ゴーレム君の守衛隊   作:志賀 雷太

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1章 8話 対峙

 相方が自主的に囮となったことで無事に逃げおおせた賊。彼は仲間たちとの合流を果たすため、急ぎ足で街中を進んでいた。当然、警戒を怠りはしない。常に周囲の音に耳を澄まし、呼吸音は最小限に抑えた。身を小さく屈め、曲がり角では万全の注意をはらい、不意の遭遇に備えて抜身の得物を握りしめる。時に彼自身でさえも面倒に思う慎重な性格も、このときばかりは素直に喜ぶことができた。しかし、だからこそ後悔する気持ちも一際大きかった。

 

 この計画は……あまりにも大それていた。

 

 かの王都で蛮行を働こうなど……なんたる無謀の極みか。この計画が浮上したとき、そう一笑してやれば良かったのだ。いくら懐が寒かろうが、見返りが大きかろうが、仲間たちが乗り気だろうが、現実的な思考を放棄してはいけなかった。らしくない失態だった。近頃の成果がよくなかったために焦りすぎていたのか……そう省みたところで、今となっては後の祭りだが。

 

 それでもなお、仕方がなかったと思ってしまう。あの手榴弾にはそれだけの価値があった。"岩石の巨人”の異名で知られ、絶対的な力を持つあのゴーレムを破壊できる手榴弾。それには前代未聞の計画を成功させると勘違いさせるだけの魅力が秘められていた。実際、体感したばかりのあの威力には目を見張るものがあり、門の突破にも成功している。

 

 そこまでは良かった。そこから先に問題がありすぎた。

 

 ざっくりとした作戦目標。切り上げどきの不明確さ。逃走経路の見積もり……並べてみると、おおよそ計画と呼べるような代物ではなかった。こんな甘い計画がなぜ実行にまで至ってしまったのか? 俺はなぜ見逃してしまったのか? 原因はどこにあった? 頭の中を埋め尽くすのは、いま考えても仕方がないことばかりだった。この計画の発案者は……確かアイツだ。声高に発表していたからよく覚えている……だが、よくよく考えてみると不自然だ。アイツは自分で物事を考えられるタイプではなかったはずだ。もしかすると、誰かからの入れ知恵だったのか? ……きっとそうだ。この計画は例の手榴弾ありきで始まった。相場はわからないが、あの威力の手榴弾を、アイツの手持ち程度で買えるはずがない。ならばーー

 

 「あ」

 

 突然聴こえた何者かの声が、思考の水底まで届きかけていた彼の手を、水面まで引き上げてしまった。彼は苛立ちを覚えたが、状況を理解するべく、声がした方向に視線を配る。たしか、右側の民家の合間から聴こえたはずだ。いかにも反射的に漏らしたと思われる、男の声だった。

 

 

 

 

 

 アバンは逃げられた賊を探して、目の届きにくい狭い路地を入念に探索していた。狭い路地から通りへと出る。そしてまた別の狭い路地へと入る。そのように街中を忙しなく駆け巡っていると、まるで何かの競技をしているようだ。

 

 路地への出入りを何十回と繰り返したところで、アバンはついにお目当ての賊を発見した。彼は慎重な足取りとは裏腹に、なぜかぼんやりとした様子であった。これ以上とない捕縛の機会だった。しかし、あまりにもあっさりと発見して気が抜けたのか、アバンは声を漏らしてしまった。当然、賊の方からもアバンの姿は発見できたため、彼は慌てて走り出した。

 

「あ、おい! 待て!」

 

 無駄だとは思いつつも、アバンは静止の声を上げてから賊を追いかけ始めた。

 

 幸いにも彼の足はあまり早くないようで、その距離はみるみるうちに縮まっていく。一瞬だけ振り返った賊の顔には明らかに焦りの色が見えていた。

 

 賊は突然方向転換をして、暗い横道へと逃げ込んだ。アバンも建物の角を曲がって横道へと入った。

 

 建物の影がかかった横道は薄暗かった。そのため、アバンは数寸先で待ち受けている賊がすぐに認識できなかった。彼はアバンの方へと向き直り、両手で短刀を握りしめていた。そのことにアバンが気付いた瞬間には、不敵な笑みを浮かべた賊が踏み込んで来ていた。その切っ先は、アバンの腹部めがけて突き進む。

 

 体の中心を狙われては、身をよじったところで完全回避は難しい。対応を誤れば……嫌な結末を想像し、肝が冷えるのをアバンは自覚した。実戦でしか経験しようのない緊迫感。それは彼の本能を揺さぶった。

 

 刃先との距離が急速に縮まる。対するアバンは、回避行動をとるどころか、むしろ自分から一歩を踏み込んだ。それは賊にとって予期せぬ反応だったのかもしれない。アバンの目には彼の動きが緩慢になったように見えた。アバンは半身になって切っ先を避けつつ、焦点を刃先から二の腕へと移す。そして、賊の腕を無事に払いのけた。

 

 賊はよろめいたものの転びはしなかった。それは明らかな隙であったが、アバンとて必死の駆け引きをした直後だ。即座に反転するのは難しかった。賊は前傾の勢いを活かして、そのまま横道を抜け出た。反転したアバンの目には、先程の通りを駆け出そうとする賊の姿だった。

 

 そしてまた、アバンが賊を追いかける構図が再現された。構図が同じであれば、結末も同じである。

 

 両者の距離は再び縮まり、今度こそアバンの手が届く……その瞬間、伸び切ったアバンの手に向けて、側面から刃が振り下ろされた。アバンはそれが視界に収まってから、咄嗟に回避行動をとっていた。腕を引っ込めてもダメだと、アバンは身体を捻る。凶刃から少しでも逃れるように。直後、伸ばしていた右腕に焼けたような痛みを覚えた。アバンは前方へと倒れ込むように受け身をとった。

 

「あっ、ぶねぇ!」

 

 ひりひりとした痛みがアバンの興奮を焚きつける。まるでそれを逃すように、言葉と共に吐かれた息は熱っぽかった。

 

 アバンは受け身の反動で身体を跳ね起こした。そしてすぐに、自分を斬りつけた相手との距離を置く。突然のことで詳細はわからなかったが、賊の仲間が物陰に潜んでいたらしい。彼は鋭い眼光と、血の着いた切っ先をアバンに向けていた。

 

 情勢は一対二。数の利があれば、攻撃を仕掛けてくる可能性が高まる。アバンは鞘から剣を引き抜いた。その際、斬られた右腕に不調は感じなかった。できれば剣を構えるついでに負傷箇所を確認したかったが、袖に覆われていて目視はできなかった。ただ、衣服の表地にまで血が染みていないことから、軽傷で済んだであろうことは察することができた。

 

 臨戦態勢を整えたアバンの眼前では、賊二人が会話をしていた。斬りつけてきた賊が口を動かし、追われていた賊は縋るような面持ちで彼の話を聴いていた。残念ながらその内容までは聴き取れない。

 

 しばらくの間、彼らがどう出るのかをアバンは窺っていたが、話しが終わっても彼らは攻撃をして来なかった。

 

 どうするのかと疑問を抱くアバンの前では、仲間が殿を務めるようにして、彼らはゆっくりと移動を始めていた。

 

 

 

 

 

 睨みを効かされたアバンは無闇に手を出せず、後退する賊たちと一定の距離を空けてついて行った。不揃いながらも妙な一体感を持った足音たちは、まもなく、とある場所へと辿り着いた。

 

「ここは……」

 

 そこは街の広場だった。

 

 広場は六つの路と繋がっている。中心部にありがちなオブジェはない。せいぜい、頭部にランプがある街灯がところどころに立っているくらいのものだ。門からはそう遠くないことも相まって、交通の要所として、それと住民たちの生活の中心地として、かなりの賑わいがある場所だ。例えばこの時間帯であればーー宿を探す商人や旅人、夕食をとる飲食店や酒場を探す人、芸を披露して日銭を稼ぐ人、待ち合わせをする人など……建物からこぼれる明かりや、しずかに揺らめく街灯の炎が、暗く染まるはずの世界を塗りつぶし、彼らの生活と活気を守っているーーそのような光景が見られるはずだ。常時であれば。

 

 当然、今の広場には誰一人いなかった。その代わり、中心に十一人の賊が集まっていた。そこに眼前の二人が合流を果たし、最終的に十三人となった。建物から漏れる明かりが、得物を構えて円形に並んだ彼らに薄い影を落としていた。ぼんやりと照らし出された彼らの顔からは、緊張した面持ちが見て取れた。

 

 アバンは疑問を抱いた。

 

 ……これはどういう状況だ? 奴らはなぜ逃げない?

 

 アバンが周囲を見渡すと、その答えはすぐに判明した。自分が立っている路以外、そのすべてに守衛隊の隊員が立っていたのだ。

 

「第四班のみんなか!」

 

 第四班……アバンと共に追跡任務を与えられていた同僚たちだ。主に武闘派揃いの面々で構成されている。アバンによく突っかかってくる隊員も在籍しており、アバンは浅からず交流を持っている。

 

 作戦開始時、アバンは彼らと行動を共にするつもりであった。だがしかし、今回の作戦は急ごしらえかつ大雑把なものであり、さらに任されたのは"考えるよりも動く”が標準の第四班だ。彼らは追跡経路を自己申告をすると、返事も聞かずに飛び出して行った。班長が与えた指示は「二〜三人で動くこと」だけだった。結果的には迅速な配置が行われた素晴らしいチームワークであったのだが……アバンは置いていかれた。件の隊員が「どちらがより作戦に貢献できるか勝負だ!」と言い残して行ったので無視されてはいないとわかっていたが、少々唖然としたことと、余った経路を班長から教えられて一人で走り出したことは、まだアバンの記憶に新しかった。

 

 賊たちを睨み固定する第四班であったが、彼らはバリケードや多人数で塞いでいるわけではない。一箇所あたり二、三人だ。賊たちは門を突破したときと同じ、数の暴力で一点突破を図ることは実に容易であろう。だが、それはできなかった。なぜならその場合、彼らの背中はがら空きとなってしまうからだ。背中を守れば移動速度は遅くなり、逃げ切ることは難しい。たとえ捕まりはしなくとも、時間の経過は守衛隊の増援を許すことにつながる。そうなればいよいよ彼らは終わりだ。

 

 結果、ほぼ同人数である両陣営は膠着状態に陥っていた。

 

 だが、それもいつまでも続きはしない。勝敗ではなく命運を賭けている彼らは、この拮抗が崩れる瞬間、あるいは崩す契機を見計っている。ほんのわずかなきっかけがあれば、この広場に滞留する乾いた空気は、再び流れ始めることだろう。それは人知れず、彼らの目前にまで迫っていた。

 

 賊の一人が目を大きく見開き、口もとを震わせた。

 

「う、嘘だろ……なんでだ? そ、そんなはずは……」

 

 それはとても弱々しい声だった。おそらく、仲間たちにしか聴こえないほどの小さな声だ。よく見れば全身を震わせている。

 

「おい、こんなときにどうした? しっかりしろ」

 

 異変に気付いた仲間が声をかけたが、彼から返事は帰って来なかった。代わりに、彼は幽霊を目撃した幼児のように青ざめた顔色をして、ぼそぼそと言葉を吐き続けた。その様子を見た仲間は顔をしかめつつ、彼に「何があった?」と訊ねた。すると、彼は油の切れたブリキ人形のような動作で仲間の顔を一瞥してから、再び前方へと向き直った。そして、口を大きめに開く。

 

「あのとき、確かに倒した……はずだ……なのに……あいつが来た」

 

 そう言いながら、彼は震える手をゆっくりと持ち上げた。賊たちの視線が彼の手へと集まる中、彼が立てた人差し指が、ある一点を指し示した。その先を視線で追いかけた彼らは、まるで石化でもしたように一斉に固まった。本当ならもっと早くに気付けていたはずのそれを、この瞬間にようやく認めたのだ。

 

 そして、薄暗かった広場に影がかかった。突如として建物が湧いて出たような、異常な大きさの影だ。実際、彼らの視線の先には壁があった。それもーー巨人が碗を振り上げたような形の壁が。

 

 静寂に包まれた街に、石畳が粉みじんに割れる轟音が響き渡った。

 

 賊たちの耳は音にやられ、目と鼻と口は砂埃にやられた。しかし、それは強烈な風圧による二次被害に過ぎなかった。

 

 少しして、彼らは手や腕で覆っていた顔を上げた。

 

 塵に満たされた視界の中で、真っ赤な結晶だけが存在感を示していた。




会話文が少ないパートだったので、執筆にかなり苦戦しました。
現状、毎月1話投稿のペースなので、おそらく次話も一か月後だと思います。
三足のわらじの弊害が出て申し訳ないです……次話投稿まで今しばらくお待ちください。

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