TS異世界転生コメディ系 作:匿名希望
――王都に戻り、宮殿に案内され、国王と謁見する。
そんな仕事を終えた俺は、客室の椅子に腰を下ろしてため息をついた。
いちおう女神が直々に寄越した“救世主”なので、扱いは悪くない……というか、むしろ厚遇されているのだろう。しばらくは宮殿で過ごしながら、貴族やら軍人やらの主要な面々と顔合わせしつつ、休息を取るようにと俺は伝えられていた。
いきなり魔物退治に向かわせられなかったことは、まあ僥倖だろうか。
とはいえ王様の口ぶりからすると、地方領主からは「救世主をさっさと派遣しろ」とせっつかれている様子だった。王国各地を巡行させられるのも時間の問題かもしれない。
今のうちに、都市見学でも楽しんでおこうか――
そんなことを考えていた時だった。
ノックもされずに、戸口が急に開かれたのだ。俺は眉をひそめながら、そちらに顔を向けた。
「…………あ」
どこか戸惑ったように、小さくその少女は声を漏らした。
誰だ?
と一瞬だけ思ってしまったが、俺はすぐに身体的特徴から相手を理解する。
亜麻色のふんわりとした髪は、俺と同様に以前より伸びているようだった。
顔立ちはおとなしく、目はやわらかい印象を抱かせえる。うぶな少女のような印象だが、その“中身”を知っているとずいぶんギャップがあった。
じつに半年ぶりに再会した、わが友人――佐倉に対して、俺は気さくに片手を上げて挨拶する。
「よっ」
「…………」
「どうした? 俺の顔を忘れたか?」
怪訝そうな表情で言うと、彼は確認するような声色で尋ねてきた。
「……椎名……だよね……?」
「ああ。……髪型も服も違うから、わからなかったか?」
「い、いや……なんか、雰囲気が別人のように感じたから……」
……そんなに変わっていたか?
意外に思ったものの――男子、三日会わざれば何とやらという言葉もある。半年間も剣を振り回していた俺は、生っちょろさも消えて印象が変化していたのかもしれない。
「こんな世界で暮らしていりゃ、俺だって成長もするさ」
「そ、そうかなぁ……」
「……にしても」
俺は椅子から腰を上げると、戸口のほうにいる佐倉に近づいていく。
距離を詰めるこちらに対して、彼はどこかよそよそしい態度を放っていた。まるで別人であるかのように。
「お前も……ちょっと、変わったな」
「そ、そう……?」
「ああ、なんとなく……」
――女の子っぽく見える。
口には出さなかったが、俺は内心でそう思った。
なんか言葉遣いが弱気で控えめだし、守られ系のお姫様みたいな印象がある。半年前は思いっきり野郎の口調だっただけに、余計に違和感があった。
もしかして……?
いやいやいや、以前は男らしさのある女性が最高! とか言っていたのが佐倉という男である。女らしさに目覚めることなんて、まさかあるわけがないだろう。それこそ本人が忌み嫌っていた“メス堕ち”にほかならないのだから。
「――お、いたいた」
と、その時。
廊下のほうから男性の声が上がった。
誰だろうか? そう思って間もなく、一人の青年が姿を現した。
「おっと……きみが、例の剣聖の弟子かな? サクラの友人だっていう」
――精悍な顔つきの男だった。
年頃は二十くらいだろうか。背も高めで、パッと見は好青年という印象である。煌めく金髪が高貴さを漂わせていた。
そして、発言から察するに――佐倉と知り合いのよう。
「……初めまして。椎名と申します」
相手の地位がわからないので、とりあえず俺は敬語で挨拶をした。
すると彼は、右手を差し出しながら名乗る。
「ウルドール騎士団のロイスだ」
聞き覚えのある所属だった。ウルドール騎士団――国王が保有する組織で、近衛も担当する騎士集団である。
ということは――
「あなたが……私と活動をともにする方ですか」
そう確認しながら、俺は彼の手を握った。
すでに王と面会した時に、ウルドール騎士団の二名と佐倉のチームに加わり、魔物の平定任務に当たるよう告げられていた。この男――ロイスが、そのうちの一人なのだろう。
「ああ。遠からず、きみとも王国内を巡ることになるだろうな」
「なるほど……よろしくお願いいたします」
「こちらこそ。その剣技の力を楽しみにしているぜ」
「……期待に沿えるかはわかりませんが」
そんな言葉を交わして、手を放すと――
ふたたび、こちらに向かって近づいてくる足音が響いた。
「――セルウィンっ」
いち早く反応したのは、佐倉である。知人に対する名前の呼びかけだった。
となると、おそらくは――
「やあやあ……遅ればせながら、僕も顔合わせにと思ってね」
そう言って顔を覗かせたのは、
肉体はあまり鍛えられているようには見えないので、おそらく彼の専門は魔術なのだろうと見当がついた。
「見目麗しいお嬢さん、初めまして。僕はセルウィンです」
「ど、どうも……。椎名です」
お嬢さん扱いされることに思うところはあるが、いちいちツッコむと話が進まないので黙っておく。
「お二人は、もう佐倉とはそれなりに交流があるんですよね」
そう質問すると、ロイスは軽い調子で言葉を返した。
「まあな。ここ三か月で、けっこう一緒に魔物退治に繰り出していたし」
「サクラさんのおかげで、僕たちも名声が高まってありがたいかぎりですよ」
と、セルウィンのほうも答える。
名声――その単語を聞いて、俺は馬車に乗っている時のことを思い出した。
佐倉が聖女などと、巷でもてはやされていることだ。それが気になり、俺は何気なく尋ねた。
「そういえば……佐倉が“聖女”だなんて言われていると、小耳に挟みましたが……」
「おっ。都に戻ったばっかりなのに、よく知ってるんだな。そう――」
「彼女の治癒魔術は神の力そのものですよ。まさに聖女と呼ぶにふさわしい」
などと佐倉の風評について言及した二人は、彼のほうに顔を向けた。
いきなり話題の対象になった佐倉は驚いたような顔をしたが、すぐに恥ずかしそうに笑いながら口を開く。
「そ、そんな言われるほどじゃないよぉ」
……おい、なんだそのにやけた気味の悪い口調は?
俺は眉をひそめながら、おもわず言葉をこぼしてしまった。
「でも、聖女なんて佐倉の性格とは似つかない称号だな……」
それは俺の素直な感想だったが――どうやら、ロイスとセルウィンにとってはまったく違うと感じるようで。
二人は反論するかのように、いきなり言葉を並べはじめた。
「いやいや、俺はピッタリな呼び名だと思うぜ。優しいし謙虚だしな!」
はい?
「こんなに可愛らしいうえに、治癒の力も一流となれば……聖女と崇められるのも当然でしょうね」
か、可愛らしい?
「え、えへへ……」
おい佐倉、お前なに笑ってるんだよ!?
「佐倉――」
俺はこらえきれず、彼に近寄ってその両肩を掴んでいた。
過去を思い返す。
こいつは俺に力説していたはずだ。
男から女になった人間の、在るべき姿――
俺は問い詰めるように、佐倉に尋ねた。
「勇敢さ、力強さ、格好よさ……それが大事な要素なんだろ……?」
「えっ? なんのこと?」
「TS主人公は男らしくあるべきだと言ってたじゃないか……!?」
「そ、そんなこと言ってたっけ?」
「言った! お前が酒に酔いながら説いてたじゃねぇかっ!?」
そう肩を揺らすと、佐倉も思い出したのか目を見開いた。
そして瞳に迷いのような色を浮かべながら――
「椎名……」
「ああ」
「わたしも、いろいろ考えたんだけどさ……」
クソッ、こいつ一人称も変わってやがる!?
困惑する俺に対して、佐倉はどこかしみじみとした声色で言い放った。
「――TSしてチヤホヤされるのって、やっぱり王道でいいと思うんだ」
――男からチヤホヤされて喜んでたらホモじゃねえかよぉ!?
かつての佐倉なら、そう言っていたであろう。
俺は変わり果てた親友の姿に、くずおれて涙を流すのであった。