断絶世界のウィザード   作:てんぞー

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王国同盟 Ⅹ

 それからしばらくはアーク殿下のお茶会に付き合った。やはり代理であれ、王の位置は気苦労が絶えないらしい。結構ストレスもたまるらしく、疲れているのが言葉の端から伝わってくる。実際、アーク殿下は未熟だ。若いし、威厳は薄いし、これで政治的な判断が行えるかどうかで言えば、難しい。その為実質的な政務のあれこれはそれが解る臣下に任せており、アーク殿下の主な仕事は判断する部分にあるらしい。だがそれは同時に判断を任せられ、全体の流れを把握するという事でもある。継承権からしてそもそもそういうポジションに来るとは思っていなかったアーク殿下はそこらへん、非常に狼狽した。まさか自分がこんなことをする事になるとは思いもしなかっただろう。

 

 それからひたすら民をどうやって生かすか、どうやって勝つかを考える日々。他国の英傑も一時避難という形でエルディアにいるし、目と鼻の先の港には兄がいる。その状況で何かをしなくてはならない、というプレッシャーがアーク殿下を常に襲っていた。

 

 ……そりゃあ気も病むし、参るわ。だけどこの状況でそうならず、自分というものを貫いて頑張っているのだ。それをアーク殿下は自分が王族だから。自分が王家の一員として陣頭に立つのは役割であり、と言って完全に割り切っていた。そこには迷いも、そして怖れもない。ただ疲れだけがあった。そう、あの少年は何も間違っていると思ってはいない。ただ場違いだとは思っているが、それでも自分の行いが正しいと信じて進んでいる。

 

 だからこそ、臣下がついてきてくれているのだろう。彼自身は自分に王の器がないと言っていたが、俺には十分ある様に思える。或いは、だからこそ愚痴ったりする時間が必要なのかもしれない。間違いなくアーク殿下にはその器があるが、未成熟なのだ。完全に王という仮面をかぶって非人間となるにはまだまだ時が必要だ。そしてそれに耐えきれるほど体と心が出来上がっていない。だから仮面を外し、深呼吸する必要がある。それがこの少年には必要だった。まだ、義務感と使命感で生き続けられる程人生を経験してないのだ。

 

 そんな少年にこの役割を与えなくてはならない事が、この状況一番の地獄なのかもしれない。

 

「ふぅ―――ごめん、そしてありがとう。稀人とこうやって直に接して解ったよ。君たちは僕たちと何も変わらない普通の人たちだって。ただちょっと成長力と素質が特殊なだけで、根本の人間的な部分では僕たちはそう変わらないんだな、って」

 

 お茶会も時が進むと外が段々と暗くなってくる。もうそろそろ夜だ。そんな時間になるとこちらもログアウトして夜の支度とかをしなくてはならない。まぁ、それまでは多少時間の余裕がある。それに長々と話をしていた影響か、アーク殿下は心なしか少しすっきりしたような表情をしていた。

 

「まぁ、俺達俗物ですからね」

 

「即物的でもあるわ」

 

「うん、なんかそこらへんは伝わった。今日はありがとう。そして明日は宜しくお願い。僕もエルディアの現・全戦力を投入してアビサルドラゴンを倒すよ。そこに一切の躊躇や戸惑いを見せない。だから稀人達もお願い」

 

「いえ、そこまで言わなくても大丈夫ですよ。俺達こういうお祭りみたいなの好きなんで。絶対に達成するまで何度死んだってやり遂げますよ」

 

「そうなの? うん、ありがとう」

 

 とはいえ、アークの様子は未だにちょっと不安を抱えているようにさえ見える。根本的な部分で、自分という存在に対して自信がないのかもしれない。ポジションと経歴が経歴なだけにしょうがないと言えてしまう部分もあるのだが、これはこれで、

 

 ―――見ていてちょっとイラっとするかなぁ。

 

 こう、ちゃんと能力があってできているのに、それを謙遜していたり。或いはこう……自分に自信のない奴とか。ちゃんとできているし能力がある事は証明されているんだぜ? だったらちゃんと胸を張れよ! 空虚な自信のなさ程見ていて気持ちの悪いものはないし、今のアークの状態はそれに近いと思う。だってこのショタは、明らかに頑張っているし成果だって出しているんだ。俺には絶対無理って言える環境と状況で頑張っているのに、なのに言葉の端には辛さと自信のなさが滲み出ている。

 

 それがどうも、癪に障る。

 

 イラっとするのだ。

 

「……アイン?」

 

 アーク殿下が首をかしげてこっちを見るのに合わせて、ニーズヘッグが首をかしげてこっちを見る。おい、暇だからって真似してるんじゃねぇ。いや、違うだろう。

 

「ちょっと失礼します」

 

「え、うん」

 

 席から立ち上がり、素早く扉から出ると、扉の向こう側で立ち、周りを見渡す。

 

「あー……います?」

 

「私の事をお探しですかな」

 

「うおっ」

 

 周りを見渡すと何時の間にかすぐ横に老紳士の姿があって、びっくりしてしまった。本当に気配も音もさせずに出現させたからビビる。いや、それはそれで良いのだが。なんだかんだで新鮮で楽しい経験だし。ただそれはそれとして、

 

「えーと……執事さん?」

 

「ほっほ、セワスチアンでどうぞ」

 

「あ、はい、えーと、セワスチアンさん」

 

 まぁ、見えないけどこの人常にそばにいるだろうなぁ、って大体の予想はついてたし。だから周りにセワスチアンしかいないのを確認し、扉の向こう側に声が届かないのを気にしてちょっと声量を落として、人差し指を立てる。

 

「―――ちょっと殿下に、悪い遊び教えちゃいません?」

 

「ほほう」

 

 此方の提案に、セワスチアンは楽しそうに表情を歪め、髭を撫でた。

 

 

 

 

 サスペンダーハーフパンツにシャツ、そしてベレー帽。労働階級の少年の基本セットであり、ショタセットでもある。ショタと言えばこの格好だろう、というレベルのアレだ。後は伊達眼鏡を装着させて深めに帽子を被れば印象はだいぶ誤魔化せる。服を王城から持ってきたら品質でバレるし、セワスチアンの協力もあったし街から古着を購入して貰った。それにアーク殿下を着替えさせれば、王城に残されてしまった悲劇の王子から少しぼろい服装に身を包んだ、素材の良いショタのアーク君に変身する。まぁ、細かい部分―――それこそ手と爪の汚れとか、肌荒れとか。そういう細かい部分を見る人にはこの手の変装はばれてしまうのだが、そこまで詰めるレベルを求めている訳じゃないので、パッと見てアーク殿下であるとバレず、アーク君としてだけ認識されればオッケーだ。

 

 いや、まぁ、つまりは悪い遊びとはアークという少年を王城の外に連れ出す事なのだが。

 

「あ、あの、ボクは外に出るべきではないと思うんだけど!」

 

「まあまあまあまあ」

 

「どうどうどうどう」

 

「ごまかし方酷くないかなっ!」

 

 気にするな今は少年。

 

 そういう訳で場所は王城内ではなく、城下町のダリルシュタットへと移る。セワスチアン、そして更に巻き込んだ師匠の力を借りて他の兵士や騎士になるべくバレないように最低限の護衛だけを影に潜ませて、後は城内から城下まで直接テレポートで送ってもらう事で対処して城内を脱出した。これによって強制的にお着換えからの誘拐コンボを喰らったアークは仰天の表情を浮かべており、信じられないものを見る様な表情を浮かべている。

 

 だけどこれ、セワスチアン公認なんですよ。諦めて今夜は俺らと遊べ。

 

「いや、その僕にはやる事が」

 

「お茶美味しかったね」

 

「何もしない時間だったわよね」

 

「僕には義務が!」

 

「休む事も義務やぞ」

 

「それとも休まず働けるほど超人なの?」

 

「危ないから!」

 

「害するような存在が存在しない今の世界で?」

 

「あの屋根の上をみて」

 

 ニーズヘッグが屋根の上を指さすと、そこには一瞬だけ全身鎧の姿が見えるも、次の瞬間には溶けるように消えた。恐らくは隠密状態に戻ったのだろうが―――アレ、鎧の感じは完全にジークフリートのだよね? え、もしかしてあそこまで聖剣ぶっぱ乱舞とかビーム祭りとか波動砲とか放つ癖に隠密技能まで鍛えてあるの? マジで? あの英雄マジでちょっと隙が無さすぎない? 遠近の上に潜入暗殺までこなせるのマジで理想の万能ユニットって感じなんだが?

 

 えー、隠密技能ちょっと学んでみたくなったな……。

 

 なお、そんな事を考えている内にただの少年アークは、

 

「えー……ジークフリートまで……」

 

「だから気にしなくていいわ。ほら、遊びましょう。夜も楽しいわよ」

 

「あっ、あ―――!」

 

 ニーズヘッグが片腕でアークを持ち上げると、そのまま連れ去る様に夜のダリルシュタットへと走り出す。アイツ、自分よりも年下の知り合いがほぼ存在しない分、初めて誰かに世話を焼くという概念に対してテンションを上げている疑惑がある。その姿に苦笑しながら、軽く走ってその姿を追いかければ、早速―――というか当然の様に屋台の前に足を止めていた。そして躊躇なく2人分購入すると、自分とアークの分を分けていた。

 

 いきなり串焼きを渡されたアークがそれを手渡されて困惑している。歩いて近づきながら、上から少年を覗き込む。

 

「どうした? 食べないのか? それとも食べたことないのか?」

 

「いや、串焼きを食べた事はあるけど……良いのかなぁ、って」

 

「あん!? うちの串焼きが食えないって!?」

 

「え、あ、あ、いや! そうじゃないよ! そうじゃないよ!」

 

 屋台の店主の脅迫の様な声にアークが驚きながら急いで串焼きに齧りつくと、その表情が輝いたように見えた。同じように表情を見ていた店主がその表情が言葉よりも雄弁に全てを語っているのを理解し、満足げに頷いている。

 

「なんだ味の解るガキじゃねぇか。良し、もう1本オマケしてやる。ちゃんと食って大きくなるんだぞ?」

 

 アークにもう1本追加で串焼きを押し付けると、アークが困惑した表情を浮かべながらそれを受け取る。

 

「え、えーと、いいの……ですか?」

 

「あぁ!? ガキが遠慮なんてすんなよ! お前らは遊んで笑って大きくなるのが仕事だからな! 大人の施しはちゃんと受け取れよ!」

 

 がっはっは、と笑う店主の表情には欠片も翳りがなく、気力と生きる力で満ちている。その様子にアークが圧倒されているのを感じつつ、軽く笑みをこぼす。そのまま呆然としているアークを持ち上げると、肩車しながら歩きだす。

 

「さーて、次行くぞ次。夜はまだ始まったばかりだしな」

 

「え、あ、うん」

 

「次はあっさりしたものが食べたいわ」

 

「お前と一緒だと食べ物ばかりじゃん……」

 

「食べるのは楽しいわよ」

 

「太るぞぉ?」

 

「は? 太らないわ。脂肪は削ぎ落すし」

 

「手段、おかしくない……?」

 

 普段より少しだけ騒がしい夜が始まった。




 ショタを悪の道に引き込む悪い大人たちの姿。

 それはそとれして、ここすき利用の活用ありがとうございます。アレを使ってくれると読者が何が好きで何を読みたいのか、ってのが解りやすく見えるんですよね。感想書くのが面倒って人は活用してくれると、自分好みの文章が増えてくるかもしれませんね。

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