TS異世界転生コメディ系   作:匿名希望

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 ――出立を前にして、小さな鏡で自分の顔を確認する。

 

 目の前に映っているのは、金髪の西洋的な風貌の少女だった。

 正確な齢はわからないが、おそらくは十五か十六くらいだろう。まだ大人になりきれていない顔立ちで、それが自分なのだとわかっていても、いまだに違和感が少しあった。

 

 とはいえ、不便があるわけではない。

 というか、むしろ肉体としては凄まじく高性能だった。俺の魔力は身体能力を強化するのに向いているらしく、無意識でも成人男性以上の膂力や心肺機能を有しているのだ。そして意識すれば、大型の獣や魔物を剣で両断できるほどの怪力を発揮することさえ可能だった。

 

 しいて面倒なことを挙げるとすれば……。

 ……うん、肉体が女性なので定期的にアレがあるくらいかな。慣れたけどさ。

 

「よし、と……」

 

 伸びた金色の髪を、紐でまとめてポニーテールにする。

 邪魔にならないようにショートカットにすることも考えたのだが、いちいち自分で髪を切るのが面倒なので、俺はこの髪型にしてしまっていた。都市部なら床屋があるらしいので、伸びすぎたら整えてもらうのもいいかもしれない。

 

 身嗜みのチェックを終えた俺は、剣帯とマントを装着した。そして荷物を詰めた背嚢を背負い、最後に師匠から授けられた剣を腰に差す。すぐにでも旅立てる姿だった。

 

 そろそろ、村の入り口のほうに行こう。

 師匠や村人たちも、そこで待機しているはずである。見送ってくれる人がいるということは、それだけ認められ慕われている証だった。いまさら嬉しさと寂しさが湧き上がり、俺は複雑な気持ちで家から外に出る。

 

「――シーナさん」

 

 と、直後に。

 戸口の前で立っていた黒髪の少女に、名前を呼ばれた。

 わざわざ一人で待機していたのだろうか。俺は彼女に声を返した。

 

「ホリー、どうしたんだ? 何かあったのか?」

「いえ、特別な用があるわけじゃないんですけど……。歩きながら、シーナさんとお話ししたいなと思って。その、昨日は時間がありませんでしたし」

「……ああ、まあ、たしかに」

 

 俺は苦笑した。

 昨夜は送別会ということで、村の連中が総出で宴を盛り上げてくれたのだが――

 いかんせん酔っぱらった大人たちに囲まれてしまい、なかなか若い子たちと挨拶する機会がなかったのだ。

 今の俺より少し年下の、この純朴な雰囲気の少女のホリーとは、半年間のうちでそれなりに交流のあった人物である。せっかくなので、心残りがないように言葉を交わしておくべきだろう。

 

「――シーナさんには、今までお世話になりました」

 

 ともに歩きだしてすぐ、彼女はそう謝礼を口にした。

 

「とくに、村にいらっしゃって間もない時には……魔物に襲われたところを助けていただいて」

 

 命の恩人です――と言うホリーに対して、俺は「大げさだな」と笑って返す。

 実際に退治したのは小さなゴブリンが二匹だけだった。畑の農作物を荒らしていたやつらが、近くにいたホリーを見つけて襲いかかってきたところを、俺が割って入って助けたのだ。当時の俺はろくに戦闘訓練を受けていない身だったが、もともとゴブリンは弱小の魔物だったため、難なく蹴散らすことができたのが幸いだった。

 

 そんなこともあって、ホリーとはよく言葉を交わす村人の一人となっていた。俺も自分のことについて何度か話しているので、彼女はこちらの事情をしっかり把握していた。

 救世主としてこの世界に呼び出されたことから、以前は男の体だったことまで。

 

 性別について語った時、ホリーは驚くと同時にどこか納得したような様子だった。曰く、俺の所作や雰囲気にはどこか男らしさがある、とのことだ。他人の目からは、やはり女っぽくないと映るらしい。

 

「王都のほうには……お友達もいらっしゃるんですよね。サクラさん、でしたっけ?」

「ああ、久しぶりに会うことになるよ。いちおう手紙で何度か近況報告はしあっていたけど……半年も経っていれば、あいつも変わっているかな」

「シーナさんみたいに、とっても強く成長しているかもしれませんよ」

「そうかもなぁ。俺より早く、実戦に出ているらしいし」

 

 三か月の手紙では、佐倉は治癒術師としての訓練をすでに終えて、本格的な活動を始めることになったと書かれていた。俺の場合は前線で剣を振るうために体を鍛える時間が必要だが、佐倉の場合は後方で傷の手当をしているだけで仕事が果たせるため、あっちのほうが早く任務に駆り出されたようだ。

 

 聞くところによると、魔術師と剣士の男二人とともに王国を回り、魔物退治で名を上げているのだとか。俺も王都で合流したら、彼らと一緒に遍歴騎士じみた仕事をすることになるのかもしれない。

 ……RPGのパーティーみたいだな。

 なんて思っていると、隣でホリーがニッコリと笑って言ってきた。

 

「……シーナさんが活躍して、勇者として有名になることを期待していますよ」

「ゆ、勇者ねぇ……」

「ふふふ……」

 

 この世界に魔王はいるのだろうか。

 いたとしても、魔王を倒す使命など背負いたくはないのだが……。

 まあ、考えても仕方がないことである。俺はただ自分の能力を活かして、この地に住む人々を助けてあげて、それで――

 

 ――満足して往生できればいいかなぁ。

 

 さすがに、もとの世界に戻れるとは思っていない。

 だから、ほどほどに人々を救うそこそこの“救世主”になろう。

 そして、歳を取ったらこの村のような田舎に隠居をして暮らせばいい。師匠がそうしているように。

 

 そんな夢のないことを、俺は気楽な調子でホリーに話す。すると彼女は、冗談めかした言葉を返した。

 

「隠居したくなったら、いつでもここに帰ってきてくださいね」

「ははは……そうだなぁ。魔物退治がいやになったら、この村に逃げ込もうかな」

「はい、ぜひ」

「…………」

「みんなも歓迎しますよ。……わたしも、シーナさんが帰ってくるのを心待ちにしていますから」

 

 本当に心からそう思っているのだろう。その声色は、別れへの寂しさが籠められていた。

 ふいに俺が立ち止まると、それに気づいたホリーもこちらを振り返った。

 不思議そうな表情を浮かべる彼女に対して――

 俺はその繊手を、そっとこちらに引き寄せて。包み込むように、自分の手を重ね合わせた。

 

「――ありがとう」

 

 突然の行為にびっくりしている様子の彼女に、俺は優しくほほ笑みながら礼を言った。

 

「そう言ってくれて、ありがとう」

「ど……どうしたんですか、シーナさん……」

「いつでも帰ってこいと……そんなふうに言ってくれる存在は、家族も同然だよ。感謝してもしきれない」

 

 帰る場所があるというのは、とても幸せなことだ。

 この世界に落とされたあと、俺はそんな当たり前のことを痛感していた。

 だから、ありがたいのだ。こういうふうに言ってくれる人が。

 

 熱のこもった彼女の肌を、しっかりと感じる。このぬくもりは大事なものだった。けっして忘れてはならない、かけがえのない宝物である。

 恥ずかしそうに頬を赤らめていたホリーだったが――

 やがて彼女も、笑顔を返して俺に言った。

 

「お忙しくない時に……また顔を見せてくださいね、シーナさん」

「時間を見つけて、かならずきみに会いにくるよ」

「……なんだか恋人同士の会話みたいですね、ふふふ」

 

 そんな冗談が心地よい。

 ……俺としては、彼女のような女性を恋人にしたいところなのだが。

 なぁんて口には出せないことを思いつつ――

 

 ふたたび歩きだした俺たちは、村の入り口へと到着し。

 そこに集まっていた村人たちと、一人ひとり最後の別れの挨拶をして。

 最後に、お世話になった師匠と悔いのないよう言葉を交わして。

 

 ――俺は“家族”のもとを離れ、新しい世界へと旅立つのだった。

 

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