「俺がお前の真の仲間だ。気づけ、お前に必要なのは社会からの解放だ。社会という常識に縛られた状態ではお前の魂が救われない事を」
「え、なにこれ……」
煙草を口に咥えたMr.紙おむつが真顔で社会の過ちを口にし、その景色を怪物を見る様な目で黒い靄の男が見ていた。いや、何引いてるんだよ。お前が生み出したんだろ! 責任を取れよ! お前が! 生み出したんだろ!!
「まあ、話を聞けよ小僧共」
煙草を口に咥えた紙おむつは一拍、落ち着く時間を与える為に無言になった。だがその時間は俺も、皆も、敵も、視聴者も誰もが心地の悪さを感じる時間だった。それを確認しながらサングラスを付けた紙おむつ野郎は頷いた。
「俺は【この発言は検閲されました】【この発言は検閲されました】【この発言は検閲されました】」
フィエル『唐突に本名をぶっぱなし始めたので検閲しました』
コメント『なんだぁ、このシステム』
コメント『セキュリティどうなってんの?』
コメント『本名ぶっぱは草』
コメント『地獄かぁ?????』
フィエル『というか何ですかこのシステム。こんなの組んでないですよ……』
GMするめ『なにこれ、こわ……』
コメント『ちょっとぉ??? えらい名前が見えたんだが?』
え、じゃああれなんなの……?視線が紙おむつへと向けられ、即座に背けられる。あいつ今紙おむつの中に手を突っ込んでなかった? 突っ込んでたよな? 待って、バーボンの瓶を取り出した? いや、そんな事じゃねぇ! そんな場合じゃねぇだろ! なんでそこにしまってるんだよ!!!
「あー……アレは4年前の春、妻が別の男に取られていたと知った時の事だ」
「ヴっ」
「ぐえぇ」
「あ、唐突なNTR属性に鍋と略剣が殺された!!」
どっちも嫁とラブラブだからなー。NTR属性は嫌でしょうよ。
「俺はその時気づいたのだ。結局、他人とのつながりは裏切りを生み出すのだと……どんなに社会に従い、真っ当に生きてもそれを守ろうとはしない連中によって俺達の人生は容易く……壊れてしまうという事にな」
そう言ってから男は腕を組んで頷いた。
「だから俺は気づいた。だったら好きな事をやるべき、だと」
良い笑顔で言葉を続ける。
「だから俺は性癖を隠すのを辞めた」
「人としての尊厳まで終わらせるな」
「だからボス!! 俺はお前の本気の遊びに痺れた! 俺はお前についてゆきてぇ! 地の果てまでぇ! お前の理想にぃ! 俺は全力でついてゆく! なぜなら、その思想に共感できる俺こそがお前の真の―――」
紙おむつの怪物はそこまで言葉を続けた所で、唐突に魔力の煙となって消え去った。その背後でその問題児を召喚してしまった存在は深く黒い靄の中でうなだれるように頭を下げており、そして低い声で告げた。
「……なんかごめん」
「うん……事故だし許すよ……」
黒靄は腕を組むとしばらく俯いたまま、
「その……なんだ、変態に絡まれると意欲下がるだろう? 少し休憩入れても待つから」
「あぁ、うん。少し休憩してくるんでお願いします」
「あぁ、うん……」
この空気をどうしろというんだ。
「―――さあ、覚悟はできたか稀人。お前らが滅びに抗うというのであれば、俺自身がお前たちを試してやろう」
「あ、趣向変わった」
「……いや、ほら、もう一度同じ事故で変態が出現しても困るからな……アレ、実在してるのか?」
「エルディアの街を歩いていたよ」
「そうか……やはり滅ぼさなきゃならないな……」
休憩が入ってから復帰、戻ってくると深くうなずきながら此方の返答に黒い靄は納得したような様子を見せていた。ぶっちゃけ、あの変態を引き合いに出されるとこっちも否定し辛いからやめて欲しい部分はある。それはともあれ、いったん休憩が入った所で全員脳内を何とかリフレッシュする事に成功してきた。
という訳で
「良し、こっちは戦う準備が出来てるぞ」
サムズアップと共に準備完了を示すと、相手も頷いてくる。
コメント『なんやろな、この状況』
コメント『クッソグダグダやで』
コメント『誰だって変態は嫌だから……』
コメント『誰にとっても事故だったからなぁ』
良しいいな? 問題ないよな? 頭から紙おむつのイメージ消し去った? いや、あれを消し去るのは難しいな……多分他にもハイレベルな変態がエルディアには隠れていそうだしな……というかマルージャにはその手の変態いないのか? もしかしたら、マルージャは聖地なのかもしれないなぁ……。
まぁ、ええやろ。
準備が完了したので今度こそ武器を抜いて全員で構える。ぐっだぐだなのは事実だが、ここまでくれば相手の方も此方の意思を受け取って漸く、本来の流れに戻せるようになる。いや、本来は戦うべき相手ではないのだろう。まだこの時点では。だがこのトラブルを受けて、相手が自ら手を出す事を決めた。
―――なんか、申し訳なくない……?
そんな考えが頭をよぎったが、相手の方は戦闘態勢に入る様に手を振るった。その周囲に8つの結晶剣が生成され、その背後で旋回するように動き出す。それを前に大地を踏んだ黒い靄は戦場を更に拡大させるように整地し、その外側を漆黒で塗りつぶす―――判断する必要もなく、即死エリアだろう。触れたり外に出ようとすれば一瞬でHPが0になるフィールドの展開に相手の殺意の高さが窺え、
靄が―――払われた。
その下から出現するのは黒いロングコートの青年。両手をポケットに入れた褐色肌の美男子。長い髪はアメジストの様な輝きをしている―――奇しくも、今、この空の色と合致した砂浜の色の様に輝いている。
「我が名はトレイター、裏切りの名を背負う者」
ただ、その左目。その左目が人ではない。その左目からは角の様な結晶が生えている―――そう、あの魔晶石だ。アレが角の様に、美しく、なめらかな断面を見せて生えている。それだけが彼を造物の様な異形さを演出していた。トレイター、そう名乗った男は腕を広げ、翼の様に剣を広げた。
「さあ、かかってくるが良い稀人共め……貴様らが滅びに抗うだけの力を持っているかどうか、見てやろう!」
先ほどまでのぐだぐだの全てが消し飛ぶ程の熱量と殺気が一瞬で戦場に充満した。
「開始時は固まって開始でよろしく」
「セオリー的には全体か……」
「後はそこから何が来るか、って所だろ」
土鍋と軽く相談して頷き合いながら開幕の動きを決め、ホロウィンドウで行動を軽くメモしながら共有する。こういうシステムがその場で使えるからVR環境ってのは凄い便利だと思うし、動きに合わせがしやすい。
トレイターは此方の動きを待つように剣を浮かべたまま待ち、視線をアレキサンダーへと向ければ、此方の視線を受け取り頷きを変えてくれる。そこから剣と盾を両手で合わせるように握った。
「カウント15!」
アレキサンダーのコールに合わせて一気にバフの詠唱を秒数に合わせて管理しつつ相互にかけて行く。
「〈ストライクパワー〉」
「〈コンセントレイト〉、〈障壁展開〉」
「〈アイアンソウル〉」
「カウント10!」
詠唱が長く、或いは開始前に消費するタイプのバフを先に使う。ここからは戦闘開始時、戦闘開始直後に発動させたいものを使用し、
「バフなーげっと」
「エンジン点火準備完了」
「装填完了」
「連撃、セット終了!」
「カウント5!」
「いざ、回れ時の歯車〈システムクロノス〉!」
「カウント、0!」
「Go! Go! Go!」
アレキサンダーの0、に合わせて全員にヘイストが発動する。発動した加速バフと強化バフと障壁を合わせ、一気に強化された状態でトレイターに切りかかる。トレイター自身の体は普通の人間サイズだが、その周囲をバリアが出現し、体を守っている。その範囲が体よりも広く、攻撃を受け止める。
故にメレーがタンクを合わせて4人、受け切るには十分なスペースがある。
そこにメレー4人が一気に切り込み、レンジ組はその後ろに付き、距離を詰めるように全員で固まって最速のバーストに入る。火力スキル、自己バフスキルを解禁して開幕から最大火力を叩き込んで一気にボスのHPを削りに行く。この瞬間火力で一気にHPの5%が消し飛び、
「いざ奈落の扉は開かれん。反逆とは即ち裏切り。生ある者に対する永劫の憎しみを糧に今こそ境界よ開け!」
トレイターの詠唱と共に魔法が放たれる。直前にアレキサンダーが軽減スキルを発動。略剣が全体ガードを発動させる。森壁は既にバリアを張り、防壁を展開している。
「《カオスインパクト》!!」
漆黒の核爆発が発生した。
一瞬で視界の全てが黒く染まり、キノコ雲を幻視した。それほどの衝撃とダメージを一瞬で肉体全てに受け、HPが今の一撃で8割消し飛んだ。衝撃に杖を手から零しそうになるのを歯を食いしばって堪えながらHPを戻す為に攻撃を全て停止させた土鍋がヒーリング作業でHPを戻し始める。軽減なしであれば恐らく15割レベルのダメージを喰らう開幕攻撃だった。
「へぇ…これに耐えるか。なら少しは楽しめそうだな」
結晶剣が空を舞う。一気に天へと向かって飛翔する結晶剣が頭上へと展開され8本全てがそれぞれ、1人ずつ狙う様に展開される。それを前にトレイターは詠唱するように両手を合わせている。開幕攻撃が終わってから次の全体攻撃がやってくる。
「《アビスシャード》」
空から結晶剣が降り注ぎ―――俺達は全滅した。
次回は”裏切り者”戦、続き。運営的に言えば「死ぬが良い」難易度。
おむつ? 幻覚じゃないかな……。