ゴーレム君の守衛隊   作:志賀 雷太

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今話は少し長いです。


1章 2話 業務指導?

 

 施設の案内は一時間も経たない内に終了し、次は守衛隊の業務について指導を行うことになった。

 

 しかし、指導役の二人は先程の些事が尾を引いているのか、お互いにそっぽを向いたような有様で、どちらがどこでなにをどのように指導をするかを面を突き合わせずに話し合っていた。エールはその様子を諦めたようにぼんやりと眺めていた。呆れれば良いのか、あるいは器用な人たちだと褒めれば良いのか、エールはこのような状況下に置かれた場合にどのような気持ちを抱けば良いのかが思い付かなかった。本日の主役がすっかり蚊帳の外だ。

 

 結局、二人の話がどのような経緯の末に纏ったのか、エールにはわからなかったが、一人ずつ順番に指導を行うという結論に至ったことだけはわかっていた。

 

「まずは俺からだ」

 

 先行はクレイルに決まったらしい。一方のアバンは早々に席を外した。どうやら互いに干渉しないと決まったようだ。エールからすれば、指導さえして貰えればなんでも良いのだが。経緯はともあれ、こちら側は礼儀は欠かすまいとエールは頭を下げた。

 

「よろしくお願いします」

 

 クレイルはまず初めに、エールを連れて門を抜けた。当然そこは都外である。しかし、前を行くクレイルがあまりにも自然体であったがために、エールがその事実に気付いたのは門を出てから数秒ほど進んだ頃合いだった。

 

 双輪の跡が薄く刻まれた地面は辿っていくと森の樹々に隠されて見えなくなるが、エールには不思議とどこまでも続いているように見えた。道の両側は緑色の芝に覆われていて、ところどころに樹木や岩が立っていた。快晴の青空がそれらの影を生み出している。

 

 これに似た景色は王都の中でも見ることができた。しかし、だからこそ、大きく異なる一点がよく目立った。

 

 壁がない。

 

 屋外であれば、どこにいても、どこを見ても、必ず視界に入ったそれが……ここにはない。たったそれだけの当たり前の発見が、彼には酷く新鮮に感じられた。壁のない世界では、遮蔽物がなければ地平と空の境界が拝めた。

 

 突然、エールの視界にあった立木から鳥たちの鳴き声がした。その群れは、最初の一羽を皮切りにして一斉に飛び立った。綺麗に整列して飛んで行く様を眺めていると、ふと、不思議な考えが頭に浮かんだ。あらゆる存在を遥か上空から見下ろす鳥たちは、彼方まで自由に行ける万能感と、彼方まで自由に行けてしまう苦痛の、どちらをより強く感じているのだろうか。もしも、鳥の声を聴くことができたなら……と、幼い子供のような考えに至ったところで、頭を左右に小さく振った。

 

 エールが取り留めのない思考に囚われていると、振り返ったクレイルから声をかけられた。

 

「着いたぞ」

 

 彼が様々な思いを馳せている間に、目的地へと到着していた。

 

 着いた……クレイルはそう言ったが、エールが辺りを見回しても、これと言って目ぼしいものはない、ただの平原であった。その中から敢えてなにかを取り上げろと言うのなら、クレイルの背後に見える岩石ぐらいだろう。それはエールの腰ぐらいまでの高さがあり、側面が少しだけ平たかった。とは言っても、文字が刻めるほどの滑らかさはなく、なにかの碑と言うわけではないだろう。他の線で考えるなら、なんらかの目印だろうか。例えば墓石。誰かがここで亡くなって墓を建てた。……だが、それにしては大き過ぎる。もっと小さい岩だってその辺に転がっている。

 

 エールが思考を積み重ねて候補を消していくと、あっという間に選択肢がなくなった。一択になったのではなく、候補が消失していた。第一、そもそもの話をすれば、これは業務指導のはずだ。守衛隊の業務と、都外の平原にある岩に、いったいどのような関連性があると言うのか、その糸口すら掴めそうになかった。根本的なところで、岩が本題と関係していない可能性もあったが、それこそまるで検討もつかない。

 

 結局、エールは考えることを諦めて、率直に「ここは?」と尋ねることにした。

 

 すると、クレイルからこのような答えが返って来た。

 

「日差しが強く、空気が乾燥している日にはここが良い。その岩陰に座ってみろ」

 

 それは回答になっていなかった。しかし、彼が出した指示に従えば、真実は存外簡単に見えるのかもしれないと思ったエールは、その岩に寄りかかって座ってみることにした。すると、頭の天辺から足の先まで、全身に岩の影がかかった。

 

 エールは、先程のクレイルの発言には「百聞は一見にしかず。とにかく見てみることだ」という教えも含まれているのだと考えた。つまり、この位置からだけ見ることのできる何かがあるのだろうと推測していた。雲がふんわりと漂う蒼天。切れ目がない長大な壁。そしてゴーレムのいる……そこで彼は閃いた。

 

「クレイルさん。僕、わかったかもしれません!」

 

「よし、言ってみろ」

 

「この角度からだと、他の岩が邪魔をして、門までの視線が通りません」

 

 エールが門の方角からクレイルへと視線を運ぶと、クレイルは続きを促すように相槌を打った。

 

「逆の視点、つまり守衛隊の視点から見たここは、監視の目が行き渡らない地点だということですね」

 

 答えを言い切ったエールは、十割近い自信を持ったまま、クレイルの口が開くのを待った。そんな彼にはクレイルの眉が少しだけ下がったように見えた。

 

「鋭いな……正解だ。見込みがある」

 

 エールは片手の拳を握りしめた。合っていた。推測とおり、ここは守衛隊の死角……だからこのように、何者かが潜んでいないかを確認しなければならないのだ。ここに着いた時には、どこに連れて来られたものかと不安に思ったが、心配する必要は全くなかったのだ。第六班が小数編成である理由が、少しだけ垣間見えた気がした。きっと彼らは、守衛隊きっての精鋭なのだろう――

 

「涼しくて良いだろう? だが、雨が降った翌日には地面は湿っている。そんな日は何か敷く物を持参した方が良い」

 

「えっと……すみません。なんの話ですか?」

 

「ここでサボるときの注意点だが?」

 

 ――問いの意味がわからないと言わんばかりに、不可解そうな表情を浮かべたクレイルを見て、エールの希望はいとも容易く打ち砕かれた。監視の目が届かないのは、外敵に対してではなく、サボる隊員(クレイル)に対してのことだった……。

 

 そんな己の早とちりを恥じるエールに、追い討ちがかかる。

 

「さて、次はそうだな……雨の日に適したサボりスポットに案内してやろう」 

 

 業務指導の時間を使って、率先してサボりを推奨する班長。前代未聞だった。そんな現実から目を逸らすことを優先したエールには、もはや抵抗する気力など残ってはいなかった。様々な場所へ連れられる度に、業務とは関係のない場所への知識が増えていく。

 

 そしてエールは、この後ひたすらサボらされたのであった。

 

 

 

 

 

「今度は俺の番だな!」

 

 エールが守衛所を出たところで後行のアバンが振り返った。

 

「はい……本っ当によろしくお願いします……」

 

「え? あ、あぁ……なにかあったのか? すっごく疲れているように見えるけど……?」

 

「体は全く疲れていませんからお構いなく……」

 

 アバンは「……体は?」と疑問符を浮かべつつも、項垂れているエールの姿を見て、一旦は追及を止めることにした。そして、目的である業務指導を果たすべく、エールを先導するように歩き出した。向かう先はクレイルのときとは反対の方向、つまりは王都の内側であり、人々が平和に暮らしている街中だ。

 

 壁を右手にして歩き出した二人は、少し行ったところで、アバンが発した質問をきっかけに、歩きながらの会話を始めた。

 

「なぁ、エールがついこの間までいたのは、確か治安維持隊だったよな?」

 

「はい。Cブロックを管轄にしている隊でした」

 

「えーっと……すまん。それってどこのことだ?」

 

「……もしかして、守衛隊ではブロックで言っても伝わりませんか?」

 

「ここがどのブロックかはわかる。仕事上、無関係ではないしな。でも、それ以外のブロックはさっぱりわからない!」

 

「そうでしたか。まぁ、守衛隊の管轄は門という局所的な範囲ですもんね」

 

 エールは右側に視線を送った。そこにはどの建物よりも背の高い壁がそびえ立っている。見上げてみると、逆光のせいでまともに見ることはできなかったが、壁の上には人影が見えた。

 

「Cブロックは、この外周壁ではなくて、街を挟んで向こう側の壁、中央壁のある区画です」

 

「なるほど。ちなみにゴーレムを見たのは今日が初めてってことは、そこは門がない区画だったのか?」

 

「そうですよ。だから、僕が経験したのは住民間問題の対応や巡回業務ばかりで、滞在者や犯罪者関係の仕事はほとんどありませんでした」

 

 エールの話を聞いて、アバンはこくこくと頷き、それから気の抜けた笑顔を浮かべた。

 

「だったら説明はあまり要らないかもしれないな……守衛隊にも街を巡回する業務があるんだ。とは言っても、基本的にはここの維持隊が担当しているから、守衛隊が巡回するのは門から近い場所だけなんだ」

 

「近い場所だけ……しかし、それでは二度手間になりませんか?」

 

「確かに、業務内容は維持隊とほぼ同じだと思う。だけど、守衛隊は目的が違っていて、門を不当に突破しようとする不審者の発見と抑止が目的なんだとさ。維持隊のそれよりも圧倒的に範囲が狭い分、回数と頻度を多くしているらしい。でも、今日はまだ初日だし、大まかな巡回ルートを覚えてくれればそれで……」

 

 そこでアバンの言葉が切れた。

 

 それを不思議に思ったエールが横を向こうとしたところで、アバンが駆け足で視界を横切って行った。突然のことでなにがあったのかがわからなかったが、急を要する事態かもしれないと思い、エールも急いで後を追った。

 

 アバンは、民家三件分を走ったあたりで立ち止まり、しゃがみ込んだ。追いついたエールがアバンの前に回ろうとすると、彼が駆け出した理由を自ずと理解できた。

 

「お嬢ちゃん。どうしたんだ? 転んだのか?」

 

 路端には幼い少女が座り込んでいた。流れる涙を両手で拭っているが、すぐには治まりそうもない。アバンが呼びかけると、少女はむせび泣きながらも膝を立たせて見せてくれた。どうやら転んだかなにかで膝頭を擦りむいたらしく、傷口から滲み出た血がどろりとした血溜まりを作っていた。大人になったいまだからこそ、大した怪我ではないと思えたが、子供のころにはこのぐらいの怪我でも痛みと不安でどうしようもない気持ちに苛まれた記憶を思い出した。

 

「エール。応急手当の用意をしてくれ」

 

「わかりました!」

 

 エールが携帯袋を漁っている間に、アバンも準備を進めるため、少女に話しかける。

 

「うん、そうだよな、痛いよな。でももう大丈夫だ。兄ちゃんが手当をしてあげるからな。ほら、そっちまで行こうか」

 

 アバンは少女の身体を持ち上げると、近くの段差まで運んでゆっくりと座らせた。次いで、エールの方へと振り向くと、彼は既に手を差し出して屈み込んでいた。右手は小型の水筒を握っており、左手は手当用の布を掴んでいた。アバンは彼にお礼を言ってから、まずは水筒を受け取った。

 

「ちっとばかし染みると思うけど、頑張って我慢するんだぞ」

 

 アバンはそう一言を添えてから、少女の膝頭に水をかけて洗い流し始めた。少女はまぶたをぎゅっと閉じて、必死に痛みを耐えている。アバンは少女に「偉いぞ」と優しく声をかけながら、血が流れ落ちて綺麗になった傷口を確認する。そこに砂利が入ってはいなかったので、アバンは清潔な布をエールから受け取って、少女の患部に巻いてあげた。アバンの手際を見ていた少女は、いつの間にか泣き止んでいて、頬にまで垂れた涙を拭いながら、目をぱちくりとさせていた。そんなあどけない様子を見てアバンは微笑み、「よく頑張ったな」と言いながら少女の頭をわしわしと撫でた。

 

「とりあえずはこれで大丈夫だ! 傷口はすぐに塞がるとは思うけど、カサブタになったからって剥がしちゃ駄目だぞ。完全に治れば自然と剥がれるからな。わかった?」

 

 少女はアバンの顔を凝視しながら、首をこくこくと縦に振った。

 

「一人で帰れるか? 一緒に行った方がいいか?」

 

 少女はアバンの質問に即答はせず、立ち上がって小さく跳ねてみた。それから膝を曲げたり、その場で足踏みをしたりして、それからようやく頭を下げた。アバンが「どういたしまして」と言うと、少女はアバンとエールそれぞれに手を振ってから、踵を返して走って行った。その背中を見送りながら、エールが「また転ばないと良いですけど……」と呟いたので、アバンが声を張り上げた。

 

「走るときは、前方と足元を良く見るんだぞ!」

 

 少女は急停止して振り返り、大きく手を振った。

 

 二人が苦笑しながら手を振り返してあげると、少女はもう一度お辞儀をした。それから少女は再び振り返り、今度は軽やかな足取りで歩き出した。

 

 

 

 

 

 その後、二人は少女の背中が見えなくなるまで見送ってから、巡回業務へと戻っていた。

 

 エールは先程の光景を思い返しながら、アバンに話を振る。

 

「あの、アバンさんはあのような状況には慣れているのですか?」

 

「え? 慣れるもなにも、応急手当の実習は士官学校で何十回とやっただろ?」

 

「はい、それはもう……って、いえ、僕が聴きたかったのはそういうことではなくてですね! つまり……そう、小さい子への接し方についてです」

 

「あぁ……それは多分、小さい弟や妹の面倒を見ていたからだな」

 

「ご兄弟の存在ですか。ぼくは一人っ子だったので、あのような機会にはとことん縁が無かったものですから、とても勉強になりました」

 

「おう、好きなだけ勉強してくれて良いぞ。それにしても良かったよ。エールが元気を取り戻してくれたみたいでさ」

 

「あれ……確かに……」

 

 エールが自分の調子を俯瞰して診ると、サボりによる精神的不調はすっかり取り払われていた。先程のトラブルが、却って良い結果をもたらしたようであった。幸先が良いのかもしれない。そう思ってエールの気分が良くなってきたころに、見計ったかのように再びトラブルが舞い降りた。

 

「あれは……喧嘩か? 遠くてよくわからないな」

 

 アバンの認識した内容に、エールも同意を表す相槌を返した。

 

 二人からはまだ距離があるために、どのような会話が行われているのかはわからなかったが、二人の男性がなにか言葉をぶつけ合っているように見えた。なんにしても揉めごとではあるだろう。周囲ではなにごとかと眺めている者もちらほらと見受けられた。

 

 エールの口から不意に感想が漏れてしまう。

 

「アバンさん……守衛隊の巡回は、いつもこんな感じですか?」

 

「いや、そんなことはないぞ。エールがなにか持ってるんじゃないのか?」

 

「えぇ……まぁ、確かにその可能性はあります。誠に不本意ですが、僕にもなんとなく自覚はあります」

 

 そのような会話をしつつ、二人は現場へと向かった。しかし、二人が会話の内容が聴き取れる距離まで接近しても、男たちは依然として白熱している様子で、脇目も振らずに火花を散らし合っていた。

 

 割り入るべきかと二人が顔を見合わせた頃合いに、男たちの傍らで手を伸ばしたり引っ込めたりしていた女性が、二人に気付いて駆け寄って来た。

 

「すみません! 衛兵団の方ですよね?」

 

 その問いにアバンが率先して頷いて見せると、女性は胸を撫で下して溜息を吐いた。しかし、彼女はすぐに表情を引き締めると、二人の眼前に身を乗り出して懇願し始めた。

 

「お願いがあります! 彼らの喧嘩を止めてください!」

 

「あの、私たちには状況がわからないのですが、いったいなにがあったのですか?」

 

 エールがそう尋ねると、彼女は男たちの方をちょこちょこと振り返って落ち着かない様子ではあったが、説明をしてくれた。

 

 彼女の話を整理すると、まず、顔にそばかすのある男は、幼少のころより彼女と家族ぐるみでの付き合いがある靴職人で、つい先週から二人は付き合い始めたそうだ。

 

 そして、高級そうなペンダントを身につけている男は、行政地区で働いているそれなりの高給取りで、そばかすの彼の店の常連だそうだ。先日、彼女が恋人の働いている姿を見に来店していたところ、出会した彼に一目惚れされたらしく、それ以来、断り続けているにも拘らず、しつこく迫ってくるせいで彼女は辟易としていて、とうとう恋人が出張って来た。という流れでこうなったらしい。

 

 この長い説明を聴いている間にも、後ろでは男たちのいがみ合いが続いていた。やれ裕福だとか堅実な将来だとか、やれ愛だとか彼女の気持ちだとか。アバンとエールはそれらを全て聞き流していたが、彼女の説明を聴くうえでは非常に邪魔な雑音であった。

 

 エールはアバンから聴いた守衛隊の巡回目的を思い返していた。確か……不審者の発見と抑止。照らし合わせるまでもなく、この件はその目的とは合致していない。対処に当たるべきは、ここを管轄している治安維持隊だ。これは僕たちの仕事ではない。それに、変に関わって問題を起こしたくもないし……そう考えたエールが、隣にいるアバンに「ここの治安維持隊に取り継ぎませんか?」と言おうとした時、そこにアバンの姿はなかった。エールはなんとなく状況を察して前方を確認すると、男たちの腕を片方ずつ掴んでいるアバンの背中が見えた。

 

「はい、そこまで。お互いに離れて」

 

「急になんだお前は! 邪魔をするな!」

 

 ペンダントの男は抗議の声を上げてから、アバンの腕を強引に振り払って大きく後ろへ跳んだ。そばかすの男は掴まれていない方の手でアバンの手をそっと外し、大人しく三歩ほど後退してから口を開いた。

 

「僕だって望んで言い争ってはいません! この男が彼女に迷惑をかけるから……」

 

 彼がアバンに意見を述べている間に、女性がその側へと駆け寄った。その様子を視界に捉えながら、アバンは労うような言葉をかける。

 

「彼女から聴いたよ。とんだ災難に見舞われてるって」

 

 彼は隣に彼女が来たことで状況を察したらしい。思わぬ理解者の出現に安心したのか、先程までの剣幕は随分と和らいでおり、肺に籠もっている熱気を取り除くように「ええ、本当に」と息を深く吐きながら言った。

 

 しかし、もう一方の男はこの割り込みを快く思うはずもない。アバンの様子を遠目に観察して、ぼそぼそと言葉を紡ぎ出す。

 

「その服装……私は知っているぞ! そこの守衛隊の隊服だ」

 

 男は意地が悪そうな笑みを浮かべた。

 

「君の仕事は門を死守することであって、市民同士の問題に口を挟むことではないはずだろう? こんなところで油を売っていないで、早々に仕事に戻ることだ。私たちの税収を無為に浪費するつもりがないのであれば……ね」

 

 彼はいかにも正論をかざすような口振りで、アバンとその後ろに寄って来たエールへ見下すような視線を送った。それは見るものを腹立たしくさせるような高圧的な目だった。

 

 このように言われて……エールは笑った。否、無意識の内に口が弧の形を描いてしまっていた。

 

 笑ってどうにかなる場面でないことはわかっている。それでも、体が勝手に動いた。まるでやり過ごす方法を模索するように。自分でも制御が効かない体を、エールは情けないと思い、そして、ありがたいとも思った。これで事が穏便に収まるのであれば、情けなくとも構わない。それがエールの偽らざる本音であった。

 

 だから、アバンがこう言い放った瞬間……どうして自分の心臓が大きく鼓動したのか、エールには理解が及ばなかった。

 

「それがなんだって言うんだ? 守衛隊であろうがなかろうが、そんなことはどうだっていいんだよ。俺はただ、皆が暮らしているこの街で、諍いが起きてるってことが嫌なだけだ」

 

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