2ボスのウミヘビ―――名前は見忘れた―――を倒しても、レベルが上がる事はなかった。その代わりにバフとして運用していた《時魔法》が待望のレベル10に達してしまった。これで《時魔法》のスロットを削除して新しいスキルを加えるのと同時に、〈ヘイスト〉の最大効率化が行えるようになった。つまり魔法エディットを通した、全体化ヘイストを使えるようになった、という事だ。これは事前に師匠にも伝えられていた事なので、船の上で作った簡易エフェクトを当てはめる事で完成とし、全体強化バフを取得したこととする。手ごたえとしてはそこそこ、ボスとしての意地の悪さは……結構あっただろう。
「できたのは前提として俺達が色々とMMOに手を出していてギミックの内容に覚えがあるからだろ。この手のギミック戦闘初見のプレイヤーだったらまず間違いなく適正レベル帯でも死んでるだろ」
土鍋が呆れた声で両手を上げながら告げている事に、頷いて同意した。配信画面のコメント欄も大体似たような内容だった。
コメント『まぁ、某大御所も参加してるからな』
コメント『それぞれのノウハウとかシステム引っ張ってきてるからな!』
コメント『そういう意味では最終幻想はワールドヒットで大勝者よな』
コメント『新世代に移行したアレもヒットしたけどな』
コメント『アクションベースって意味じゃあVRと割と相性が良いのは事実やな』
コメント『リアルベースVRアクション+ギミックベース戦闘のすり合わせとか大変やったやろ』
コメント『開発、システムとか戦闘の方向性でかなーり荒れたらしいな……』
「まぁ、実際MMOなんて死んで覚えてなんぼって俺は思うけどな」
腕を組みながらそう言えば、配信画面の中が大量のコメントで溢れかえる。そういや前、雑誌のインタビューで開発者に突撃した話があったのを思い出す。VRMMOというジャンルのゲームを出すのに、1つの会社の人間とリソースでは明らかに足りないのが発覚し、その都合上複数の企業が参入、協力、ノウハウを共有しながら構築したのがこのシャレムというゲームだ。だがそれぞれ使っているシステムやメソッドがまるで違うのだから、かみ合わないのは当然なのだ。
今の形式にゲームを落ち着かせるまで、相当な苦労があったのは誰もが理解している事だ。
だから今、こうやって面白いゲームを俺達は遊ばせて貰っている。幸運にもそれに参加することが出来て、そして遊べていない全人類を最高に楽しく煽れるのだ。いやあ、当選してよかったなぁ―――!
当選できなかった糞雑魚共見てる~?
こうやって定期的に心の中で持たざる者を煽る事で心の平穏が約束される。
美少女幼馴染に愛されていない全人類の皆さま~?
楽しい。
楽しいと思ってたら何時の間にか背後に回り込んだニーズヘッグに首に手を回されていた。
「な、なんだよ……」
「んー、別にー?」
「お、おぉぅ……」
コメント『へびへびー』
コメント『へびへびー』
コメント『へびへびーwwww』
お前らなんて煽り方を思いついてるんだよ!! そりゃあ蛇の様に絡みついてきてるけどさ! そうじゃねぇだろ!
「はーなーれーろー」
「いーやーよー」
背中に張り付くニーズヘッグを振り落とそうと右へ左へと体を揺らすが、離れようとはしない。これは歩き出すまで動く気がないな? と思っていると
「いちゃだ……」
「いちゃですね……」
「いちゃだな……」
「あぁ、いちゃだ……」
「良いもんが見れてるじゃねぇか……」
「その連携は何だよお前ら!!」
ニーズヘッグ背負ったまま振り返ると、他の連中が膝を抱えて体育座りしながら此方を眺めている奇妙な光景が見れる。爆笑が響く配信画面が爆笑しているコメントで溢れかえっていた。おかしい、おかしいぞ! この固定のリーダーは俺の筈なのに! なんで怨嗟の声が1つも聞こえてこないんだ? おかしくない??
全力で首を傾げながら自分の周りの出来事を不思議に思っていると、
この空間に忍び寄る空気を感じ取った。俺が即座に変化を見せれば、それに誰よりも早くニーズヘッグが気づき、そこから連鎖的に皆が変化に気づく。即座にニーズヘッグは腕を外すとチェーンソーを手に、前傾姿勢に構える。俺も俺で杖を2本とも抜いた状態で左半身を前に、左の杖を前へ、右を後ろへと引いて構える。
アレキサンダーと略剣が俺の見ている方向を確認して前に立つ。武器を守る様に構え、その背面にゼドとニーズヘッグが並び、その奥に俺達レンジ組とヒーラー組が並んだ。重くなり始める空気に、2ボスを超える怪物が接近してくるのを感知し、一瞬で思考のスイッチが戦闘用のそれに切り替わる。
「なんだこの空気……いや、気配か? なんか恐ろしいのが来るぞ。ガラドアで見たのと似た気配だ」
「って事は核心に近いエネミーか」
「来るぜ」
「……一応バリア貼っときますね」
いつでも庇えるように、軽減できるようにタンクたちが待機する中で、破壊されたマーケットの奥から黒い靄を被った姿が歩いてくる。輪郭も正体も不明な存在はしかし、ガラドアで見た黒靄よりも雰囲気が威圧的ではなく、近づいてきた黒靄の衣は片手をあげて挨拶してくる。
「よう、貴様らが噂の稀人って奴か。俺達の間でも中々噂になっているぜ。面白い連中が滅びに抗っている、ってな」
声は青年、若く感じる。優しそうに、話しやすそうに喋っているが、その内心言葉に感じる色は絶対的な決意と覚悟。こいつは解り合えそうな声を出しているが、その実は鋼と氷だ。絶対に揺らぐことのない覚悟を持って目標を達成しようとするタイプの男だ。少しでも此方が心を開けようものなら、利用してくるであろうというのが伝わってくる。まぁ、情報分析して感じられたのはそれぐらいだ。
消灯モードのホロウィンドウをフィエルにこっそり表示させ、それを人差し指で描く様に入力、情報を共有ログウィンドウに書き込むことで言葉を使わずに共有する。こういう時、システム側の恩恵を受けられるのが非常に楽だ。
「しっかし、こんなところまでやってくるかぁ? 折角のバカンスだってのに台無しだぞ、全く……そうだ、今から帰るってのはどうだ? そうすればここでの成果はそのまま、無事に帰してやっても良いが……どうだ? お前らだって変に無駄に働きたくはないし、なるべく楽はしたいだろう?」
「略けーん」
「この手の話し合いは俺よりもボスのが得意だろう?」
「どの口で言ってるんだか……」
まぁ、大体空気と感情を読めば考えている事、言いたい事は伝わってくるんだ。それに合わせて返答を用意すればPerfect Comunicationを達成する事だって難しくはないだろう。とはいえ、あんまりやりたくない事なのだが。
まぁ、それはそれとして。
「言いたい事は解る。人間、誰だって楽したいもんな。なるべくなら痛い目にもあいたくはねぇわな」
「へぇ」
靄の下で見えない顔が笑みを浮かべ、此方を軽蔑しているのを感じる。あぁ、芯の部分では真面目なタイプの人なんだろうな、こいつは。きっと真面目で、真っすぐで、それでいて真っ当なタイプの人だ。こういうのは割と言葉が通じない―――覚悟が決まっているととくに。自分が間違っていると自覚しても走れてしまうタイプだ。
だから応える。
杖を大地に突き刺し、
右手を中指突き出す。
「Fuck You、これが俺達の答えだ」
「は―――」
いいか、と言葉を置く。
「そのアナルプラグを耳から引き抜いて良ーく聞けよ? お前らにくれてやるもんは
「今強いって2回言った」
「俺達は最強だ、そしてこれから最強である事を証明し、証明し続ける」
「今強さアピール3回目だったよママ」
「いいかい、ボク。彼は馬鹿なのよ」
「キレっぞお前ら」
うむ、だからなんだ。ガラドアの時は経験値美味しかったぞ? って話だ。という事で悪いが黒幕君―――いや、黒幕集団君、だ。
「失せるのはお前の方だ。俺達は勝つぜ」
自信満々に、正面から、相手の方が強いと理解していても、それは曲げる事なく叩きつけてやった。瞬間、感じられたのは歓喜の感情だった。それと同時に片手を上げて指をスナップさせれば、魔法陣が浮かび上がり、魔力が集まる。
「良い威勢だ。そこまでの言葉を吐くんなら当然、それだけの力を持っていることを証明して貰おうか! さあ、形作るのはお前の恐怖だ! 心の奥底に刻まれた恐怖の姿と相対して見せろ、お前がそれほどの言葉を吐くのであれば……己が真に恐怖する形に抗え」
靄から放たれる魔力は魔法陣と融合し、記憶されている恐怖を再現する。
それはおぞましく、
それは強靭で、
それは―――紙おむつを履いていた。
「俺が真の仲間だ」
「誰かカメラを止めろ」
3ボスだぞ、喜べよ。