TS異世界転生コメディ系 作:匿名希望
「――これにて、免許皆伝じゃ」
静かに、そして厳かに、白髪の老人はこちらを見据えながらそう伝えた。
かつて剣聖と呼ばれた老人であり、半年間ともに暮らした師匠。複雑な気持ちを抱きながら、俺は彼に言葉を返した。
「免許皆伝と言うには、あまりに私は技量が足りませんが……」
「その技量不足を上回る才能を持ち、おぬしはもはやワシと対等の力を持っておる。教えることはもうあるまい。一年もすれば、大陸一の剣士となろう」
「…………」
ずいぶんな評価にどうしても困惑が勝り、俺は言葉を失ってしまった。
過去に大陸一と謳われた剣使いからの、じきじきの言葉である。でたらめではないのだろうが――それが自分のこととなると、いまいち実感というものが湧かなかった。
――半年間。
免許皆伝などと言われるには、あまりにも短い期間であろう。
その一方で……俺にとっては、はてしなく長い期間であった。
過去を思い返す。
俺が……いや、“俺たち”がこの世界にやってきた時のことだ。
事故に遭い、目を覚ませば、俺と佐倉はまったく知らない場所にいた。
宗教的な広間である。
そして、周囲には中世的な服装をした人々が立っていた。
この時点でもうわけがわからないが、それを上回る怪奇に俺たちはすぐ気づいた。
自分の体が、自分の慣れ親しんだ肉体ではなかったのだ。二人ともに。
年齢でいえば十代半ばくらいだろうか。それは明らかに、少女と呼べる姿だった。
もちろん状況を理解するのには相当の時間がかかり、一日がかりで俺たちは説明を受けることになった。
『――女神リフィアンが祈りに応じ、きみたちを遣わせたのだ』
王宮魔術師の男は、そう言った。
魔物の
……なんで女の子の姿なん?
とツッコんだら、「女神が用意する肉体なら女性に決まってんだろ」と返された。知らねぇよ!
とにもかくにも、勝手に呼ばれて勝手に救世主にされた俺たちは、この世界での生き方を早急に決めざるをえなかった。
そして結論としては――王宮の人間に従うことにしたのだった。
なぜか、というと単純である。この世界のことを何も知らないし、生活能力も保持していないからである。
お前らの都合なんてしらねー! とか言って出ていっても、衣食住の当てすらないから無理からぬことである。おとなしく権力に服従するしかなかった。
そして、しばらくして――
“能力”をチェックされた俺たちは、それぞれ適性に合わせた訓練を受けることになった。
佐倉は“治癒”の才能を見いだされ、王宮魔術師のもとで修業を。
俺は“身体強化”の力が認められ、隠居した剣聖のもとで修行を。
――それが、俺たちが離ればなれになった理由であった。
「――シーナよ」
その呼び声に、俺は意識を戻した。
シーナ。それは自分の名字の“椎名”だったが、通りがよさそうなので俺はそれを名前としていた。佐倉も同様にサクラと名乗っているはずである。
「すでに村の者たちには事を伝えておる。明後日、おぬしは手配した馬車で王都へ戻るがいい」
「……師匠たちとは、お別れですか」
「なに、べつに今生の別れではあるまい。またワシらのもとへ、顔を出すがよい。……もっとも、おぬしに暇があるかはわからんがの」
師匠はそう苦笑しながら言った。
さて、王宮に戻ってからはどれだけ働かされるのだろうか。魔物の被害は各地でひっきりなしに発生しているそうなので、都合のいいように酷使される可能性が高かった。
――とはいえ、魔物退治に乗り気でないというわけでもない。
この世界に落とされた直後は御免だと思っていたが、ここで生活しているうちに俺は考えを変えていた。
師匠とともに住む村の周辺にも、たまに魔物が湧くことがある。それを退治するのは俺の仕事だったが、村人たちはいつも感謝と尊敬の言葉を投げかけてくれた。救世主としての使命だとかそんなのとは関係なく――単純に誰かを護り、そして感謝されることに、俺は心地よさを覚えていたのだ。
「――師匠、今までありがとうございました」
俺は改まって、これまで世話になった恩師に頭を下げた。
たった半年、されど半年。
高度な技術も社会構造もない世界に放り出され、何もかもが新しい知見の場所で生活した時間は、人間を変化させるには十分すぎるほどだった。
怠惰に生きていた学生としての過去など、もはや遠い昔である。今の俺は、別人のように生まれ変わっていた。
――もしかしたら、佐倉も変わっているのだろうか。
師匠や村人たちとの最後の交流をしつつ、旅立ちの準備をしながら。
ふと、俺はそんなことを考えてしまうのだった。