転移が終了した所で目を開けば、差し込んでくる光に目をもう一回閉ざす必要があった。光を避ける様に片手で影を作りながらゆっくりと目を開き、耳が喧騒の音を受け入れる。聞こえてくるのは足音、そして人の話し声だ。まるで新宿や渋谷の雑踏みたいな人の数、流れの大きさ、そして音の複雑さだ。様々な生活の音が混じりながら響いており、日常というものが展開されている。
なのにここは噴水のある広場だった。白いタイル張りの大地に、それがこの足元から広がって行き―――見えるのは白い街並みだ。美しく並べられた建築物は異国を思わせる様式をしておりながら、そのどれもが古い。見た目が、ではなく街並みが、だ。ヨーロッパの古代を保存した都市の様な、そんな街並みをしている。ネットで前見た、ヴェネツィアとかフィレンツェとか、こういう感じじゃなかったっけ? なんて事を思い出しながらぐるり、と回る様に辺りを見渡す。
見えてくるのは人、人、建築物、道路、馬車、馬だ。どこを見ても高層ビルなんてものは存在せず、振り返って噴水の向こう側に見る一番大きな建造物はお城にしか見えない。もうこれは完全にファンタジーな世界に突入してしまったというのが解る。
「テンション上がってくるなぁ」
完全に異世界に迷い込んだような気分に今すぐ走り出したくなるレベルでテンションが上がっている。ただその前に、視界内で大量のホロウィンドウが出現しているのを処理する事にする。
「えーと、メッセと宣伝とログボか」
MMOでログインしたら良くある奴だ、と謎の親近感を感じてしまう。とりあえずウィンドウが邪魔なので軽く処理する為にもチェックする。宣伝の方は―――課金できる事の表示だ。現在の課金要素はペットとアバターのみ。能力が1の見た目のみのアバター装備を購入する事が出来るのと、戦闘には活用できない、愛玩専用のペットの購入が可能となっている。まぁ、ゆっくりと生活したりファッションを楽しむ時が来たら金をお布施替わりで購入しとくかなぁ、って感じである。
「えーと、ログボはお金か。1000Gが貰えると」
これは初期の保有金と同じ金額なので簡単に考えて最初に使えるお金が2倍になったと考えられる。これで消耗品を補充したりできるので割と悪くはないだろう。とりあえずログボを回収しつつ、次はメッセージを確認する。新規プレイヤーキャンペーンの報酬アイテムセットが最初のメッセージには入っている。
「えーと……中身はお金とアバター品と〈マナストーン〉だっけか」
ポーションが持続的に回復していくのに対して、石系の回復アイテムは即座に欠損を補充する事が出来るアイテムだ……ってのを確か公式サイトのキャンペーン画面で確認できたはずだ。すっかりこの時までこんなアイテムがあるのを忘れてた。ただこれ、たぶん高級品か制限されているアイテムだよなぁ、とは思う。だってこれが主流だったらポーションなんてアイテム存在意義がないし。
エリクサー症候群を起こさない程度には大事にしよう。
「あとは運営からの祝いの言葉か……サービス開始おめでとう」
運営も楽しそうで何よりです。私も全力で楽しませていただきます。ありがたやありがたや。
「ふぅ―――とりあえずビルド終わらせてインしたし、連絡入れるか。ゲーム内からデッスコードってアクセスできたっけ? あ、出来た。外部サービスと連携してるのか。流石だなぁ……」
メニューから外部アプリと連携、デッスコードを選択、IDとパスワードを入力して何時ものチャット部屋にアクセスする。どうやら自分が最後のようで、既に皆揃っているようだった。
「悪い悪い、遅れた」
『どうせビルドで悩んでたんだろ』
「正解。でも妥協できるラインには至ったよ」
『えらい』
『んじゃ合流しよっか。えーと……名前どうしてる? 後場所場所』
「あ、今回はアインでやってる。場所はえーっと」
城の存在を思い出し、ここがどこであるのかを把握する。このゲーム、流石に数万人を同時接続させるという事もあり、
初期段階で拠点となる国家は二つ、
「こっちエルディアだわ」
一つはエルディア王国、今現在自分がスタート地点としている場所だ。その首都―――ここの事だが、”新しき都ダリルシュタット”を中心に広がるこの国家は機工技術、そして新たな魔導の運用、利用法を開発する事を中心に力を入れており、その力を得た強力な騎士団を擁している。今現在その騎士団は世界の崩壊を防ぐ為に最前線へ出動中……というのが事前に公式のトレーラーで発表していた内容だった筈だ。
ちなみにもう一つが森国マルージャ。こっちは歴史と伝統タイプの国で、やや保守的だとか言われている。大森林の中に、その自然の中に溶け込む様に存在するこの国はなんと木の上に首都がある。森に住まう精霊たちと交信し、その力を借りて世界の断絶と滅びを防いでいるという話をトレーラーで見ている。
プレイヤーたちはこの2国のどちらかがスタート地点になる。この2国は世界を断絶する現象によって分かたれており、プレイヤーたちの最初の目的はレベルを上げながらこの2つの国を再び繋げる事にある。無論この他にも国が存在し、様々な特色が存在する。魔導に特化した国家、機工に特化した国家、東洋の国、砂漠の国、人とは違う種族が支配する国なんてものもあるらしい。だがその全ては今、断絶現象によって隔離され、そしてそのまま闇に飲まれてしまった。
この世界に残されているのは今、この2つだけなのだ。
『あー、そっち行っちゃったか』
『俺、トシ、土鍋が森国で、エージ、アキが王国で別れたかー』
「あー、絶妙と言えば絶妙な分かれ方か……というか土鍋?」
『ここにいる馬鹿一名が土鍋を忘れられずに名前を土鍋に』
「なんでぇ?」
『土鍋……』
『その執着はどこから来てんだよ!! 解放してやれよその土鍋!』
『抱きながらインしました』
「なんでぇ?」
今、リアルボディは土鍋抱えた状態なのかアイツ……頭おかしいわ……。
身内の純粋な頭の悪さに呆然としつつ、大体何時もこんな感じだったしまぁ、いいかと自分を納得させて話を続ける。とりあえず身内と3:2で分かれてしまった。ただロール的な内容で見ると、TDHとTDで分かれている。つまり戦力バランス的にはかなりいい感じに分かれているという事だ。これなら無理に臨時メンバーを探さないでもなんとかなりそうだ。
「つーかアキがこっちなのか」
『アイツもかなり頭の悪いビルドしてたから合流したら笑ってやれ』
「ははーん、皆ルール内で頭の悪い構築したな??」
『当然だよなぁ……』
『こんな自由度が高いのに変則ビルド試さない奴がいないんだよなぁ』
『まぁ、なんだかんだで完成度自体は高いと思うよ。ロールからは外れないし役割はこなせるから問題ないでしょ』
そこらへんは信頼しているので心配する程でもない。だけどこっちは2人だけとなったから、しばらくはペアで活動かなぁ、という所だ。
『あ、ボス。こっちから合流するけど動かないでおいて。初期地点でしょ? 姿どんな感じ』
「いつも通りのイケメンだが」
『はっ』
「黙れ土鍋野郎」
ぽちぽちとホロウィンドウに表示されている何時ものルームににやり、と笑みを零してからふぅ、と息を吐く。とりあえず最初にやるべき事、或いは目標が生まれた。分断されてしまったが、元々は一つのチーム、クランとして活動する予定だったのだ。全員が揃わない限りは本格的な活動を開始する事も出来ないだろう。となると最速でこの2つの国を閉ざす障害を排除する、それを目指すのが当面の目標だろう。
後、それとは別に専業クラフターが何人か欲しい。此方の活動に対して協力してくれる生産メインのプレイヤーが。こういうプレイヤーが出てくれれば、それだけ此方の活動が楽になる筈だ。少なくとも攻略などに割く時間が増やせる。ファーストの称号が取り合いになる以上、攻略とレベリングに時間を割く事が出来るのはアドバンテージになる。
「まぁ、とりあえずは合流かな」
今、身内の一人がこっち側にいるらしい。だからそいつと合流したらとりあえず当座の行動を決める為に話し合うとする。そろそろ近くに来ていると嬉しいんだがなぁ、と思いながら周辺を軽く見渡し、そしてあっ、と思い出す。
「アキー。お前今の名前は?」
『あ、そうだった。ニーズヘッグで登録したよ』
「邪悪な名前だ」
『かっこいいでしょ??』
かっこいいのはかっこいいけどさぁ! 主人公タイプの名前じゃないよなぁ、とは思う。いや、もう、土鍋と比べたらなんでもマシに見えてしまうんだが。
『ちなみに俺のPC名は”神空烈滅王神究極超越極絶魔王・剣”だ』
「どこから突っ込めば良いのこれ」
『そのまんまなんだよなぁ……』
「えぇ……マジかこいつ……」
『メインタンクはこの神空烈滅王神究極超越極絶魔王・剣さんに任せろ! 神空烈滅王神究極超越極絶魔王・剣さんにな!』
『というか・が名前に登録出来た事が驚きだよな』
『もしかしてキース・クソザッコーみたいなネーム入力想定していた場合もあるし……』
『でも唐突にキース・クソザッコーさん! キース・クソザッコーさん! 家名が抜けているのでキース・クソザッコーさんは家名のご記入をお願いします! とか言われたら一生立ち直れそうにないよね』
『お前はいったい何の想定してるの』
「おーい、マ……あ、違ったアイン―――!」
「お、こっちこっち」
馴染みのある声に声の主を求めて視線を雑踏の中に巡らせ、直ぐにその人物を見つけ出した。あっちもあっちでどうやら顔そのものはリアルの方から変えないようにしているらしく、リアルとは違って長く伸びた髪が普段知るその姿とは違う。まぁ、元々が美少女だったし手を入れないでも十分と言えば十分なのだ。ただ髪の色を完全な白に染めているとそれだけで全くの別人に見えてくる部分はある。
ただ悲しいか、初期装備は自分と同じらしく、リネンシャツにレザーパンツという格好だ。ただ胸元だけ開けてあるせいで胸が強調されている点が実に素晴らしいとしか評価できない。いいぞ、もっとやれ。
そう思いながらさらなる観察を続けようとして―――凍り付いた。
近づいてくるニーズヘッグを名乗る知り合いの女は武器を担いでいた。
それは大きく、鋼の塊のようで、どうしようもない無慈悲な形をしていた。
それは、
―――どこからどう見ても、チェーンソーだった。
誰が一番ひどいかで投票したら決着がつかないような連中。