灰色ドラム缶部隊   作:黒呂

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この物語も後少しで完結します。せめて最後は大好きなオッゴに活躍して貰いたいものですw


宇宙要塞ア・バオア・クー 前編

宇宙世紀0079年12月31日、ほぼ一年という長い月日に渡って繰り広げられたジオン独立戦争も遂に最終決戦に差し掛かろうとしていた。

当初は圧倒的な物量差を有して楽勝ムードが漂っていた連邦軍ではあったが、その最終決戦直前に放たれたジオン軍の最終兵器ソーラ・レイによって総戦力の30%以上を失ってしまった。それでも残された連邦軍の戦力はジオン軍がア・バオア・クーに集結させた総戦力の約2倍と余裕で上回っていた。

 

一方のジオン軍はソーラ・レイを発射してから間を置かずして、ア・バオア・クー要塞にてギレン・ザビ総帥閣下直々の演説が行われた。彼の演説を聞かないはおろか、見ない兵士など居ない筈がなく、要塞内部だけでなくア・バオア・クー全土にギレンの演説が映像として流された。

 

偉大なるギレン総帥閣下が兵士達の為に鼓舞し、更に演説の中で絶対勝利を約束してくれた……それだけで勇気付けられ、ジオン軍全体の士気が一気に高まったのは言わずもがなだ。何より、祖国の為、家族の為に戦っているのだ。誰もが絶対に負けられないという強い信念を抱いている。

 

こうして彼等の戦意は最高潮に達し、いよいよ戦いは最終決戦に突入しようとしていた……。

 

 

 

日付が変わってから八時間後、既にア・バオア・クー周辺の部隊は各々の配置に付き、連邦軍を迎え撃つ為の迎撃準備を完了させていた。後は連邦軍を迎撃するだけなのだが、特別支援部隊ではまだ“アレ”の準備が終わっていなかった。

 

「急げ! 連邦が攻めて来るまで時間が無いんだぞ!」

「ビグ・ラングの対艦ミサイルの装着終わったか!? 終わったら操作制御プログラムに問題無いか確認しておけ! いざという時になってから撃てません動きませんじゃあ話にならないぞ!」

「アンチビームミサイル発射管は終わったんだな!? 終わったら要塞に戻って連邦軍の攻撃に備えろ!」

 

ギリギリ間に合うかどうかと言われたビグ・ラングの装備であるが、案の定戦いが始まる前に装備を終えるのは無理があった。恐らく装備を完了させるにしても後2時間~3時間は必要であり、これにより所属する特別支援部隊との合流は不可能である事が確定した。

 

だが、装備さえ終われば戦闘に参加する事は可能であり、完全にビグ・ラングの活躍の場が失われた訳ではない。問題は、果たしてビグ・ラングが出撃するまでに戦線を維持する事が出来るかどうかだ。これが崩壊してしまえば、最早見せ場どころの話しではない。

 

特別支援部隊も作戦に参加する他部隊との連携を緻密にすべく、何度も通信で作戦内容の確認を行い、また司令部から命令があれば何時でも動けるように万全の準備を喫して、その時を待った。

 

「いよいよ……か。この一戦でジオンの興廃が決まるか」

「ええ、既に隊員達は準備を終わらせています。惜しむらくは、ビグ・ラングが間に合わなかったという点だけでしょうか……」

「いや、仮に間にあったとしても今回の作戦には足の遅いビグ・ラングには難がある。今回は前に出ず、後方支援に徹する命令を出してある。後は―――」

「彼女が乗るかどうか……ですか」

「そう言う事だ」

 

そもそも今回の特別支援部隊の任務は敵軍の背後に全力投入されたオッゴ大隊を短時間に回収するというものだが、これは裏を返せば連邦軍艦隊の中へ突っ込めと言っているにも等しい。最早、一種の特攻任務だ。

そして作戦内容に短時間と述べている所から察して、ダラダラと時間を掛けられないのは言わずもがなだ。となれば、動きが遅いビグ・ラングにはこの任務に不向きとしか言い様がない。

 

「この無謀な作戦でオッゴ大隊の何名が生き残れるのだろうか……? いや、この任務を請け負った我々が生き残る事さえ危うい……」

「艦長……」

 

戦いの行方を案じ、そして戦いに身を投じる若者や自分達を案じる……。今までの戦いでは『何とかなるだろう』とダズなりに自分に言い聞かせて此処まで来れたが、その彼が副官に弱音を吐く程に今回の戦いは熾烈を極めるのと同時に不安に満ちたものである事を物語っている。

 

悲観たっぷりのダズの言葉にウッドリーも言葉を詰まらせ、彼に掛ける言葉を見付け出せずに時間だけが流れていく。

 

そして午前8時10分頃、ジオン公国本土を臨めるNフィールドの前方から連邦軍艦隊が放った大量のミサイルがア・バオア・クーに襲い掛かる。この攻撃によりNフィールド最前線で警備していた学徒兵の乗るゲルググ部隊が少なからずの打撃を受け、ミサイルの射線上に居た艦船も直撃を受けて数隻が撃沈された。

 

ア・バオア・クーにもミサイルが迫ったものの、こちらの方は高度に組み込まれた要塞の迎撃システムが作動したおかげで事前に撃破する事に成功した。ミサイルによる被害が最低限に済んでホッとしたのも束の間、NフィールドとSフィールドの両方から連邦軍艦隊が攻め込んできた。

 

『Nフィールドから敵が来たぞ!! 衛星ミサイルで応戦しろ!!』

『フィールド防衛に出ている巡洋艦と戦艦、MP部隊とMS部隊! 兎に角、全部前に出るんだ! ア・バオア・クーを守るんだよ!!』

『成るべく敵を迎撃しろ! 万が一に敵に抜けられても、ア・バオア・クーの迎撃システムで撃ち落とせる!!』

『Sフィールドからも敵の大部隊が接近している!! かなり多いぞ!!』

『ちゃんとした数を言え! 数を!!』

 

敵の大部隊を確認した瞬間、一気にア・バオア・クー要塞内外に緊張感と喧騒に包み込まれる。大質量を誇る衛星ミサイルが連邦艦隊を蹴散らし、更に要塞と艦船から放たれたダブルの砲撃が追い打ちを掛ける。

だが、それでも敵艦隊の進攻を止めるには至らず、遂に連邦軍はMSの発進ラインにまで艦隊を強引に押し進めて来た。そこからジムやボールが発進し、瞬く間に大群となってア・バオア・クーの防衛ラインに殺到してきた。

 

対するジオン軍も要塞や艦船からザクやドム、ゲルググやオッゴに至る機動兵器を防衛ラインに向かわせ、戦闘が始まって十分足らずで大規模な戦闘が勃発した。それも四つのフィールドで、ほぼ同時にだ。

おかげで見渡す限りに火線が飛び交い、至る所で爆発の光が巻き起こっている。ソロモン戦とは比べ物にならないぐらいの破壊が辺りを埋め尽くしており、紛れも無くこのア・バオア・クーの戦いは一年戦争の中でも熾烈極まる戦闘だと言っても過言ではない。

 

だが、それだけ激しい戦闘であるにも拘らず、Nフィールドの端……Wフィールド寄りに配置された特別支援部隊を含めた合併部隊に動く気配は見られない。強いて言えばムサイ級ミューゼと、もう一隻のムサイでその場から支援砲撃する程度だ。

 

だが、彼等が動かないのは戦闘を拒否しているからではない。寧ろ、動こうにも動けない彼らなりの事情があるのだ。

 

「敵の接近に警戒しろ! 近付く敵を発見したら、即座にMSとオッゴを発進させろ! オペレーター、司令部から作戦開始の報はまだ届いていないのだな!?」

「はい! “現状を維持しつつ待機せよ。追って指示を出す。”……以上です!」

「そうか……。ウッドリー少佐、君は司令部の指示をどう捉える?」

「恐らく、司令部はNフィールドの戦力だけでも連邦艦隊の第一波を退けられると踏んでいるのでしょう。Nフィールドには総戦力の大半が振り分けられているようですし、何より空母ドロスの存在が大きいですからね」

「成る程。ならば、オッゴ大隊の出番は第二波が攻め込んできた時という訳か」

「そして我々の出番も……ですね」

「出来る事ならば、我々の出番なんて一生来ないで欲しいものだ……」

 

今回の特別支援部隊の作戦は連邦艦隊に奇襲を掛けるオッゴ大隊を回収する事。即ち、オッゴ大隊が奇襲作戦をスタートしたのと同時に彼等の作戦も開始されるのだ。

作戦実行の合図は要塞司令部が出すのだが、現時点で奇襲を仕掛けるのは早過ぎると判断したらしく、特別支援部隊並びにオッゴ大隊に待機を命じている。

 

待機を命じられた以上、こちらも勝手に動き回る訳にはいかない。そもそも特別支援部隊と+αの戦力のみで最前線に出れば、連邦軍の砲火に晒されて撃墜されるのは火を見るよりも明らかだ。

 

無理して死に急ぐ理由もないので、ダズは司令部の判断に身を任せ、今暫く待機して戦局の行く末を見守るのであった。

 

戦闘が始まってから1時間が経過した頃、司令部の予想が見事に的中した。Nフィールドから攻め込んできた連邦軍主力艦隊が後退を始めたのだ。後退と言うよりも、その光景はジオン艦隊に押し出されていると言うのが正しいだろう。

Nフィールドに敷かれた分厚い防衛網を突き崩すのはおろか、逆に自分達の戦力を予想以上に削られたのが後退の理由だろう。また連邦艦隊を一時的にとは言え退けられたのには、要塞司令部に居るギレン・ザビの的確な指揮も要因の一つであると言われている。

兎に角、今まで負けが込んでいたジオン軍にとって、敵に対して優位に立ったという事実は更なる自信と士気の向上に繋がった。

 

だが、敵の進攻を押し戻して得られた余裕などほんの一時に過ぎなかった。数分後、万一に備えて事前に後方で待機していた予備戦力が増援としてNフィールドに押し寄せ、押され気味だった主力艦隊と合流。途端に艦隊は後退を止め、一転して進撃を再開させた。事実上の主力艦隊の第二波攻撃だ。

これだけで連邦軍の物量はジオンを遥かに上回っているという事実が嫌でも分かってしまう。だが、幾ら物量差があっても連邦軍の戦力が無尽蔵にある訳ではない。

ソーラ・レイの一撃で大打撃を受けた上に、NフィールドのみならずSフィールドやEフィールドにも戦力を割り振っているのだ。恐らく、今合流した予備戦力を以てして、連邦軍は文字通り全戦力を投入したと見るべきだろう。

 

だが、それはジオンも同じだ。いや、ジオンの方が連邦よりも戦力的に追い込まれていると言うべきか。

向こうは予備戦力との併合によって戦力を補充した上に、無傷の部隊も数多く残っていたので数と士気は中々のものだ。一方のジオンは士気こそ連邦以上に高いものの、既に殆どの予備戦力も戦場に駆り出してしまっている。つまりジオンには失った戦力を回復する手立ては最早残されていないという訳だ。

 

その点だけに着目すれば、連邦軍が有利な状況であるのは言わずもがなだ。だが、それさえも耐え抜いてしまえば、後はこっちのものだ。

Nフィールドに迫って来ている第二波を退け、更にSフィールドから攻め込んできた主力艦隊を撃退すればジオンの勝利は確実となる。そうなれば戦局の巻き返しも決して夢ではない。

 

この第二波を退けられるか否か。ア・バオア・クー戦の勝敗の鍵はそこにあり、連邦やジオンにとっても正念場だと言えよう。

 

そして9時20分頃、本日二度目となる連邦軍主力艦隊によるNフィールド方面の進攻が始まった。

連邦軍は先程と同じルートで進攻してくるが、それに対しジオンもまた砲撃と衛星ミサイルの二重攻撃で進攻を阻もうとする。だが、一度目とは異なり衛星ミサイルの数は少ない上にジオンの戦力は損失したままだ。このハンデによって連邦軍の進攻を止められず、再びMSの発進ラインまでの接近を許してしまう。

 

そして防衛ラインでは再びMSやMP同士の激しい戦闘が繰り広げられ、またドロワを中心とした艦隊戦も勃発した。

 

それを目の当たりにしたダズは、そろそろ自分達の出番のようだと覚悟を固めつつあった。この第二波攻撃によって戦局がどちらへ傾くのかが分かる大事な局面だ。ここで踏ん張らなければジオンが負けるのは明白だ。

 

「そろそろだな……。オッゴ・フレームは何時でも動かせられるか?」

「それについては大丈夫です。何時でも行けます」

「そうか。ところでビグ・ラングの方はどうだ? 出撃していないようだが……」

 

ふと思い出したかのようにダズはビグ・ラングが未だに戦場に出て来ていない事に気付き、その事について誰か知る人間は居ないかとウッドリーやオペレーターに視線を遣って尋ねる。が、どちらも首を左右に振って知らないとアピールした。

 

「あれから1時間以上経っているので、とっくの昔に整備も終わっている筈なのですが……」

「通信も入っていません……と言いますか、戦闘が始まってから通信が飛び交ってパンク寸前です」

「もしかしたら向こうもどう動けばいいのかが分からず、格納庫で待っているかもしれんな。或いは……」

 

戦闘が始まってから1時間ぐらいでビグ・ラングに取り付ける新兵器の装備は終わった筈だ。にも拘らず、未だに戦場に出て来ないのはおかしい。向こうでトラブルが起こったのか、それとも合流すべき部隊の動向が分からず立ち往生しているのか、はたまたパイロット本人が搭乗に臆しているのかのどれかだ。

ビグ・ラングのパイロットを務めたカリアナ中尉の事を考えれば、一番可能性が高いのは最後の考えであるが、この艦橋内に盗聴器が仕掛けられているので敢えて口には出さなかった。

 

「兎に角、オッゴ大隊に何時でも出撃出来るよう通達しておくんだ! それと司令部に奇襲作戦の実行を打診しろ!」

「了解!!」

 

事前に決めていた作戦に沿って動こうとしても、先ずは司令部の承諾が無ければ始まらない。面倒ではあるがダズはそれに従い、行動を開始しようとしていた。

 

この時、ダズが腕に付けていた時計の針は9時25分を指していた。その時刻を指し示した頃、ア・バオア・クーの要塞司令部ではジオン公国を激震させる出来事が起きているとは……この時、誰も知る由もなかった。

 

「……司令部から応答ありません!!」

「何!? また通信のパンクか!?」

「いいえ、司令部からの通信は正常のままです! 只、応答が返って来ないんです!」

「ダズ中佐! 他の艦の動きもおかしいです! 動きが鈍くなっています!」

「何だと!?」

 

ウッドリーに言われて双眼鏡で他の艦船の動きをみると、確かに今さっきまで的確な指示に基づいていた動きとは異なり、動きが鈍くなっている気がする上に、艦隊の統一性が欠いているようにも見られる。

 

まるで指揮官を失い、統率力を失った部隊のようだ……そう思った瞬間にダズはハッと気付いた。

 

「まさか……他の艦船にも司令部の命令が行き届いていないのか!?」

「そんな……! いや、確かに他の艦船の動きを見れば明らかに悪くなっている。となれば、恐らく……」

 

ギレン・ザビが出していた的確な指示のおかげで全ての戦線を維持し続けていたのに、それが突然途絶えたのだ。当然ながら指揮の途絶はア・バオア・クー全土の部隊に動揺を呼び、今まで彼の指示に従って動いていた艦隊の動きにも悪影響を及ぼしてしまった。

しかも、運の悪い事に戦い慣れしている連邦軍はジオン軍が見せた隙を見逃すどころか、ここぞとばかりに攻勢を強めてきた。

 

一気に攻勢を強めた事によりNフィールドの防衛ラインは一気に押され、遂にNフィールド防衛の要とも言えるドロスの目前にまで主力艦隊が迫って来た。他の艦船もドロスを守ろうと前に出るが、先程の戦闘と今の猛攻撃で相当の数を撃墜されてしまっている。最早、ドロスを守る戦力なんて僅かしかいない。

 

「いかん! このままではドロスがやられてしまう!!」

「司令部からの命令は来ないのか!?」

「ありません! 通信は途絶したままです!!」

 

命令があるまで待機せよと言われた身ではあるが、その肝心の命令が途絶したままだ。命令の途絶は一時的なものだと思われるが、再び司令部から命令が来るのは何時になるかは不明だ。

このまま何もせずに待ち続ければ、ドロスは連邦軍艦隊の集中砲火を浴びせられ撃沈させられるのは明らかだ。

 

指示を待つべきか、それとも独断で動くべきか………そう悩んでいる間にも50隻近くにも及ぶ敵艦隊はドロスを射程に収め集中砲火を開始した。

 

ドロスが落ちる――――そう確信したダズは思わずドロスから目を背けてしまう。だが、彼が目を背けたのとほぼ同時にそれは起こった。

 

「ダズ中佐! あれを見てください!!」

「!?」

 

ウッドリーに言われて視線を彼の指差す方へ向けると、そこには艦砲の雨に晒されていた筈なのに全くの無傷であるドロスの姿があった。てっきり今の砲撃で沈んだかと思っていただけに、これにはダズは目を丸くするばかりだ。

だが、ドロスが無傷で済んだ理由もすぐに理解した。ドロスの前方に散布された虹色の鱗粉……ビーム撹乱幕が敵の艦砲を遮断していたからだ。

 

そしてドロスを守る形で連邦艦隊の前に立ち塞がる一機の巨大MA……それは紛れも無くビグ・ラングであった。

 

「ビグ・ラング!? まさか……!」

『メーインヘイム! こちらビグ・ラング! 応答願います!』

 

ビグ・ラングの姿を見てまさかとダズが口走った矢先だ。ナイスタイミングでビグ・ラングから通信が入り、モニターにパイロット……カリアナ中尉の顔が映し出される。一時間以上も通信が繋がらなかっただけに、彼女の無事を漸く確認する事が出来てダズ達の表情に安堵の色が宿る。

 

「無事だったか……! 今まで通信が途絶えていたから心配していたぞ!」

『すいません、ビグ・ラングの調整に少し時間を掛けてしまいました。それと数十分ほど前に司令部からビグ・ラングはドロスの防衛に回れと言う指示がありましたので、こちらからもその旨を伝えようとしたのですが……通信回線がパンク寸前だったせいで伝わらなかったんです』

 

恐らくドロスの防衛云々は司令部との通信が途絶する直前に下された命令なのだろう。そして彼女のビグ・ラングと通信が繋がらなかったのも、通信回線に原因があったと分かって腑に落ちた。

とりあえず様々な事情が絡み合った末にこのような状況となったのは理解出来たものの、それでも気になる点が一つだけあった。

 

「しかし、大丈夫なのか? 君はビグ・ラングに乗る事を恐れていたが……」

『……正直言いますと今でも恐いです。大勢の人が死んでいく、この戦場に居る事自体が……』

 

ダズが唯一気掛かりだったのは、カリアナがビグ・ラングに乗って戦う事に恐怖を覚えていたという事だ。無理に戦いを強い続ければ、彼女の精神が破綻してしまう恐れがある。案の定、彼女自身も戦場に居る事自体に恐怖を感じると本心を打ち明けたが、すぐに『でも』と続けてこうも述べた。

 

『でも、何もしないまま大勢の人が只死んでいくのを見るだけというのは……もっと恐いんです。だから、私は皆を守る為に戦います。少しでも多くの人を……』

 

戦場に立つというのもまた恐いが、それ以上に何もしないまま仲間や祖国の人間が死んでいくのを見るのが怖くて堪らない。カリアナが戦場に舞い戻ったのはそれが最大の理由だと言えよう。

 

彼女の“仲間を救う”という言葉にダズも深く頷き、彼自身もまた友軍の窮地を救うべく今まで躊躇っていた命令を下した。

 

「オッゴ大隊に通達! 今から敵の背後を取る! この機を逃せばチャンスは二度と来ないぞ!」

「了解しました!!」

 

ビグ・ラングに装備されたアンチビームミサイルの効果で連邦艦隊の艦砲を完全に無効化しているとは言え、ビグ・ラング一機だけで集中砲火の的となっているドロスを長時間守り続けるのは不可能だ。

その上、アンチビームミサイルだって数に限りがある。今はまだ大量のアンチビームミサイルがあるから良いものの、これが尽きてしまえばビグ・ラングはおろか、背後のドロスだって撃墜されてしまうのは明白だ。また接近して来るMSやMPの存在も無視できない。

 

ならば、ビグ・ラングが追い詰められる前に膨大な数の敵艦を減らすしかない。それが可能なのはオッゴ大隊による敵艦隊の背後を奇襲する作戦だ。これが成功すれば最低でもNフィールドに殺到した連邦艦隊の4分の1は削れるだろう。

だが、それが果たして成功するかについては一か八かという賭けの要素も強い。しかし、今打てる最善の手はこれしかないのもまた事実だ。だからこそ、ダズは即断したのだ。

 

質量兵器である衛星ミサイル群の中にオッゴ・フレームを結合させた衛星ミサイルを紛れ込ませ、いよいよ連邦軍艦隊に対する奇襲作戦を開始しようかとした直前だ。突然メーインヘイムの通信用モニターにカナン少将の困惑と怒気の入り混ざった顔が映し出される。

 

『待ちなさい! ダズ中佐!! 司令部の命令を待たずして勝手にオッゴ大隊を動かすとはどういう事か!?』

「お言葉ですがカナン少将、その肝心の司令部からの命令が途絶えてしまったのです! 何時また来るのか分からない上からの指示を待ち続けては、好機を失います! 今は我々の判断で部隊を指揮し、行動するしかありません!」

『いいや! ギレン閣下から預かった兵士達を貴様一人の独断で動かす訳にはいかん! オッゴ大隊を投入するのは司令部からの命令が下されてからだ! 今はまだ待て!』

「このままではドロスは確実に沈みます! それにオッゴ大隊を投入するチャンスは今しかありません! これを逃せばオッゴ大隊の奇襲作戦は水の泡に消えてしまいます!」

『貴様のビグ・ラングを盾にしてドロスを持ち堪えさせろ! 兎に角、オッゴ大隊は司令部の合図を待て! これは命令だ!』

「無茶を言わないで頂きたい!!」

 

一旦途絶した司令部からの命令を期待出来ないと判断し、自分の考えや経験に基づいて動こうとするダズに対し、カナンはジオンの興廃が決するこの決戦の場でもザビ家に対する体裁を重視していた。

ダズの現場主義とカナンの権威主義とが激しくぶつかり合い、双方は上下関係など無視して遠慮無しに各々の意見を発言したものの、どちらも折れる事なく過激な話し合いは平行線に終わった。

 

「もう良い! オペレーター、通信を切れ!! これ以上は付き合ってられん!!」

『ダズ中佐!! 貴方は自分がやっている事を分かっているの!? これはザビ家に対する裏切りよ! 極刑に値する行いなのよ!?』

「味方を助けようとする行いが極刑だと!? ハッ! 馬鹿げた話だな、全く! 良いさ! 私一人の命で大勢が救えるんだったら、ザビ家に対する裏切り行為なんて安いものだ!!」

『よくも言ったわね……! 後悔したってもう遅いわよ!! 戦いが終わったら覚悟する事ね!!』

「ああ、構わんさ! 最も、お互いに最後まで生き延びていればの話だがね!!」

 

最後は喧嘩別れという形でダズ側から通信を切り、双方の話し合いは終結した。上官相手に啖呵を切った形となった訳だが、それでもダズの心に後悔なんてものはない。寧ろ、今まで溜まっていた鬱憤を晴らせたと言わんばかりに清々しい表情を浮かべていた。

 

その表情を浮かべているのは彼だけじゃない。彼と同じ境遇に立たされ続けていた。メーインヘイムの乗組員も同じだ。

 

「遂に言ってやりましたね、ダズ中佐!」

「ああ、あの小娘には何れガツンと言ってやりたいと思っていたが……まさか戦場でそれが実現出来るとはな。これで思い残す事は無い」

「ですが、死ぬ気だって無いでしょう?」

「当然だ!」

 

ダズとウッドリーのやり取りに二人だけでなく、艦橋に居た誰もが大声を上げて笑った。この戦場で敵の攻撃を受けて死ぬかもしれないのに、自分達のやっている行いが反逆罪に問われるかもしれないのに、こうやって笑っていられる現実が余計に可笑しく感じられた。

 

そして一通りに笑い合った後、ダズは命令を出した。

 

「衛星ミサイルと衛星オッゴ・フレーム、射出せよ!!」

「了解!!」

 

ダズの命令が下された直後、特別支援部隊の後方で準備してあった攻撃用の衛星ミサイル10基とオッゴ・フレームを接続した衛星ミサイル15基のブースターに火が点き、迫り来る連邦主力艦隊に向かって発進していく。

先行した攻撃用の衛星ミサイル10基の内6基がサラミス級巡洋艦にそれぞれ1隻ずつ激突し、轟沈せしめたが連邦軍からすればその程度の被害は覚悟の上だったに違いない。現に味方の艦船が沈んでも、艦隊は動きを止めるどころか、速度を維持したままア・バオア・クーに向かって突っ込んでいく。砲撃の手も緩むどころか、益々過激さを増すばかりだ。

 

そして残りの衛星ミサイルと、後続で続いた衛星オッゴ・フレームは連邦主力艦隊の間を擦り抜ける形で艦隊の後方に出た。

恐らく、この時の連邦軍は衛星ミサイルによる攻撃を単なるジオン軍の悪足掻き程度にしか見ていなかったのだろう。故に迫り来る衛星ミサイルを迎撃する方法を取らず、敢えて無視し、自分達に被害が及んでも前方に攻撃を集中させる事を最優先としたのだ。

 

だが、攻撃対象を一点に集中したせいで視野が狭まり、それがジオン軍の類稀に見る奇抜な奇襲作戦成功の鍵になろうとは……流石の連邦軍もこの時は知る由もなかった。

 

『敵艦隊を抜けました!』

『いよいよか……! 各員! 準備は良いな!?』

『大丈夫です、やれます!』

『へへっ、連邦軍にジオンの意地を見せてやるぜ!』

 

衛星ミサイルの外部に取り付けたカメラの映像で連邦艦隊を擦り抜けた事を知ったオッゴ大隊の士気は益々上昇し、最早彼等の勢いを止められる者は皆無であった。

艦隊と衛星ミサイルとの距離が数十キロ以上にまで離れた頃、遂にオッゴだけによる前代未聞の奇襲作戦が開始された。

 

『よし! オッゴ・フレームの装甲板をパージしろ!!』

『了解!!』

 

オッゴが40体も装着されたオッゴ・フレームは、誰がどう見ても人目に付き易い目立つ兵器だ。特に今回みたいな奇襲作戦を行った場合は目立つというのは大きなマイナス要因となり、運用が困難となる。

そこで衛星ミサイルに接続したオッゴ・フレームには敵の目に気付かれぬようにする為、偽装兼装甲の意味合いを込めてフレーム全体を覆い隠す形で装甲板を貼り付けたのだ。傍から見れば衛星ミサイルの一部品にしか見えず、フレームの弱点をカバーしたと言える。

 

オッゴ大隊の隊長が命令を下すと共に、オッゴ・フレームを覆い尽くしていた装甲板がパージされ、その中身――――40機にも及ぶオッゴが装着された異様なフレームの姿が露わとなる。

 

そして衛星ミサイルとオッゴ・フレームの接続部分が切り離されると、オッゴ・フレームに備わっていた小型の補助ブースターによってフレーム全体が回転し始め、徐々にその回転速度は速まっていく。

やがてオッゴ・フレームの回転速度が限界に達したのと同時に、40機にも及ぶオッゴはフレームから切り離される。いや、フレームの回転で得た遠心力を利用して射出されたので、その様子は切り離すと言うよりも、寧ろ弾き飛ばされると言った表現が近いかもしれない。

兎に角、オッゴの持つ推進剤を一切使用せず、且つ多数のオッゴを戦場に素早く展開させる……オッゴ・フレームを設計した技術陣の期待した通りの性能を発揮したと言えよう。

 

残りの14基に及ぶオッゴ・フレームも同様の手口でオッゴ達を展開し、計600機のオッゴを僅か30秒……いや、20秒弱と言う最短の時間で展開を完了させてしまった。

 

これには背後への攻撃を全く想定していなかった……言わば、背後を無防備にしていた連邦軍も流石に驚いたに違いない。何も無かった背後に、突然600機もの敵機が現れたのだ。

一瞬で起こった出来事に連邦艦隊の誰もが機器の故障じゃないのかと疑い、急いで後方の確認を部下に命じて行わせようとしたが―――敵の出現に気付いた時には既に遅かった。

 

『目標に向かってロケット弾を撃ち込めぇ!!』

『多少の照準のズレは構わん! ジャンジャン撃ちまくるんだ!!』

『くたばりやがれ!! 土臭い連邦野郎が!!』

 

展開して早々に600機に及ぶオッゴ大隊は、自分達に背を向けている連邦主力艦隊に向けて左右のロケット弾を一斉発射した。

 

今回の奇襲作戦では何よりも対艦攻撃を第一に考え、オッゴの機体両端に装備出来るハードポイントには、それぞれ一基ずつ六連装ロケットポッドが装備されている。これは一回限りの使い捨て兵器であるが、その分威力は絶大だ。

そんな強力な装備を施した機体が600機にも上るのだ。つまり、オッゴ大隊全てのロケット弾を合わせれば、単純計算でもその数は計7200発という膨大な数に上る。

 

それらが一斉に連邦の主力艦隊に襲い掛かればどうなるかは……言わずもがなだ。圧倒的な数のロケット弾が主力艦隊に容赦なく襲い掛かり、Nフィールドの防衛ライン一帯に次々と爆発と閃光が巻き起こる。

 

背後から襲い掛かって来たロケット弾の直撃を受けて沈むサラミス級巡洋艦もあれば、爆発の煽りを受けて船体が傾いた所にロケット弾が直撃して沈んだ艦船もあれば、別の所では爆発の勢いに吹き飛ばされてすぐ隣の艦とぶつかり二隻同時に轟沈する艦船もあった。

兎に角、連邦軍に与えたダメージは甚大を極めた他、万一に備えて必要最低限の数で艦隊を護衛していたMSやMP等の直掩部隊も、この突然背後から襲い掛かって来たロケット弾の雨に対応し切れず大半が撃墜させられてしまった。

 

全てのロケット弾を撃ち尽くし、爆発と閃光が収まった頃には50隻近くあった艦隊も半数以下にまで減っていた。直掩部隊も同様か、それ以上の被害を被った。

 

『やったぞ! 敵の半数を撃墜したぞ!!』

『ざまァ見やがれ! 連邦軍め! これが俺達ジオンの力だ!!』

 

オッゴ大隊の誰かが喜びの声を上げると、それに釣られたかのように一斉に他の隊員達からも歓喜の叫びや雄叫びが湧き起こる。誰かがそう叫ぼうと叫ばなかろうと、この悲惨な連邦艦隊の現状を目の当たりにすれば誰だって奇襲作戦が成功したと理解出来る。

 

そしてオッゴ大隊は撃ち終えたロケットポッドを切り離し、背後からの奇襲攻撃で未だに立ち直れていない連邦主力艦隊にトドメを刺しに向かわんとする。

 

ビグ・ラングによるドロス防衛、オッゴ大隊による連邦主力艦隊への奇襲作戦の成功。Nフィールドでの戦いは史実とは異なった方向に進みつつあった……。

 




やっぱり戦いとかの説明って難しいですねぇ。自分はこれが苦手だと実感してしまいます(汗) 感想やご指摘を募集しております~w

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