強くなんてなかった。
弱いままで、良かったんだ。
「顔を上げてください、レットさん」
「はい」
思考の海に沈んでいた意識が戻る。俺は言われたとおりに顔を上げた。壇上に二人の女性がいた。
一人は、本の上に載った妖精にも見える女性。プラネテューヌを古くから見守る人工の生命体イストワール様だ。
そしてもう一人は……
「ん? どうしたの、ジッと見て。まさか私にホレちゃった?」
「ネプテューヌさん!」
「むー、分かってるよ。いーすん」
ネプテューヌ様。この国、プラネテューヌの女神。世界を支える四柱の一柱。
「……お元気そうで、何よりです」
俺は彼女に一礼する。疲労や憔悴の影はどこにもなく、健在な様子のネプテューヌ様に胸を撫で下ろした。ネプギア様も幸いご無事だったので、プラネテューヌの崩壊は避けられたと見ていいだろう。
無論、予断は許されないし他の国は危険な状況のままだが。
「では、本題に入ります。今回、レットさんをお呼びしたのは、あなたに託したい任務があるからです」
任務……その言葉を聞いてまた疑問が湧いてくる。
あの日、俺は墓守の追撃を退け、ネプテューヌ様を奪還した。多くの犠牲の上で成し得たことに過ぎないのに、国では英雄的行動と讃えられ、俺はプラネテューヌの近衛兵団に招かれた。
人手不足なのは承知している。しかし俺のような野良で生きてきた傭兵のような人間に、このような場所は似つかない。
断る選択肢もあった。だがイストワール様直々の頼みとなっては、無下には出来ない。俺のどこにスカウトする価値を見たのかは知らないが、課せられた仕事はこなそう。それが最低限の礼儀だと言い聞かせる。
「ネプギアさんたちがゲイムキャラの協力を得るために旅をしているのは、知ってますね?」
「……はい」
女神候補生であるネプギア様は、コンパ様とアイエフ様と共にゲイムキャラの協力を仰ぐため、旅に出ている。
既にプラネテューヌのゲイムキャラと接触し、力を分けてもらったらしい。彼らは世界が危機に瀕した時、力を貸してくれるありがたい存在のようだ。詳しくは知らないが。
「そこでレットさんはネプテューヌさんと協力し、各地のシェアの回復をしていただきたいのです」
「え……?」
俺が? 女神様、と? この、ただの傭兵上がりの人間が、国の最高指導者と?
「どうして、私にそんな……」
「あなたの強さを見込んで、です」
そんな……俺は、強くない。強くなんか無い。
だって俺は何人も仲間を……。
「あなただからこそ、お願いしたいのです。あなたは何よりもこの国――いえこの世界を守ろうとしてくれましたから」
喉元まで迫った弱音を強引に飲み込む。やるしかないんだ……やるしか……。
「――分かりました。必ずや、その任務、成功させます」
俺は胸に手を当て、姿勢を正した。
謁見を終え、教会内にあてがわれた自室に戻る。後ろ手にドアを閉め、そのままズルズルとへたり込んだ。
重くのしかかる重圧。正直、逃げ出したい。いつからこんな臆病になったんだろう。仲間を死なせたからなのか、自分が死に損なったからなのか。
――鏡に映る自分は、もう自分じゃない。
あの日、俺は墓守と共に吹き飛んだ。吹き飛んだ、ハズだった。
死んだと思った。死んだはずだった。
なのに生きている。今もこうして。
「何の冗談なんだろうな……」
無音の部屋に独白が沁み込む。
俺は頭から垂れる燃えるような赤毛を掬い取り、見つめる。慣れ親しんだ薄汚い黒の短髪は面影すらなく。
愛用のコートはサイズが合わなくてブカブカだ。イストワール様に見繕ってもらった近衛兵の服も俺の矮躯で着れる特注品。
胸はまな板のように平坦なのは変わらないけど、もう俺は男じゃない。
あの日、あの時、全てが変わってしまった。
「……ここは、どこだ?」
気がつくと俺は、無限に広がる青空と流れる雲だけの世界にいた。足元にたまった水に空が反射して、幻想的な風景を作り出している。
聞こえるのは風がそよぐ音だけだ。
俺は確か、墓守に自爆を仕掛けて諸共吹き飛んだハズじゃ……。
「ここが、神界……?」
戦い散った戦士たちが行きつく最後の安息地。初代女神様が神の力を授かったとされる伝説の都。それが神界。
「そう思うだろ? 違うんだな、これが」
俺はいきなり声をかけられ、咄嗟に振り返る。既に利き手は愛剣の柄頭に触れていた。
「わりぃ、驚かすつもりは無かったんだ」
目の前にいたのは、一人の男……いや、少年と言った方が良いくらい年若い。
「お前は……何者だ?」
只者じゃないことは見れば分かる。底知れぬパワー……こんなバケモノ、初めて見る。あの墓守すら霞むレベルだ。戦えば認識する暇もなく狩られるだろう。
「俺は遠い次元の、ずっと向こう側の世界の住人。交わるはずの無かった、虚ろなる世界」
駄目だ……俺は男の言葉が理解できない。自分を異世界人とでも言いたいのか?
「……分かりやすく言ってくれ」
「今は分からなくていいよ。お前が知りたいと願うなら、やがて知ることになる」
それよりも、と男は続ける。
「お前にはやるべきことがあるだろ」
やること?
これ以上、何をすればいい。
「お前一人、野良犬のように死んでお終い。そんなんでいいのか?」
「………」
女神様は一人だけでも救えた。墓守も大きなダメージを負っただろう。教会の人たちも俺の自爆の光を見て、墓場に来るはずだ。ネプテューヌ様は彼らに任せればいい。やる事は全部終わった。これでいい。後腐れなく死ねる。
「本当に?」
「……何が、言いたいんだ」
「さあな。ただ、お前のツラが死を満足して受け入れた奴には見ねぇんだよ。ゴタゴタ言ってねぇで、さっさと出戻ってこい。動けるうちに動け。お前の、信念の赴くままに」
「……っ、な、待て!」
青空の世界が、突然崩れ始める。激しく揺れ、立つことすら出来ないのに少年は微動だにしない。
「テメェの仲間は、テメェに夢を託したんだ。死んでも叶えろ。女神を、護れ」
「お前に、何が――」
「分かるさ。俺は夢を護れなかった」
少年の顔に浮かぶのは、微かな影。何を護り、喪ったのかは分からないが、きっとそれは途方もなく大きなものだったのだろう。
「待ってくれ!! お前の、名前は……!」
崩壊していく中で、俺は遠ざかる男に呼びかける。
「俺か? 俺の名前は――」
――レッドハート。だけど今日からお前が、レッドハートだ。ま、せいぜいがんばれよ。
そこで俺の意識は途絶えた。
レッドハート。彼は確かにそう言った。赤。赤色。赤の女神。この世界には存在しない赤色。
そして今日から俺がレッドハートだ、とも。俺が女神に? 何の冗談だ、バカバカしいと一笑に伏せたらどんなに楽だっただろう。
けど、鏡に映る俺が現実を突きつけてくる。
ツインテールに結ばれた真紅の髪。同じく赤く透き通った双眸。背丈は縮み、ネプテューヌ様と同じくらい。黒いコートと無骨な装備をつけただけの色気の欠片もない服装。
それが今の俺。俺は死に損ない、女神になって蘇った。端的に言うとそうなる。
イストワール様にも全て話し、綿密な検査まで徹底的にやった。革新する紫の大地の科学力が示した答えは一つ――俺は女神だと。
ありえないことばかりで混乱してくる。第一、国もシェアもないのに何で生きているんだ? 女神は国を創り、その民たちの信仰で力を高め生きている。逆に失えば存在すら危うくなるのだ。
当然、俺のシェアはゼロ。国もないし、民もいない。実際、女神が持つ権能の一つである変身は出来なかった。
でも生きてる。ワケわかんないよな。頭ン中グチャグチャなのに整理する余裕すらない。そもそもあの男は何者なんだ? 男なのに何で女神の力を……。
止めよう、どうせ考えても無駄だ。……とにかく、与えられた仕事だけはこなさなくては。
ミスは許されない。
前作は肝心のTS要素入るのが遅すぎたので今回は早めました。大きなリメイク個所の一つです。
あと前のレットは色々とエロ的な被害受けたり、総受けだったりと弄りすぎたので、今回はシリアス感強めてます。