影浦雅人の『兄貴』   作:瑠威

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第2話

  

    死んで、生まれ変わった。

 

   お前、何言ってんだよって思うかもしれないが、これは本当で、物心がついた時から彼は影浦(かげうら)静雅(しずか)としてまた生きていた。

    また同じ苗字で同じ名前。この名前はもちろん、苗字もいい思い出なんてひとつもない。けれど、前の両親とは違って、この世界の両親は優しかった。

 

 

「しずか、おれとあそぼう!」

 

 

    彼には家族がいた。

    優しく時には厳しい父がいて、ほのぼのとした明るい母がいる。そして、元気が取り柄の双子の兄と、天使のような微笑みを見せる3歳年下の弟がいた。

 

    彼は、弟─雅人(まさと)を眺めていたいのに、双子の兄がグイグイと俺を引っ張って庭に出す。

    兄は、サッカーをやろうだの野球をやろうだのと1人で盛り上がっている。1人でやっとけと突き放せば、一瞬、兄はキョトンとした顔をした後、「やろーよー」と彼の腕をぐいぐいと引っ張って駄々をこねた。

 

    兄はどうしても彼と遊びたいらしい。両親はお好み焼き屋を経営して忙しいし、まだまだ小さい雅人の面倒を見るので精一杯だ。

    静雅だって、すやすやと寝ている雅人を眺めているだけで、兄と関わろうとはしていなかったので、それが嫌に感じたのかもしれない。小さな弟に双子の弟が取られたと勘違いしているのだろう。

 

    あまりにもうるさいので、彼が了承してあげれば、兄は嬉しそうに笑って叫んだ。耳元で叫ばれたので、思わず彼は耳を塞いでしまったが、それに兄は気づいていなかった。兄はすごく喜んでいる。隣にいる彼の行動に気づいていないのだから、もちろん店で叫んでいる母親の怒声にも気づいていなかった。どうやら兄の叫び声は、店にまで聞こえていたみたいだ。

 

 

「ちょっとは静雅みたいに静かに落ち着いてられないのかなあ?」

「い、いやあ、その…ごめんなさい……」

 

 

    普段怒らない人が怒ると、それはとてつもなく怖く、恐怖を味わうものだ。

    店内のど真ん中で母によって正座させられ、愚痴愚痴と怒られている兄を見てご愁傷様だと彼は思った。

 

    結局、あの後兄はサッカーをやることに決めたらしく、父に買ってもらった新品のサッカーボールでサッカーを始めた。

    しかし、数分もしないうちに兄が蹴ったサッカーボールはあらぬ方向に飛んでいき、家の二階の部屋の窓ガラスを割ってしまったのだ。ボールを高く蹴飛ばせると興奮していたのが運の尽きだったのかもしれない。

 

    窓ガラスの割れた音に反応した母が来てみれば、子供部屋となっていた部屋は窓ガラスで散らかっており、普段優しい母も鬼の形相へと変貌するのは仕方の無いことだった。

 

    両親の経営しているこのお好み焼き『かげうら』は客に愛されている店だ。子供がやんちゃして、店の中で怒られていても客は怒るどころか、ほのぼのとした雰囲気をだし、笑って見守っている。

    ちなみに兄は涙目…というか号泣していた。当たり前だ。店のガラスじゃなくて良かったが、結局家の窓ガラスを割ってしまっているのだからしょうがない。

 

 

「奥さんも兄ちゃんも元気だなあ!」

 

 

    父が抱っこしている雅人に向かって、常連は豪快に笑いながら言った。父は苦笑いしながら、「そろそろ止めるか」と呟き、仲裁に入った。

    父が仲裁に入ったことで、店中の客の視線が集まっていたことを母は知り、顔を赤くして裏へ小走りに向かい姿を消した。母は意外と乙女なのかもしれない。

    もう既に母は鬼ババだと知れてしまっているから、隠れても意味がないと思うのだが、そこはご愛嬌ということなんだろうか。

 

    走って消えた母を見て、客は楽しそうに笑い、「仲がいいねぇ」とつぶやく。父はまたしても苦笑いを浮かべた。兄は漸く助かったと安心した表情を浮かべ、弟は無邪気に笑っている。

 

 

    そんな、光景を、『今』を見て彼は

 

    嬉しそうに頬を緩めた

 

 

    ──これが“家族”か、と。

 

 

 

  ***

 

    あれから月日は経ち、静雅は小学校に入学した。

    入学式、それは彼にとってみれば憂鬱なものであった。元々、転生する前から堅苦しい式典や長々しく喋る人間が嫌いだったが、この世に転生し、更に人が嫌いになってしまったようにも思える。

 

    別に両親が何かしたという訳では無い。

    彼の両親は優しいし、気の利くいい両親だ。こんな在り来りな親を欲していた彼にとってみれば最高で、時々口煩いと感じたり、うっとおしく思ったりもするが、そこがまたいいと彼は思っている。

 

    兄弟仲も意外と良好だったりする。

    相変わらず兄は元気で考え無しで動く阿呆な男だし、弟は()()()()()()()()()()からか少々、泣き虫なところもあるが、それを受け入れてくれる彼を好ましく思っているのかいつもベッタリと後ろを引っ付いて来ている。

    彼も彼で、弟という護らなくてはいけない存在がいることを嬉しく思っているからか、いつも弟の面倒を見てあげている。兄とは違って友達がいないというのも関係しているのかもしれない。

 

    では何故、彼は人が嫌いなのか。

    それは彼が()()()()()()からだ。

 

    この世に転生したという異例もあるが、それとは()()別に違うのだ。弟が()()()()()()()()()()()()()()()()()()ように、彼も()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。

 

    これがどんな能力かなんて彼は詳しくは知らない。()()()()()()()()()()()()()()()()()()と思っているだけだ。

    でも、この能力のおかげで人混みでは酔うし、情報を処理しようとした右脳がパンクする。隠れんぼでは無敵になったが、隠れんぼで無敵になっても意味はほぼ成さないだろう。隠れんぼなんて小さい時にやる遊びで、大人になるにつれてやらなくなっていく。隠れんぼが無敵だからといって将来、有利になることはないので彼は使えない能力だと思っている。

 

    では、ここで一度振り返ってみよう。

    彼は今、入学式に出ている。入学式とは即ち、人が集まる場所だ。そんなところに彼は長時間いて、尚且つ能力はフル稼働している。しかも彼はその能力を自由にオンオフを切り替えることができないのだ。

    そして、そんな能力をフルで使っていれば、発達しきれていない彼の右脳はパンクするに決まっていた。おかげで彼のストレスは半端ないし、疲労だって凄かった。眠るのが1番効果的なのだが、途中途中起立させられるので、それは不可能に近かったし、寝た事実を両親に知られると面倒だ。

 

    そもそも、なんで俺が小学校なンざに通わなきゃ行けねェンだ、と彼は考える。もちろん、その理由として彼の周りが彼を転生者だと知らないからであるのだが、そんなことを告げたところで精神科を勧められるだけで、いい方向に進むことはないだろう。

    かと言って、彼は精神年齢の低い子供に付き合う気は毛頭なかった。笑いながら手を繋ぎ、のうのうと毎日を過ごすつもりは無い。精神年齢21のいい大人がそんなことを出来るはずもなく、彼のプライドが赦すはずもなかった。

 

    聞きたくもない校長やPTAの話を長々と聞き、町内の会長だのなんだのと終わる気配のない入学式に苛立ちが募り、彼の貧乏揺すりは酷くなるばかりだ。確実に血圧が上がっているであろう彼の現状に気づいている人間は、きっと彼の()()()()()()ぐらいしかいないだろう。

 

    長々と話し続ける大人達に舌打ちを打ち、きっちりと締めてあった首元のネクタイを緩めると彼は静かに目を瞑った。これ以上は耐えられなかったのだろう。数分もすればすやすやと眠り始める。

 

    式が終わる直前に左隣りの少年が起こしてくれたおかげで、彼は恥を晒さなくて済んだ。

 

 

 

 

  ***

 

    入学式が終わった後は教室に移動した。保護者が入ると教室がパンパンになるという理由で、保護者は体育館で説明を聞くらしい。

 

    教室に入る瞬間、彼は兄と目が合った。彼は1組、兄は2組だ。兄は、彼にブンブンと手を振るが、彼はそれを無視する。兄はショックそうな表情をするが、これが彼らの日常で、いつもの事だ。無視されて兄が怒ることもなければ、泣くことも無い。逆に彼が振り返しでもしたら、彼の体調を兄は気遣うであろう。双子なだけあって、兄は彼のことをよく知っていた。

 

    机にはひらがなで名前の書かれたシールが貼ってあった。そこに座れということなのだろう。彼の苗字は『かげうら』。か行ということもあり、窓際に近い席だった。前から3番目ということが気に食わなかったが、仕方ないだろう。

    それに、彼は授業をマトモに受けるつもりはなかったので、前列だろうが後列だろうが関係なかった。

 

    机は隣りとくっつけてあり、1人2組らしい。右隣りを見てみれば、先程の入学式で左隣りだった少年だった。

    一瞬目が合って、彼はすぐに逸らした。名前をチラ見したが、彼は覚える気がなかったのですぐに忘れた。

 

    担任からプリントが配られる。担任の説明を聞きながら、彼はふと空を見た。空は晴れ晴れとしていて、快晴だった。そんな空模様に彼は、けっと声を漏らした。

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