BanG Dream! S.S.B.N. - 少女たちとの生活 完結倉庫 - 作:津梨つな
「……くそ、休みなのにいつも通り早起きしちまった。」
体に染み付いた"習慣"とは恐ろしいもので。
折角の休日だというのに、出勤日と同じ時間に目覚めてしまったようだ。
窓から差し込む爽やかな日差しと朝の匂い……今はそれもちょっぴり恨めしい。
……さて、二度寝するか。
「んぁ?」
スマホが鳴り画面に光が灯る。…通知音の種類からしてメッセージかメールを受信したといったところだろう。
二度寝をも妨害してくるその音に苛立ちはピークを迎えそうだ。正に怒髪天を衝……ん。
「…戸山さん?」
送信者は"かすみっち✩"。…同じ職場の無駄に元気な女性だ。
毎回ぐいぐい来るその感じがあまり得意じゃないんだが、少し前の飲み会で周りの雰囲気に流されるまま連絡先を交換したんだっけ…。
『早起きだね。』
メッセージを見て背筋が凍るかと思った。
早起き、と確かに書いてある。…俺が早く起きてしまうことを予見していた?…若しくは、この状況を何らかの方法で知ってのメッセージか?
何にせよ、こういうところも含めて謎が多過ぎる。本当に苦手な人だ。
『わ!既読ついた!』
『ほんとに早起き??』
『勘で言ったら当たった!!私凄い!!』
何だよ勘か…。
驚かせやがって。眠気吹っ飛んじゃったじゃないか。
…実際年下だし、先輩じゃなかったらキレてるぞ。
…送ったあと冷静になって考えてみると、少し刺があったかもしれない。向こうも既読つけてから反応ないし。
謝ろうか、それで調子付かせるのも面倒だし謝るまいか…不要な迷いに頭を回していると追撃が来る。
『もー!!!!!!』
…いやいや、何が言いたいんだこの人は。
『あのね。今日お休みでしょ?』
『○○さん、何してるかなーって!』
本当にこんなしょーもないチャットしてる場合じゃないんだけど。
だって、週にたった一度の休日だぞ?二度寝したり三度寝したり、あと四度寝なんかもしなきゃいけない。予定は山積みなんだ。
早いところ振り切って、安眠の蓄積を…
『ひどいぃ…。』
『でもね、○○さんにはお知らせがあります。』
『ふっふっふっふ。』
『まだ理解が追いついていないようだね、明智君??』
『ノリわるい!!』
『じゃあ、玄関のドア開けてみて~』
玄関?……おいおい、新手のイタズラでも仕掛けたのか?
ドア開たらゴミ捨ててあるとか?…やめてくれよマジで…。
本当に酷い休日だとウンザリしつつ、また思わず降って湧いたような憂鬱に苛立ちを覚えつつドアを開け―――
「えへへー。来ちゃった。」
初めて見る私服姿の
あまりの衝撃に言葉を失ったまま、暫し見つめ合う。…「う?」とか「んー?」とか言いながら小首を傾げているが、"?"で一杯なのはこっちの方だ。くそ、見た目整ってるだけに一瞬可愛いとか思っちまった。
「おーい。まだ寝てるのー?」
「立って寝る阿呆じゃないっすよ。」
「えっへへー、来ちゃ」
「それもう聞きました。…何の用で?」
「大事な連絡があって来たの!…入ーれてっ。」
うちは四部屋くらいが纏まったアパートだ。玄関先という共通スペースでこれだけ声を張り上げられてはご近所さんにも迷惑だろう。
大家さんの心象も悪くしたくはないので、ここは一先ず上げてしまうことに。…一瞬部屋の散らかりや、ご無沙汰になっている掃除なんかが脳裏を過ぎったが相手はこの人だし。意識している異性でもあるまいしと、気にしないことにした。
**
「きったない部屋ー!」
「あんまうろちょろしないでください。…で、何でわざわざ家まで来るんすか。」
「掃除する?」
「なら帰ってください。」
「すっごい邪険にするね。」
「今はプライベートですからね。踏み込む権利はないはずですが?」
「わ!ひげ剃ってないでしょ!」
「…………ま、休みですからね。」
話にならない。文字通り。
中々本題に入ってもらえずイライラして見ていると、何やらゴソゴソとやり始めた。
「なにやってんの。」
「掃除!」
「…いやいや、話聞いてた?…そんな用事なら帰っていいって…」
「タメ口にしてくれるの?」
「仕事外の時間だから別にいいでしょ。」
「嬉しい…!」
頬を染めんな。不機嫌なんだこっちは。
「じゃ、じゃあ掃除しながらお話するね!」
「……もうなんでもいいや。で、端的に話してくださいや。」
「えっとね……………ふんふん、ふんふんふーん♪」
鼻歌が始まった…!!
どうやらこの形だけの先輩さんは全く話をする気がないらしい。
…もういい、わかった。そっちがそんなに自由形で攻めるなら俺も好きに過ごしてやるよ。
向こうは勝手に掃除やら片付けやら、恐らく自己満足でやっているんだろうし気にしないことにするとして…俺は俺で、悠々と二度寝に勤しむことにした。
「…っこいせ。」
「あ!布団入ってる!!」
「……好きに掃除でも片付けでもしてていいから。話も進まないし、俺は寝る。」
「二度寝?」
「そーだよ。」
「…わかった!おやすみぃ!」
何なんだ。ここで快くOKしたら、本当に何しに来たんだかわからなくなるぞ。
ともあれ好きにしていいらしいので、安らかに眠りに就こうと布団に潜り込む。
覚醒しきってしまった思っていた意識は思いの外簡単に落ちていって…。
**
手を掴まれている感覚と一定間隔で聞こえる何かを切断する音。再び浮上した意識の中で最初に感知したのがそれだった。
「……あっ!おきた!」
「…何してんすか。」
「また敬語……。爪切ってあげようと思って!」
爪?なんでまた。
「○○さん爪伸びてたからー。欲しいと思ってたし、丁度いいかなーって。」
「…そんなに伸びてたかな。」
「それより、おはようございます。」
「はい、おはよう、ございます?」
深々と頭を下げられ、思わず反応してしまう。さっき言えやそれ。
「ごはんできてるよ!」
「……戸山さん、勝手になんでもやりすぎじゃない?」
「ひぅっ……嫌だった?」
「うん。」
「ひどいぃ!!」
酷くない。休日に人の家に突入して家で好き勝手やるのはまともじゃないだろうよ。
…確かに、やってることは助かるけど。
「まぁいいや。ご飯っつったって、うちに食材なんかなかったでしょ?」
「あっ、持ってきたの!」
「わざわざ家から?計画的じゃないか。」
「あっちゃんがねー、そうしたら〇〇さん喜ぶんじゃないかってー。」
「……妹だっけ。」
「そう!すっごく可愛くてね?いつもいつも」
「妹の話はいいです。」
文句を言いながらも一口……あぁ、味は普通か。これで超絶メシマズとかだったら即追い出せたのになぁ…。
というか今更だけど、この状況ってかなりオイシイ状況なのでは?(見た目だけは)可愛らしい女の子(年下の先輩)が押しかけ女房よろしく家事と世話をしにやってくる…。
…うん、考えようによっては悪くないかもしれない。
「…おいしい?」
「……普通。」
「そっかあ…。」
「……一応確認なんだけど、こんなことの為だけに押しかけてきたんすか?」
「…迷惑だった?」
「……微妙っすね。飯は普通にうまいし。家事も助かるし。」
「ほんとっ!?じゃ、じゃあ毎に」
「どうしてそう極端なんですか。大体なんで俺の家に…」
「好かれたいんだもん。」
「や、別に嫌いじゃないけど。」
「好きになってほしいの!!」
「…えー…」
正直めんどくさい。いいじゃん、別に好きにならなくても業務上問題ない程度に仲よければ。別にあなたとどうこうなる気は更々ないんだし。
…そう思っているのはどうやら俺だけの様で、戸山さんの
「私はずっと大好きだったから!ずっとブローチしてたのに流されるし…」
「…アプローチ?」
「それ!」
「あそう、あれアプローチだったんだ。」
毎日やたらとグイグイ来るアレをアプローチと言うのか。…嫌がらせかと思ってたよ。
日当たりが良くないとかいう謎の理由で二人のデスクだけ島流しにされるし、出張も何故か二人部屋にされるし、余りにも途方も無さすぎる"新規プロジェクトの考案"とかいうザックリした案件を二人で担当させられるし…。
…待てよ?アプローチってことは、戸山さんの意思が影響してたってことか?会社規模で?……この人もこの人だけど、それに甘んじる会社も会社だなぁ…。
「戸山さんね、やりすぎ。」
「ううん、全然足りないくらいだと思うな。…だって、アレだけしたのに〇〇さんは他の女子社員と会話するし、休みの日はどこで何してるか分からないし、私じゃない人と残業したりするし…。」
「戸山さんと違って真面目に働いてるだけなんで。」
「む!…私だって真面目に働いてるもん。」
「どこが。」
あれで真面目に働いてるんだったらそれは……あでも業務的には真面目なのかもしれないな。遅刻も欠勤もないし。ただベタベタしすぎなくらいか。
「将来の夢の為に頑張ってるの。」
「将来の夢?…立派なビジネスマンっすか?」
「ううん……好きな人の、お嫁さんになるってこと。」
「えぇ……。他当たってよ…。」
そんな夢だ何だと持ち出されたら重すぎて構ってらんないよ…。
折角だがここは丁重にお断りを…
「嫌。嫌嫌嫌嫌嫌嫌!!!」
「え、なに、怖。」
「私は〇〇さんがいいの…。ううん、〇〇さんじゃないとだめなの。だってそう心に決めたから!〇〇さんが入社して、挨拶を交わしたあの日から…。」
「勝手に決めないでくれる?」
「だから私は、〇〇さんに振り向いてもらうために、〇〇さんにもっと感じてもらえるように、〇〇さんをもっと近くで感じられるように…。
色々手を尽くしてるのだって、きっときっと、私をお嫁さんにしてくれる筈だから、その下準備なの。」
「聞いちゃいねえ。……もういいや、好きなだけ喋ってくれ。」
もう抵抗は諦めた。喉が枯れるまで喋ればいいさ。それまで楽しい事でも考えて待ってるから、終わったら呼んでくれ。
実際きっと、俺に対して何かを聞いてほしいわけじゃないんだろうし。一人で勝手に盛り上がるのがお好きらしい。
「なのに、折角引き離しても会社の女達は〇〇さんに擦り寄ってくるし、〇〇さんは〇〇さんで全く振り向いてくれないし…。
毎日毎日、〇〇さんの使い終わった箸も飲み終わったペットボトルも缶も切った爪も、ちゃんと全部集めてるのにどうして報われないの?
家にだって来るのは初めてじゃないのに〇〇さんは気付いてくれないし、毎日一緒に寝てるのも多分気付いてないし…。これじゃあ私にだけ想いが積もって行っちゃう…もう、辛いよぅ…。」
「終わった?まだ続く?」
「〇〇さん!!」
「…なに。二人しかいないんだから名前呼ぶ必要ないじゃないすか。」
「私を貰ってください。」
「遠慮しておきます。」
「お願いします!なんでもするから!なにしてもいいから!!」
「誤解を招くようなこと言わない。」
「もう下僕でもいいから!なんならペットとして飼ってくれてもいいの!!」
「そんな趣味はない…。」
「むぅ…。手強い…!」
「あのさぁ、俺にとって戸山さんって、職場の知り合いでしかない訳。それをいきなり貰えだの飼えだのと…
頭、おかしいんじゃなくて?」
「頭おかしいです!だから面倒見てください!」
「尚更困ります。…もう、そんなしょーもないことばっか言うなら帰ってくださいよ。
家事とかは助かりましたけど、本当に何も求めてないんで。」
「何で!!彼女でも居るの!?」
「居ますよ。」
「……………そう。」
なんだ、最初からこう言えばよかったのか。トーンの下がり方には最早引いちゃうくらいだけど、どうやら帰ることにしたらしい。
何も言わなくなってしまったが、俯いたまま玄関へ早足で行ってしまった。…念のためドアを完全に出るまでは見守ってみようと着いて行くが、こちらには目もくれない。あの一言効きすぎだろ。
「…彼女ってやっぱりあの子?」
「あの子って?」
「〇〇さんの幼馴染の…」
「…何で知ってんの。」
「〇〇さんの事は何でも知ってるの。…じゃぁ、用事ができたから帰ります。お邪魔しました。」
「そうかい…そりゃよかった。」
「…絶対、〇〇さんを救って見せるから。」
もう意味が分からない。
結局休日を夕方まで使い潰されるし、本当に苦手だなこの人。好意を何かと勘違いしちゃあいないかね。
これからも、こんなことが続くのだろうか…。
「何だか途中よくわからない事をベラベラ喋っていたし、妄言も大概にしてほしいよ、まったく。」
普段料理もしない俺は、台所から包丁とフォークが一つずつ消えていることに気づかなかった。
それに気づいていれば、そしてすぐに追いかけて居れば、あんな事にはならなかったかもしれないのに。
<今回の設定>
〇〇:しがないサラリーマン。人と仲良くなるつもりは毛頭なく、上辺だけの付き合い希望。
鈍感なわけじゃないが、兎に角香澄が苦手。
この後、6年付き合った彼女が突然行方不明になる。
香澄:ヤバい。
入社時のたどたどしい挨拶をする主人公にロックオン。
あの手この手で堕とそうと攻めてくる。
全く報われないタイプのヤンデレを目指しました。