしまう。口の中で溶けてしまうその感触と味わいはやはり、言葉にはできない。
「はぁ、うめぇ……」
食べて納得し、満足する。あまりたくさん食べる性質でもないので、丸々1枚食べたところで満足してしまう。エールもエールでキンキンに冷えていて、20分間も耐久殴りしていた後で飲む事が出来るのだから最高に美味しく感じてしまう。ここが楽園だったかぁなんてふざけた事を考えつつも、先のことを考えてしまう。
とりあえずこれでマルージャへと繋がる道を確保したが、この先にもいくつか断絶がある。となるとまたIDの攻略が必要になってくるだろう。ただ今回はうまくいったが、死亡前提の難易度のギミックが組み込まれていたりしたら最悪詰みスポットがあるかもしれない。そう考えるとマルージャまで、臨時でメンバーを雇う必要があるかもしれない。
「いや、そもそもからしてフルメンバーのパーティーが8人か。そう考えたら後3人はどっからかスカウトしなきゃならんか」
目立つように動いているのは同じ志を持つキチガイが自分に興味を持つように、という部分がある。こういうもんは協力者の類が居るのが一番捗る。可能なら生産専門のチームが味方に欲しいのが本音。そう考えるとダリルシュタットに戻ったら、勧誘に走る必要があるかもしれない。
「うちのアクの強さに匹敵する人材で、動ける奴か……難しいな」
恐らく30過ぎたあたりからそこらへん、そういうコンテンツが増えてくるんじゃないかなって思っている。だからそれまでに何とか8人フルメンバーを揃えたい所だ。
「おや、どうされましたか稀人様。酒が進んでいないようですが」
「え? あぁ、ちょっと考え事を。えーと、貴方は……」
思考に埋没していたところを声に引き戻された。話しかけてきたのは禿げ頭で少し太った、どことなく優しそうな気配のする男だった。
「失礼しました、私はこの町の町長でして。ついでに言えばこの近くにある農場の主でもあります」
「あぁ、そうでしたか。おめでとうございます。これから大変でしょうけど」
「いえいえ、命さえあればどうともなりますとも。だからこそ稀人様には心からの感謝を。貴方様がこられなければ、私たちは永遠にとらわれたままでしょうから!」
勢いのあるおっさんだなぁ、とがっはっはと笑う姿を見て笑みを浮かべる。本当に、現実の人間と何も変わらない反応を示してくるこのNPC達は実は中身のあるアクターではないのか? と接していると思わせられる。AIと人間、その差はなんなんだろうかという事を考えさせられる。
「おぉ、そうでした。つきましては町長としてではなく、私個人としてのお礼を差し上げたく思いましてなぁ!」
「いや、流石にこれだけ食わせて貰ってるからこれ以上は」
栄誉と最強の証の為にやっているもんだから、そこまで感謝されても困るんだけどなぁ、と思ってても町長のおっさんは強引に話を押し通してくる。
「いやいや、ここで恩返しせねばならないでしょうよ! この時を過ぎれば次に会えるのは何時になるのか解りませんからな! なにせ、稀人様だ……少しすればまた遠くへ行ってしまうだろう」
「いや、それは、まぁ」
「ですから! 明日の朝! とっておきのお礼を用意しておきます故に、しっかりとお待ちくださいな! なぁに、今晩は宿を此方で手配しております、何も心配せずに休まられよ!」
「……うっす」
あまりのテンションの高さと勢いの良さに押し切られてしまう。まぁ、そろそろ時間的にログアウトしたいのも事実だ。となると無理に数時間かけてダリルシュタットに帰らず、ここでログアウトすりゃあいいかなぁ、というのはありだ。
……そう思っておく。
「とりあえず食べ終わったら、用意された部屋でログアウトかなぁ……ニグは―――」
視線をニグの方へと向ければ大の男を片手で振り回しながらもう片手でエールがなみなみと注がれたジョッキ振り回していた。その姿を見て、両手で顔を覆った。
「アレの始末しなきゃあかんのか」
やだなぁ。
「あー……アイツほんと酒癖悪いからなぁ」
引きはがして部屋に投げ込んでログアウトさせるまで相当時間がかかってしまった。ギアをベッドの上に放り投げながら着ていたシャツを脱ぎ捨てる。ゲームの中で酔っ払えるって相当アレだよなぁ、という感想で今回の件は終わらせておきたい。
「晩飯はどうすっかなぁ……なんか適当に作るかー……手のかからない範囲で」
シャレム内で結構おいしく食べちゃったからなぁ、という感じがある。いや、やっぱ負けられねぇわ。ちょっと良いもんに挑戦するか。
パソコンの前に滑り込んでなんか自分でも作れそうなレシピを探そうとして―――新しいファイルがデスクトップにあるのを見つけた。
「あー、あー……そっか、配信した時の映像データか。どうすっかなぁ」
編集してアップしても別に良いけどなぁ。その時間がもったいない。まぁ、いいや。軽く編集してミーツーブにアップするか。シャレム原初のテロ動画として歴史に残ってくれ。
「酒はしこたま飲まされたから良いとして……今夜は野菜中心で行くか」
野菜炒め、サラダ、確かリンゴ酢ドリンクが冷蔵庫にまだ残ってた筈だからそれも出すか。デザートにはダッズのアイスクリーム。今日はサービス開始日なので特別に買ってきてしまった。これは普通のアイスよりお高いから美味しいぞぉ。
てろん、と音がPCからなる。デッスコードからメッセージが入っている。
狂犬『(´・ω・`)』
鍋類『あ、あれは反省のポーズ! 可愛い顔してれば許されると思ってるやつ~』
梅☆『顔が良ければ許されると思うなよ』
狂犬『殺すわね』
梅☆『お、やるか???』
鍋類『かかってこいよぉ!! 剣が相手してやるよ!!』
省略『は?』
梅☆『前より名前短くなってる』
省略『いや、皆名前2文字縛りしてるから……』
「今更だっつーに」
小さく笑い声を零しながら手をキーボードに伸ばして、入力する。それを終えたらとりあえず晩飯の準備と、風呂の準備だ。先に湯を溜めちゃった方が早いか。冷蔵庫に迎え前にそっちへと向かう。
1様『今更だろ』
今夜はここまで。徹夜する様な遊び方はしない。長く、楽しく遊びたいなら適度な時間を守って遊ぶ。その上でリソースをしっかりし、リアルと仮想を区別してどっちも楽しむ。本当のガチで遊んでいる奴ってのはそういう風に楽しく物事に手を出しているんだ。だから俺達もそうだ。ガチで遊ぶ分、それだけリアルも全力で楽しむ。
どっちか、ではなくどっちも。
それが俺達のプレイスタイル。
だからきっと、明日も楽しい1日になる。
なおタンヒラ蟲毒の事はすっかり忘れている模様。