ゴーレム君の守衛隊   作:志賀 雷太

6 / 13
唐突なシリアスにご注意ください。


1章 3話 街の呼吸と彼の吐露

 

 アバンの発言になにか思うところがあったのか、あるいはただ単に、衆人環視の真っ只中にいることに気付いたからなのか、ペンダントの男は「また出直す」とだけ言い残して、その場から足早に去って行った。

 

 それが終了の合図となり、集まっていた人々は徐々に散って行く。

 

 揃って頭を下げて感謝する男女に、アバンが「明日からも続くようなら治安維持隊を頼ってくれな」と一言だけ告げてから、

エールと共に巡回業務へと戻って行った。

 

 

 

 

 

 街の中を歩いていると、意識をせずとも様々な音が耳に入ってくる。子供たちの笑い声、鮮魚店の呼び込み、手押し車の車輪が回転する音、ブーツが石畳を叩く音、大人たちが語り合う取り留めのない雑談。それらが街を満たすことによって、街は初めて己が元気であることを喧伝できていた。

 

 街は大きい。いったいどれほどの人々が暮らしているのだろう。一万人は下らないと思うが、果たして十万人もいるのだろうか。いるようにも思えるし、いないようにも思えた。まるで判然としない。自分が認識できているのは街の中でも極一部だ。

 

 王都は大きい。いったいどれほどの人々が暮らしているのだろう。山を内包するほどの規模なのだから、人生で一度も出会わない人がいてもなんの疑問も抱かない。むしろそれが当たり前だ。自分が認識できているのは王都の中でも極一部だ。

 

 ダメだ。また僕は目を逸らそうとしている。街や王都のことを考えることで、自分が直視しなければいけない事柄から逃げようとしている。逃げた時点で、自分が気付いていると言う事実を、自覚していることに他ならないと言うのに。

 

 自分が意識したことのなかった事実。自分がダメになってしまった原因に至るためのヒント。

 

 ここで逃してしまうのは、あまりにも格好が悪すぎる。

 

「アバンさんはカッコいいですね」

 

「エール? 急にどうしたんだ?」

 

 そうしてついに原因を自覚するに至ったものの、そこで歩みが止まってしまう。

 

 原因を素直に認められるほど、自分は高尚ではないと知っていた。

 

 けれど、原因を認められない自分なんかに、価値を見出せないことも知っていた。

 

「僕は、先程の諍いを治めることに……消極的でした。仕事だったから、だからやらなければいけないと思っていました」

 

 どちらの自分であるべきかを選べるほど、僕は強くはなくて……だから、精一杯の恥を晒すことにした。

 

「少しだけ、僕の話を聴いてくれませんか?」

 

 

 

 

 

「相談相手にするなら、俺よりもクレイルの方が適任だと思うけど。あいつは容赦なく切り捨てるから。……いや、それはそれで問題か。言い方ってのは大切だよな、うん」

 

 アバンの話す内容からは了承を得られたのかわからなかったが、彼が頭の後ろで手を結び、壁を背にして寄りかかったことで、エールはその意図を察することができた。

 

 エールは彼の近くまで足早に近づいて、少し距離を空けて隣に立った。背中は壁に預けなかった。左手は右手で包み込んで、へその前に置いたが、収まりの良い噛み合わせを求めて、右手が左手の上を這いずり回った。少しして良い位置が見つかっても、エールは視線を上げず、自分の手と足を視界に収めたまま、口を開いた。

 

「ああ言った直後に質問から入るのもどうかとは思うのですが、答えていただけると話を始めやすいので……アバンさん、僕が治安維持隊に入った理由って、なんだと思いますか?」

 

 彼の声のトーンからは浮き沈みを感じなかった。アバンは横目で彼を一瞥したが、その顔は俯いて陰っていたため、なにを思ってこのような質問をしているのかを窺い知ることはできなかった。

 

 治安維持隊に入った理由か……士官学校時代に色々と聞いたことがある。それらは十人十色の動機であったが、エールのように実直そうな人が持っていた理由はなんだったか。思い出そうとするアバンの眼に、路を行き交う人々の姿が映った。重そうな荷物を担いで玉のような汗を流している人や、買い物袋と子供の手で両手が塞がっている人。そうだ。考えるまでもなかった。それほどに単純で、アバンも好きな動機だった。

 

「家族や友人、街の人々が、安心した生活を送るための仕事がしたかった、とか?」

 

 アバンの回答を聴いて、エールの頰が膨らんだ。

 

「それは素敵な答えですね。もし、同じ質問をされたら、僕もそんな風に答えると思います」

 

 エールが次の言葉を吐くまでに生まれたわずかな静寂は、彼が言い淀んだが故の産物か、または、言葉を選んだが故の産物か、はたまた、その両方であったのか……それは彼ですらわからないことであった。

 

「なにも考えていなかったんです。親に勧めれたから。ただそれだけでした。王都衛兵団に所属できれば、高い給与が保証される……この街では一般常識ですよね。常に危険が付きまとう仕事ではありますが、それも治安維持隊であれば比較的安全。やりたいことも、叶えたいこともなかった僕は、なにも悩むことなく、その提案に乗っていました」

 

 アバンは、民家の屋根で羽を休めている小鳥を眺めつつ、エールが淡々と語る声を聴いていた。言われてみれば、アバンも幼少の時分に、同じような話を耳にしたことを思い出した。

 

「真面目だけど平均的。士官学校時代の僕は、教官や学友たちからこのような評価を受けていました。気がかりになるような短所がない代わりに、他人が羨望したくなるような長所もない。優秀でもなければ、落ちこぼれでもない。僕はその評価を、妥当であると思いました。僕は人に自慢できるような特技も、人になじられるような悪癖も、そのどちらもありませんでしたから」

 

 ふと、アバンは視界の中にいた小鳥の背後に、虎柄の猫が忍び寄っていることに気が付いた。小鳥は猫の接近には、まだ気付いていないようだった。猫は全身を屈めながら、小鳥が最も油断する瞬間を、今か今かと待ちわびている。

 

「士官学校を卒業して、治安維持隊に配属されてからも、その評価が変わることはありませんでした。しかし、評価が変わらずとも、姿勢は変わらなければいけません。環境に共通点があったとしても、学校と職場は別々の目的を持つ組織ですから。その事実に気が付いたのは……今のように同僚と巡回業務をしていた時のことでした」

 

 エールの語りが一瞬だけ止まった。すると、人々が目の前を絶えず行き交う光景は変わらないのに、アバンは周囲から音が消えてしまったように思えた。

 

 間も無くエールの語りが再開されるのだが、その淡々とした声音は徐々に冷淡さを帯びていった。

 

「巡回中だった僕と同僚は、近くの酒場で喧嘩が起きていることを知って、急いで現場に駆けつけました。喧嘩の理由がなんであったのか、それは憶えていません。多分、ありふれた理由だったのだと思います。酒場では店から出てくる人たちと、店内で壁になっている人たちで、概ね二分されていました。騒ぎの中心地では、テーブルやイスが撥ね飛ばされたように倒れていて、筋肉質な男性が二人、お互いの胸倉を掴んで怒鳴り合っていました。状況的にはまだ殴り合いには発展しておらず、しかしその寸前といった雰囲気でした。僕たちは事態を収束すべく仲裁に入りました。具体的には、同僚が両者の間に手を割り込ませた後、男性の片方に話しかけ始めたので、僕ももう一方の男性に話かけました。落ち着いてくださいとか、ゆっくり話を聴きますとか、そのような当たり前の発言をしたと思います。ただ、後になって思い返すと、その時の僕は腰が引けていたと思います。戦闘訓練の経験こそありましたが、喧嘩の経験はありませんでしたから……変な話かもしれませんが、僕は戦うことよりも諌めることの方が苦手だったようです。そんな弱気な態度がいけなかったのかもしれません」

 

 エールはそこまで言ってから、次の言葉を発するために大きく息を吸った。

 

 その時、小石が撥ねられたか蹴られたかのような音がどこからともなく鳴り響き、それは二人のいる路地にまで届いた。しかし、話し手と聴き手に集中している二人の意識を引くには、その程度の音量では役不足だった。

 

 他方では、それが発射の引き金となった。限界まで引き絞られた弓が解き放たれるように、縦縞だったそれは、屋根の上に横縞の残像を残した。

 

「僕は頬を殴られました。不幸中の幸いは、男性は深酔いしていて、拳に踏ん張りが効いていなかったことですね。そのおかげで、僕は後ろに転んだ程度で済みました。……ですが、僕が起き上がったころには、同僚一人で彼らを取り押さえていて……僕は、周囲を取り囲む野次馬の一部のようになっていました」

 

 エールの独白に聴き入っていたアバンには、彼が吐き出した声が、喉を通過する最中で磨り減っているように思えた。

 

 彼が続きを口にするまでの間、アバンは虚空を見上げようとして、屋根にいたはずの二匹が姿を消していることに気が付いた。

 

「それ以来と言うもの、明確な理由はわかりませんが、僕は仕事を当たり前のように熟すことができなくなりました。……おそらく、それが原因なのでしょう。僕は上官から、別の部隊へと転属することを提案されました」

 

 その続きが彼の口から紡がれなかったために、アバンはその後を察することができた。

 

「その別の部隊ってのが、ここか」

 

 アバンの推測は否定されなかった。

 

 エールは依然として俯いていたが、その頬が持ち上がる様子をアバンは目にしていた。

 

「先程のトラブルに介入した時もそうでした。僕はアバンさんの影に隠れて、なんとかしてくださるのを、ただ待っているだけでした」

 

 アバンはここまで言われてようやく理解した。彼は会話や相談をしたかったのではない。彼はおそらく、懺悔がしたかったのだ。その心の移ろいまでは理解が及ばなかったが、無理もなかった。

 

 エールは鼻を啜ってからゆっくりと顔を上げた。その瞳には青く広い空が映っていた。

 

「アバンさんが所属など関係なく見過ごせないと言った時、僕は自分が責められているような気持ちになりました。きっと、どこかしらに引け目を感じていたんです。なんの志も持っていない自分に、仕事だから止むを得ずと考えている自分に、気付いてしまったんです」

 

 そこまで言うと、エールはアバンに笑顔を見せた。自然と不自然の合間にある笑顔だった。

 

「こんなことを聴かされても困りますよね。突然すみませんでした。でも、おかげさまで、なんだか随分とすっきりしました。お付き合いいただきありがとうございました。仕事に戻りましょう」

 

 エールが先を歩き出したために、アバンもすぐに追いかけて隣に並んだ。

 

 道すがら、アバンは彼から街のあちこちについての質問を受けた。特に気構えることもなく、平然と答えていったが、その目には常に彼を捉えていた。

 

 

 

 

 

 その後の巡回は順調に進み、あとはこの先の路を折れれば、守衛所前まで続く路に出る……そんな折に、アバンが盛り上がった岩場に向かって駆け出したのだ。

 

 なんらかの異常を発見したのだと思い、エールは急いで彼を追った。そんなエールの目に映ったのは――

 

 「ここら辺の岩石は、腕力を鍛えるのにすっごく便利なんだぜ! ほら、見てみろ! 片手サイズの石から、顔より大きな石まで粒揃いだろう? こいつを抱えたまま……ほら、そこに立っている木の太い枝に、足を引っ掛けてぶら下がり、上体を持ち上げるんだ! 最初の内は腹がつっちまうこともあったけど、慣れてくると腹筋がいい具合にいじめられて、最高に最高で最高なんだよ! あとはそうだな……」

 

 ――あらゆる石を手に取って見せつけてくる、いままでにない興奮を見せるアバンの姿であった。エールがそれを白昼夢だとどれほど己に言い聞かせたところで、現実は都合良く改ざんされてはくれない。カッコいいと評したはずのアバンは、一瞬にして姿を眩ませていた。残っているのは、ただの筋トレフェチ男だ。

 

 そしてエールは、この後ひたすら筋トレをさせられたのであった。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。