べちゃり、と音を立てて床に倒れた。
「まぁ、今日はこれぐらいにしておこうかのぉ。思った以上に全体の成長が早いし、これなら今週には《火魔法》だけなら極められるかもしれんの」
「……うす」
スキルレベルを強制的に引き上げる爺の修行、本日分終了。気合を入れるって宣言しただけあって内容は口に出すのが憚れるレベルで酷かった。殺されたと思ったら無理矢理蘇生させられて再びデスペナに追い込まれるの、あまりにも無慈悲で地獄だった。そうか、ニーズヘッグもこれを経験してたのか。アイツもジークフリート相手にリベンジを挑んだらしいし、今度はもう少し優しくしてやろうと思った。だけどその前に俺の体に優しくしてほしい。やっぱ死ぬのは痛い。しかし《火魔法》を受けて体で覚えたほうがスキルトレーニング早いんだなぁ、と思うとこのスキルのトレーニングをシステム的に組み込んだ奴はキチガイだと思う。
それはともあれ、これで《火魔法》が5に、《時魔法》が4になった。サービス開始数日でこの成長はなかなか……いや、遅いのか? 他のMMOであればもう既にカンストしているガチ勢が出てくる時期だ。それを考えたら全体としての進捗は遅い方なのかもしれない。それともこのゲーム自体があまりハイペースで物事を進めるつもりがないの、か。
まぁ、どちらにせよ、自分が最善と思うペースで攻略と育成をしなくてはならない。
《火魔法》で新しく習得したのは〈ヴァルカン〉という魔法だった。〈イラプション〉の直後であれば詠唱無しで追加発動できる範囲魔法であり、〈イラプション〉の発生地点にその発動後、マグマの間欠泉を発生させるという魔法だった。ぐう有能。範囲狩りが捗る。〈バースト〉を習得した後なので範囲狩りの正統強化が来た感じだ。
それと比べて《時魔法》はかなりやばいのが来た。〈ヘイスト〉、CT120で効果時間15秒の単体対象バフだが、効果を受けた者は15秒の間、あらゆる動作、行動、詠唱速度が1.5倍になる。何をどう見てもぶっ壊れ魔法だ。15秒間の間詠唱が1.5秒カットできると考えればあほ程恐ろしい魔法だと解ってしまう。これをニーズヘッグ辺りに使ってみろ。あのチェーンソーを1.5倍の速度で振り回してくるんだ。恐ろしくないわけがないだろ。
「この〈ヘイスト〉って魔法やばくないですか」
「《時魔法》を10まで上げれば再使用までの時間が60秒まで減るぞい」
「マジっすか」
「ちなみにこれ、友情破壊魔法と呼ばれている所があってのぅ……」
「やめてください」
こんな強力な対象を選べるバフ、単体にしか付与できないのにDDとキャスターなら誰だって欲しがるに決まってるじゃん。下手に誰かに投げたりしたら他のDDからなんでくれなかったの? って睨まれるやつじゃん。これを習得する為だけに《時魔法》を取得するの全然ありってレベルの強さだぞ。
「ちなみにじゃが《結界術》と組み合わせれば全体に1.2倍で撒く事が出来るからの、早めに習得するのをお勧めするぞ」
「うごぉ……」
《深境》関連で他の属性魔法を習得したけど、魔法エディットにバリエーションを増やす為に《結界術》とかも習得したい。習得したいスキルが多すぎて何もかも困る。とりあえずはレベル20にして《火魔法》を10にすればスキルスロット2枠開くからそこに属性魔法と補助魔法スキルを入れれば良いのだろうが。
「さて、今日の鍛錬はここまでじゃ。あまり急に詰め込んでもありがたみが薄れるからの」
「うーっす」
まぁ、パワーレベリングされるとレベリングの楽しさを奪われる感じはあるので、これぐらいのペースがありがたくもある。とりあえず本日のトレーニングが終わったので起き上がり、埃を払いながら立ち上がると魔法が飛んできて体力と装備耐久が一気に回復する。便利な魔法を使うよなぁ、爺。ちょっと羨ましく思いながら腕を組む。
「うーん、アビサル実証組からの連絡が来るまでは暇だしなぁ……ニグ連れてレベリングに行くか」
「頑張れ若人よ。心身ともに鍛え上げよ、でなければ儂も教えたいものを教えれんからな」
「もうちょっと自分本位さを隠して」
「嫌じゃが」
このクソ爺……と小さく呟きながら軽く頭を下げて部屋を出る。向かう先は昨日から王城に貸して貰っているゲストルームだ―――なんかもう、普通にあそこを拠点として利用して貰って全然問題ないらしいので、もう普通に利用することにしている。今度からエルディアでログアウトする時はもうあそこで良いんじゃないだろうか。
なんだかんだ爺さん、やる気があるので頭は上がらない。
とりあえず部屋を出て王城の廊下に出ると、中央まで戻ってから使わせて貰っているゲストルームまで戻ってくる。扉を開けて中を覗き込めば、メイドのシャーリィの姿はあるがニーズヘッグの姿はそこにはまだない。
「アレ、ニグはまだ終わってない?」
「まだ此方へは来ておりません。どうします? 湯あみの準備でも致しましょうか」
「風呂入れるのかここ……」
え、めっちゃ興味ある。王宮の風呂使って良いの!? 物凄い興味あるんだが!? アレでしょ、銭湯みたいな超でかい奴でしょ? 私、すごく興味あるわ! 今すぐ入ってみたいわ! いや、マジで。
でもね、
「ニグを放置しちゃうと拗ねちゃうからなぁ。先にアイツを迎えに行ってくるよ」
「解りました。ニーズヘッグ様が訓練されているのは第1訓練場でしょう。それなら城内を西側へと抜ければたどり着けます」
「ありがとうシャーリィさん」
手をひらひらと振ってからニーズヘッグの様子を見に行くためにゲストルームを出た。王城に部屋を貸して貰っているおかげで気分はVIPだ。実際、他のプレイヤーたちよりも信用はあるのだろう。立場で他人にマウントが撮れるのは超気持ちが良い。ニーズヘッグはそういう所頓着しない奴だからなぁー。
というか精神性が凄い特殊というか。
あいつは興味のあるものと、興味のないもので軽く分別する。興味のない物は覚えておくけどまったく興味がないので以降会話に出さないレベルで興味を持たない。なお会話を合わせる努力すらしない。完全に切り捨てている。ぎりぎり覚えるラインまで教育した俺の努力は褒められたい所だ。
それはそれとして、あの大型犬は一体どんな鍛錬を行っているのか、気になる。26回も前回は死んでいるという話なのだから、バチバチにジークフリートとやり合っていそうだなぁ、とは思っている。まぁ、流石のアイツも本気で殺しに行くようなことはないだろう。
「―――!」
全身を甲冑で覆う男が両手剣を握り、吠える。1歩目から足元を砕き、両手で握った大剣を正面に振り下ろした。光の斬撃が空間を両断し、波となって反対側まで突き抜ける。触れてしまえば即死するのが目に見えている動きを相対するチェーンソーを担いだ姿―――即ちニーズヘッグという女は片腕を口に咥えた状態でチェーンソーを担ぎ、横へと跳躍して回避していた。
ただ回避するのではなく、咥えた腕―――つまりは千切れた左腕を投げ捨てる事で、投げ捨てた先でそれを足場にして2段跳躍という芸当を見せた。それによって跳躍からの着地を狩ろうとするジークフリート、光の大斬撃の2波目を低空姿勢で滑り込む様に着地しながら回避し、そのまま片腕でチェーンソーの火を入れながら下から振り上げる。
それにジークフリートの動きが重なる。
鋼と鋼を削る音が衝突し、異音を空間に響かせながら一瞬の拮抗を生んだ。
「温い!」
ジークフリートが僅かに引いてチェーンソーが押し込まれた瞬間、生まれる
だがリアクションが遅い。ジークフリートのアクションのがコンマ秒で早く、
ニーズヘッグの体が吹き飛び、そこに聖剣による追加爆撃が3連打叩き込まれる。
「次だ、起こせ」
「は、はい―――〈ソウルリターン〉!」
待機していた回復術師がやや引きながらジークフリートの指示を受けて蘇生魔法を発動させる。シャレム世界の住人は死亡したら通じず、瀕死程度じゃないと蘇生魔法は通じない。だがこれがPCであれば、死亡状態からこれで復帰できる。そういう訳でミンチとも呼べるような状態であったニーズヘッグは蘇生魔法からの回復魔法を受けて、まるでゾンビの様に立ち上がった。両手で下に吊り下げる様にチェーンソーを構え、僅かに体を揺らして脱力しながら力の流れをコントロールしてる。
あぁ、アイツ戦いながらまた成長してる……。
そう言えばリアルだととんでもないレベルの人外的実力者と戦う機会がないからなぁ、と現実逃避半分に考えていると、ニーズヘッグが地を蹴った。光の柱が数本斬撃として大地から吹き上げながらルートを制限し、それを回避しながらニーズヘッグが一気に切り込んだ。正面から衝突しながら反動で飛び越え、ジークフリートの背面に回り込む。下から抉り込む様にスイッチの入ったチェーンソーを振るい―――振り向く事もなく、片手で握る剣に遮られる。
うーん、トップのDDを探すならこれと同じレベルを探さなきゃいけないかぁ。
つくづくメレー枠選ばなくて良かったなぁ、と思った瞬間、訓練場の入り口から様子をうかがっているのがニーズヘッグにバレた。直前までは人を殺す様な鋭い目を持っていた表情が一瞬で軟化し、笑みを浮かべて手を振ろうとして、
「あっ」
ジークフリートにアクションに割り込まれて体を真っ二つにされていた。
そりゃあ26回も死ぬわこれ。
ニグ「わんわん」
ジーク「成程、言葉で語るより身に受けたほうが覚えると、拝承した」
部下「えぇ(ドン引き」
そら引くわ。