断絶世界のウィザード   作:てんぞー

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俺達がナンバーワンだ Ⅶ

 アビサルドラゴンが吠える。

 

 〈挑発〉が放たれ、突き刺さるのと同時に一瞬でタンクのヘイトがトップへと回り、アビサルドラゴンが飛び出す。四肢を大橋に叩きつける様に駆け出したアビサルドラゴンが一瞬でトップスピードに乗る。そして次の瞬間にはヘイトを取ったタンクに噛みつく様にその巨大な顎を開き―――、

 

「一番槍、行くぜ」

 

 噛みつかれるのと同時に目につるはしを叩き込んだ。いや、目には刺さらなかった。そのまま滑るように目に沿い、瞼の間にひっかける様に突き刺した。そのままつるはしは瞼に抉り込み、そして噛みつかれたタンクは持ち上げられた状態のまま真っ二つに噛みちぎられた。1撃、一瞬の死だった。盛大に血をぶちまけながらも笑っている姿はどうしようもなく楽しそうで、やり遂げた男の顔をしている。

 

 その姿を既に全力で駆け出すノルトの上から見ていた。

 

 配信画面もその景色で一気に荒れ狂っていた。

 

 タンクを真っ二つに食い千切ったアビサルドラゴンは残された体を食い残しがないように手で掴んで口の中へと放り込みながら再び空へと向かって吠え―――次の〈挑発〉が突き刺さり、ぎろりと視線を正面へと向けた。それこそ心臓が止まりそうなほどの恐怖の視線が向けられるも、次に待ち受けるタンクは既にすべての装備を外していた。

 

「全裸ァ―――」

 

 叫び、

 

「タ―――」

 

 ポーズを決め、

 

 次の言葉を紡ぐ前に食われた。

 

コメント『流れ変わったな』

コメント『数秒前までのかっこいい流れ返して』

コメント『シリアスは帰ったよ』

コメント『耐えきれなかったんだ』

 

「解るけどさぁ……ははは……」

 

 笑いながら食われた全裸を見届け、次のタンクへとアビサルドラゴンが攻撃を伸ばす。それによってアビサルドラゴンの姿が大橋からどんどん離れて行く。作戦開始と共にその開幕は順調に見える。少なくともプレイヤーたちは己が為しえる最高の仕事を今、行っていた。

 

 ノルトの背の上から全体を俯瞰するように眺めながらアビサルドラゴンのモーション、その動きを観察しながら動作1つ1つにかかる秒数を片手間にカウンティングしておく。だが今のところはそれ以外やる事がない。そもそも自分の役割は想定外の事態に対する対処と指示回しだ。

 

 連中が完璧に役割を果たし、遂行する限りは何も問題なくアクションは続行する。つまり、自分の出番なんてやってこないという事だ。そしてそれがこの状況においては、一番良い結果でもあると言える。まぁ、言い換えてしまえば俺が暇なんだが。何も貢献できてないし。とはいえ失敗かトラブルを期待する訳にもいかない。此方は好きなだけ全滅してやり直せるが、エルディア側はそうではない。なるべくなら今回の1回でクリアする事が理想的なのは確かだ。

 

 故にノルトを走らせながら観察し、監視する。

 

 タンク1人1人の動きを見て、その雄姿を刻み込む。

 

 目の前から迫ってくる、自分を超える巨体のドラゴンに襲われるというシチュエーションがどれだけ恐ろしいかは、まだ未経験である自分にはよくわからない感覚だ。だがそれに対してタンクたちは真正面から挑む。飛び掛かってくるアビサルドラゴンの姿に武器を構え、飛び掛かってくる姿に合わせて武器を振り上げ―――叩き込む。

 

 だが攻撃力と防御力の差に開きがある。

 

 全力で攻撃を叩き込んでも、1ダメージしか通せない。それでも戦った、という証を残す為に武器を振り上げて攻撃をアビサルドラゴンに合わせて叩き込む。それがダメージにならなくても、次の瞬間には自分が蒸発するように死ぬのが事実だとしても、

 

 そこに集まったタンクたちは、エリートの中のエリート達。集められたプレイヤーたちの中でも最もモチベーションとPSに富んだ連中。バカをすることに本気を出す事が出来る奴ら。型に沿った戦い方だけではなく、個人という特色を抱えながらタンクの道を進む、今のタンク層におけるトッププレイヤーたちばかりだ。

 

 槍が眼球に差し込まれようとして弾かれる。

 

 レイピアが喉元に突き刺さろうとして弾かれる。

 

 シールドバッシュがスタンを取ろうとしてそのまま圧殺される。

 

 鎧が噛み砕かれて砕け散る。

 

 タンクの1人が持ち上げられて大地に叩きつけられ、そのまま大地を引きずられ、ミンチになって赤いシミだけを残して消滅する。

 

 アビサルドラゴンと戦った者達の末路は悲惨の一言に尽きる。確実に殺されて、確実にダメージを与えられない。ほぼノーダメージと断言できる成果しかタンクたちは生み出していない。その上で無惨に殺されている。だがそれでもタンク連中は笑っていた。攻撃する瞬間も、アビサルドラゴンが向かってくる瞬間も、そして攻撃を喰らった瞬間も笑っていた。

 

 連中にとっては、攻撃を受けた時点で仕事が完了するのだ。つまりタンクとして引きつけ、受け止め、そして止める。その時間を確実に生み出した瞬間でもある。そうやってアビサルドラゴンが攻撃する為に足を止めた1秒や2秒、ノルトとセクエスはアビサルドラゴンを抜いて前に出る事が出来る。それによって距離を稼ぎ、アビサルドラゴンの速度について行ける。

 

 彼らの奮闘が、1秒2秒の健闘が、この一連の流れを完成させているのだ。

 

 当然、自分が敗北して死ぬことでさえ誇りに思う。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。正直MMO遊んでいて一番のイケメンはタンク連中だと思っている。一番面倒で、一番目立って、そして一番背負い込むロールだ。連中の背中を見て俺達DDとヒーラーは安心して戦えるのだ。そして今、安定感のある進みでアビサルドラゴンが封鎖領域の外までエスコートされている。街道脇に視線を向ければ、護衛チームが数体のエネミーを纏めながらタンクとヒーラーでその動きをコントロールし、絶対に攻撃が街道へと向かわないように、そして同時にそれらが街道へと突っ込まないように受け止め、制限し、そして誘導している。

 

 ―――良い、実に良い、最高だ。だがこれで終わりという訳じゃないだろう!?

 

 空気が僅かに殺意を纏っているのを感じる。この空気の流れ、嫌な感じだ。だからこれは来るぞ、荒れる要素が入ってくる。間違いない。それを予感し、ログウィンドウを走らせながら拡大し、声を張る。

 

「報告! 何かあるか! ねぇのか! どうだ!?」

 

『異常なし!』

 

『此方も無し!』

 

『封鎖領域外完全に平和!』

 

『城門側は待機済み! 今か今かと待ちわびてる!』

 

『此方封鎖領域出口前! 問題発生!』

 

「やっぱり来るか……!」

 

 空気の感覚が変わっていたからやっぱり何か差し込まれてきたか、と思った。視線を正面へと向け、ノルトのスピードを上げてタンクたちを置いて、先に走って行く。タンクたちがアビサルドラゴンの動きを派手に誘導して受ける為、アビサルドラゴンの足止め時間が1回3秒ほどへと増える。それは此方の話を聞いての判断だろう、助かる。

 

「どうした!?」

 

『フィールドボス! フィールドボスだ! クソガエルが出てきた! というか湧いた! おもっくそ進路を邪魔するように出てきやがった! クソ!』

 

「そう来たかぁ……」

 

 フィールドボス、先日討伐したあの魔晶石のカエルだ。大量のプレイヤーで囲み、安定してダメージを与えながらタンクスイッチを駆使して漸く討伐する事に成功したエネミーの存在を思い出す。アレはかなりの強敵だし、それこそ片手間で処理、隔離できるような相手じゃない。だがこいつと同時にアビサルドラゴンを相手にするのはまず不可能だ。

 

 どうにかして、こいつらを同時に処理しなければならない―――どうする!? どの配置を動かせる? どこからならカバーできる? 使える手札は? 使えると解っている戦力は? 有効な手段は? 処理にかかる時間は? 処理に使えるPCは? 対応できる範囲か? 騎士団で何とかできるか? その場合の時間は? その場合の規模は?

 

 考えろ―――考えろ、アイン……!

 

 2度目なんてやるつもりはないんだ。

 

 この1発で乗り越える方法を考えろアイン。




 MMOにてロールが存在する場合、主役、主人公、ヒーローとして個人的に見るのはタンクかな。

 だから常日頃からタンクする人はイケメンだと言っている。

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