断絶世界のウィザード   作:てんぞー

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王国同盟 Ⅺ

 人生は、一生付き合って行くもんだ。

 

 ならそりゃあもう、楽しまなきゃ損だろ。

 

 苦しんで生きる? 馬鹿じゃねーの。生きてるなら楽しまなきゃダメだろう。

 

 俺はそういう所、こらえ性がない。生きるなら楽しみたい。何かをするなら楽しくやりたい。楽しくもないのにやる事には興味が欠片もない。好きなことを仕事にしたい。勉強するなら好きな事が良い。だからやる、やりたい! そう決めたら全力でやる。楽しいからこそ全力が出せる。まぁ、時々疲れちゃうし、飽きちゃうから適度な休息だって必要だ。だけど世の中、楽しい事で生き続けられたらそりゃあもう、

 

 サイコーじゃん?

 

 という訳で、人生をそれなりに楽しむコツというものを言葉ではなく、実感として与える事にした。肩車した状態で夜のダリルシュタットを歩く。

 

 おそらくはこんなことをした経験はないだろう。お忍びで城下町を歩き回るとか。たぶんこれまで凄く大事に育てられてきたというのが態度や言葉の端から伝わってきている。教育に間違えた要素なんて1つとしてないだろう。だけどそれはそれで面白みのない少年だ。もうちょっと俺好みってのは―――まぁ、破天荒で、こっちを引っ張って引きずり回す、そういう強引さがないと面白くはないだろう。

 

 だから楽しさというもんを叩き込む。

 

 串焼きを食べ終えたら今度はマーケットを歩く。様々な露店が並ぶこの通りは店を持つ事の出来ない人たちが道端にマットを並べ、或いはワゴンを並べ、そこに商品を展示して販売している場所だ。許可さえもらえれば誰であろうと商売が許される為、昼でも夜でも賑わっている姿が見れる。ニーズヘッグの様な無限の胃袋を持たないアークでは少ししか食べる事が出来ない。だからさっさと屋台からエネルギーを摂取したら、次に生きる力で溢れている場所へと来る。

 

 まだ半ば呆然としている様子は事実だが、しっかりとマーケットの様子を見ている。だからその姿を軽く揺らした。

 

「こっちに来るのは初めてか?」

 

「え、うん。報告は聞いていたし認知はしてたんだけどここまで賑わっているとは思わなかった」

 

「俺達なんて消耗品ここへ補充しに来るしな」

 

「この間も掘り出しものを買ったものね」

 

「なー」

 

 肩からアークを下ろすと少しだけ不安そうにするが、すぐに好奇心に負けて踏み出していた。露店の前まで行くと何を売っているのかを確認するように、1つ1つ足を止めて見て回る。そのすぐ近くでは値段交渉している店主とPCの姿もある。その全てを聞き逃さないようにアークは見ていて、聞いていて、自分の中に取り込んでいた。何故ならそれは何よりも、ここにいる人々が生きているという事の証だったからだ。アークに直接言う必要なんてない。あの少年は物凄く賢い。それだけの教育を受けているのが解るし、性根も真っすぐで綺麗だ。

 

 だからこれを見れば解るだろう。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という事が。

 

 他の誰でもない、アークが王族として立って陣頭で指揮したからこそこの光景がある。他の誰でもない、王族が立っているという事は物凄い安心感を与える―――特に中世・王権の社会では。日本などの現代国家における民主主義などを見ればトップが誰であるかを意識している人なんてだいぶ少なくなってきているだろう。

 

 だけど王族というのはこの時代、絶対的な象徴で神にも等しい存在だ。王があるからこその我ら、という考えがある程に。そしてその時に王を欠くというのは心の支えを失う事でもある。故に、他の誰でもない、アークが陣頭にあるからこそこの景色が守られているのだ。

 

 それをあの少年は、自分の脚で歩いて、自分の肌で感じるべきなのだ。

 

「へーい、そこのおっさん。そのメタルチャーム欲しいんだけど」

 

「お? 目の付け所が良いなぁ。値段はこんなもんだが大丈夫か?」

 

「よゆー、よゆー。後で換金すれば手持ちに余裕あるしな」

 

 ちょっとお高めなのは技術的に結構職人技が入っている辺りが理由だろうか? まぁ、払えない額ではないし、後で値段を王宮に請求するのもケチが付きそうで嫌だ。これは完全に俺の奢りという訳で、受け取った鍵の形のメタルチャームを握り、指笛でアークの気を引く。

 

「リトルプリンス!」

 

「え、僕のこ―――うわっ」

 

「今夜の思い出に取っとけ」

 

 メタルチャームを投げ渡す。受け取ったメタルチャームをアークは片手で持ち上げ、眺めている。王宮の調度品に比べれば間違いなく安物である事に間違いはないのだが、河辺で形の良い石を見つけて拾った、宝物を見つけたような少年の表情を浮かべてそれを眺めているアークの姿を見れば間違ったチョイスではない事が解る。

 

「ありがとう、アイン……」

 

「折角マーケットに来たのに買い物しないのもおかしいしな?」

 

 そう答えると横からちょんちょん、と肩を叩く感触を得る。振り返ればニーズヘッグの姿があり、その手には首輪が握られている。

 

「これ、買って」

 

「チョイスがおかしいし買わせるもんでもないだろ」

 

 ニーズヘッグが頭を横に振る。

 

「違うわ……浅はかね、ボス。いい?―――首輪はプレゼントされるから意味があるのよ」

 

「成程な……」

 

「いや、露店のおっちゃんは納得しないでくれよ」

 

 アークも戦々恐々としながら俺とニーズヘッグを見比べている。いや、違うから。そういう関係じゃないから。なんだそのうわっ、鬼畜男……! みたいな視線は。いや、買わねーぞ流石に! 何が好きで女に首輪をプレゼントしなきゃならねぇんだよ。

 

「というか明らかに首輪をプレゼントする男とか人としてやべーだろ!」

 

「そうだな、俺なら通報するわ」

 

「うるせぇよおっちゃん!!」

 

「でもボス」

 

 ニーズヘッグが反論してくる。

 

「ボス、気の強い女の子を屈服させるのがタイプでしょ」

 

 ニーズヘッグの言葉にんふっ、と思わず変な声が漏れてしまった。いや、待って。俺流石に女の子の前では性癖の話なんてしないよ? 一応そういうデリカシー備えているよ? こっちのヘルチワワとは違って流石に常識ぐらいは搭載してる。

 

「なんでだよ!」

 

「梅が言ってた」

 

「梅ェ―――!!」

 

 まさかの身内の裏切り。いや、まさかじゃねぇわ。アイツならバラすわ。アイツをバラしてやろうか。絶対に許さねぇぞアイツ。

 

 心の中で復讐を誓っていると、横から肩を抱いて来るプレイヤーがやってきた。

 

「まぁ、まぁ、ボス。誰だって性癖には素直になるもんだから……」

 

「誰だお前」

 

 もう片側から腕を知らない奴が回してくる。

 

「解るよ。解るよ……」

 

「解らないが? お前らの事が解らないんだが?」

 

「だから買って?」

 

「買わないが?」

 

「どうして……?」

 

 どうしてもこうしてもないだろうが最近アタックが強いぞなにがあった。というかアークがあわあわ言いながら両手で顔を覆って―――あぁいや、指に隙間があるぞあのガキ! こっそり見てるじゃねぇか! 興味津々じゃねぇか! おい! 小僧! こっち見てるんじゃねぇぞ! 見せもんじゃねぇぞおら! 大体ペット用の首輪なんてもん購入する訳ないだろ。

 

「買うんだったらちゃんとしたチョーカー購入するわ!」

 

「おぉ」

 

「成程なぁ」

 

「勉強になります」

 

「待ってるわ」

 

「待たなくて良いよ! 一生ねぇから!! オラ! 散れ散れ!」

 

 通りすがりのPC共に腹パンを叩き込んでからケツを蹴り飛ばす。こっちは見せる為にやってんじゃねぇぞ! 蹴り飛ばしてからはぁ、と溜め息を吐く。期待した視線を向けてくるペットの事は無視する。これと付き合っていると本当に性癖を捻じ曲げられそうなので困る。良し、馬鹿も消えたしこれで良いだろう。

 

「次行くぞ次! こんなところにいられるか!」

 

「え、あ、うん、待ってアイン」

 

 ポケットに手を突っ込みながらそそくさと脱出しようとすると、走ってアークが追い付いてきて、

 

「気の強い(ひと)が好きって……?」

 

「そこには突っ込むなッ!!」

 

 本当に悪い遊びを覚えそうになってるじゃん! 誰だよこれ始めたの!




 外堀を埋めに来るチワワ概念。見た目が可愛らしいと侮っていると回りをチェーンソーで薙ぎ倒してから距離を詰めてくる。

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