TS異世界転生コメディ系 作:匿名希望
――戦いでもっとも重要なのは、硬直しないことである。
師匠の大事な教えを、俺は思い出していた。
止まらず動きつづける。それは自分の隙を見せないことであり、また相手の隙を誘うことでもあった。つねに動き回る敵を視線で追い、いつ来るかもわからない攻撃に備えることは、心身に多大な負担を強いるのだ。どれだけ強大な敵であろうと、どこかで致命的な隙が生じるわけである。
常人よりはるかに優れた体力と身体能力を持つ俺は、その戦法を誰よりも効果的におこなえる者の一人だった。
「シーナッ!」
仲間が名前を叫んだ。
言われずとも、俺は危険を認識している。
横から突進してきた、人型に近い巨大な狼――ウェアウルフの爪が、こちらへと振るわれていた。
足に力を入れる。
肉体は軽やかに躍動した。
跳び下がりながら振るった剣が――獣の腕を切り落とした。
このまま攻め立てれば、とどめを刺すこともできるが――
敵は少なくとも五匹、周囲に存在する。欲張らずにセーフプレイに徹するべきだった。
――また別のウェアウルフが襲いかかってくる。
俺は無理をせず、余裕をもって攻撃を回避した。
――違う方向から、さらにもう一匹の敵が爪を差し向けてきた。
逃げる。
攻撃はしない。
回避と攻撃を同時にすると、どうしても硬直が生まれてしまう。それは人数差で負けている自分がすべき選択ではなかった。
止まらず、躱しつづける。
逃げ回る獲物に、魔物たちは明らかに焦りと怒りに支配されていた。
それでいい。
感情的になった者は、勝利を逃すのが常である。
「――やれッ!」
タイミングを見計らった俺は、そう叫ぶと同時に、後方に大きく跳躍した。
敵の集団から離脱しながら、俺は紅い炎が放たれるのを目にする。
刹那のあと――
俺を追いつづけて固まってしまったウェアウルフたちが、激しい火炎に包まれて悶えはじめた。
「――お見事です」
そう賛辞を送りながら、魔物どもを焼き払った魔術師――セルウィンはこちらに近寄ってきた。
俺が敵を引きつけて、まとまったところを彼が一網打尽にする。その戦術は驚くほどうまくいっていた。すでにそれなりの数の魔物退治をこなしているが、ほぼ同じやり方で俺たちは成功を収めている。
「……そっちこそ、さすがだ」
俺は剣についた血を布で拭き取りながら、そう答えた。
お世辞ではない。彼はウルドール騎士団の中でもトップクラスに優秀な魔術師だと聞いていた。いわゆる天才というやつなのだろう。
「――おい! 大丈夫だったか!」
セルウィンと会話しているうちに、向こうからロイスが走り寄ってきた。その少し後ろには、佐倉も追従している。
俺がおとり役なのに対して、ロイスは後衛の護衛役だった。セルウィンも佐倉も身体強化ができない魔力性質なので、二人を守る人間が必要となる。それに当たるのがロイスというわけであった。
俺は肩をすくめながら、ロイスにも返事をした。
「……問題ない。傷も一つ負っていないさ」
「そうか。……羨ましいかぎりだぜ、その強さが」
どこか呆れたような表情を彼はしている。
とはいっても、ロイスのほうも剣を扱う騎士としては非常に有能だった。俺がたんに突き抜けた女神の恩恵を持っているだけで、彼が弱いわけではない。
――と、そこで。
最後に遅れてやってきた佐倉が、やや不貞腐れたように呟いた。
「……必要ないじゃん、自分」
怪我をした仲間を即座に治療するのは、彼の役目だった。のだが、今回は誰も傷を負っていないので出番なしである。
もっとも、佐倉の存在は意味がないわけではなかった。深い裂傷でさえ瞬間的に治癒できる彼は、極端に言えば即死しないかぎり前衛を無限に戦闘させられるに等しい。そのメリットがあるからこそ、治癒特化の佐倉をわざわざ前線に連れてきているのだった。
「いやぁ、サクラがいるからこそ、俺たちも心置きなく戦えるんだぜ?」
「そうですよ。これまで僕たちが順調に魔物を討伐してこられたのも、あなたがいてくれるからこそですよ」
――などと、ロイスとセルウィンが褒め称えるやいなや、佐倉は一転して「そ、そっかぁ……エヘヘ」と気分が良さそうな表情を浮かべた。
おいお前、単純すぎだろ。
野郎二人にチヤホヤされて喜ぶ佐倉に呆れる俺だったが、実際のところこんな光景は初めてではなかった。というか、ほぼ毎回なのである。
なぜこんなことになっているのか――
私見で分析してみると、おそらくロイスとセルウィンが「女の子には優しく」という紳士スタンスを取っていることが原因なのではなかろうか。
まず佐倉自身はほかの人間から見れば美少女であるし、さらに身を守る戦闘能力もないので、ロイスたちからすると「守護すべき、か弱い女の子」という扱いなのだろう。
さらに佐倉が治癒能力を持っている関係上、ロイスなどは身を挺してでも彼を庇うのが戦術の基本となっていた。俺が合流する前は、実際に何度も命懸けで佐倉を守っていたらしい。
よく考えてほしい。
年頃の女の子を、危険も顧みず庇う美形の青年騎士。
ヒロインとヒーローの関係じゃねぇか!
しかも何かスゲー乙女向けっぽいぞ!
……いや、俺は乙女コンテンツには詳しくないけどさ。
とにもかくにも、こうして環境的にもお姫様扱いされつづけてきたことが、佐倉に変化をもたらしたのかもしれなかった。
「…………」
「な、なに、椎名……?」
じとりと見つめるこちらに対して、佐倉はどこか怯えるような様子をしていた。
そんな彼のもとへ俺は近づくと――
彼の肩をガシッと掴んだ。
「お前……むかし言ってたよな?」
「えっ?」
「『姫プレイするやつはうぜぇ! この世から消えやがれ!』とか何とか」
「あー、あれはネトゲの話だからなー」
おいコラ! 姫扱いされはじめたら許容するんじゃねぇよ!?
「ひ、姫じゃなくて聖女だし……」
「『後ろでヒールしてるだけのくせに、前衛よりチヤホヤされてんじゃねえ』とか言ってたの誰だよッ!?」
ぐらぐらと佐倉の肩を揺らしていると、ロイスとセルウィンが笑いながら俺に声をかけてきた。
「なぁんだ、シーナももっと褒められたかったのか?」
「ふふふ……シーナさんが嫉妬しないように、僕たちも気をつけないといけませんね」
「――ちゃうわッ!?」
俺は野郎どもにチヤホヤされて喜ぶ趣味はねえぞ!?
というか、こいつら俺たちが一応もと男だって知っているはずなのに、なんでこんなナチュラルに
そんな疑りをしながらも――
俺はふと、あることを思いついた。
男からチヤホヤされることでメスに目覚めたのならば、その逆も通用する可能性があるということである。
つまり――可愛い女の子からラブコールを受ければ、男としての自覚を強められるのではないか。
これだ! これである!
サクラ様すてき! とか言ってくれる美少女が現れれば、きっと佐倉もやっぱり女の子が一番だと思いなおしてくれるはずだ!
「――やっぱTS百合が至高だよなぁ! 佐倉ぁ!」
「なななな何を言ってるかわかんないんだけど!?」
がたがたと佐倉の肩を揺らしながら、俺は叫んだ。
「中身が男だろうが、外見が美少女だったら百合は成立するんだよォ! なぁ!?」
「そそそそれを言うと百合原理主義者に殺されるでしょ!?」
「うるせぇ! 『とせがら』なんてワードは流行んないんだし、TS百合はTS百合なんだよ!」
俺は発狂しながら主張した。
かつての世界では、けっして声高には話せないことを口にして。
――この際だから、はっきり言っておこう。
かわいい女の子同士がイイ感じにしていれば、それはもう百合なのである。
なお異論は認めないものとする。