1週間に1回更新していきたい(願望)
第1話
それが彼の名前だった。
目付きは悪いし、友達はいない。家庭環境は最悪。そんな彼はパジャマ姿─と言ってもダボッとした黒のパーカーに黒のズボン─で恥ずかしげもなく街を歩いていた。
金は持ち歩いていない。一応、金目のものはないかと自分のポケットを探ってみたが、あったのは綺麗に折り畳まれたマスクだけ。ンなモンがなんでアンだよ…と彼は過去の自分の行動を思い返すが、特に思いつくわけでもなかったので、マスクをつけることで思考することをやめた。
そんな彼は途轍もなく、途轍もなく機嫌が悪かった。チッと舌打ちをするがイライラが消える訳でもなく、更に舌打ちをした。
なぜ、彼が機嫌が悪いのか。
それは彼の家庭環境にあった。
最初に紹介した通り、彼の家庭環境は最悪だった。父は某企業の社長、母は専業主婦。父が何処の社長なのかなんて静雅には興味もへったくれもなかったので、気にしたことはない。
そんな父親は紛いなりにも社長だったので、家は大層豪邸な一軒家だった。
両親は静雅の生まれる前はラブラブで、愛し合っていた…らしい。今は倒されて見えない写真立ての中の写真に笑い合っている両親や、キスしあっている写真などがそれを物語っていた。
しかし、それも静雅が生まれる前の話。静雅が生まれてからはその仲は一変し、ギスギスとした雰囲気に変わった。
理由はひとつだった。
静雅が両親のどちらとも似ていなかったのだ。父は母の不倫を疑った。勿論、母は不倫なんてしていない。夫を世界一愛し、子供を授かった。なのに、不倫を疑われる。
父は昔は優しかったらしい。周りが言うには、愛妻家だっただとか。静雅が産まれてからは、そんな素振りを見せたことがないので、静雅はしらない。
優しく愛妻家だったらしい父は一変し、母に暴力を振るうようになった。「嘘をつくな。不倫をしたんだろう?」と母を問い詰めながら。していないものはしていない。母は「していない」と否定し、更に殴られる。そんな日々が毎日続いた。
静雅が5歳ぐらいの時だっただろうか。母が初めて静雅に手を出した。母も精神が可笑しくなっていた。心がズタズタだったのだ。
「お前が、お前が生まれたせいで全てが可笑しくなった!!」
バシィン!!と大きな音が部屋で響く。数秒後に殴られたことを理解した静雅は殴られた右頬を触り、涙を目に溜め…泣き出した。
そんな静雅に対して母はヒリヒリとする右手の感触で息子を殴ったことに理解し、叫んだ。夫と同じことをしてしまった。それが嫌で嫌で、叫んだ。
この時既に、母を精神科に連れていかなければいけなかったのだ。しかし、5歳児の静雅にそれがわかるはずもなく、可笑しくなった母がそれに気づくはずも無かった。父は、母が壊れようと放置していた。
そんなそれから母は静雅の名前を呼ばなくなった。完全に壊れたのだ。そして、日頃のストレスを静雅に発散するようになった。
最初は抵抗していた静雅だが、すぐに抵抗するのをやめた。母はこうすることでしか、心を保てないことに気づいたからだ。
でも、それは小学生までで、中学に上がれば、反抗することはなかったものの、母のビンタを避けるようになった。
「あんたが、あんたが──」
「なんで生まれてきたの? せめて、私かあの人か、似たような顔で生まれて来てくれれば──」
「お前なんか、死んでしまえ!!」
そんな親を静雅は親とも思うことはなくなっていった。小さい頃はお母さんと呼んでいたのに、今では自分から話しかけることをしなくなり、学費を払ってくれる人と認識するようになった。
家に帰ってもいいことなんてないので、家に帰ることも少なくなった。喧嘩に明け暮れていたのだ。喧嘩に明け暮れ、野宿する。友達なんてものは静雅には存在しなかったので、友達の家に泊まる、なんて選択肢はなかった。
母がいつも一方的にギャーギャーと騒ぐ。耳障りだから騒ぐンじゃねェ、と言いたいところだが、それをいえば更に煩くなることがわかるので黙っている。
高校生になって、静雅も言い返し始めた。手を出すことはなくとも、言い返すようになった。
「なんで、あんたは──」
「生まれて来たのか、って? それはてめぇが産んだからだろ? 人のせいにすンなや」
勝手に産んどきながら、生まれてきたことを否定される。静雅はそれが嫌で嫌で仕方なかった。否定するぐらいなら作るな。産むな、と。
母は相変わらず単調な動きだった。カッとなった母は右手を大きく振って静雅の頬を叩こうとする。
しかし、喧嘩慣れしている静雅からしてみれば、避けることは簡単だし、右手で受けることも可能だ。バンバンと何度も頬を殴られることが好きな人間なんていないだろう。
それに、静雅は短気だ。殴られるだけで許せるような優しい男ではないのだ。
「…大人しく、殴られとけばいいのよ!! 男っていつも身勝手。コロッと人が変わる! 嫌で嫌で仕方ない!! 嫌いよ、男なんてみんな!!!」
父は静雅が小学生に上がる頃から帰ってこなくなった。壊れた母に興味を示さなくなったのか、新たにオンナができたのか。そんなのに彼は興味を持たなかったし、持とうとも思わなかった。母は更に壊れたが。
静雅は珍しく母にやり返した。いや、言い方に語弊があったのかもしれない。別に殴り返した訳じゃないからだ。
彼は母をギッと大層悪い目付きで母を睨み、机を思いっきり蹴った。ガダッと音をたてて、移動する机を見て母は父のことを思い出したのか顔が真っ青になる。ガタガタと肩が震え、歯が音をたてる。そして母は地面に座り込んだ。
静雅の顔に父親の面影はない。母の面影もない。でも、DNAは繋がっているから不思議だ。
そんなガタガタと震える母を静雅は冷たい目で見下ろし、家を出た。その行動は完全に勢いだったし、パジャマだったことも忘れていた。おかげで無一文で街を彷徨くことになり、静雅は今日を厄日だと感じた。
やることはない。やりたいこともない。はっきりと言って暇だ。かと言って、家に帰るのは嫌だ。1週間は母の顔を見たくない。でも、無一文で店に入ることもできない状態だった。せめて500円ほどあれば、適当にレストランにでも入ってコーヒー1杯で4時間は時間を潰せたのに。
チッと舌打ちが彼の口から漏れる。
静雅は目付きが悪い上に、視力も悪いため、更に目付きが悪くなる。たまたま静雅を見ていた周りの女子から悲鳴が漏れた。そしてまた、機嫌が更に悪くなる。完全に悪循環だった。
あまりの苛立ちに手が出てしまいそうだったため、静雅は街を抜けて、人の少ない交差点に出た。信号は赤で、静雅は止まった。たった数秒だったが立ち止まることが、苛立っている静雅を更に苛つかせた。
そんな彼は跳ね飛ばされた。
トラックが彼を跳ねたのだ。
決して静雅が信号無視した訳では無い。トラックが静雅が立っていた横断歩道に突っ込んできたのだ。…居眠り運転だった。
喧嘩慣れしている彼は、咄嗟に両腕でガードするが、そんなもので守りきれる訳でもなく。ダムダムとまるでボールが地面でバウンドするかのように静雅はコンクリートの上で跳ねた。
トラックは静雅を轢いたあと、そのままビルに突っ込んだ。人通りのなかった交差点はこの事故のせいで、人で溢れかえってしまった。
跳ねられた静雅は意外と冷静だった。
ああ、やっと死ねるのか、と安心したからかもしれない。死にたくはなかった。けど、明らかな致命傷を受けてしまったし、別にこの世に未練があるわけでもなかった。自分を愛してくれる家族がいる訳でもなければ、一緒にバカ騒ぎする友達もいなかった。彼を気にかけてくれる人なんて1人もいなかったのだ。
なんで自分は生きているんだろうと彼は常に自問自答を繰り返していた。生きる意味が見いだせていなかったからだ。
外にいても楽しくない。家にいても楽しくない。楽しいことなんて彼の周りには何一つなかった。学校で笑っている赤の他人を見て、何がそんなに楽しいのか彼は理解できていなかったし、家族で外食に行く理由も理解できていなかった。
死にたいと思ったことは少なくなかった。自分で自分に手を下すことを馬鹿馬鹿しいと思っていた彼は自殺こそはしなかったが、今この時が丁度良かった。
死にかけの自分。自殺ではなく、事故に巻き込まれただけ。別に生きていても特に楽しくないこの世界だ。ようやくこの無意味な人生が幕を閉じることが嬉しかった。
視界が真っ赤になった。綺麗な雲ひとつない空は真っ赤に変わった。彼は頭から血を流していたのだ。頭の他にも腹や腕、背中など、沢山の場所から血を流していた。打ちどころが確実に悪かった。
走馬灯が見えるわけでもなく、彼の命は花弁が散るように簡単に、消えていったのだった。
彼の流した涙は誰も気づかない。
しかし、彼の『願い』には気づいたのだ─。
彼の『願い』それは──
「笑いあえる友達、愛してくれる両親、愛しい恋人」
「ひとつぐらい叶えば良かったのになァ…」
※主人公はワールドトリガーを知りません。
オチについて(必ずしも反映されるとは限らない)
-
宇佐美栞
-
二礼光
-
オチなし
-
他の誰か