「いやはや! この度は助けていただきまして、ありがとうございました!」
賊を退治した後、アバンとクレイルの二人は件の商人らしき男から事情を聴取することになった。
窮地を脱したばかりのためか、彼は興奮さめやらぬといった様子でおのずから自己紹介をしてくれた。彼はその見た目に違わず、商品流通を生業としている商人であるらしく、普段からあの馬車で街々を渡り歩いており、今回王都へ訪れたのも行商が目的であると話していた。
幌内の積荷については、別の隊員が検査をしているところである。また、彼自身についても、他所での問題行為や前科の有無などをまとめてあるブラックリストと照合してもらっている。それらと並行して、彼が賊の集団に追われることとなった経緯を二人で確認する手筈となったのだ。
取調室に通した彼には奥側の椅子へと座ってもらい、テーブルを挟んで対面の椅子に二人が座った。今回の役割分担はアバンが聴取担当で、クレイルが記録担当である。そのためアバンは男の真正面に、クレイルは机上から羊皮紙や羽ペンなどの筆記用具を引き寄せて、男の視界から外れるようにできるだけ端に位置どった。
そうして二人が聴取を始め……ようとしてから、もう十分が経とうとしていた。
「――危ない橋ではありましたが、今となってはこのように専ら話の種ですがねぇ。それにしても、さすがは防衛の要として名高い守衛隊でありますなぁ! 実に見事なお手並みで私はもう感服しきりでございます! 外周壁でこれほどの鉄壁なのですから、中央壁や内周壁などは更に堅牢なのでしょうねぇ。あとはなんと言ってもあのゴーレム! 賊の集団をいともたやすく撃退してしまえる圧倒的な強さ! いやぁ、不謹慎であることは重々承知でありますが、私は本当についているようです。この喜びを噛みしめる私をいったい誰が責められるでしょうか! これも私の日頃の行いが――」
アバンが質問をしようにも、男の口はまるで疲れを知らないように延々と動き続けていて、こちらの話を切り出す隙がまったくなかった。少しだけ……落ち着くまで少しの間だけ……そう考えて待とうとした俺が馬鹿だったとアバンは自虐する。しかし、彼がどれだけ自虐しようと現実は変わらなかった。
彼はついに痺れを切らして、握った拳をテーブルに落として男を怒鳴りつけた。
「おいあんた! いい加減にしてくれよ! 俺たちに感謝しているつもりがあるんだったら、一旦静かにしてこっちの話を聴けっての!」
自分が話したいことだけに熱中していた男であったが、これにはさすがに驚いたようで、肩をびくりと震わせて軽く仰け反った。手を伸ばして後頭部を掻いてから謝罪を述べ始めた。
「おぉ、これはこれは……大変失礼いたしました。私としたことがついつい興奮してしまったようで、お恥ずかしい限りです。私めでよろしければどうぞお好きなだけ聴いてください」
謝罪はされたものの若干の不満が残るアバンであったが、咳をすることでその気持ちは一旦忘れ、職務向けに意識を切り替えてから口を開いた。
「それでは事情聴取を始めさせていただきます。まずは先程の賊たちに追われた経緯について、できるだけ詳細にご説明願います」
その後に男が語り出した話は前置きばかりが長く、重要な部分は多くなかった。もしも、この聴取が仕事の一環でなければ、きっと、途中から居眠りをしたか、脳内を経由せずに耳から耳へと通り抜けていたことだろう。
「そうですねぇ……あれは私がここに向かっている途中……到着までおよそ数時間という距離でのことでした。私としたことが近道だと思ってついうっか……私の直感がなにかを捉えまして、街道から外れた小道へと馬車を進めました。その道は林の中を抜ける一本道で、馬車一台がどうにか通れるくらいの幅がありました。途中で引き返そうかとも思いましたが、私は自分の判断を信じたのです。木々が埋め尽くすように並んでいる道を進んで行くと、突如として木々の間隔が大きく開いている場所を見かけました。気になってしまった私は馬車を置いてそこに進入しました。その時にはわからなかったのですが、偶然に発見したそこは奴らの根城への入口だったのです。もし奴らがすぐに気付いていたら、私は殺されていたでしょう。しかし、運は私に味方しました。奴らの根城であった掘っ建て小屋は扉が開け放たれており、中には誰もいなかったのです。畑もなしにそのような場所に建っている小屋でしたから、当然なにか秘密があると私は推測していました。実際、小屋の中を物色するとやたらと金になりそうな品ばかりが置かれていて、これはどう考えてもおかしいと考えた私は、近隣の村で起きたという盗賊騒ぎの噂を思い出しました。そのように思い至れば私の行動は早かった。危険を省みず、品々を三回に渡って馬車へと運びました。ええ、奴らがいつ戻ってくるとも知れない恐怖の中での行動です。勇気がなければできなかったでしょうね。そして三回目の運搬時に帰って来た奴らに見つかってしまったのです。それからはずっと全力で逃げました。あとはご存知のとおりです。いやはや、私って凄いですよね! これは詩に残して後世に語り継ぐべき逸話だと思いませんか!?」
男は体験した一通りの出来事を壮大な冒険譚のように語っていた。逸話と呼ぶにはあまりに浅慮が過ぎたが、こちらの注文どおりに仔細な経緯を語っているために文句は言えない。
しかし、呆れきったアバンの口調が再び砕けてしまうのは致し方がないことであっただろう。
「あー……つまりだ。先に奴らへ手を出したのは、あんたの方だったってことか?」
「手を出したという表現は気になりますが、まぁそういうことですね」
アバンは言外に彼の考えなしを咎めたつもりであったが、その意図にまるで気付いていない男の様子にアバンは頭を抱えたくなったがなんとか堪えた。
語られた行動の問題点や危険性をいくら遠回しに訴えたとしても、きっと彼には伝わらないだろうと悟ったアバンは、直接的な指導をするために姿勢を正した。そして、咳払いをしてから、組んだ状態にした両手をテーブルの上へと置いた。
「あなたは正義心からそのような行動に走ったのかもしれませんが、はっきりと申し上げてそれは蛮勇です。今回、無事で済んだことは本当に幸運でした。今後、そのような場合には迂闊に手を出さず、衛兵団や騎士団などの公的組織に報告をしてください。事態に応じて調査隊や討伐隊などを編成、派遣いたしますので」
男は今度こそアバンの主張を理解したようだった。むっとした表情を浮かべ、明らかに機嫌を悪くした。アバンは彼が反論してくる展開も予想していたが、実際には顔をしかめるばかりで口は結ばれたままだ。
肩透かしを食らいながらも、アバンは気になっていたことを尋ねてみる。
「それと今の話からして、あなたは護衛をつけてはいなかったのですか? 行商では命と積荷を守るために、傭兵を雇ったうえでできるだけ交通量の多い街道を利用するのが一般的なはずですが?」
男は肩をすくめてから口を開いた。
「なにを仰るかと思えば……護衛は雇っていましたよ。当然のことでしょう。しかし、雇った彼らがあまりも無責任だったのです。ここに来る前に訪れた町で、出発の時間になっても彼らは現れなかった。仕事を放棄したのです。まったく、契約時に幾らか盛った報酬金額を伝えていたぐらいのことで……こちらは命懸けで商売をしているというのに、傭兵の風上にも置けない人たちでした」
アバンは表情を変えずに絶句した。
二重規範が過ぎる。これは天然で言っているのだろうか……おおよそ信じられないが、意図して発言する理由もないだろう。これほど悪意の薄い悪質な商人は、なかなかお目にかかれるものではない。嬉しい希少性ではなかったが。率直に言って扱いに困る。アバンは助けを求めて、無言で調書を取り続けている相方に視線を送った。
酷く嫌そうな顔をされた。
アバンは、普段から無表情でいることが多い癖にこんなときばかり表情の幅をお披露目するんじゃない、とじろりとした目つきで訴えた。
クレイルは露骨に目を逸らしたが、アバンがしばし睨み続けると、降参したのかやむを得ずといった様子で対応を引き継いだ。彼の唇は淡々と言葉を紡ぐ。
「話はわかりました。憲兵に引き渡す予定の賊数名の引き渡しを一時保留とし、彼らが主張していた盗まれた私財とやらを具体的に聴き出します。後であなたにも同様に説明していただきます。私たちで両者の発言を擦り合わせ、件の品を特定、押収し、被害の出ている町村へと返還します」
男はクレイルの発言を途中までは大人しく聴いていたが、最後の一言には異議があるらしく慌てて申し出た。
「ちょ、ちょっと待ってください! あれは! 私が! とても苦労して盗って来たのですよ!? せめて現価に換算した場合の一割程度を報労金として、私に払うのが妥当な裁定ではありませんか!?」
男は興奮のあまり椅子を弾き飛ばしそうな勢いで立ち上がり、大きな手振りで自身の功績を主張した。弁に熱が吹きこまれていくうちに、血液が沸騰したかのように肌を火照らせた。
しかし、そんな彼の態度とは正反対に、クレイルはどこ吹く風といった様子で涼しげに反論する。
「彼が先程申し上げたとおり、あなたが取った行動は褒められたものではありません。更に言えば、あなたは王都や我々へ危険を担ぎ込んで来た。例えあなたにそのような意図がなかったとしてもです。我々はあなたを叱責する理由こそあれど、感謝する謂れはありません」
「なんという横暴だ! 認められるはずがない!」
男の興奮具合が最高潮に達したらしく、とうとうクレイルに詰め寄って掴みかかろうと手を伸ばすが、いつの間にかに接近していたアバンが横から男の手首を捕らえた。怒りに怯えが入り混じったなんとも言えない表情を浮かべた男は、下唇を噛みしめてわなわなと震えてしまう。
クレイルは目と鼻の先で起きた攻防を気にも止めないように、羊皮紙を手にして椅子から立ち上がった。そして、部屋の出入口の近くまで歩いてから男の方へと振り向いて、「聴取に関しては一旦ここまでとなります」と告げてから、自分で書いていた調書に目を落として「それから……」と続ける。
「入門者を管理している担当者には、あなたのプロフィールに契約不履行の経歴を追加しておくように伝えておきます。少なくとも、この街の仲介業者たちのブラックリストにあなたの名前が登録されることでしょう。護衛探し、頑張ってください」
「そんなことをされては今後の行商に影響」
「今後のご活躍をお祈りしております」
男の発言を一蹴するように言葉が被せられた。
アバンが手首を放すと、男は力無く腕を垂らした。魂が抜けてしまったのか、開いた口が塞がらない。
アバンはそんな様子の彼を見て、少し可哀そうなことをしたかと思いつつ、出入口の扉へと向かった。扉の取手に手をかけた。なんと声をかけるべきかと考えて、彼が少しでも早く立ち直ることを期待して、歓迎の言葉を選択した。振り返ったアバンは笑顔を浮かべて取手をひねった。
「ようこそ! 王都マトンへ」