とある洋食屋の物語 作:ジャンパー
こういう時、自分のネーミングセンスの無さを実感しますね…。
あと皆さま、お気に入り登録や評価ありがとうございます。
今週辺りから急激にお気に入り登録数が伸びてて、少し困惑してますがとても嬉しいです。
感想やご意見、ご質問もいつでもお待ちしております。
「ありがとうございましたー! またお越し下さいませ!」
最後のお客様が退店され、残るは俺たちのみとなった。
「じゃあこれで閉店にしようか」
「はい、兄さん」
「あー、疲れた! でも思ってたより楽しくてるんっ♪って来たよ!」
葵と、何故か日菜ちゃんもいた。
なんか今日はこれ多い気がするんだが…
どうしてこうなった?
「紗夜ちゃん、出て行っちゃった…」
一番最初に我に帰ったのは葵だった。
その言葉を皮切りに、皆も硬直が解けていった。
「なんか様子が変だとは思っていたけど…」
「ごめん…あたしが悪いんだ…」
「えっと…どう言う事だい? 少なくともさっきの会話だけで判断するなら、日菜ちゃんに悪いとこは無かったと思うんだけど…」
「えっとね、あたしもどうしてかわからないんだけど…あたしがいつもお姉ちゃんを怒らせてばかりで、あたしの事を遠ざけようとするの…。あたしはお姉ちゃんと仲良くしたいだけなんだけど…」
この1ヶ月氷川さんを見てきたけど、そんな狭量な子ではないと思うんだけどなぁ…
日菜ちゃんも姉想いのいい子だし…
多分だが、決定的に何かピースが足りていないのだろう。
こればっかりは氷川さんに話を聞くまではわからないと思う。
ここでふと時計を見ると、ディナー開店まであんまり時間がない事に気が付いた。
「とりあえず葵、本当にすまないんだけど、今日のディナー入ってもらえないか? 多分だけど、氷川さんも今日は戻ってこないだろうし」
「わかりました。元々何かあった時の為に部屋で待機してようと思ってましたし、気にしないで下さい」
「本当に助かる。サンキューな。氷川さんには今日は休んでもらうように連絡しておくよ」
そう言って氷川さんに連絡する為にスマホを取り出した、その時だった。
「そうだっ! お姉ちゃんの代わりにあたしが手伝うよー!」
なんですと??
いやまぁ正直な話、葵がいれば日菜ちゃんがいなくても問題はないのだが…
とは言え、せっかくの好意を無碍にするのも難しい。
葵に視線を送ってみると、神妙に頷いてきた。
つまりはそう言う事なのだろう。
葵には本当に頭が上がらないな。
「あー、じゃあお願いしようか。それじゃあ葵、制服出してあげて」
「葵ちゃん、よろしくねー!」
「え、ええ、わかりました。えっと、氷川さん、こちらです」
「日菜でいいよー。お姉ちゃんと被るでしょ?」
「あ、はい…そうですね…? では日菜さん、ついて来て下さい」
「了解だよー!」
日菜ちゃんのマイペースぶり…というかゴーイングマイウェイっぷりに葵もタジタジである。
とりあえず氷川さんの時のようにグラス、お皿、トレーの持ち方だけ教えようと準備しておきつつ、氷川さんにRINEを送った。
『氷川さん、お疲れ様です。
今日のバイトですが、とりあえず葵に代打で入ってもらえる事になったので、今日はゆっくり休んで下さい。
次の金曜日の出勤は、もし難しそうなら遠慮なく連絡下さい。
今日の件に関しては全く気にしなくて大丈夫です。
また次に出勤出来る時に元気な姿を見せてもらえるのを期待しています』
こんな感じでいいだろうか?
氷川さんが負い目を感じないよう、言葉を気を付けてみたつもりなのだが…。
正直俺は氷川さんの事をすごく気に入っているので、この件が原因でバイトを辞めるという選択は取って欲しくないと思っている。
しかし、これ以上にいい文も思いつかないのでそのまま送信ボタンを押したのだった。
それから少しして2人が降りてくる。
氷川さんに似合ってた制服なのだから、双子の妹である日菜ちゃんに似合うのも当然と言えば当然か。
受ける印象は全然違うけど。
氷川さんは凛としたスタイリッシュな雰囲気だったが、日菜ちゃんは活発で天真爛漫な雰囲気が出ている。
ナチュラルに笑顔が出るタイプの子だからだろう。
「この制服、すっごくかわいいねっ! るんっ♪って来るっ!」
「うん、すごく似合ってる。日菜ちゃんの天真爛漫な雰囲気と相まって、とても晴れやかな印象を受けるよ」
「なんかゆーくん、女の子を褒め慣れてる感じがするね。それで今まで何人の女の子を落としてきたのー?」
「人聞きの悪い事を言うなよっ!」
彼女なんか長らくいないっての!
言わせんなよ恥ずかしいっ!
「ゴホンッ…とりあえず気を取り直して……あんまり時間もないし、一通り俺が教えとくから、葵はオープン準備してきてくれ」
「わかりました!」
日菜ちゃんの代打も今日だけだし、細かい事は省略する。
最低限の接客とサービス方法だけ教えたらいいかなと思っていた。
「よし、まずはグラス、お皿、トレーの持ち方を教えるよ」
「どんとこい!!」
氷川さんに教えたのと同じように説明していく。
そして日菜ちゃんに実演してみせた時の事だった。
なんとなくだが、日菜ちゃんの視線にゾクッとした寒気を感じた。
そして
「3枚持ちは…こう!」
「へぇ、完璧に持ててるよ。ここまですぐに持てるのはすごいね」
俺は素直に感心していた。
次の言葉を聞くまでは…
「えー、こんなの1回見たらすぐ出来るじゃん。すごく簡単だよー?」
一応だが、3枚持ちだって比較的簡単とは言え、技術である事には変わらない。
指の角度や、お皿が傾かないような手首の使い方も重要である。
でないとサラサラなソースが溢れたり、盛り付けが崩れてしまう。
この辺りは実際に持ってみて初めて養える感覚だ。
氷川さんもかなり筋が良かったが、安定したのは実際に運んでみてからだった。
だが、日菜ちゃんは違う。
持つのは初めてなはずなのに、既にベテランの風格も醸し出す持ち方をしている。
まさかとは思ったが…
「…じゃあ次は4枚持ちだ。これはかなり難しいから、今日出来なくても全然大丈夫だけど…」
「こうだ! おーっ、なんかカッコよくてるんっ♪って来るね!」
あー、うん…
なんかもうそんな気がしてた。
「日菜ちゃん、よく1発で出来たね。それ、初日で出来るようになった子は初めて見たよ…」
「えー? こんなの1回見たら誰でも出来るでしょー?」
これではっきりしたが、日菜ちゃんは『天才』だ。
そしてこの口ぶりから察するに、恐らくほぼ全分野に対してそうなんだろうと推測出来る。
……少しずつ見えてきた。
『ストイックに努力を重ね、時間をかけて結果を出す姉』と『過程をすっ飛ばして才能で即時結果を出してしまう妹』
これだけでも相性が悪いのに、それが双子と来たもんだ。
幼少の頃からずっと比較されてきたのではないだろうか。
思えば、『天才』という単語に対するネガティブな雰囲気、十分に秀才と言える才覚を見せるのに妙な自信の無さ、過剰なまでの『努力』に対するストイックさ、居場所を奪われているという認識。
これらの原因が妹に対するコンプレックスだと言われても不思議ではないだろう。
……あくまで全て仮説でしかないのだが、全ての辻褄が合ってしまう…。
しかしそれが分かったとしても、今の俺にはどうする事も出来ない。
これはあくまでも当事者同士で解決しなければならない問題であり、俺のような他人が口を出していい案件では無いのだ。
ただ1つだけ言えるのは、俺が現在出来る事は氷川さんが『居場所』だと思ってくれていたらしいこの店を守りながら、氷川さんを信じて待つ事だけであるという事だ。
「いらっしゃいませー! こちらにどうぞー!」
日菜ちゃんは持ち前の明るさと物覚えの良さを発揮し、既に一人前レベルに達していた。
全く懸念が無いとは言えないが、基本的には1人で任せてもそこまで問題ないレベルである。
「あれ? あの子、いつもと雰囲気が違うような…」
「あぁ、いつものクールビューティーっぷりが嘘のようだ…」
「というか別人だろ。妹とかそんな感じなんじゃない?」
「なるほどな。という事はいつものあの子は今日はいないのか…。それは残念だな…」
「ほんとになー! でも…」
「ああ…」
「「あの子もめっちゃかわいい!」」
この2人は最近氷川さんに釣られて常連になった、近所の大学生らしい。
氷川さんがいなくて残念だったようだが、日菜ちゃんもあっさり受け入れられそうで何よりだ。
とは言っても、どうせ今日だけなんだけどな。
毎日いるわけではない氷川さんは気付いてなかっただろうが、実は氷川さん目当てのお客さんはこの2人以外にもそれなりにいて、今日氷川さんがいなくてがっかりしている人は少なからずいた。
それでも双子の妹である日菜ちゃんがいた事で喜んでるお客さんもそれなりにいる。
そこまで考えてなかったが、日菜ちゃんに手伝ってもらったのは正解だったようだ。
あの時頼まれてくれた葵に感謝だな。
そして、俺は少し寂しそうな雰囲気を出しているお客さんのテーブルまでデザートをお持ちしに行く。
「村松さん、お待たせしました。本日のデザートのガトーショコラとホットコーヒーです」
「あぁ、ありがとう」
氷川さんの初バイト時、初めて接客した人がこの村松さんだ。
今までは不定期で来てたところが、最近は氷川さんのいる火曜か金曜のどちらかに必ず来るようになっていた。
「悠介くん、氷川さん…いつもの氷川さんは今日はどうしたんだい?」
「申し訳ないです。実は急用が出来てしまったとの事で、今日は急遽お休みになったんです…」
「そうなのか…。まぁ急用なら仕方ないね…」
そう言って少し寂しそうにケーキを食べる。
「あの子もとてもいい子だね。見ていて元気を貰える気がしてくる。それでも、やっぱり私は氷川さんの一生懸命なサービスが好きなんだと実感したよ」
クールな氷川さんの一生懸命さが伝わるサービスと、天真爛漫な日菜ちゃんの元気いっぱいのサービス。
『どちらが好みか』はあっても、『どちらが優れているか』はないのだ。
如何に日菜ちゃんが天才であったとしても、サービスの持ち味は十人十色なのだから。
もちろん日菜ちゃんの元気なサービスの方がいいという人もいるだろう。
村松さんは氷川さんのサービスの方が好きだったというだけの話だ。
「それはまた今度、氷川さんに直接言ってあげて下さい。喜ぶでしょうから」
「うん、そうするとしよう」
「というわけで、お疲れ様でした」
「お疲れ様でした!」
「お疲れ様だよー!」
「2人とも、今日はありがとうな」
「いえ、大丈夫ですよ。それよりも兄さん、氷川さんから連絡はありましたか?」
「えっと…まだ来てないな…」
あの几帳面な子がここまで連絡を返さないというのは余程の事だと思う。
「氷川さん、大丈夫なんだろうか…。あ、そうだ、日菜ちゃん。晩ご飯はどうする? もしここで食べるのなら何か用意するけど」
「んー、何か食べたいのはやまやまだけど、お姉ちゃんが心配だから早く帰るよ。お姉ちゃんが家にいるかも気になるし」
「なるほど、了解だ。今日は本当にありがとう。日菜ちゃんのおかげで助かったよ」
「ううん、あたしのせいでもあったからね。それに、初めてする事がいっぱいでるんっ♪って来たし!」
「それなら良かったよ。気を付けて帰ってね」
「うんっ! じゃあまたねー!」
そう言って帰っていった。
「さて、葵。晩ご飯にしようか。今日は何が食いたい?」
「そうですね… あっ! オムライスがいいです!」
「オムライスか。ソースはデミグラス、クリーム、ケチャップ、和風のどれがいい?」
「デミグラスで! 今日のハンバーグのソースがとてもいい匂いだったので!」
「おっけ。ちょっと時間かかるだろうから、締め作業だけよろしくな」
「了解ですっ!」
まずはチキンライスからだな。
鶏モモ肉と玉ねぎを炒め、ある程度火が通ったらケチャップ、塩、黒胡椒、チキンブイヨン、砂糖を入れて更に炒めていく。
その後はバター、隠し味に赤ワインを入れ、ご飯を投入して混ぜながら炒める。
ここで、実はかなり作り過ぎている事に気がついた。
火曜は氷川さんがいつもいたから、その感覚で作ってしまっていたためだろう。
まぁ余ったら冷凍しといて俺の昼飯にでもすればいいかと思い、調子に乗って余っていたご飯を全部チキンライスにしてしまったのだった。
そしてチキンライスが完成し、卵と牛乳を取り出した時だった。
プルルルルル プルルルルル
営業時間は終わっているのだが、店の電話が鳴っている。
葵は…多分鍵を閉めに行ってるのか、いないみたいだ。
仕方ない、予約の電話だったら勿体ないし、俺が出るとしよう。
ガチャッ
「お電話ありがとうございます。洋食屋東雲亭でございます」
「あっ! ゆーくんっ!?」
「えっと…日菜ちゃん?」
ついさっきまで一緒にいた日菜ちゃんだった。
「今家に着いたんだけど… お姉ちゃん、まだ家に帰ってなかったの!」
どうやら晩ご飯の時間にはまだ早かったようだった。
週末は予定が立て込んでるので、次の投稿は来週頭ぐらいになるかと思います。
もし早く書けたら早く上げます。