TS異世界転生コメディ系 作:匿名希望
「なんでTSキャラは、どいつもこいつもメス堕ちしやがるんだよ! それじゃホモじゃねえか!」
ある日の飲み会での席のこと。
同じ大学、同じ学部の同級生である親友――
…………。
こいつ、もう酔ってやがるな。
俺はそんなことを思いながら、呆れたような表情で彼に言葉を返してやった。
「……べつにいいじゃん。お約束ってやつだろ」
「よくねぇよ!? オレは野郎と恋愛するようなホモ作品が見たいわけじゃねーんだよ!」
「じゃあ、どんなのが見たいんだよ」
そう尋ねると、佐倉は待ってましたと言わんばかりにニィっと笑った。うわ、オタク語りが始まるやつだ。面倒くせぇ。
「いいか? まず、男の精神があるってことが大事なんだ。男らしさ――つまり勇敢さや力強さ、格好よさを持った肉体的女性。このギャップがいいんだよ。こういうTS主人公が強さを発揮して活躍していたらもう最高」
「それTSじゃなくて、男らしい女主人公でもよくない?」
「お前は世の中の作品をぜんぜん読んでねぇだろ!? 試しにTS以外の女主人公モノを漁ってみろ。男らしい女主人公なんて皆無だぞ、皆無っ! たまにあっても、野郎との恋愛がメインの作品だったりしやがる」
「恋愛要素が嫌いなのか?」
「男と恋愛するのがイヤなんだよ。だから女主人公モノは九割以上が無理。あっ、でも百合なら許すぞ」
「…………」
こいつ、すっげーわがままだな……。そんなに好みが激しいなら、自分で書けばいいだろうに。今じゃ小説投稿サイトなんて腐るほどあって、素人でも簡単にWebで作品を公開できるんだし。
「だいたいな、主人公を自分に置き換えてみろよ? 主人公が徐々に女らしさを持って野郎に恋愛感情を抱くとか、もうこれ完全に女体化願望のあるホモが読むストーリーじゃねえか」
「その発言は、世のTSFファンを半分くらい敵に回している気がするんだが」
「TS主人公で許されるのはなぁ、百合だけだよ百合」
「その発言も、世の百合ファンを半分くらい敵に回していると思うぞ」
TS百合は百合じゃない! そんなふうに発狂する百合原理主義者たちを、ネットの世界ではどれだけ見てきたか。
「まあ、ようするに。オレにとっては、感情移入をしつづけられるかが大事なんだよ。女の体になったことで心の変化が生じてくる……というTSキャラ自体は悪くないが、それが主人公となると話はべつだ。読者であるオレの感性と、主人公の思考や心情が乖離してしまって、感情移入できなくなり楽しめなくなるわけだな」
「ふむ……」
意外とそれっぽい説明かもしれない。つまりは“メス堕ち”があまりにも激しい心的変化であるため、一貫して共感しつづけることが難しいわけか。
まあ、これはべつにTS作品に限ったことではあるまい。主人公の性格や考え方が途中で大きく変わるストーリーは、えてして読者のドロップアウトを招きがちである。
だからこそ心情の変化を丁寧に、緩やかに、説得力をもって描いていくことは、どの創作物においても重要なことなのだが。
「あとさぁ――メス堕ち系は正直、BL作品と根本的に同じなんだよ」
「BL?」
「お前、いっかいBL系の作品を読んでみろよ。ノンケにとっては死ぬほど苦行だぞ。オレは途中でつらすぎて諦めた」
なぜ読もうと思ったんだよ、お前は……。
「TS主人公を男に置き換えてみろよ。『男のオレが、男と恋愛するなんてありえない……』とか言いながら男に惹かれてくのなんて、完全にBL構文じゃねえか。つまり美少女の皮をかぶったBL作品なんだよ。オレみたいなノンケにとっては、メス堕ちTS主人公は耐えられん」
「……主人公じゃなければ?」
「TSヒロインならメス堕ちしてもいいぞ!」
…………。
結局のところホモでは?
「だから自己投影、感情移入の問題だっつってんだろ! オレは基本的に主人公に共感して、主人公の目線でストーリーを楽しむタチだからな。男主人公でヒロインがTS美少女だったら、主人公の視点からすればヒロインは美少女であることに変わりないだろ。ヒロインの精神面が男だろうと、主人公からすればノーマルラブにほかならないわけだ」
「でも中身が男同士……」
「外見がメスだったらメスだから。問題ない」
どういうこっちゃ!
……と言いたいところだが、佐倉が言わんとしていることはじつは単純だった。
主人公が格好よくて男らしくて、ヒロインが可愛ければオッケー! ――つまり、こういうこと。
だから彼は主人公のメス堕ちが嫌いだし、恋愛相手が野郎なのも大嫌いだけど、ヒロインがTS美少女で精神的ホモなのは許容できるという。筋は通っている主義だった。
もっとも、それは佐倉の嗜好であって世間の感覚とは一致しているわけではない。主人公に感情移入せず、俯瞰的にストーリーを眺めて楽しむタイプであったら、メス堕ち主人公を愛でて楽しむという読者も多いだろう。
つまるところは、楽しみ方の違いということだった。何が正しいというわけでもない。だから主人公のメス堕ちが、良いわけでも悪いわけでもなかった。
そう――
佐倉は主人公、すなわち没入する物語における自己的存在が、メス堕ちすることが嫌いなだけなのだ。
だというのに。
飲み会の帰り道、酔いの中で俺たちは不慮の事故に巻き込まれ。
どういうわけか、空想的な異世界へと転移してしまい。
おまけに、二人して少女の姿かたちに変わってしまって。
そして、やむをえない事情で離ればなれになり。
しばらくして、久しぶりに会った彼は――
――メス堕ちしてしまっていた。