【TS】配信者やってると、こういうこともあるらしい。 作:16色のレイン・コーラス
遅刻しつつ定時退社*1するクソムーブをしながらも、病院に行って検査する必要があるのは事実なので用意を進める。遅刻したのはケイであって今の俺じゃないのでセーフにならない? そのあたりも後で考える。
病院と言っても『朝起きたら女の子になっていた』などという与太話を信じてもらえるような場所はまずない。免許証等の身分証明になる物はあるが、そもそも写真にある顔と今の俺の顔に微粒子レベルの類似点も見受けられないのだからイタズラだと思われて終わりだ。それにもし話を聞いてもらいこの事実が認められたら、今度は実験動物のように世界中の施設で身体を弄りまわされるかもしれない。そして行き着く先は……仮面ライダー。
それは流石に極端すぎたが、少しでも信用のできる場所で見てもらうべきだろう。
留守だと悪いから電話入れておくか。
……待てよ? 元々知り合いなのだから携帯から電話したら話がややこしくならないか?
念のために公衆電話から掛けておこう。
そんなわけで家の中の公衆電話を使用する。
XXXX-XX-XXXX
ぷるるる……ピッ
「もしもし?
うちの診療所はすっかり使われなくなった廃駅の一部を借りて経営しているのだけれど、あまり患者が訪れることはない。何といっても街が過疎っているのだ。僕にとっては都合のいいことがあるからこの土地を借りているのだけど、スーパーも食料品店もなくコンビニすら閉鎖してしまったこの街には現在何人が住んでいるのだろう。
そんなわけで、日中の僕は暇を持て余していることが多い。
電話がかかってきたのは、午後三時を過ぎてビーカーでコーヒーを飲もうとしていたときのことだった。
ディスプレイの表示は『コウシュウデンワ』となっていた。
「もしもし?
「
声の頃からすると中学生くらいの女の子だろうか。声ソムリエではないので分からないけれど。僕は普段からハスキーボイスだから、女の子らしい声には少し憧れる。
湯川さん。珍しいようなそうでないような苗字。花袋の方が1000倍くらい珍しいからね。家族にもいないもの。湯川さんと言えば、知り合いの男の子がそんな苗字だったなあと考えながら返答する。
「はい、いいですよ。何時頃にいらっしゃいますか?」
「これからすぐに向かいます。二十分くらいで到着すると思います」
僕は反射的に壁の時計を見た。腕時計もしているんだけど、あまり忙しくならないから習慣が身につかない。
え~と。
「今から二十分と言うと、三時半頃ですかね。分かりました。お待ちしております。お名前をお聞きしてもよろしいでしょうか」
そのとき、電話越しにかすかに息を呑むような声が聞こえた。どうしたんだろう。もしかして裏の住人だったり?
「……湯川
おおー、知り合いと同姓同名だ。何がおおなのか分からんけど。
「漢字はどのような漢字を書きますか?」
メモにペンを走らせて待機する。
「
刑事の『刑』? 傾聴? 軽重? ケイチョウってなんだ? 待って。五分あれば分かりそうなんだけど。
「ごめんなさい。ちょっとわからないので、他の特徴はあります?」
「ええと、テンケイ、
別の読みが来たね。ケイ、ギョウ! 天啓がひらめきそうな気がする。いや啓ではない。
「もう一声」
「あー、
!
「なるほど、分かった目出度い感じの慶ね!」
それなら最初から慶應義塾大学って言ってもらえれば……中学生だと出てこないかな?
……このやり取りは前にもやったような。
「
これを聞いておくことは外せない。電話だけで判断できるものではないけれど、もしかすると急を要する病気のときもあるし。
するとまた電話越しに悩むようなそぶりを見せ、少ししてから口を開いた。
「身体の調子が変なんです」
「なるほど。具体的には、どのように?」
「髪が伸びたり、声が変化したり……」
「な、なるほど?」
「目の色も変わってて、あと肌が真っ白になりました!」
「???」
どうしよう、全く症状が分からない。
あ、コーヒー冷めてる。
先生に電話したら少し落ち着いた。
誰だお前、とはならないで。流石に先生が相手なら敬語だって使う。正しい敬語かどうかは分からないが。それでもって俺の本名は湯川慶。名前を呼ばれたときに反応しやすいから同じ読みで配信用の名前を付けている。
それにしてもやっぱり花袋先生はカッコイイ人だ。あの中性的な声を聴くと安心する。
俺の話をイタズラだと思わずに聞いてくれたし、もうちょいでアラサーなのに落ち着いてるし、男性的なカッコ良さがある。同性にモテそうなタイプ。姉御。
それにしても今日みたいな敬語口調の先生もいい。初対面だとあんな感じなのか。いきなり『女の子になりました』って言っても混乱させるだけだし流石に信じてもらえないだろうから客観的にぼかして言ってみたんだけど、お待ちしてますって言ってもらえたし。すぐに準備して行こう。
しかしながら外へ来ていく服がない。一人暮らしの男性配信者の部屋に女物の服なんてないのだ。Tシャツはこの際このままでいいけど胸が見えそう。コート羽織っていくか。暑いー。
財布と携帯と免許証と……この身体で車運転するのは不安だしそもそも免許証が有効か分からないから自転車で行こう。保険証使えるのかな。十割負担とか嫌なんだけど。
旧藤盛駅ビル街、今ではほとんど人が寄り付かなくなった場所へと到着。まだインフラは通っているはずなのだが、路線が廃止されてからはほとんどだれも住んでいない。
俺の行き先の病院はここにある。病院……でいいのか? 花袋先生が免許持ってるのは知ってるし、トロフィーも大量に飾ってあったから闇医者ではないだろう、しかしそもそも看板は掲げてない。
ほとんど人がいないので物静か。それに暗い。つぐのひ*2みたいな幽霊が出てきそうだとここへ来るたびに思う。時折動いている掃除用ロボットの横を通り抜けて、花袋先生の住居へと辿り着いた。
スライド・ドアー。
スリッパに履き替えて待合室へと進む。受付には男性とも女性ともとれる中性的な人がゆったりとした様子で座っていた。花袋先生だ。
「こんにちは!」
「どうぞいらっしゃい。君が電話をくれた湯川さんでいいのかな」
「はい、よろしくお願いします!」
俺の目線が下がったから花袋先生の目線が高い。やっぱカッコいいわこの人。