BanG Dream! S.S.B.N. - 少女たちとの生活 完結倉庫 -   作:津梨つな

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泡沫の蜜月と狩人の瞞着

 

 

「……どうしたの…弦巻さん…!!」

 

 

 何事もなく過ごしていた平穏な筈の一日。昼休みにそれは現れた。

 奥沢さんも珍しく欠席だったために、完全に誰とも交流しない、静かな一日だと思っていたのに。

 僕が昼食を取っている席によろよろ近づいてくる人影を見て、思わず声をかけてしまった。

 

 

「……〇〇?…ごきげんよう。」

 

 

 遅刻してきたらしく、まだ鞄を持ったままの弦巻さん。その姿は見るに堪えない程痛々しく、右手には松葉杖、両腕と顔の左半分にはきつく巻かれた包帯。

 恐らく見えていないだけで、制服の下も何かしたの傷を負っているだろう。そんな歩くのもやっとの状態で僕のところまで来るのだから、いつものような遊びとは別の何かがあるのだろう。

 

 

「その怪我…!…な、何があったの!?」

「……今日、美咲は?」

「奥沢さん??……今日は休んでるみたいだけど。」

「そう……。あたし、美咲に何かしちゃったのかしら。…っとと。」

 

 

 頭を抱えるような素振りを見せた直後にふら付く。無理もない。只でさえ片足立ちのような状態で、松葉杖と自身の鞄を持っているのだ。…その状態で立ち話ってのが配慮不足だった。

 慌てて体を支え転倒を阻止するが…女の子って、こんなに軽いのか。

 

 

「絶対大丈夫じゃないよね。…奥沢さんと何があったのか知らないけど、学校に来ていい状態じゃないと思うよ君。」

「…それでも、学校には行かないと…」

「……弦巻さん、僕これから早退しようと思うんだけど、一緒に遊びに行かない?」

「〇〇って不良さんなのね。…遊びに行くところは、楽しいところかしら?」

 

 

 別に本気で遊びに行こうって訳じゃない。仮にも数少ない顔見知りの人間がこんな状況になっているんだ。このまま「ハイ頑張って」とはいくまい。

 今は帰って休ませるためにも、そして可能ならば何があったのか聞くためにも僕が一緒に早退するのがいいと思っただけだ。

 

 

「前に僕の家に来た時、楽しくはなかった?」

「〇〇の家にいくの??」

「君の家まで真っ直ぐ送り届けるのと、どっちが楽しいかな?」

「……いく。〇〇のおうちにお邪魔するわ。」

「決まりだ。」

 

 

 僕の事を気に留めている人間なんか特にいないし、弦巻さんだってまだ出席も取られていない。特に気にすることもなく、弦巻さんの体を気遣いつつも学校を出ることにした。

 

 

**

 

 

 ヨロヨロと頼りなく揺れる体を支えながら一歩ずつ確実に前を目指す。

 こんな足でよく登校してきたもんだよ、ほんと。

 

 

「弦巻さん、タクシー呼ぼうか?」

「んーん…。だい、じょうぶよ。」

「…弦巻さん、喉乾いたりしない?」

「何ともないわ。……大丈夫。」

「弦巻さん、どこか」

「ねえ〇〇。」

 

 

 間が持たず勝手にテンパる僕に落ち着いた様子で話しかける弦巻さん。そうだよね。弦巻さんレベルのコミュ力モンスターだと、こんな状況でも緊張なんてしないよね。

 …僕なんか話すだけでもいっぱいいっぱいだし、剰え女の子の体に素手で触れていることもあって心拍数が…。

 

 

「な、なんだい弦巻さん。」

「〇〇は、あたしのこと嫌い?」

「へっ!?……い、いや、決してそんなことは…」

「なら、どうして苗字で呼ぶのかしら。」

「……それはなんだい、苗字呼びは不満だと?」

 

 

 おいおい勘弁してくれ。…下の名前で誰かを呼ぶなんて、生まれてこの方やったことないんだから。

 

 

「ええそうよ。…あたしはこころ。()()()()みっつでこころなの。

 だから〇〇も、あたしのことが嫌いじゃないなら"こころ"って呼んでほしいの。」

「…………いやちょっと待って!心の準備無しに、そんな親しげになんて、呼べないよぉ…。」

 

 

 だってそんなの…恥ずかしすぎる。下の名前で呼び合うだなんて、まるで―――

 

 

「あっ!…つ、着いたよ、つる…ま、きさん?」

 

 

 ほらもう、意識しだしたせいで普通にも呼べなくなっちゃったじゃないか。

 だがそれではご不満だったらしく、ピタリと足を止めて僕の家を見上げる弦巻さん。

 心なしか険しい表情だ。

 

 

「……やっぱり君の家に真っ直ぐ」

「こころって呼んで。」

「……いやー、まだ早いかなーなんて」

「こころって呼んで。」

「………えー。」

「こ!」

「…こ。」

「もひとつ、こ!」

「…もひとつ、こ。」

「もひとつは要らないの。ろ!」

「…はい。ろ。」

「こころよ!」

「……こ、ここ、ここここここ、こっころっ。」

「それじゃぁ多すぎるわ。」

「ごめん…。」

 

 

 無理だってば。吃っちゃうし。

 不満そうながらも、やっと動き出して家に入ってくれる弦巻さん。続いて玄関を潜ろうとし、何やら後ろから気配を感じ振り返る。

 

 

「??」

 

 

 気のせいか。誰かもう一人いたような気がしたんだけれど。

 慣れない事をしたせいで体も心も驚いているのかもしれない。それ以上深くは考えず弦巻さんの跡を追った。

 

 

「……………へぇ。」

 

 

**

 

 

 部屋に辿り着いてベッドに腰掛ける弦巻さん。相変わらず痛々しく映るその姿に、胸が苦しくなる。

 

 

「…それで、その怪我はどうしたの?奥沢さんが関係あるの?」

「……あまり信じたくは、無いのだけれど…。」

「うん?」

 

 

 そこから訥々と、何かを思い出す様に時折天井を眺めながら話してくれた内容はこうだ。

 昨日奥沢さんと校内を歩いていた時に階段から落ちて負った怪我。その時に違和感を感じたという。…弦巻さん曰く、「落ち行く中で最後に見た美咲の顔は凄く楽しそうだった」と。

 結果として骨折に裂傷に捻挫に打撲と、かなりの重傷を負った彼女だったが…。

 

 

「あたし、美咲と一緒に居ちゃいけないのかしら…。」

「…そんなことないよ。君達はずっと仲良しの友達だったろう?」

「そう、だと思っているのはあたしだけかもしれないじゃない。」

「どういうこと?」

「美咲はあたしのことを嫌って……」

 

 

 何だか今日はやけに弱気だな。…あの無駄に活力漲る弦巻さんはどこに行ったって言うんだ。いや当然か。これほどの怪我を、それも友達を疑ってしまうような状況で負っているんだから。

 

 

「そんな……。そ、そうだ!喧嘩とかした…りは?」

 

 

 何かのきっかけで拗れてこんなことに…いや、それにしてはやり過ぎか。

 もし仮に奥沢さんの仕業だとして―――そこまで彼女を動かすものが分からないし、飽く迄仮定の話として―――そこまで酷い仕打ちが釣り合うようなことを弦巻さんがするとは到底思えない。

 喧嘩でもしたなら可能性は無くは無いと言えるが…ううむ。

 

 

「喧嘩…ではないのだけれど、〇〇と一緒に居る時は怒られることが多い気がするわ。

 注意、ともいうのかもだけど。」

「怒られる?」

 

 

 一緒に居る時のことを思い返してみるが心当たりは全くと言っていいほど無い。そりゃまあ、言われているのは僕じゃないから気にならないとしても不思議じゃないんだけどね。

 

 

「ええ。…はしたないから〇〇の膝の上に乗らないように、とか、女の子なんだから誰彼構わず抱きつかないの、とか…。

 あたしのことを心配してくれてはいるのだろうけど。」

「ううむ…他には?」

「あとは、〇〇は忙しい人だからあまり遊びに誘わないようにって言われたわ。

 …だから美咲が居ない時に話しかけてるのよ。」

「…僕が忙しいっていうのは何故信じないの。」

「そうは見えないもの。…それどころか、いっつも独りで寂しそうだわ。」

 

 

 えぇぇ…。そんな風に見られてたの…?

 そう考えると何だか気恥ずかしい気がしてきた。でも仕方ないじゃん、ぼっちだし。

 

 

「全部…いけない事だったのかしら。」

「そんなことは…あーいや、抱きつくのはやめた方がいいかも。」

「そうなの?」

「ほ、ほら、勘違いさせちゃうでしょ?弦巻さん、見た目だけは可愛いらしいんだから。」

 

 

 言うや否や、ボッ!と音が鳴りそうな勢いで顔に血を上らせる弦巻さん。うんうん、そうだよ。それくらい恥ずかしいことをしてるんだよ君は。

 

 

「……かっ」

「か…?」

「可愛らしく…見えるのかしら、〇〇には。」

「えっ?……んー、まぁ、造形的には整ってるかなーって。」

「そ、そう…。」

「………まさかそれで照れてるのかい?」

「……別にっ。照れてなんかないわっ。」

 

 

 照れる場所が違うと思うのだが。

 彼女はもう少し、自分の実年齢とその行動に於ける精神年齢の乖離を気にしたほうがいい。やっぱりその、「高校生にもなって…」的な目は向けられているわけだからね。

 

 

「じゃあ、勘違いされてもいい相手になら、抱きついてもいいって…ことかしら。」

「……んー…そこは「うん」とは言えないなぁ。」

「ぅぅぅぅぅ……えいっ!」

 

 

 唸りながらフラフラの足で立ち上がったかと思うと、そのまま体重を投げ出してくる。

 だから何故その足で立とうとするのか。全く以て理解はできないが、倒れ込む婦女子を見放すわけにはいかない。…結果抱き合う形にはなってしまったが、何とか受け止めることできた。

 同時にふわりと香る柔らかく甘い香り。抱きしめていることを否が応にも伝えてくる柔らかな体温。…これはだめだ。超絶コミュ障ぼっちの僕なんかがそう簡単に味わってしまってはいけない禁断の果実…。

 

 

「…勘違い、した?」

「……………した、かも。」

「…それなら、嬉しいわ。」

「弦巻さん……。」

「…もう。……"こころ"、でしょ?」

「こ、こころ…。」

「〇〇…。」

 

 

 吐息のかかる程の距離で暫し見つめ合う。

 何だろう。…ずっと苦手だと思ってた彼女だけど、近くで見るとこんな綺麗な瞳をしてたんだ。吸い込まれるようなその黄金色の瞳に、まるで惹き込まれるような感覚を覚えた。

 そのまま何分経ったろう。ふと、気が付いた時には―――

 

 

「………んっ。」

 

 

微かに触れ合った小さな唇。その熱は、小さな音と共に僕の脳髄にまで焼き付けられた。

 

 

**

 

 

「……じゃあ、また明日。…こころ。」

 

 

 すっかり辺りは暗くなっていて。彼女のナビゲーションに従い弦巻家まで来たはいいんだが…。

 …なんだこの豪邸は。あの弦巻ということである程度予想はしていたけど…。僕はとんでもない子に手を出してしまったのかもしれない。今更と言えば今更だが、薄ら寒い殺気のようなものを感じるほどに、相手は巨きかった。

 その大きな屋敷に違わぬ大きな門の前で、出迎えの黒服さん達が見守る中での別れ。

 

 

「……〇〇。」

「…な、なんだい。」

「今日のことは、二人だけの内緒よ?」

「……!!…う、うん。」

「ふふっ。それじゃあ……また明日。」

 

 

 黒服の背中に隠され見えなくなっていく小さな姿を見送り、今日の事が夢なんじゃないかと今更ながらに疑う。

 黒服さんの一人が送って行くかと尋ねてきたが、この火照りを冷ます為にも歩いて帰ることを選んだ。

 

 

**

 

 

 ……結局、こころは僕のことをどう思っているのかと、帰路に就きながら考える。

 遊ばれている、ということはないだろうが、普段の様子を見ているとどうも色々理解が足りていない節がある様に思われる。

 今日してしまったことだって、考えようによっては「挨拶」だと言い張ることもできるわけで…ううむ。

 

 

「……えっ、あっ?」

「〇〇。待ってたよ。」

 

 

 考え事をしながら歩いていたせいで、その人が眼前に迫っていることに気づけなかった。

 ―――奥沢さん。

 

 

「奥沢さんっ!急に学校を休んで、心配だったのだよ!一体何が」

「〇〇。こころの唇、美味しかった?」

「ッ!?」

 

 

 遮る様にぶつけてくる言葉は、酷く冷静に聴こえたがその実僕の胸を突き刺すような熱を伴っていて。

 不気味に吊り上がった口角からは感情を読み取ることができないが、彼女の両目には零れる寸前の涙が湛えられていた。

 

 

「奥沢さ…ん?」

「もし、さ。あたしが同じように酷い怪我で、〇〇のところに行ってたら…。

 〇〇は同じように早退してくれてたのかな?」

「………そりゃ、まぁ。」

「そっか……。じゃあやっぱり、怪我なんか()()()べきじゃなかったなぁ…。」

「…奥沢さん…まさか、本当に……」

 

 

 涙を流しながらも見蕩れるほどの笑顔を崩さずに言葉を紡ぐその姿は酷く滑稽で魅力的だったが。

 だがそれが却って僕の恐怖心に作用していた。

 

 

「仕方ないじゃん。そうだよ仕方ない…。だって、あの子が傍にいる限り、○○はあたしのこと見てくれないでしょ?」

「…何言ってんだよ。その程度のことで、こころにあんな怪我を負わせたっていうの?…その程度のことで、こころをあんなに不安に」

「その程度!?……いや、確かにそうだね。○○の言う()()()()の事で、人って簡単に壊れるもんなんだよ。不思議だね。」

「どうして、どうして君たちがそんな風にならなきゃいけないんだよ。おかしいじゃないか。

 …あんなに仲良さそうにしてたじゃないか…。それがどうして」

「どうして?……こうなるのは時間の問題だと思ってたけどね、あたしは。

 …だからこそこころの行動を制限したつもりだったし、()()もした。…それでもこの結果だもん。これはもう運命だよ。」

 

 

 そんな言葉を知ったように軽々しく使うなよ。…運命なんてただの逃げの言葉じゃないか。そこまでして果たしたい想いがあるならもっと行動してみろよ。やれるだけのことはやってみろよ。簡単に人を傷つける手段に走るなよ。

 

 

「…それが一体、何になるって言うんだよ…。」

「……………。あたしは、あたしの欲しいものを手に入れようとしただけだから。」

「だから、どうしてそんなことになるんだよ!!」

 

 

 堂々巡りの様相を呈してきた話に思わず声を荒げる。だってこの子は異常だ。どんな理由があったって、どんなに欲しい物があったってその行動は間違ってる。

 欲しい物があるなら自分で掴みに行かないと。大体そんなに欲しがる物って……

 

 

「……あたし達がこんなことになってる原因、それは○○だよ。」

「……へ?」

「○○がいたから。○○と出逢ってしまったから。○○が優しくしちゃったから。○○がそこに居ることが普通になっちゃったから。

 …○○が、全ての元凶なんだからね。」

「………そ…んな…。」

「だからあたしは○○をあたしの物に、あたしだけの物にするために出来ることをするだけ。

 ○○に振り向いてもらうためならどんな邪魔者だって排除する。どんな汚いこともする。それで○○があたしだけ見てくれるなら。」

 

 

 無茶苦茶だ。この子は奥沢さんの皮を被ったなにか別のものだ。あの、ガキばっかりのクラスの中で唯一常識があって雰囲気が合って話が合って、大人しくも思いやりのある奥沢さんは。

 奥沢さんって…何だ。僕は彼女の深層まで知ったつもりでいただけなのか。彼女が見せていた上辺だけ、表層だけを見て全てを知ったつもりに…?

 じゃあ……結局こころを傷つけたのは、彼女たちをここまで拗れさせたのは……僕?

 

 

 

「ね。…だから運命だって言ったでしょ。」

 

 

 

 

 




<設定更新>

〇〇:ずっと一人だった自分をこころはちゃんと見てくれて、あれだけか弱い体で…

美咲:やっとわかった。

こころ:〇〇って優しいのね。
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