「ほーん、さっそく装備更新ってできるんだな。まぁ、更新しないけど」
「私も防具更新したいんだけどねぇ。割と今のルックス気に入ってるし。あ、でもこのカチューシャいいなぁ……。角を生やせないしその代わりにこの黒いカチューシャつけておこ」
「邪龍を目指そうとする真摯な態度を感じる。グッドRP賞を与えよう」
「やった。あ、ついでにこのベルトも買っていこ」
という事で、有り金を全て吐き出して武器を購入した。というのも、今装備できるものではなく、レベル10で装備できる武器を2本購入したのだ。NPC運営の武器屋―――普通に案内板を見て見つけたところだが―――ここで店売りでレベル30までの武器が売られていた。つまりクラフトに頼らなくても30レベまでだったら装備は店売りで賄える、という話だ。これは戦闘オンリーでやっていくプレイヤーにとっては嬉しい話だ。そのうち他のプレイヤーたちが露店か商店を経営するだろうし、高レベル帯の装備はそこで調達すればよいだろう。今は店売り装備でどうにかなるというのを理解すれば良い。
という訳で2本購入完了、これで手元のお金はすっからかんになってしまった。インベントリから装備の制限がレベル10と書いてあるし、やはりこのゲームは装備に対してレベル制限を設けているようだった。まぁ、ステータス要求よりは断然健全なので安心するのだが。とりあえず手に入れたものをインベントリに突っ込んでおき、視線をニーズヘッグへと向ける。
「どう、似合う?」
そう言って頭には髪に半分ほど隠れる様に黒いカチューシャを装着しているのを見せて、腕と胸の下を支える様にベルトを装着している―――えーと、これはなんて読んだっけ。確かショルダーホルスターだっけ? そんな名前だった気がする。
「これ、背中にチェーンソー背負えるのと、胸をある程度抑えてくれるから動きやすいのよ」
「人があえて口に出さずぼかしてた事を」
「別に、視線ぐらい飛んでくるの見えてるし解ってるわよ。ただそれ以上に開発の趣味か結構揺れるのよ……ボス、どこ見てるの?」
「どこも見てねぇよ!! あぁ!? さっさと先行くぞ先!」
「あ、待ってよ。どっち行けばいいか解ってないでしょ。西門よ、西門」
けっ、と吐き捨てながら店を出ると、後ろから笑い声と共にニーズヘッグが追い付いてくる。まぁ、本当に一人で先に行ってしまうと困るのでちょっと歩幅を緩めて、追いついてくるのを待ってからいつも通りのペースで歩き進める。なんだかんだでリアルで一番見覚えのある相手がこうやって分断先で合流できたのは結構ラックあったんじゃないかなぁ、と思う。
「とりあえず門を出たら軽く門周辺のエネミーに一当てしましょ。ボスがどれぐらいできるか私もみたいし」
「あいあい。まぁ、動く相手にも軽く練習した方が良さそうだしな」
まぁ、そこらへんはしゃーないとして、西門へは―――シティマップがホロウィンドウとして出現するので、迷う事無く行く事が出来る。問題はこの街を抜けようとして、広場に近寄って香ってくる食べ物の匂いだ。
串焼き、ジュース、ケバブ、サンドイッチ、持ち運びやすそうな干し肉まで置いてある。そのどれもがおそらくはリアルと同様の味付けを施されており、食べる事が出来るんだろうなぁ、と思える。ただその姿を見て、
「空腹とかスタミナとかに関する説明はなかったよな?」
「なかったわ。でもリアル志向だし、あるんじゃない? 隠しパラとかで」
「うーん……」
ステータス画面を開き、確認してもスタミナの表記はない。だけどそれが全て、かと言われるとそうじゃないよなぁ、とは思う。それに横でニーズヘッグが、
「少なくとも全力疾走して戦闘をするとちょっと息が上がったわね」
「……個人的にはその疲労感をどうやって再現しているのか、ってのが気になる部分もあるけど、とりあえず小銭で軽く食いもんを買っておくか。インベントリに入れておけば腐らないよな? んじゃサンドイッチでいいか」
「私Gが余ってるし、買うわよ」
ニーズヘッグが屋台に突撃するのを眺めながら腕を組んで考える。でもそうだよなぁ、スタミナの概念ぐらいは実装してそうだよなぁ、と思う。少なくともここまで五感を美しいとまで表現できる程に再現している世界なのだ。だったらここでスタミナ概念だけはなしにする! ……というのは、ちょっと考えづらい。或いは技術的問題で実装されてないのかもしれない。
少なくとも性転換アバターや、異種族アバターは技術というよりは、脳に対する影響が今は不明で、調査中の為に使用できないという結論が出ている。そういう意味で実装されていない場合もある。ただなぁ、ここまで五感があるのだから疲労感ぐらいは実装してそうなんだよなぁ、とは思えなくもない。
実際検証すれば解る事だろう。
「買ってきたわよー」
「お帰り……おっと」
戻ってきたニーズヘッグは片手に掴んでいたサンドイッチを此方の口の中に軽く押し込んできた。それに噛みつきながら受け取った。口の中いっぱいにしゃきしゃきのレタスと、スモークされたチキンの味が広がる。それに……これはマスタードだろうか? が塗られている。中々に美味だ。それこそ現実と何も変わらないレベルで。
「1個ぐらい今摘まんでも悪くはないでしょ」
「そうだな。悪くはない」
虚無期間に入ったらゆっくりと遊ぶかなぁ、と思いながらサンドイッチにかぶりつくニーズヘッグと、街を抜けた。
「改めてみるとすっげぇな。ぐるりと城壁に囲まれているのは。ちょっと感動するな、これ」
「日本じゃ見ない景色よねー」
うーん、スクショで取っておこう。
自分の指でフレームを作り、西門の外側からダリルシュタットの姿を捉える。門の向こう側から城の先端が抜けているのが見え、一つの絵を作るような形になっている。これをリアルに持ち帰ったらどういう絵になるんだろうか? やはりほとんど写真と同じような写り方になるのだろうか? 割とこの世界が外側からはどういう風に見えているのかは気になるが、
今はそっちじゃない。
「よっと」
腰のホルダーから2本の杖を抜く。左に1本、右に1本。西門からまっすぐ続く大きな道は街道のそれであり、整備されて進みやすくなっているのが遠くまで見える。西門の前にいる兵士が武器を抜いた此方の姿を見て、声をかけてくる。
「おーい! 君たち! 稀人だというのは見て解るけど、無理するなよー! そっちはまだ君たちには早いぞー!」
「痛い目に合わないうちに身の丈に合った所でまずはつよくなった方がいいぞー!」
「ありがとよおっさん達! アインとニーズヘッグの名前を覚えておいてくれ! 近いうちに伝説になるから」
笑いながら手を振り、街道を進んで行く。門の近くは門番によって掃討されているのかエネミーの気配も姿も一切存在しないが、門から500メートル程離れ、街道から外れたところを見るとついにその姿を確認する事が出来る。
ここから見えるのは巨大な昆虫の姿だった。暗い灰色の甲殻を纏った、膝丈ぐらいの大きさはある、一本角の昆虫……こういうのを確かビートルと呼んだ気がする。
「注視すれば名前と大体の強さが解るわよ。名前が赤かったら強敵、橙なら同じぐらい、緑ならキース」
「クソザッコーさんの話はやめろ……名前はラージビートルか。そのまんまだな」
見た目はこう、普通。いや、欠片も普通じゃねぇだろ。どこからどう見ても異常事態だよ。これがゲームの世界じゃなかったら発狂して全裸になって逃げだしている所だ。それだけ大きく、そして気持ち悪い。だって昆虫があんな大きなサイズになって実在しているんだぞ? どこからどう見ても気持ち悪い。
「良く燃えそうだなぁ〈ファイアーボルト〉」
発声詠唱する。しなくても魔法は打てるが、確認なので一つ、口にしたほうが良い。キャストバーが出現し、それが満たされるのと同時に炎の矢が放たれる。放物線を描きながらのんびりと街道から外れた場所を歩いていたラージビートルに衝突し、
その姿が一気に炎上した。同時にその頭上にHPバーが出現する。攻撃がヒットしたことでノンアクティブからアクティブとなり、残されたHPが表示されたのだろう。
「おー、燃えた燃えた。やっぱ放火するのって楽しいなぁ……」
「思想が危険人物なんだよねぇ。あ、来るよ」
「流石にレベル差がありすぎてワンパンじゃ―――おっと」
攻撃したことによって一気にヘイトが向けられ、ラージビートルが炎を纏ったまま、此方へと突進する為に角を向け、翼を広げてくる。これは突っ込んでくると解っているのですぐさま杖を2本とも前に出し、それを交差させるように目の前の地面に突き刺した。
次の瞬間、重い衝撃と共にラージビートルが突進してきた。視界の端で僅かにHPが削れるのを確認すると、防御した所でHPは減るのか、と認識する。そしてその状態のまま、ラージビートル相手にゼロ距離から〈ファイアーボルト〉を放つ。
2発目、更に衝突したラージビートルの体は大きくはじける様に吹き飛び、地面を転がりながら仰向けに停止し、動きを停止する。その頭上のHPバーも空っぽとなって完全死亡を示している。燃えながら朽ちるラージビートルの姿を眺めていると、すぐ目の前にホロウィンドウが出現し、
「これがドロップか。お金は流石に落ちないのな」
「素材を売却するタイプっぽいわよね。まぁ、よくある奴」
手に入ったのは《昆虫の甲殻》という、そのまんまのアイテムと《ビートルの角》というアイテムの2種類だった。まぁ、活用方法は解らないが売れるかなにかしらの手段はあるだろう。インベントリを無駄に圧迫しない事を祈って初めての戦闘を終了した。
ふぅ、と軽く息を吐きながら杖を引き抜き、肩を軽く杖で叩く。その様子を横から眺めているニーズヘッグが顔を覗き込んでくる。
「で、感想はどう?」
「もうちょい詰められるな……後1匹に12MPもかかるのはちょいっと消費重いなぁ、って。非戦闘状態ならMP回復が高速化されるけどそれでも1匹倒したら即座に次! ってのが出来ないのはちょっと辛いな……やっぱ次は《瞑想》辺りを習得したいな」
「そう。まぁ、ボス1人ならそうだったかもしれないけど、今は私もいるし消費は抑えられるでしょ」
「それもそうだな」
まぁ、ここにニーズヘッグが加わるなら先制の〈ファイアーボルト〉でワンパン、そこから追撃でニーズヘッグがミンチにするというのが良い形か? いや、《火魔法》でラストアタックを取らないとスキル修練にならないのを思い出してダメだな、と呟く。
「ふふふっ」
どうやってスキルトレーニングを含めて戦闘を組み立てるか、というのを考えているとニーズヘッグの笑い声がし、そっちへと視線を向ける。
「なんだよ、楽しそうな声しやがって」
「いいや、別に……楽しそうな顔をしてるなぁ、って思って」
それはお前、人の事は言えないだろうという言葉をぐっとこらえて飲み込みながら、視線を街道の先へと向けた。
森国マルージャまで続くらしいこの道は、何度か断絶によって区切られている為、封鎖領域をいくつか踏破しない限りはたどり着けない様になっている。ちょっと遠いかもなぁ、と思いつつも比較的そう遠くない場所に1つ目の封鎖領域が見えているのだ、今日中には間違いなくあの中に突っ込めるだろう。
「うっし、次の虫殴りつつ封鎖領域目指そうか」
「あいあい、ボス。私も今ので経験値貰えてたし、意外と早くレベル上がるかもね」
ビシッと敬礼を決めるニーズヘッグの背中を叩きながら次なるターゲットを誘い込むために街道の周辺を軽くうろつく様に歩き出す。
やばい、今めっちゃ楽しいと、その感情に笑い声を零しながら。
RPに力を入れる、コンテンツを制覇する、試せる事は試し、だけどちゃんと心の余裕をもって楽しめる事は全部楽しむ。
ガチ勢とはコンテンツに対して全力で向き合いながら楽しめる者達の事である。