BanG Dream! S.S.B.N. - 少女たちとの生活 完結倉庫 -   作:津梨つな

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大人と子供(上司編)

 

 

ガチャァ

 

「…ありゃ、〇〇くんだ。」

「あぁ、お疲れ様です。」

「まだ残ってたの??」

 

 

 定時もすっかり過ぎてしまった夜半。事務所のドアを昼間と変わらない勢いで開け放ち、僕の元教育係でもある上司が顔を覗かせる。

 その顔は一瞬驚きの表情を映したがすぐにいつもの柔和な笑みへと変わった。

 

 

「ええ、明日も休みなんで、キリのいいとこまでやっちゃいたくて。」

「あっははは!頑張り屋さんめぇ。」

「いえいえそんな……戸山(とやま)主任こそ、随分遅いですね。」

「あっもう、またそうやって呼ぶー…"香澄(かすみ)さん"でいいって言ったでしょー。」

 

 

 戸山香澄さん。勤続年数で言えば僕より二年多い先輩である。先輩といっても、平社員の僕と違って主任の肩書を貰っている香澄さんは直属の上司にあたるのだが。

 何故か苗字で呼ばれることを嫌がり、特に畏まった場でなければ名前で呼ぶようお願いされていたのだが…長いこと画面と向き合い続けたせいかついうっかりをしてしまったようだ。

 うっかり呼び間違えてしまっても、今目の前でしているように頬を膨らませて拗ねる姿が見られるのでアリっちゃアリなんだが。

 

 

「あぁすみません、うっかりってやつです。」

「頑張り屋さんでもうっかり屋さんは良くないなぁ…。」

「気を付けますね。…で、香澄さんは何の業務で?」

「うっ。」

「「うっ」??」

 

 

 何やら変な鳴き声を漏らしたかと思うと、もじもじと居心地悪そうに肩を揺らす。そんなに言い辛い業務なんてあっただろうか。

 

 

「実はその………寝ちゃってて。」

「……んん?」

「資料室で去年の忘年会運営記録探してたらその……」

「…あぁ。」

 

 

 そういえば忘年会の企画だの運営だのは香澄さんが任されていたんだっけ。去年は確か前任の主任がやっていたけど、辞めたせいでまるっと委任されたんだよね。

 その資料を探しに…と、香澄さんらしい真面目な行動だとは思うけど、確かに()()資料室は魔窟だ。資料室らしく、紙の積み重なった匂いに程よい湿度と程よい気温。あれで寝るなという方が難しいかもしれない…誰も来ないし。

 

 

「…こんな時間まで寝てたんですか?」

「えっへへへ……恥ずかしながら。」

「じゃあもう今日は寝なくても大丈夫そうですね。」

「それとこれとは別!」

 

 

 あぁ、この人帰ってからもまだ眠る気なんだ。

 

 

「ところで〇〇くんは、何時まで残業するつもりなのかな?」

「んー……」

 

 

 言われてチラリと時計を見やる。事務所の扉から右側の壁にある時計は、そろそろ二十二時を迎えようとしていた。

 定時からの計算上三時間以上も一人で作業していたことに気付き、我ながらよく頑張ったと感慨深げな気持ちだ。

 

 

「じゃあ、このシートだけ作り終えたら帰りますかねぇ。鍵は香澄さんですか?」

「んーん。多分○○くん任せだと思うよ。」

「…なら何で帰る時間なんか訊くんです。」

 

 

 彼女は残業でも何でもなく眠り続けていた為にこの時間になったのだから、施錠を待つわけでも無いのなら僕の退社時間など関係ないだろうに。

 此処は何か冷やかしの一つでも飛んでくるかと思い身構えつつも問うと。

 

 

「いやぁ~、私おなか空いちゃってさ。よかったらこれからご飯食べに行かない?」

「……………。」

 

 

 何とも自由な人だ。たっぷりと睡眠欲を満たした後は食欲が主張を始めているらしい。自分の欲求に素直というか、生きたいがままに生きているというか…この底抜けな真っ直ぐさに微塵も計算が無いのであれば、それはもう見習った方がいいのかもしれない。

 「えへへ」と笑い頭を掻く香澄さんはまるで子供のようで、その誘いを無下にするのも憚られるような気分にさせる。要はアレだ、面倒を見たくなるというか、構ってあげたくなるような、そんな感じ。

 恐らくコンビニ弁当か何かだと考えていた夕食から大きく変わった今晩のプランに、もうひと頑張りすべく、僕は大きく息を吐いて見せた。

 

 

「…それもいいですね。んじゃ、ご一緒する為に終わらせちゃいますよ。」

「うわーい、やったーぅ!」

「…この時間、そんなガッツリイケる店ありましたっけ?」

「うーん……どこか、居酒屋とか?…よくない?」

「居酒屋で香澄さんの食欲満たせます?」

「そ、そんなに食べないし」

「めっちゃ食うじゃないですか…前に新人さんの歓迎会やった時だって、主役が引いてたじゃないすか。」

「う、うるさーい!いいから〇〇くんは、手を動かしなさーい!!」

 

 

 美味しい食事の為、ひいては可愛げのある先輩様の為。

 人々は、こうした小さな楽しみを燃料に、日夜働いているのである。

 

 

 




<今回の設定>

○○:入社2年目、23歳独身。
   仕事とプライベートでオンオフがきっちり出来るタイプ。
   真面目に仕事に打ち込むあまり友人も無く趣味も無い為、残業があまり
   苦にならないらしい。
   香澄のことは良い上司として慕っているが、時折見せる子供の様な無邪
   気っぷりにしばしば癒されている。

香澄:まだまだ元気いっぱいの26歳。
   食べることと寝ることが大好きで、正直仕事は出来ない方。
   ただ与えられた職務には責任をもって取り組めるため、印象的には
   「頑張り屋のいい子」といったところ。
   笑顔が何か和んでいい感じ。
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