BanG Dream! S.S.B.N. - 少女たちとの生活 完結倉庫 - 作:津梨つな
「…いっ、…せんせいっ、聞いてますか??」
「…あ、ごめんね、ぼーっとしちゃってたよ。」
「お疲れですもんね…。」
「いやいや、こんなのまだまださ。…それで、何の話してたっけ。」
「それは…」
夕暮れの教室。教え子に呼ばれて訪れた空き教室で、校庭の賑やかさを見下ろしつつ、思わず気を緩めてしまったのだろう。
呼び出した張本人の話をすっかり聞き流してしまっていた。
「文化祭…じゃないですか?」
「そうだね。」
「……その、忙しいとは思うんですけど、えと…」
「…どうした戸山、らしくないなぁ。昼間の元気はどこ行った?」
底抜けに明るい――といった表現がしっくりくる彼女はどこへやら。夕日に照らされた目の前の生徒、戸山香澄は、後ろ手に何をごそごそやりつつあちらこちらへ視線を飛ばしている。
「私たちのバンド…ステージでライブやるんです。」
「あぁ、勿論知ってるよ。みんな楽しみにしてる。」
「…その時間、見に来てくれたり…しますか?」
あれは…確かプログラムだと二日目の夕刻だったか。見回りやら警備やら、この学校で貴重な男手ということもあり流石に暇な時間は無いが、一バンドを見るだけの時間であれば大丈夫だろう。
僕は数秒の間の後、頷いた。
「…うん、戸山に誘われたとあっちゃ、見に行かない訳には行かないもんなぁ。」
「えっ、ほ、ほんとですか!?」
「もちろん。」
「…無理とか、してないですか…?」
「大丈夫、僕も戸山の歌っている姿は好きだからね。…ほら、前にライブハウスにも誘ってくれたろ?」
「は、はい…」
「あれ以来のファンだからね。…今回のステージも、楽しみにしてるからね?」
ぱぁっと、曇り空が晴れ渡る様に顔を輝かせる彼女。…まったく、この表情の早変わりっぷりはいつ見ても飽きないね。
「はいっ!!絶対、絶対きてくださいね!…せんせいの為に、一生懸命頑張りますからっ!」
「…僕の為、か。…他のお客さんのことはいいのかい?」
「…ぁ。…え、ええっと、それは有咲とか、おたえに任せますから!」
市ヶ谷と花園か…そういえば彼女らも同じバンドなんだっけ。仲が良いようで大変よろしい。…青春ってやつだねぇ。
「こらこら、戸山だってバンドの一員だろう?…僕の事なんかはいいから、お客さんに向けて発信したらどうだい?
…君たちの音楽を。」
「で、でも……っ。私、せんせいの為に歌いたい…せんせいに伝えたい気持ちがあるんです。」
「…それは、今ここじゃ伝えてくれないの?」
「え、えへへ、私、口下手なんで……音楽の力を借りてなら、ちゃんとぶつかっていけるっていうか…。」
あまり口下手という印象は受けないがね。…少々語彙力が足りないな、と思う節はあるけれど。
まぁ戸山がそういうならそうなんだろう。楽しみにしておこうか。
「そっか。…じゃあ、嘸かし素敵な演奏を見せてくれるってことで、楽しみにしておくからね?」
「えっ。あっ、ちょ、あんまりハードル上げないでくださいよぅ。」
「もう上がり切っちゃったからねぇ。がんばるしかないね。」
「うぇぇ…き、緊張してきちゃった…」
「大丈夫大丈夫。…戸山ならできるさ。」
「せんせい…」
ぽんぽんとその特徴的な髪形の真ん中を撫でてやる。僕のせいでプレッシャーをかけすぎて、上手くいかなかったりしたら大変だしね。…思い出は、楽しい物じゃないと。
「せんせい、上手くできたら、ご褒美とかくれますか…?」
「うーん…そうだなぁ……。何が欲しいの?」
「ええっと……三日目、お忙しいですか?」
「…どうだったかな。」
三日目って言えば…あぁ、僕の当番は見回りと各クラスの展示回りか。それほど時間のかからない事であれば大丈夫そうだな。
「少しだけ、少しの時間だけでいいんですけど…。」
「まぁ、ちょっとクラスを見回ったりしなきゃいけないけど、どこかで時間はとれると思うよ。」
「……やった。」
「ん。」
「えっと!…一緒に…居たい、です。」
「…僕と?」
「はい……二人だけで、少しお喋りとかしたいかなって…。」
「今もしてるじゃないか。」
不思議なことを言う。…場所やタイミングが違う、というのが重要なのだろうか?
何にせよそれくらいであればお安い御用だ。…何なら"ご褒美"としては物足りないんじゃないかと心配になる程だ。
「うぅ…そうだけど、違うんですよぅ…。」
「そっかぁ。…えっとさ、僕、三日目は全クラスの出し物を見て回る担当なんだけどね。
…一緒に行くかい?」
「……えっ!?」
「そんな大声出さなくても…。それともやっぱりどこかでおしゃべりしてる方が…」
「い、いえっ!…是非、一緒に行かせてくださいぃ!」
「…ん。じゃぁご褒美はそれで決定だね。…頑張れそうかい?」
「…は、はい!もう、今までで一番頑張っちゃいそうです!!」
うんうん、空回りしそうなところだけが心配だけど、元気な戸山は見ていて気持ちがいい。
素敵な演奏を期待しよう。
「それじゃあ、私、練習に行くので!」
「うん、頑張っといで。無理しない程度にね。」
教室の戸も閉めずに駆けだす戸山の背中に隠し切れないわくわくを感じつつ、この後控えている会議に頭を切り替える。
その文化祭に向けて、どうやら緊急の会議があるらしいのだ。…生徒指導部も中々に大変だ。
それはそれで、僕達教師陣にとって大切な仕事だし、大切な教え子達を守るという使命にも繋がる。
少し時間がかかってしまいそう、とは教頭談だが、何にせよ家族への連絡は必要だろう。
「…………あっ、もしもし?まりなかい?
…うん、うん。…ちょっと遅くなりそうなんだ。
待ちきれなかったら、ご飯は食べてしまって構わないからね。…うん、僕も愛してるよ。」
きちんと妻への連絡も欠かさない。仕事と家庭を天秤に掛けるつもりはないが、家庭を持つとは色々大変なんだ。
こんなすっかり大人になってしまった僕だけど、未だに文化祭には心が躍ってしまいそうになる。
…早く中身も大人にならないとね。
<今回の設定>
○○:怒ったところを誰も見たことがないくらい温厚で優しい23歳。
特にモテるといったことはないが、その雰囲気から人気はある。
昔とあるライブハウスで出会った"まりな"という女性と去年結婚した。
香澄:Poppin'Party結成後、武道館でのライブを目指し日夜練習に励む頑張り屋さん。
異性に興味を持ったことはなく、恋愛経験もない。
…初めてでこれかぁ。