灰色ドラム缶部隊   作:黒呂

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いよいよ最終話まであと少しとなりました。最後まで頑張っていきたいと思います!


ソロモン防衛戦 後編

星一号作戦……それはジオン本土が置かれてあるサイド3への大規模な侵攻作戦であり、実質的な戦争終結を狙った連邦軍の一大作戦である。連邦軍は星一号作戦の足掛かりとして、ジオン宇宙攻撃軍が置かれてある宇宙要塞ソロモンを最初の攻略拠点として選んだ。

 

ジオン本土の防衛ラインの一角を担うソロモンを陥落させればサイド3への道程は見えたも同然であり、ソロモン攻略の成否は星一号作戦の成否を占うと言っても過言ではない。故に連邦軍は緻密な計算と綿密な計画を複雑に組み合わせ、更にジオンを圧倒する物量差を以てしてソロモン攻略戦に挑んだのであった。

対するジオン軍も連邦軍の動向を察し、ソロモンへ攻め込んで来るであろうと予測してソロモンの要塞防衛能力を可能な限り強化した。数では連邦軍に圧倒的に劣るものの、パイロットの練度など質ではこちらが上であるという自負もあり、ジオン軍の士気は決して低くはなかった。

 

こうして宇宙世紀0079年12月24日、連邦軍によるソロモン攻略作戦……通称『チェンバロ作戦』の幕が切って落とされた。その戦いの口火を最初に切ったのは連邦軍のパブリク突撃艇によるビーム撹乱幕の散布であった。

パブリクは機体下部に二発の大型ミサイルを装備しており、その内部にはビーム撹乱幕が充満している。それをソロモン要塞の防衛ライン全面に散布した事により、ソロモン要塞から放たれる長距離ビーム兵器をほぼ無力化する事に成功した。

 

しかし、敵のビーム兵器無力化に尽力したパブリクではあるが、機関砲や多様なミサイルを装備している戦闘機とは異なり一撃離脱に特化した突撃艇だ。ビーム撹乱幕を満載した大型ミサイル以外の武装は持っておらず、ミサイルを撃った後は味方の戦線まで自力で戻らなければならなかった。

だが、実際に味方の戦線まで戻って来れたのは極僅かだ。大半は戻る途中に敵の攻撃を受けて撃墜されたり、ミサイルを撃つ前に撃墜されたりと悲惨たるものであった。最早一種の特攻兵器と言われてもおかしくはないが、それでもパブリクによるビーム撹乱幕の散布は連邦軍の戦術幅を大きく広げてくれた。

 

ビーム兵器が通じない事でジオン軍は遠距離ミサイルなどミノフスキー粒子の悪影響を受け易い兵器に頼らざるを得ない状況に陥り、この隙を突く形で連邦軍艦隊からMSやMPが発進し、ソロモンへ向かっていく。

対するジオンもソロモン要塞や、防衛ラインで連邦軍を待ち構えていた艦船から続々とMSとMPを繰り出し、ソロモン正面宙域は瞬く間にMS同士による巨大な合戦場へと変貌した。

 

因みに大規模なMS戦もこのソロモン攻略戦が初めてであり、連邦軍の数の力による物量戦術と、ジオン軍の少数精鋭による一騎当千の思想に基づいた戦術とが激突するのは必至であった。

 

ソロモンの防衛戦力の一つとして組み込まれた特別支援部隊も幾重にも設けられた防衛ラインの一つに配備されていたが、そこは最前線から最も遠く離れた後方にあり、どちらかというとソロモン要塞寄りの位置だ。やはり彼等の戦力は大してアテにされていないという証拠なのだろう。

しかし、これはこれで当然かもしれない。ソロモン防衛戦の直前に要塞防衛の戦力として組み込まれた彼等が、突然ソロモンの防衛部隊と肩を並べて連携出来るかと言ったら限りなく困難だ。足を引っ張るか、まともな支援も出来ずに終わるのがオチだ。そもそも所属する管轄が異なるのだから、直面する問題は色々と多い。

もし一ヶ月以上速くに実戦を想定した模擬戦なり行っていれば、ソロモンの部隊と共闘する事も叶ったかもしれない。

 

とりあえず特別支援部隊も何時でも応援に駆け付けられるよう、全機体は艦艇から発進して防衛ライン上に待機している。

待機している特別支援部隊を余所に、要塞や艦船から発進していく無数のMS、そして自分達が乗っているのと同型のオッゴが最前線へ向かっていく。それを傍から見ている事しか出来ないエドは少し不満げな口調でヤッコブに尋ねた。

 

「俺達も最前線に行かなくても良いんですか、ヤッコブ軍曹?」

『馬鹿野郎、下手に動いて仲間の足手纏いになったらどうするんだ。命令されてから動くのは馬鹿のする事だって言うけど、命令されていないのに勝手に動くのは迷惑になるだけだ』

『まだ戦いは始まったばかりだから、僕達が動くかどうかは、もう少し戦局を見極めてからでも遅くはないと思うよ。今はこの防衛ラインの死守に努めようよ』

「だったら良いんだけどさぁ……」

 

そう言いながらもエドの視線は最前線へと向けられており、けれども自分がそこへ行く事は許さないという仲間の台詞を思い浮かべては重い溜息を吐きだした。

エドの不満も分からないでもない。グラナダからの増援として遠路遥々ソロモンまで来たというのに、実際には何もする事も無く遠指を加えて遠くから戦闘を見ているしかない。仲間の為に何か出来ないかという焦りから、支援や援護など誰かの役に立ちたいという気持ちが強まるばかりだ。

 

そんな焦燥感に悩むエドに対して、隊長であるネッドの声が通信機から割り込んできた。

 

『慌てるな、エド。何れ、俺達にも支援や援護の役が回ってくるさ。嫌でもな』

「隊長! それ、本当ですか!?」

『ああ、我が軍は数で押されているからな。やがて猫の手も借りたいと言わんばかりに、こちらに応援要請が来るだろうよ。それまでは此処を死守するんだ。良いな?』

「了解しました!」

 

若者の元気な返事を聞いてネッドの頬が緩むが、それも一瞬に過ぎなかった。突如、敵の接近を知らせるアラーム音が鳴り響き、部隊に緊張感が走る。

 

『接近警報! 何処からだ!?』

『これは……2時方向からです!』

『見えました! サラミス三隻、MSとMPが多数!!』

 

三眼スコープカメラにより索敵能力が極めて向上したオッゴ隊は敵の早期発見に成功し、すぐさま仲間に敵の位置や規模を無線で伝える。

敵の数はサラミスが3隻、ジム9機にボール18機と特別支援部隊とほぼ互角の数だが、要塞を攻めてくるにしては敵の数が少ない。恐らくソロモン要塞への橋頭保を設ける為の先遣隊か、こちらの防衛戦力の分散を目的とした陽動及び囮部隊かと思われる。どちらにせよ、遠回りで接近して来た連邦の部隊を見過ごすわけにはいかない。

 

『敵が来るぞ! ジェイコブ隊は先行して敵の艦砲を封じろ! ヤッコブ隊とカール隊はMS隊の支援だ!』

『『『了解!!』』』

 

ネッドの指示に従いABMを装備したジェイコブ隊が先頭を行き、その後ろをネッドとミューゼ隊のMS部隊、そしてロケットポッドを装備したヤッコブ隊とマゼラトップ砲を装備したカール隊が続く。

因みにミューゼ隊のMSも連邦軍との戦闘に備えて、新たに二機のリック・ドムと二機の後期生産型ザクⅡF2型を受領して戦力の拡充を図っている。ミューゼ隊全員にリック・ドムが行き渡れば特別支援部隊の戦力もより充実したかもしれないが、何処も彼処も火の車となっている公国軍にそれを求めるのは酷と言うものだ。

 

先陣を切ったジェイコブ隊は迫り来る敵の艦砲射撃に晒されながらも、臆することなく突き進んでいく。

ここでABMを撃てばサラミスの艦砲を封じ込める事は可能だが、その効果は持って数分の間だけだ。早々と撃ってしまっては本格的な戦闘になる前にビーム撹乱幕は切れてしまい、乱戦となればMSにもビーム兵器を持たせている向こうが確実に有利になってしまう。

 

ABMの効果を最大限に発揮する為には、MS同士の混戦が予想される場所で発射するのが効果的だ。そうなれば実弾兵器しか持たないジオン軍が優位に立てる。

その考えに基づいてジェイコブ隊は突き進むが、サラミスの艦砲とボールのキャノン砲による遠距離砲撃は熾烈を極め、発射予定ポイントに辿り着く前にABMを搭載したオッゴが4機も落とされてしまう。

それでも生き残った6機が何とか発射ポイントに辿り着くと、部隊長であるジェイコブ少尉がABMの発射を部下に命じた。

 

『ABM! っ撃てぇ!!』

 

隊長の号令を合図に各オッゴから二発のABMが発射され、迫り来る連邦の部隊と迎撃に向かっていた特別支援部隊の中間辺りで爆発した。

爆発したABMから金粉のような輝きを秘めたビーム撹乱幕の粒子が飛び散り、宇宙空間に散布される。そこに敵の艦砲が触れた瞬間、ビームは曲がって明後日の方向へ飛んで行ったり、弾かれて消滅したりとビーム兵器相手に絶大な効果を発揮した。

 

これには流石の連邦軍も驚きを隠せず、ビーム撹乱幕によって弾かれたサラミスの艦砲を見て叫んだ。

 

『ビーム撹乱幕だと!? ジオンも我々と同じ兵器を開発していたのか!?』

『構わん! 撹乱幕を突っ切れば問題ない!』

 

連邦軍のパイロットもジオン軍が自分達と同様のビーム撹乱幕を使った戦法で挑んで来た事に驚いたものの、ビーム撹乱幕を抜けてしまえば問題ないと判断し、ジムやボールは一気に撹乱幕を突破しようと試みた。

するとジェイコブ隊のオッゴは急旋回して後方へ退避し、彼等の隊と入れ替わる形でヤッコブ隊のオッゴが連邦軍の前に立ちはだかる。そして入れ替わると間髪入れずに、ヤッコブは自分の隊員達に対し攻撃の指示を出した。

 

『敵さんは自分からこっちに向かって来ているんだ! 適当にぶっ放せば最低でも一発は当たる!! 撃ちまくれぇ!!』

 

ヤッコブの豪快な指示が下された直後、ヤッコブ隊のオッゴの両脇に備えられていた六連装ロケットポッドが火を噴いた。対艦戦闘を目的とした強化ロケット弾は一直線に飛んで行き、ビーム撹乱幕の中を通り抜けようとしていた連邦軍に襲い掛かる。

 

『いかん! 回避しろ!!』

『む、無理だ! うわあああああ!!!』

 

こちらへ向かって来るロケット弾の雨を目の当たりにして隊長格の男が無線で攻撃の回避を呼び掛けるが、MSの操縦技量に関してはジオンに劣る者が多いのは否めない。彼等からすれば目の前にまで迫っているロケット弾を急に回避するなど不可能に近いぐらいの荒業であった。

 

その結果、ヤッコブ隊が放った120発もの対艦用強化ロケット弾を回避出来たのはエースと呼ばれる極一握りのパイロットと、偶々被害を免れた幸運なパイロットだけであった。エースではなく、大した幸運も持ち合わせていなかった一般兵はそのままロケット弾の雨の中へ突っ込み、凄まじい爆発の連鎖に巻き込まれてしまう。

ロケット弾の直撃を受けて撃破される機体もあれば、様々な所で起こる爆風の衝撃に翻弄されて機体が瓦解するのもあった。更には吹き飛ばされた機体同士が激しくぶつかり撃破されるなど、不運な撃墜で幕を閉じた機体もあった。

 

この一斉射撃だけでジムを5機、ボールに至っては9機を撃墜するという大戦果を上げる事に成功した。一方で大損失を受けた連邦軍は直ちに部隊を立て直そうと試みたが、それを見逃すほど特別支援部隊は甘くはなかった。

 

『敵の動きが鈍っている! カール隊、砲撃して撃ち落とせ!』

 

今度はマゼラトップ砲を装備したカール隊のオッゴが、ヤッコブ隊やMS隊から少し後方に下がった所から砲撃を開始し、先程の攻撃のショックが抜け切れず動きが鈍っているジムやボールを撃ち落としていく。

マゼラトップ砲の砲口は175mmとボールが頭に載せているキャノン砲と大差はなく、威力もボールと同じだ。更に左のアタッチメントに装備された三眼スコープカメラによって射撃精度が大幅に飛躍したおかげで、マゼラトップ砲による砲撃と言うよりも、寧ろ狙撃と呼ぶに相応しい精密射撃が可能となった。

マゼラトップ砲と三眼スコープカメラの併用で実現した精密砲撃は連邦軍に多大な損害を与えた。

砲撃を受けたボールは一撃で墜とされ、コックピットに命中すればジムでさえ一撃で葬れる程だ。中には盾で必死に耐え抜こうとしたジムも居たが、マゼラトップ砲の集中砲火を受けて四発目の直撃で盾を腕ごと捥ぎ取られてしまう。トドメはミューゼ隊のリック・ドムによるジャイアントバズの直撃を受けて撃墜された。

 

十分にも満たない短時間の戦闘で特別支援部隊が受けた損害はオッゴ4機。対する連邦軍の損害はジム7機が撃墜され、18機も居たボールは残すところ4機だけという酷い有り様だ。

 

そこで敵部隊も此処からの突破及び侵入は断念したらしく、生き残ったジムとボールを収容するとサラミス3隻は180度急回頭して味方の居る戦線へ引き揚げていく。

 

『敵が引き揚げて行きます! 追撃しますか!?』

『いや、やめておけ。敵はまた攻めてくるに違いない。この間にこちらも弾薬を補給して、次の戦闘に備えるぞ』

 

ソロモン防衛戦はまだ始まったばかりだ。逃げる敵を無暗に追撃するよりも、ここは徹底して要塞の守備に回るべきだと判断したネッドは部隊に弾薬の補給をするよう指示を出した。それに敵が何時また襲撃してくるのか分からないので、敵が引いている内に補給を受けて再襲来に備えるのも重要な事だ。

ネッド達が補給を受けるべく後方に退がると出迎えてくれたのは彼等の母艦であるメーインヘイムとミューゼ、そして彼等に与えられた補助兵器ビグ・ラングであった。

 

『オッゴの数が多い為、二手に分かれて補給を受けるんだ。そうすれば短時間で補給は完了する。ヤッコブ隊はビグ・ラングから補給を受けろ。カール隊とジェイコブ隊はメーインヘイムから受けるんだ』

 

ネッドの指示を受けてオッゴで編成された三つの部隊の内、二つの部隊はメーインヘイムへ、ヤッコブの隊はビグ・ラングへと振り分けられた。

 

ビグ・ラングから補給を受ける方法は防衛戦が始まる前に聞かされてはいたが、実際に受けるのは初めてだ。どんな風に補給を行うのだろうか不安と期待が入り混じり、まるで初体験をする子供の様な気分だとヤッコブは思った。

そしてビグ・ラングの堅牢なスカート・アーマーの尾部に回り込むと、アーマーの天井部が展開し、Adユニット内部やオッゴ専用のゴンドラリフトに燈された誘導灯の光が、暗い宇宙空間の中にハッキリと見えた。急造品と言われているが、補給を受けるオッゴへの気配りが成された作りなどを察するに、ビグ・ラングが最初から補給支援を第一として設計・開発されたのが分かる。

 

『こちらヤッコブ軍曹、補給を受けたい。ビグ・ラングへの着艦……って艦じゃなくてMAだな。この場合は何て呼べばいい?』

『構いませんよ。それでも呼び方に拘るのなら降着とでも言ったらどうでしょうか?』

『おう、そうか。それならまだしっくり………んん!?』

 

ビグ・ラングのパイロットからの返答に成程と頷いたのも束の間、そのパイロットの声に聞き覚えがあり思わずヤッコブの口から奇妙な声が漏れ出てしまう。

 

『その声……もしかしてカリアナ中尉!?』

『ええ、そうよ。このビグ・ラングのパイロットを任されちゃったの』

 

驚くのも無理ない。何故ならビグ・ラングに搭乗しているのが正規の軍人ではなく、技術士官である軍属のカリアナ技術中尉が搭乗しているのだから。

そして通信用のモニター画面を見ると、そこには自分達と同じヘルメットを被り、緑色のパイロットスーツに身を包んだ彼女の姿があった。初めてMAを操縦するからか、口調とは裏腹に表情に緊張の色が貼りついている。

 

『いやはや、驚きましたよ。まさか技術中尉殿がMAに乗るなんてねぇ』

『私だって嫌だったんですよ! でも、特別支援部隊にMAに割けるパイロットが居ないからってネッド中尉に頼まれて……それで仕方なく乗る事になったんですよぉ……』

『あー、成程ね……』

 

ソロモン防衛戦直前でネッドがカリアナにお願いしたのは、ビグ・ラングのパイロットを務めて欲しいというものであった。あくまでもカリアナは技術中尉という立場であり、ネッドやヤッコブ達のように最前線で戦う兵士ではない。

しかし、全くMSやMAの操作が出来ないという訳ではない。寧ろツィマッド社のMS開発部門に勤めていた経歴もあり、一般兵士と同レベルの操作は可能だ。とは言え、流石にビグ・ラングのような巨大且つ未知の兵器を操縦するのは今回が初めてだ。

本来ならば特別支援部隊の中からビグ・ラングのパイロットが割かれる筈だったのだが、彼等の部隊にそんな人的余裕など殆ど無いに等しい。その為、他に操縦出来る人は居ないかと模索した結果……カリアナ技術中尉に白羽の矢が立ったのである。

 

またAdユニットでMSやMPを応急修理するとなれば、自動操縦化されているとは言え、技術者が持つ専門の知識は必要不可欠だ。そう言った操縦の技量以外に必要となる知識を持ち合わせているという点で、彼女がビグ・ラングのパイロットとして相応しいと抜擢されたのだろう。

 

『まぁ、他に適格なパイロットが居なかったから仕方がないかもしれないけどね……。それよりも、ヤッコブ軍曹。補給を行いますのでスカート・アーマーの中に入って下さい』

『お、おう。了解した』

 

カリアナに促されて本来の目的を思い出したヤッコブは、誘導灯が燈っているビグ・ラングのゴンドラリフトにオッゴを着陸させる。そしてオッゴを乗せたゴンドラがゆっくりと動き出し、スカート・アーマー内部のAdユニットへ収納されていく。

 

『こりゃ……凄いな……』

 

ビグ・ラングに収納されたヤッコブはAdユニットの完成度の高さに舌を巻いた。Adユニットの左右には武器・弾薬の保管庫と思しき巨大ロッカーが複数備えられており、上部には応急修理・推進剤補給・武器弾薬交換の全てを取り行う、折り畳まれた細長い四つのアームが装備されている。

オッゴを乗せたゴンドラがAdユニットの中を通って行くと、上部のアームが伸び、ゆっくりと移動するゴンドラの動きに合わせてオッゴの武器弾薬及び推進剤の補給を開始する。まるでベルトコンベアーの流れ作業みたいだ。

因みに先の戦闘で手酷い損傷を受けなかったので、修理用のアームは作動していない。恐らく、こういった修理の有無の判断もビグ・ラングを操縦するカリアナが行っているのだろう。

 

やがて一番奥にゴンドラが辿り着くと、天井中央に設けられたオッゴ専用のカタパルトからアームが降りて来る。そしてUFOキャッチャーのようにオッゴの頭を掴んで持ち上げ、機体の向きを180度回頭した所でモニター画面にカリアナの顔が映し出された。

 

『ヤッコブ軍曹、今からオッゴを射出します! 射出後はそちらで機体制御をして下さい! 良いですね!?』

『お、おう!』

『行きます! 5…4…3…2…1…射出!』

 

カリアナの合図と共に射出装置が動き出し、オッゴはカタパルト発進でAdユニットから宇宙へ飛び出していく。

オッゴがビグ・ラングに収納されてから、再び宇宙へ舞い戻るまでの時間は一分掛かるか掛からない程度だ。時間の長さだけに着目すればメーインヘイムで補給を受けるのと然程変わらず、また半自動化にした事で人手の節約にも成功した点などからAdユニットの優秀さが窺える。

強いてAdユニットの問題を挙げるとすれば、補給作業の効率であろう。Adユニットによって人手が無くても短時間で的確な補給を行えるようになったものの、複数の機体を同時に補給する事は出来ない。もし数機以上の友軍が居れば、今のオッゴみたいに一機収納しては射出…というのを繰り返すしかないのだ。

 

そうやって繰り返すこと十分後、ヤッコブ隊の全オッゴに武器弾薬の補給が行き渡り、再び彼等は敵の攻撃に備えて警戒態勢に入った。ビグ・ラングはメーインヘイムと共に後方へ下がり、味方の補給要請があるまで要塞の軍港にて待機する。

 

連邦軍の攻撃が再びあるかもしれないと誰もが警戒していたが、数十分以上が経過してもこちらへ連邦軍の部隊が押し寄せる気配は感じられない。それどころか主戦場となっているソロモン正面宙域の戦闘が最初の頃に比べ、より一層過激になっている気さえする。

 

恐らく、主戦場では苛烈極まる戦いが繰り広げられているだろう……そう誰もが思っていると、迎撃用として製作してあった幾つもの衛星ミサイルが突然サイド1方面に向かって飛び立っていく。

 

『おっ、あの28番の衛星ミサイル…俺達が製作に関わった奴だ』

『ああ、そうだな。……おー、ちゃんと真っ直ぐに飛んでいるな。不器用なお前が関わったから大丈夫なのかと不安があったけど、意外と大丈夫そうじゃねぇか』

『余計な事は言わなくて良いです!』

 

只でさえ不器用なエドがオッゴに乗って衛星ミサイルの製作に関わった……と聞いただけでも不安を抱いていた者も居た筈だ。そしてヤッコブがケタケタと笑いながら本音を打ち明けると、通信機から口早なエドの台詞がやってくる。

 

恐らく図星を突かれて恥ずかしがっているんだろうな……なんて和やかな雰囲気が彼等の間に広がったのも、この一瞬だけだった。

 

エドの台詞を聞いてヤッコブが笑みを浮かび掛けようとした瞬間―――自分達が居るエリアとは正反対側のエリアが眩い光に包まれた。

 

『!? 何だ!?』

『ビーム!? いや、それにしては……光が大き過ぎる!!』

『一体何が起きている!? 状況確認を!!』

 

目をまともに開ける事さえ困難な程に眩い光がソロモン要塞に浴びせられ、ソロモンそのものが光り輝いているように見える。まるでソロモンが太陽になったかのような印象にも見せるがしかし、実際はそうではない。

連邦軍が開発した対要塞兵器『ソーラ・システム』によってソロモン要塞が焼かれているのだ。何万とある小型ミラーパネルで形成された凹面鏡に太陽光エネルギーを集中させ、目標へ向けて照射すると言う原始的且つ単純な攻撃方法ではあるが、ミラー枚数が多ければ多いほど威力は増大するのでソーラ・システムは絶大な破壊力を有するに至ったのだ。

 

これにより要塞右翼にあった第6スペースゲートは一瞬で消滅し、ソーラ・システムによる照射の光はソロモン要塞をゆっくりと撫でるように移動していく。数分間に渡って続いた照射により、右翼側にあった要塞守備隊及び要塞機能そのものに甚大な被害を受け、一気にジオン軍が劣勢に立たされてしまう。

 

ソーラ・システムの攻撃で甚大な被害を受けたソロモンは混乱と恐怖の絶頂を極めた。何が起こったのか分からず言葉にならない悲鳴を叫び続ける兵士や、只管に被害状況を伝えようとする兵士、果てには全チャンネルをオープンにして必死に救援を求める声など……阿鼻叫喚と呼ぶに相応しい混沌がソロモン要塞に満ち満ちていた。

 

『一体何が起こったんだ!? 通信機器がパンクしそうだ!』

『第6スペースゲートが消滅したって通信もありましたけど、本当なんですか!?』

『右翼に展開していたソロモン守備隊が無力化されたって通信もあるぞ!』

『俺に聞くんじゃねぇ! だけど、ヤバい状況なのは確かみたいだ!』

 

ソーラ・システムの攻撃など彼等には知る由も無いが、通信機から入ってくる生々しい音声や、最前線で戦っていた味方の部隊が徐々にソロモン要塞へ後退していく所から見て、自分達が追い込まれていると実感しつつあった。

 

『各員、聞いてくれ! 現在、我が軍のソロモン要塞は敵の新兵器によって甚大な被害を被った!』

 

そこで突然メーインヘイムのダズ少佐からの通信が入り、その場に居る全員のモノアイがメーインヘイムの方へと向けられる。

 

『たった今、ソロモン司令部より上陸前迎撃から水際迎撃に切り替えるとの通達があり、我々の部隊にも迎撃及び新兵器で負傷した兵士の救助に当たれとの命令が下された! 連邦軍は被害の大きい第6スペースゲートを中心に要塞内へ侵入してくると予想される! 外部から向かうのは今や危険過ぎる、内部通路を通って迎撃及び救援に向かってくれ!』

『了解しました。直ちに迎撃と救援に向かいます』

 

ソーラ・システムの攻撃で混乱しているジオン軍に、落ち着きを取り戻させる余裕を与える程、連邦軍も優しくはない。寧ろこの混乱で隙だらけとなったジオンを突く形で、主力部隊と陽動部隊が一斉攻勢に転じてきた。

今のソロモンでは連邦軍の人海戦術に耐え切れず、要塞内部への侵入を許すのも時間の問題だ。更に連邦軍には無傷のまま、戦力を温存していた主力艦隊さえも居るのだ。

 

敵の新兵器でズタズタにされたジオン軍と、まだまだ余力のある連邦軍……この勝負の行方は明らかになったも同然だ。

 

それでも諦め切れないジオン軍は少しでも戦いを有利に運ぶ為、残存戦力をソロモン要塞に集結させ、上陸前迎撃から水際迎撃に切り替えた。これにより要塞内部の構造を利用する地の利を活かした戦法が可能となり、相手の出血を強いる事が出来ると期待されていた。

 

地の利を活かした戦法が可能になったからと言っても現状では連邦軍に勝てる見込みは全く無く、あくまでも相手の出血を強いるのが限界だと言えよう。その為に只でさえ少ない戦力を掻き集めなければならず、特別支援部隊でさえも迎撃に駆り出されてしまう。

 

メーインヘイムとミューゼ、そしてビグ・ラングは当然ながら要塞内部の移動が不可能だ。なので、彼等の護衛機として先の戦闘で数を減らしたジェイコブ隊が残る事となり、それ以外の者達がソロモン内部を通って救援及び迎撃に向かう事となった。

 

 

 

 

『負傷者を急いで船に乗せて脱出させろ!! 急げぇ!!』

『戦えるMSとMPは前に出ろ! 戦闘機はどうするだと!? そんなもん要塞内部で使える訳ないだろ!』

『急げ! 連邦軍に軍港を制圧される前にソロモンから出るんだ!!』

 

第6スペースゲート周辺は物々しい雰囲気と慌ただしい空気が入り乱れ、誰もが負傷者の搬送と敵の迎撃に追われていた。負傷した兵士を入れたカプセル型の宇宙用担架が医療部隊や救援部隊の手によって、ソロモンから脱出する医療船や艦船などへ運ばれていく。

戦える兵士とMSは侵入してくる連邦軍のジムやボールの相手に奮闘するものの、数の暴力は如何せん覆し難く、徐々に押され始める。いや、最初から数で劣っている上に、あのソーラ・システムで只でさえ少ない更に戦力を削られたのだ。劣勢に立たされるのも当然だ。

 

それでもジオン軍は諦めずに必死の抵抗を続け、押し迫ってくる連邦軍に確実なダメージを与えていく。特別支援部隊もそれに参加し、迫り来る敵軍を迎撃するのと同時に友軍が脱出するまでの時間稼ぎに貢献する。

 

時にはMS部隊の後方からマゼラトップ砲やロケットポッドで支援攻撃を行い、時にはMSと肩を並べてマシンガンやバズーカを撃って応戦し、時にはMSでは通れない狭い通路を使って敵部隊の背後に回り込んで挟撃を演じたりと、オッゴならではの活躍と性能を遺憾なく発揮した。

 

やがて何度目かの迎撃で敵が攻撃の手を休めて一時後退した時、突如ネッド中尉の乗るリック・ドムに迎撃を指示していたソロモン守備隊の総責任者から通信が入ってきた。

 

『特別支援部隊! 聞こえるか! まだ無事か!?』

『こちら特別支援部隊、部隊長のネッド中尉。弾薬の残りが少ないですが、まだ機体の方は大丈夫です』

『そうか……。ならば、後は我々に任せて貴官等も脱出の準備を始めろ』

 

ソロモン要塞を守る立場にある守備隊の総責任者とは思えぬ台詞に、ネッドは思わず己の耳を疑い、もう一度聞き返してしまう。

 

『はっ!? い、今何と―――!?』

『遅かれ早かれ、此処が陥落するのは時間の問題だ。既にドズル閣下は妻子をソロモンから脱出させ、残った戦力を一ヶ所に集結させつつある。中央突破を図り、戦局の打開を目論んでいるのだろうが……それが叶うのかどうかも危うい状況だ』

 

この時、既にドズル・ザビ中将は自分の妻子をソロモンから脱出させており、ソーラ・システムの被害を免れて生き延びた残存艦隊を集結させていた。連邦軍艦隊による包囲網が完成する前に中央突破で戦局を打開する策を模索していたとされる。

しかし、圧倒的と言える程の劣勢に立たされている今、残存戦力だけで中央突破が実現出来るとは到底思えない。そして要塞内部では必死の抵抗を続けているが、どのみちソロモン陥落を阻止するのは不可能だ。

この場に残り続けて連邦の捕虜になるぐらいならば、ジオン公国の寿命を長引かせる為に少しでも多くの戦力を逃がした方が良い。そう考えたからこそ、総責任者は特別支援部隊に脱出するよう命じたのだ。

 

『機体は無事だと言っても、弾薬が無ければ戦えまい。それに部下達の損傷も激しい。これ以上、此処に居続けても邪魔になるだけだ』

 

厳しい口調でそう言い放つ総責任者だが、それは決して比喩などの類ではない。特別支援部隊も幾度と渡る迎撃戦によって傷付いており、この時点で既にオッゴ7機に、ザクⅡF2型とリック・ドムがそれぞれ一機ずつ撃墜されている。

これ以上戦闘を長引かせれば特別支援部隊は全滅しかねない。いや、それ以前に弾薬が尽き掛けているので、これ以上の戦闘続行は不可能だと言えよう。

 

つまり総責任者の言葉は的を得ているものであり、決して温情の念だけで言っている訳ではないのだ。総責任者の的確な指摘にネッドも反論出来なくなり、苦虫を噛み潰す様な苦い表情で承諾するしかなかった。

 

『……了解しました、特別支援部隊はこれより脱出の準備に取り掛かります』

『うむ、今日まで御苦労であった。貴官等の働きのおかげで、我々もここまで戦い抜く事が出来た。改めて感謝する』

『はっ!』

 

総責任者の命令であるとは言え、彼等を置いて自分達だけ先に脱出するのは快いものではない。命令に従ったネッドの心は鉛のように重苦しかったが、これも軍務であると己に言い聞かして沈み掛けた気持ちを何とか奮い立たせた。

 

『それと次いでだが、頼みが一つだけある』

『はっ、何でありましょうか?』

『この近くに我々を支援する為に数多くの整備兵や若い兵士が残っている。彼等を連れて先に脱出してくれ。我々も直にソロモンから脱出する』

『……了解しました! 各機、味方を牽引して母艦へ帰還するぞ!』

『『『了解!!』』』

 

迎撃をこれ以上続けるのは困難だと感じ取った総責任者は、一足先に脱出する特別支援部隊に他の仲間を一緒に脱出してくれるよう願い出た。ネッドがそれを断る理由などある筈が無く、直ちに部下達へ味方を牽引して母艦に帰還するよう指示を出した。

 

牽引用ワイヤーに付いている幾つもの持ち手に味方の将兵達が掴まっていき、やがてそれらが満員になるやザクやリック・ドム、そしてオッゴによって牽引されていく。

特別支援部隊がこの場に残っていた兵士達を牽引していく様子を見送った総責任者は、この場に残った自分の部下達にこう告げた。

 

『これで思い残す事は無い、あとは仲間が脱出するまでの時間を稼ぐのみだ。我々の意地を連邦軍に見せ付けるぞ!』

『はっ!!』

 

結局、総責任者を含める守備隊は最後までソロモン要塞から脱出する事はなく、この場に留まり続けて連邦軍の侵入を食い止めたのであった。弾薬が切れても、文字通り最後の一兵になってでも戦い続けた彼等の姿は連邦軍から見れば鬼気迫るものがあった。

最終的に彼等が連邦軍の物量の前に殲滅されたのは、特別支援部隊が友軍を引き連れて後退してから3時間後の事であった……。

 

 

 

 

一方で部隊の帰還を待っていたメーインヘイムのダズとウッドリー、それとムサイ艦ミューゼのハミルトンは今後の動向について通信回線で打ち合わせをしていた。

 

『既にソロモン要塞の残存艦隊は、正面の敵艦隊に向けて出立しつつあります。中央突破して戦局を打開すると言っていますが、恐らく突破後はソロモンから脱出するでしょう。我々もこれに続きませんと、脱出出来なくなる恐れがあります。いや、寧ろ連邦軍の包囲網で一網打尽にされてしまいます!』

「しかし、味方を置いて行く訳にはいかない。私としては彼等が帰って来るまで、此処で待つつもりだ」

『ですが、事は一刻を争うのです!』

 

ハミルトン少佐はソロモン艦隊と協力し、連邦艦隊の層を一点突破で切り抜けてソロモンから脱出すべきだと唱えるが、ダズ中佐は味方の部隊が帰還するまで待つと言い、互いの意見は平行線を辿る一方だ。

 

仲間を優先するダズと、現存する戦力を一刻も早くソロモンから脱出させる事を望むハミルトン。そんな二人の意見のぶつかり合いに仲裁としてウッドリー少佐が割り込んだ。

 

「お二人とも、落ち着いて下さい。確かに連邦軍の包囲網が着々と形成されつつある今、ハミルトン少佐のお気持ちも分かります。ですが、それを理由に友軍を見捨てるのは賛同致しかねます。既にネッド中尉はソロモンの残存兵士と共にこちらへ向かっているようですし、あと数十分だけ御待ち頂けませんか?」

『しかし、このままでは座して死を待つのと変わらない!』

「仮にハミルトン少佐の言うように、先に行く残存艦隊と行動を共にしても撃墜される可能性は高いです。何せ、目の前に居る連邦艦隊に真正面からぶつかるのですからね。あの中から生き延びられるのも一握りでしょう。それでも一緒に行かれますか?」

 

ウッドリーもダズと同じ意見を持っているらしく、こちらは残存艦隊に合流して連邦艦隊を切り抜けようとしても被害は免れないと言う自論を持っていた。それを聞いたハミルトンは遂に諦め、二人の意見を聞く事にした。

 

『了解した。だが、部下達を回収した後、どうやってこの場から脱出するつもりだ?』

「まだ我々以外他にも数隻の艦船が残っていますし、何より空母ドロワが残っています。あれと一緒ならば脱出するには十分かと思います」

 

このソロモンにはジオン軍が誇る最大のMS空母ドロワが配備されている。MSや戦闘機の搭載量は数百を超えると言われており、その圧倒的な搭載量でたった一隻だけで一個大隊と同じ戦力か、それ以上を有すると言われている。

正に動く要塞と呼ぶに相応しいが、その余りある巨体故に機動力は皆無であり、護衛艦が無ければ只の的と化してしまう。今回は幸運にも連邦軍に狙われずに済み、ソーラ・システムの被害からも免れる事が出来た。

 

そして今尚ソロモン要塞付近に居るのだが、こちらもソロモン内部に残る戦力を纏めて回収し、撤退に向けての準備を開始していた。しかし、こちらは集結した残存艦隊のような強行突破ではなく、被害を最小限に抑える遠回りの撤退を考えていた。ドロワに同行する艦も少なくなく、ウッドリーもこちら側と共に行動すべきだとハミルトンに訴えた。

 

『成程な……。そこまで言うのであれば、了解した』

 

ハミルトンもウッドリーの意見に異論はないと頷き、漸く話し合いが決着した矢先だ。

 

あのソロモンを焼き払ったおぞましいソーラ・システムの光が、正面の宙域を照らし付けた。

 

『こ、これは……敵の新兵器の光か!?』

「光は要塞ではなく、正面の宙域に当てられている?……まさか!?」

 

要塞ではなく正面の宙域に光が照らされているという事実に、ウッドリーはすぐさま心当たりを思い浮かべた。そして、その心当たりはオペレーターの言葉によって的中するのであった。

 

「た、大変です! 中央突破を図ろうとしていた残存艦隊に甚大な損害が出た模様です!」

「何だと!?」

 

そう、二度目のソーラ・システムの照射は要塞ではなく、生き残って尚も中央突破を図ろうとしていた残存艦隊に当てられたのだ。この照射により残存艦隊は更に数を減らされ、甚大な被害を受ける羽目に陥ってしまった。

 

二度に渡るソーラ・システムで受けた損害に、誰もがこの戦いは負け戦だと認めざるを得なかった。

 

「……勝敗は喫したな」

「ええ、ここまでズタズタにされれば今度こそ連邦軍の攻勢に支え切れません……。残念ながら……」

「ならば、今度こそ脱出に向けて真剣に考えるべきだろう。今の攻撃で残存艦隊も撤退を諦めて、こちらに合流するだろう。そうなれば今度こそ本格的な撤退戦に移行する筈だ」

「そうですね、その為にも先ずは友軍機の回収を急がなければ―――」

「艦長! 味方のチベが敵の追撃を受けています! サラミス2隻、MS6機!!」

「何だと!?」

 

本格的な脱出を三人が考え始めようとした矢先、突然敵の接近を告げるオペレーターの声とアラームが響き渡る。そしてモニター画面に目をやれば、先程のソーラ・システムの攻撃から運良く免れたと思われる1隻のチベが、サラミス2隻とMS6機の追撃を受けていた。

お互いの距離は一定間隔を保っているが、チベがこの要塞の軍港に逃げ込むとなれば減速は避けられない。そうなってしまえば後方から追い掛けているMSやサラミスに追い付かれて、撃墜されるのは必至だ。

 

「艦長! このままではチベが撃沈されてしまいます!」

「むぅ……! まだ友軍機が帰って来ていないと言うのに……!」

 

救援に向かいたいのは山々だが、MSも無ければ護衛用のオッゴの数も少ない、救援に向かわせられる余裕なんて殆ど無い。このまま友軍が倒されるのを、指を咥えて見ているしか無いのか……と思われた瞬間、モニターに面長なジェイコブ少尉の顔が映し出される。

 

『艦長! 我々を救援に向かわせて下さい!』

「ジェイコブ少尉!? 無茶だ! オッゴだけで連邦軍のMSを相手するのは!」

『しかし、このままでは我々の所にも敵が来てしまいます! せめて友軍が来るまでの時間稼ぎだけでも……!』

「むぅ……」

『ジェイコブ少尉の言う通りです。私もミューゼでジェイコブ隊を支援します。それで宜しいでしょうか?』

 

友軍の救出に向かわせて欲しいと懇願するジェイコブとハミルトンに、ダズは苦渋の決断を下すように重々しく首を上下に頷かせた。

 

「……分かった。だが、無理だけはしないでくれよ」

『了解!』

『分かっていますよ! 直ちに友軍の救援に向かいます!』

 

そこでジェイコブとハミルトンの顔がモニターから消えるのと同時に、メーインヘイムの周囲に居たジェイコブ隊とムサイ艦ミューゼがチベ救援の為に発進した。その様子を不安げに見詰めるダズであったが、仲間だけを危険に向かわせる事しか出来ない自分の無力さを悔やんだ。しかし、彼がこのように悔やむのは果たして何度目だろうか……。

 

 

 

こちらへ逃げてくるチベはソーラ・システムの被害は一切受けていないものの、追撃によるダメージが大きく至る所から火花や黒煙が上がっていた。エンジン付近からも出火しており、速度も通常のチベ級と比べて若干遅い気がする。

このままでは連邦軍に追い付かれて撃墜されてしまう。そんな手遅れになる前に、ジェイコブ隊はチベの後方辺りに向けてABMを放ち、ビーム撹乱幕を散布した。

 

散布されたビーム撹乱幕によってサラミスの艦砲とジムのビームライフルは尽く四散し、チベに決定打を与え損ねてしまう。そしてチベは要塞の軍港へと命辛々逃げ込み、それと入れ替わる形でミューゼとジェイコブ隊が連邦の追撃隊の前に立ちはだかる。

 

戦いは必然とサラミス2隻とミューゼ(ムサイ1隻)、ジム6機とオッゴ6機という構図となった。そしてジムで構成された追撃部隊に挑むジェイコブに対し、ハミルトン大尉から直々に忠告の通信が入ってくる。

 

『ジェイコブ少尉、無茶はするな。こちらの友軍が帰還するまでの時間を稼いだら戻って来るんだ』

『了解!』

 

時間稼ぎという目的がある以上、深追いする必要は皆無である。しかし、ソロモンに攻め入っている連邦軍にこちらの事情など通用する筈がない。彼等は攻め込んだ以上、徹底的に敵を潰すという意志を持っているのだから。

 

しかも相手は当時の兵器の中でも最高峰の威力を誇るビーム兵器を装備しているMSであるのに対し、こちらはマシンガンやバズーカ等と言った武装しか持ち合わせていないMPのオッゴだ。

誰がどう見ても、オッゴが不利なのは明らかだ。がしかし、相手がビーム兵器しか持ち合わせていないのはABMを装備したオッゴにとっては逆に幸運であった。

 

『相手はビーム兵器しか持ち合わせていない! もう一度ABMでビーム兵器を封じるんだ!』

『了解!』

 

残りのABMを放ち相手のビーム武器を一時封じ込めたのと同時に、ジェイコブ達はマシンガンやバズーカなどの実弾兵器を以てして連邦のジム部隊に襲い掛かった。

ジム部隊は戦闘で身に付いた癖でビームスプレーガンの引き金を咄嗟に引くが、ビームの光跡は数十mどころか、数m飛んだ瞬間に細かな粒子となって散ってしまう。

ビームが四散したのを目の当たりにして『しまった!』と驚愕したのか、一瞬だけジム部隊の動きが鈍くなった。その隙を突く形で、ジェイコブ隊は数機掛かりでマシンガンの雨を浴びせジム部隊の一機を撃破するのに成功する。

 

そして一機を撃破したらその場に留まらず、ジム部隊の間を潜り抜けるように通り越し、再びUターンしてジム部隊に襲い掛かる。

小型ながらも高い推進力を持つオッゴだからこそ可能である一撃離脱法により、MS相手でも引けを取らない戦いを演じているかに見えるが、これは只単に相手の隙を上手く突けただけで、決してオッゴがジムと対等に戦えている訳ではない。

 

友軍が撃墜された事でジム部隊も頭が冷えたらしく、無暗に攻撃を仕掛けるのを控え、ジェイコブ達が散布したビーム撹乱幕の効果が消えるまで回避か、盾による防御に徹し始めた。

ビーム撹乱幕でビーム兵器を無効化に出来るとは言え、その効果は無限大に続く訳ではない。前にも述べた通り、撹乱幕がビームを防ぎ切れる時間は数分程度だ。

 

そしてビーム撹乱幕の粒子が消失して効果が失われたのを見計らい、ジム部隊はやられた分をお返ししようとジェイコブ隊に牙を剥いた。相手がビーム兵器を使えるようになってしまえば、最早オッゴ達に勝ち目は無いと言っても過言ではない。

ボールよりも高い統合性能を有しているとは言え、あくまでもそれはMPという狭い範疇内での話だ。付け加えて、連邦のMSはザクやリック・ドムと互角以上に戦える高性能を有しているのだから、所詮はMPに過ぎないオッゴが太刀打ち出来る訳がない。

 

ジェイコブ隊も頭の中でそれを十分に理解しているものの、此処で早々と引き返せば今度は一緒に同行してくれたミューゼに被害が及ぶ事もまた理解していた。友軍が帰って来れば、この苦しい状況も打開出来るかもしれない……そんな目論みもあった為、ジェイコブ隊は高性能なジム部隊相手に必至の抵抗を試みたのだ。

 

だが、雲泥の差と呼ぶに相応しい性能差では勝負になる筈もなく、ジェイコブ達の奮闘も空しくオッゴ達は一機、また一機と人間が小バエを叩き落すかの如く、あっさりと撃墜されていく。

そして追撃部隊と衝突してから五分後には、ジェイコブを除いた全てのオッゴが撃墜されてしまい、今では孤立した彼の周りに5機のジムが取り囲んでいる。多勢に無勢とは正にこの事だ。

 

『へっへっへ、不細工なジオンのドラム缶ちゃんも残すは1個だけかよ。大した事ねぇな!』

『当然だ、俺達がジオンのくそったれ如きに負けるかよ!』

『はははっ! 違いねえ!!』

 

圧倒的な優位に立ち、精神的に余裕も生まれたジムのパイロットは勝利を確信した笑みを浮かべ、孤立したジェイコブのオッゴを見下した。彼等の声はジェイコブの乗るオッゴの通信機にも届いており、自分達が貶されている台詞を聞かされて正直苛立ちを覚えるものの、ジェイコブはそれをグッと堪えた。

 

『こいつの相手はジョーンズとニックに任せよう。残りは敵巡洋艦に―――』

 

最早一機しか居ないオッゴにジム5機で相手するのは勿体無いと追撃部隊の隊長は判断したのだろう。目の前に敵が居るにも関わらず、周囲の部下をカメラアイで確認しながら次の指示を出し、部下達も隊長機の方にカメラアイを向ける。

 

圧倒的有利な立場であるとは言え、この瞬間オッゴに対する注意力が散漫し、誰もがジェイコブの動向に視野が入っていなかった。その隙を見逃さなかったジェイコブは咄嗟にバーニアを吹かし、全員の視線を一点に請け負っている隊長機のジム目掛けて突撃を敢行した。

 

『!! こいつ!?』

 

急に自分の方へ突っ込んで来るオッゴを見て、咄嗟にビームスプレーガンの引き金を引く。しかし、流石の隊長も突然の事だったので狙いを定め切れなかったらしく、ビームは惜しくもオッゴの上スレスレを通り過ぎて命中するに至らなかった。

 

そしてジェイコブのオッゴは折り畳まれていた両腕のアームを展開するや、ロケットエンジンから生まれる大推力で勢いを得て、そのままジムのコックピットに鋏型のアームを突き刺した。

作業用のアームとは言え、単純な構造故の頑丈さと、MSと同等のパワーは使い方次第では有効な武器となる。今回はそのアームと大推力を掛け合わせた事で、MSのコックピット装甲をも容易く貫通させる破壊力を生み出した。

 

言うまでも無く、中に乗っていた人間はオッゴのアームで押し潰されて無残な姿となったに違いない。しかし、それを気に掛けている場合ではないのもまた事実だ。

 

『この野郎!!』

 

あっという間に、目の前で隊長が殺された事で頭に血が上った部下の1機が、ビームサーベルを手にしてオッゴの背後から躍り掛かる。しかし、その行動を予測していたかの如く、マシンガンが装備された右アタッチメントがグルンと180度回り、後方のジムに向けて火を噴いた。

 

間近からマシンガンの集中砲火を受けたジムは機体が保たず爆散し、一分足らずでジム2機がたった1機のオッゴによって撃墜されてしまった。

 

『コイツめ!』

『ぶっ殺してやる!』

 

仲間を奪われた怒りからかチンピラのような短絡的な言葉を吐き散らし、残り3機のジムがビームスプレーガンの銃口をオッゴに突き付けた……その瞬間だった。

突然、MSさえも飲み込みそうな巨大な光跡―――戦艦の主砲と同等か、それ以上の威力を秘めたメガ粒子砲がジム達の背後を通り抜けたのは。

 

そして通り抜けたメガ粒子砲は追撃部隊の母艦であるサラミス級巡洋艦を正面から貫き、そのままメガ粒子砲を薙ぎ払う事で、隣に居たもう一隻のサラミスも轟沈せしめた。

二隻の巡洋艦を一瞬で撃沈された姿を目の当たりにしたジムのパイロットは驚きを隠せず、次いで通信機を通して困惑の声を漏らしてしまう。

 

『な、何だ!? 戦艦の主砲か!?』

『しかし、あんな大出力のメガ粒子砲は見た事ないぞ!?』

『敵の増援か!?』

 

メガ粒子砲の概念は連邦軍にも定着しているが、それにしては彼等の背後を通り過ぎたメガ粒子砲は戦艦クラスをも余裕に超えていた。

生き残った3機はメガ粒子砲が飛んで来た方向へ振り返ると、今さっきまでサラミス級と撃ち合っていたムサイ級巡洋艦ミューゼの隣に、大抵の艦船をも越してしまう程の巨大MAの姿があった。

 

『あれは……ビグ・ラング!?』

 

巨大MAビグ・ラングの異常とも言える巨体に驚愕した連邦軍のパイロットだが、一方のジェイコブはビグ・ラングが戦線に出て来た事に驚いていた。それもそうだ、何せビグ・ラングはあくまでもオッゴを補助する為の支援兵器であり、自ら戦線に出て戦闘を行うには不向きの機体だ。

 

つまり、ビグ・ラングが堂々と前に出てくる事自体が間違った運用方法なのだ。巨体故に機動性と運動性が劣悪となってしまったビグ・ラングなど、高い機動力を誇るMSからすれば単なる図体のデカイ的に過ぎない。

但し、ジムが持つビーム兵器ぐらいでは、ビグ・ラングの分厚い装甲を傷付けるのは先ず不可能だ。寧ろ、相手が攻撃する為に接近してくれるのは、動きが緩慢なビグ・ラングにとって反撃のチャンスが増えたと捉えるべきだろう。もし一撃でもビグ・ラングの攻撃をジムに当てる事が出来れば、撃破するのも夢ではない。

 

只、一つだけ問題を上げるとすれば――――

 

『え!? あ、当たったの!? 嘘!? 本当に!?』

 

―――乗っているカリアナ技術中尉が、事戦闘に関してはド素人であるという事ぐらいだろうか。にも拘らず、初めて戦闘で彼女は二隻の巡洋艦を撃沈せしめるという、本人も驚く戦果を得た。

カリアナもこれには興奮が冷めず、尚且つ体の奥底から湧き上がる高揚感に酔い痴れそうになるが、ハミルトン少佐の怒号が飛んで来た事でその高揚感も、何もかもが綺麗に吹っ飛んでしまう。

 

『カリアナ中尉! 何をしに来たんだ!? 下がるんだ!! それでは良い的だ!』

『いえ、仲間の危機を見捨ててはおけません! それにビグ・ラングも時間稼ぎの手助けぐらいは出来る筈です! やれます!』

 

カリアナが此処へ駆け付けたのは、目の前で落とされていく同じ部隊の仲間の危機を放ってはおけなかったからだ。彼女も技術中尉としてビグ・ラングの長所と短所を十分に理解しており、その両者を天秤に掛けた上で判断を下し、行動を決めたのだ。

ハミルトンがカリアナに下がるよう命令したが彼女は断固として後退しようとはしなかった。そうこうしている間に敵のジム3機は、戦場に現れた巨大なビグ・ラングを殊勲賞ものとして目を付けたらしく、ジェイコブのオッゴを半ば無視する形で向かって来た。

 

『……仕方ない、カリアナ中尉にも迎撃に参加して貰う。自分から戦場に出て来た以上、自分の行動に責任を持て! 良いな!!』

『了解!!』

 

そこでハミルトンもカリアナの行動を認め、自分で出撃したからには自分でその責任を取るようにと念を込めて、彼女を迎撃に立ち合わせる事を許可した。

 

『これが……戦闘……』

 

自分の意思で出撃したとは言え、カリアナに恐怖が無かったと言えば嘘になる。寧ろその逆で、恐怖を感じる余り体中が氷のように固まってしまい、自分の思い通りに手足を動かせなかった。

 

だが、カリアナの心情など敵パイロットが知る由も無く、ビグ・ラングのビグロユニットやAdユニットに向けて容赦なくビームスプレーガンで攻撃してきた。

 

『きゃああああっ!!』

 

迫り来るビームの閃光に思わずカリアナは乙女のような悲鳴を上げ、同時に俯いて目も瞑ってしまう。だが、そんな事をした所でビームを避けられる筈もなく、3機のジムからそれぞれ放たれたビームはビグ・ラングの巨体に吸い込まれるように命中する。

 

『……? 意外と……衝撃が小さい?』

 

しかし、ビームの直撃を受けたものの、乗っているカリアナのコックピットに伝わってきた震動は彼女が想像していたものよりも極めて小さいものであった。

幾重にも重ねられた堅牢な重装甲と、その表面に施された耐ビームコーティングのおかげで、ビームの威力と衝撃がほぼ無力化されたのだ。想像以上の頑丈さを発揮したビグ・ラングの装甲のおかげで、彼女の恐怖心は幾分か薄らいだ気がした。

 

『これなら……やれる!』

 

恐怖が軽減された所で正面モニターを見れば、こちらに向けて何度も何度もビームを撃って来るジムの姿が映し出されていた。微弱な震動がコックピットに伝わって来るものの、ビグ・ラングの装甲に全信頼を預けた彼女は震動に臆する事はなかった。

 

『お願い……! 当たって!!』

 

そして迫り来るジムに狙いを定め、蟹鋏型のクローアームの付け根に装備されたビーム・ガンで迎撃を試みる。ビグ・ラングのビーム・ガンは連邦軍のビームライフルの出力をも越す威力を秘めている他、当時の技術では珍しい連射型となっている。

 

カリアナがトリッガーを引いたのと同時にビーム・ガンの砲口から小粒のビームが雨霰の如く無数に発射され、3機のジムに襲い掛かる。数秒の間に何十発と発射されるビームの雨にジム部隊は回避するか、もしくは盾を構えて防御しようとする。

 

だが、ビーム・ガンの呼び名とは裏腹に、ビグロのアームサイズに合わせて装備されたそれはMSのビームバズーカとほぼ同じ口径を持っている。

そんな大口径のビーム砲から放たれるビームの雨を、たかが一つの盾で防ぐなんて不可能だ。3機の内の1機は盾で防ごうとしたものの、一発耐えて二発目の直撃で呆気なく貫通し、そのまま機体ごと撃ち抜かれてしまう。

 

残りの2機は真正面からの撃ち合いでは分が悪いと気付いたらしく、機動力を活かした接近戦でビグ・ラングを翻弄しようと試みた。先ずは一機がビグ・ラングの右脇を通り抜け、もう一機は先頭から少し遅れる形で左脇から抜けようとしたが、前方からビグ・ラングの長いアームが迫って来ていた。

 

『う、うわあああ!!?』

 

パイロットの叫びがコックピット内に木霊するのと同時に、蟹鋏のようなクローがジムの胴体をガッチリと挟み込む。ビグロの巨体とAdユニット、それぞれに内蔵された大型の大出力ジェネレーターから生み出されるパワーはMSのそれをも遥かに凌駕し、MSをクローアームで押し潰すなんて赤子の手を捻るに等しいものであった。

 

ベキベキベキと鉄が拉げ、コックピットフレームが圧し折れる音が操縦席に響き渡る。とてもじゃないがジムのパイロットは生きた心地がしなかったに違いない。挙句の果てには仲間に対し、情けない涙声で助けを求める有り様だ。

 

『た、助けてくれぇー!!』

『くそ! この野郎!!』

 

仲間の悲鳴を聞いてもう一機のジムが救援に駆け付けるが、ビームスプレーガンを幾度と撃ってもビグ・ラングの装甲の前には全く歯が立たない。やがて射撃では効果が期待できないと割り切ったらしく、スプレーガンを捨ててビームサーベルで立ち向かおうとする。

 

だが、ビグ・ラングのモノアイがビームサーベル片手に挑んでくるジムの姿を捉えた瞬間、クローアームで掴んでいたジムを彼目掛けて向けて放り投げた。

 

『な!?』

 

掴まっていたジムがこちらに放り投げられるのを見て、思わずその場で動きを止めて盾でガードしてしまう。ビグ・ラングに放り投げられた挙句に味方の盾と激突したジムは、その時点で制御不能に陥ってしまったのか、宇宙空間の中をゆっくりと漂いながら遠くへ飛んでいく。

 

『リチャード!! おい、リチャード!! くそ!!』

 

仲間のジムが胴体や腕部から火花を上げながらドンドンと遠くへ漂っていく姿を見て、必死に呼び掛けるが向こうからの応答はない。気絶したのか、それとも打ち所が悪くて死んでしまったのかと不安が頭に過るが、仲間を心配するよりも先に自分の身を案じるべきであった。

 

ふとビグ・ラングの存在を思い出してバッと振り返るが、既に相手は両腕のビーム・ガンをこちらに向けて射撃の体勢に入っていた。

 

『!! しま―――!』

 

彼の叫びは言葉の途中で降り注がれたビームの雨によって遮られ、最後まで続く事はなかった。そして彼の体は機体を貫いて侵入してきたビームの高熱で蒸発し、次いで機体ごと爆散した事により文字通りこの世から消滅した。

 

『はぁ…! はぁ…! や、やったの? 敵は!? ジェイコブ少尉は!?』

『大丈夫だ。おかげで助かったよ』

『はぁ……良かったぁ……!』

 

敵部隊を撃墜した直後は初めての戦闘で興奮していたという事もあって、カリアナが仲間の安否を気遣えたのは暫く経ってからであった。そしてジェイコブの返答が耳に届いた瞬間、彼女の張り詰めていた緊張が一気に萎んでいく。

 

『全く、カリアナ技術中尉には驚かされましたよ。まさか、自分から出撃するなどと……新兵でも相当の度胸が無いと出来ない事ですよ!?』

 

ジェイコブの台詞はカリアナを褒めると言うよりも、無謀な出撃を行った彼女の行動を嗜めている感が強い。カリアナもそれは自分でも認めているらしく、通信機からは弱々しい彼女の声が返って来る。

 

『す、すいません……。でも、仲間が苦戦している所を見過ごせません。ましてや、仲間が死ぬのはこれ以上……見たくありません』

『技術中尉、それが戦争というものです。戦争なのだから誰かが死ぬ、昨日まで笑いあっていた友人が敵の銃弾に撃たれて死ぬ、そんな事は当たり前なのです。私も今日まで、そして今回の戦いで多くの部下を失いました。……しかし、この命が助かったのは事実です。礼を言いますよ、技術中尉』

『は、はい!』

 

何だかんだと言いながら、最後は感謝の言葉を呟くジェイコブの言葉にカリアナは今までの恐怖や苦労が報われるような想いだった。

 

次の瞬間までは―――

 

『そろそろ帰還しよう。もうすぐで仲間が―――』

『ジェイコブ少……尉…?』

 

突然ジェイコブの声が途絶えたので、どうしたのかとモノアイカメラで彼の方を見ると、彼を乗せたオッゴが激しい爆発と共に消えていく姿が画面に映し出された。最初はどうして彼の機体が爆発したのか分からず、無意識の内にカリアナは彼の名を叫んだ。

 

『少尉!! ジェイコブ少尉!! 応答して下さい!! 少尉ー!!』

 

しかし、木端微塵に爆発したオッゴからジェイコブの声など返って来る筈がなかった。返って来るのは無機質な砂嵐の音だけで、そこで彼の死を受け入れざるを得なかった。

 

『誰が……一体誰が!?』

 

ジェイコブの死を受け入れた直後に湧き上がる怒りを抑え切れず、只管にモノアイを左右に引っ切り無しに動かし続けていると、モノアイカメラが一つの反応を捉えた。

その反応は先程、ビグ・ラングに掴まった挙句に投擲道具扱いされた不運なジムであった。機体のバーニア制御は不可能になってしまったらしいが、射撃管制は生きているのかビームスプレーガンの銃口をこちらに向けていた。

仲間の仇討ち、もしくは一人でも多くの敵を地獄へ引き摺り落とすつもりで撃ったのだろう。そして死を覚悟したジムパイロットの一撃は見事、ジェイコブ少尉を道連れにしたのであった。

 

少なくとも付近にこのジム以外に敵が見当たらない事から、ジェイコブ少尉のオッゴを落としたのも奴に違いない。そう理解したカリアナは怒りに任せたまま、無抵抗の状態で宇宙に漂うジムに向けて大口径のメガ粒子砲の照準を合わせた。

 

『う……うああああああああああああ!!!!!』

 

怒りの咆哮と共に、カリアナは指に掛けていたトリッガーを引いた。

 

この日、彼女は多くの経験を積んだ。最初は純粋な想いで戦場に立ち、仲間を守れた喜びと……仲間を目の前で失う絶望と、仲間を奪った敵に対する殺意を知った。

 

そして殺意という衝動に駆られ、無意識に人間さえも呆気なく葬ってしまう人の恐ろしさを知った。

今度こそ本当に全ての敵を撃墜し、結果的に危機的状況だったミューゼを守ったのだが、カリアナの心は先程とは一転して重く苦しかった。

 

『――何でよ……』

 

自分の意思で出撃した筈なのに、仲間を守りたいという一心で戦った筈なのに、そして仲間を奪った敵を倒して仇を取った筈なのに――――

 

 

『何で、何で私…………こんなに苦しいの……!?』

 

 

MSやMPのパイロット達は皆、どんなに過酷な戦いを潜り抜けた後でも、疲れた表情こそ浮かべるものの苦しい表情は浮かべてはいない。それは戦いから生き延びた満足感からだろうとカリアナは思い込んでいた。

 

だが、その思い込みは誤りであった。彼女自身が戦闘を体験してみたが、心に残ったのは苦しみだけだ。そして仲間を失った悲しみと、衝動に駆られて無抵抗の人間を殺してしまった自己嫌悪から来る気持ち悪さが一気に込み上がる。

 

『何で皆……こんなのが出来るの!? おかしいよ……! う…うぅ…うぇぇ……』

 

余りの気持ち悪さに耐え切れずビグ・ラングのコックピット内で胃袋にあった物全てを嘔吐してしまい、苦しさと悲しみの余り目から涙が零れ落ちる。

 

三度ぐらい吐き出して嘔吐物に塗れてしまったコックピットの中に、胃液や消化され掛けた食物などがごちゃ混ぜになった、あの鼻を突く独特の嫌な匂いが立ち籠る。またコックピットの中は無重力なので嘔吐物も一緒に宙に浮かんでしまい、それがカリアナの不快感を煽った。

 

視界が霞み、苦しみに悶えるカリアナの目に映ったのは――――至る場所から煉獄の様な炎を噴き出すソロモン要塞の姿であった。

 

 

 

それから間を置かずして、ドズル・ザビ中将はソロモン要塞の放棄を決定した。その後、ドズル中将はビグ・ザム単機で連邦軍の主力艦隊に特攻し、友軍脱出の時間を稼ぐと同時に敵に大打撃を与えた挙句―――還らぬ人となった。

そしてドズル中将の命懸けの特攻を無駄にしないと、ドロワを中心とした残存艦隊がソロモンからア・バオア・クーに向けて撤退を開始した。

 

無論、この時にも連邦軍の追撃はあったものの、殿に付いたアナベル・ガトーの一騎当千の活躍によって追撃の手を退ける事に成功した。

 

ソロモンの兵士を数多く収容した特別支援部隊も残存艦隊と行動を共にし、ア・バオア・クーへと向かうが……誰もがソロモンが陥落した事実に深い落胆を隠せずにいた。

 

宇宙世紀007912月24日……ソロモン要塞は陥落し、いよいよ戦いはジオン公国の存亡を賭けた最終決戦に突入しようとしていた。

 




最終話まであと少し!!

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