とある洋食屋の物語 作:ジャンパー
遅くなってすみません…。
今回は視点が何回か変わるので、少し読みにくいかも?
そういう意見が多ければ書き方修正しますので言って下さい。
ザーザーと雨が降り続ける中、やっとの想いで氷川さんを見つけた。
声を掛ける前にRAINグループに見つけた事を伝えておく。
そして…
「氷川さん」
その瞬間、ギシッと音が鳴った。
そして、ブランコに座ったまま、氷川さんはこちらを見た。
その顔は驚愕に塗れていた。
「東雲さん…どうして…」
「日菜ちゃんが心配してたよ。家に帰って来ないって。それに『もうやめてっ!!!』
唐突に話を切られてしまった。
勢い良くブランコから立ち上がり、パシャっと水音が鳴る。
「貴方まで日菜を選ぶんですかっ!? やっと……やっと私を受け入れてくれる場所を見つけたと思ったのにっ!!」
氷川さんが俺を睨み付けてくる。
思考が停止する。
ザーザーと降り続ける雨音が煩い…。
「…どうしてそう思ったのかわからないけど、俺は日菜ちゃんを選んだりはしてないよ」
「嘘ですっっ!!!!!」
どういう事だ…?
一体俺はどこで間違えた…?
俺にはほんとに全くそんな意識はなかった。
雨で分かりにくいが、氷川さんは恐らく泣いているのだろう。
自分の無力が歯痒い…。
「…なんでそんな結論に至ったんだ?」
「では逆に聞きますが、私の事はずっと『氷川さん』と呼ぶのに、何故日菜の事は名前で呼ぶのですか? 私の方が先に知り合って…一緒にいた時間も私の方が長いのに…。そんなとこまで日菜が『天才』だから早いのですかっ!? 私の事を一足飛びで追い抜いていくんですかっ!?」
なるほど…
確かにそう取れなくもない……
のか?
正直に言うと…今のは少し恥ずかしい…
何故かって
これはどう聞いても嫉妬しているようにしか聞こえない。
そして恥ずかしいと同時に、自分の中で『嬉しい』という感情が芽生えていた。
ここまで考えて、ようやく理解が追いついた。
どうやら俺も氷川さん……いや、『紗夜』の事が好きになっていたみたいだ。
こんなに美人で頑張り屋なとてもいい子なんだ。
惹かれてしまっても仕方ないだろう?
そしてそこからの行動は早かった。
気付けば紗夜の方へ歩き出していた。
紗夜は未だにこちらを睨み付けている。
しかしフィルターのかかった俺の目には、もはや威嚇してる猫ぐらいにしか見えなかった。
そして
俺は紗夜を抱きしめた。
「……………え? あれ、ちょっと……え?」
当然ながら紗夜は困惑している。
俺は構わず、さらに抱き締める力を強める。
ずっと雨に打たれていたんだ。
当然ながら紗夜の身体はビショビショで、冷え切っている。
俺も大概ビショビショだが、ついさっきまで散々走っていたので身体はまだ火照っており、紗夜を温めるには十分だった。
そして紗夜は、完全にフリーズしてしまっていた。
それでもギュッとするとビクンっと返ってくる反応がとてもかわいい。
「俺は日菜ちゃんを抱き締める、なんて事は誓ってしてないよ。そして…これからも紗夜にしかしない」
「……は…離して…ください…」
「嫌だ。離してほしかったら抵抗したらいいよ。そしたら離すから」
「…………………そんなのずるいです…」
「東雲さん…どうして…?」
悠介さんが私を捜しに来てくれた。
とても驚いたと同時に、すごく嬉しかった。
あの時は気が動転してしまっていたとはいえ、無断欠勤したのと同意だ。
解雇されても文句は言えないと思う。
それなのに、わざわざ私を捜しに来てくれた。
これが嬉しくない訳がない。
しかし、次の言葉で私はドン底に叩きつけられた。
「日菜ちゃんが心配してたよ。家に帰って来ないって」
『日菜ちゃん』?
私は『氷川さん』で、日菜の事は『日菜ちゃん』と呼んだ。
あぁ…貴方も日菜を選ぶのね…。
つまりは日菜に頼まれて仕方なくやってきたのだろう。
それなのに私を捜しに来てくれたなんて思ってしまって…。
なんて惨めなんだろうか。
悠介さんへの恋を自覚した日にこんな事になるだなんて…。
「それに『もうやめてっ!!!』
これ以上は聞きたくなかった。
「貴方まで日菜を選ぶんですかっ!? やっと……やっと私を受け入れてくれる場所を見つけたと思ったのにっ!!」
この前の言葉は一体何だったのか。
私を選んでくれたと思っていたのに…。
初恋の人まで奪われる。
「…どうしてそう思ったのかわからないけど、俺は日菜ちゃんを選んだりはしてないよ」
「嘘ですっっ!!!!!」
その呼び方が動かぬ証拠じゃない…。
それ以外に受け取りようがないわ…。
「…なんでそんな結論に至ったんだ?」
この期に及んでまだそんな事を聞いてくるなんて…。
いいでしょう…。
動かぬ証拠を突き付けてみせます…。
「では逆に聞きますが、私の事はずっと『氷川さん』と呼ぶのに、何故日菜の事は名前で呼ぶのですか? 私の方が先に知り合って…一緒にいた時間も私の方が長いのに…。そんなとこまで日菜が『天才』だから早いのですかっ!? 私の事を一足飛びで追い抜いていくんですかっ!?」
失恋のショックと日菜への嫉妬で自分が何を言っているのかわからない。
とにかく自分の思いの丈を全力でぶつけてやった。
それなのに、悠介さんはびっくりしていたのに、その直後に少しニヤついたかと思えばこちらに向かって歩き出してきた。
その態度があまりにも腹立たしくて、全力で睨み付けた。
何かしようものなら、全力で頬を引っ叩いてやると意気込んでいたら…
気付けば悠介さんに抱き締められていた。
「……………え? あれ、ちょっと……え?」
思考が追い付かない。
何故私は悠介さんに抱き締められている?
考えてもわからない。
しかし、私の身体は思ってる以上に冷えていたのだろう。
悠介さんの体温がじんわりと沁み渡る。
更に言えば、今の悠介さんはいつもと違って少し汗臭い。
つまり、それだけ私の事を捜し回ってくれた証拠なのだろう。
この汗臭さが今は無性に心地よい。
「俺は日菜ちゃんを抱き締める、なんて事は誓ってしてないよ。そして…これからも紗夜にしかしない」
やっと『紗夜』と呼んでくれた…。
そしてこの行動が、日菜ではなく私を選んでくれたのだと信じる事が出来た。
1ヶ月間悠介さんの事を見てきたが、無闇に自分から女の子に触れるような軽薄な事は絶対にしない人である事を知っている。
それは私だけでなく、幼馴染みである山吹さんや青葉さん相手でも同じだった。
そんな悠介さんが、自分から私を抱き締めてくれている。
その事実がたまらなく嬉しい。
「……は…離して…ください…」
それでもこのままやられっぱなしなのは悔しかったので、苦し紛れに抵抗してみた。
「嫌だ。離してほしかったら抵抗したらいいよ。そしたら離すから」
「…………………そんなのずるいです…」
嫌じゃないんだから、抵抗なんか出来るわけないじゃない…。
本当にズルい人…。
願わくばずっとこのままで…。
「紗夜、俺は君の事が好きだ。年齢差はあるけど、必ず君を大事にする。だから、付き合ってほしい」
「…はい。私も悠介さんが好きです…。よろしくお願いします」
そして街灯から伸びる俺と紗夜の影が1つになった。
ちょうど帰ろうかというタイミングで雨が止んだ。
この公園と氷川家の間に商店街があるので、一旦うちに寄ろうということになった。
とりあえずコンビニでタオルとホットココアを買う。
本当は生姜湯とかが一番身体が温まるのだが、生憎置いてなかった。
ココアならポリフェノールの効果の血管拡張作用により、血液の巡りを良くしてくれる。
カイロもあればと思っていたのだが、やはりこの季節だと置いてはいなかった。
ホットココアを飲みながら、2人で雨上がりの道中を進む。
途中、『さっきの告白、プロポーズみたいでしたね』なんて揶揄われたりもした。
自覚はあるからあまり言わないでほしい。
その話題を切るようにして、どうやってあの公園まで辿り着いたかを説明しようとした。
「さっきは途中で切られたけど、日菜ちゃん以外にもRoseliaのみんなや葵もすごく心配してたんだよ?」
そう言ってRAINグループを見せたら、そもそも紗夜を見つけた時から完全に放置していた事に気付き、確認したらとんでもない通知数になっていた。
なんだよ1000超えって…
しかも現在進行形で増えている。
「あ…。私の携帯にも通知と電話がいっぱい来てます」
「みんなそれだけ心配だったんだよ。日菜ちゃんも、Roseliaのみんなも、もちろん俺と葵も」
「ええ…。これを見てしまうと、居場所がないと思っていた自分が馬鹿らしくなりますね」
「とりあえず返事しとくか……って日菜ちゃん早すぎ! 多分既読の数で判別したぞ、あの子」
ひな
「ゆーくん!!! やっと反応してくれた!! お姉ちゃんはっ!?!?」
東雲悠介
「今俺の隣にいるよ。今からとりあえず東雲亭に戻る」
その瞬間、ブーッブーッとバイブレーション機能の音が鳴った。
「あら、私です…って、日菜?」
紗夜が電話に出た瞬間
「おねえええええちゃあああああああああん!!! うわああああああああああん!!!」
「ちょっ! 日菜っ! 落ち着きなさいっ!」
「おねええええちゃあああああああん! ほんとにごめんねえええ!」
「わかったから落ち着きなさいっ!」
「うわああああああああああん!!」
「もう…仕方ない子ね…」
そう言った紗夜の顔は、どこか慈愛に満ちていたように思う。
「日菜。今度話があるから、少し時間を取ってもらえるかしら?」
「うん! お姉ちゃんの為ならいくらでも! パスパレだってサボっちゃうよ!」
「それは仕事を優先しなさい…」
その後少しだけ話をして、電話を切ったようだ。
その顔は少し晴れ晴れとしていた。
そして、そこから15分ほど歩いた頃、ようやく東雲亭に着いた。
カランカラン
店内に入ると、葵だけではなくRoseliaの面々と日菜ちゃんまで勢揃いしていた。
「「「「「「おかえりなさいっ!」」」」」」
紗夜がびっくりして固まっていた。
内心、俺も結構びっくりしている。
「た…ただいま…」
とりあえずまだ濡れ鼠な紗夜の為に、葵が気を利かせて風呂を沸かしていたらしく、紗夜には身体を温めといてもらう。
服の替えは当然ながらないので、葵が私服を貸していた。
そして紗夜が出てくるまでの間、全員分のオムライスを準備する。
まさか家を出る前に大量に作ったチキンライスがこんなに役に立つとは…。
全員で8人もいるので、オムライスの形状もライド型にするか。
ライド型というのは、チキンライスの上にプレーンオムレツを乗せるタイプだ。
他にもチキンライスを卵で包むラッピング型、卵をチキンライスに被せたカバー型がある。
何故ライド型にしたかというと、単純に一番時間がかからないからだ。
修行時代、散々プレーンオムレツを巻いてきたのだ。
プレーンオムレツは料理人にとって基礎中の基礎である。
火加減、手首の使い方、フライパンの扱い、食材のあしらい方等、料理人の全ての基礎が詰まっている。
8人分の卵液を作り、ザルで一旦漉す。
ここで重要なのは、卵液を混ぜ過ぎたり、泡立てたりしない事だ。
混ぜ過ぎると弾力が無くなって水っぽくなるし、泡立てるとキメの粗い、舌触りの悪いオムレツになってしまう。
そして漉す事でカラザを取り、舌触りを良くする事も忘れない。
卵液には塩、白胡椒、生クリームを入れて下味をつける。
黒胡椒でもいいが、綺麗なプレーンオムレツに黒胡椒の色合いは美しくないからだ。
生クリームを入れると中がトロトロになり、オムライスには最適だと思っている。
温めたチキンライスを8人分準備しておき、ソースポットにデミグラスソースを用意する。
ここからは時間との勝負だ。
熱したフライパンにバターを落とし、油を馴染ませる。
そして最適な温度になったら卵液を落とし、すぐさまかき混ぜる。
卵の厚みが常に均等になるよう、フライパンを揺らしたり手首を叩いたりする。
そして手首と箸でオムレツを成形させていき、完成だ。
チキンライスの上にプレーンオムレツを乗せ、パセリを振り、すぐに次のオムレツを焼く。
出来た分は葵に運んでもらい、俺はこの行程を8回繰り返した。
作り終えた頃には紗夜も出てきており、皆揃っていた。
紗夜は先程まで風呂に入ってたからか少し火照っており、思わず少しドキッとしてしまった。
大丈夫、多分バレてない。
「お待たせ。食べる前にそこのナイフでオムレツを横に切ってくれ。ソースはソースポットにデミグラスソースを入れてあるから、それをお好みでかけてね」
皆、一斉にオムレツを切り出した。
そして切った瞬間、中身トロトロのオムレツが開き、チキンライスをコーティングしていく。
このライブクッキング感がライド型オムライスの最大の魅力だと思う。
「うわー! すっごくるんっ♪って来るよ!」
「……ここまで美味しそうに作るなんてズルいわ…」
「このオムレツ、どうやって作るんだろ〜? アタシもやってみたいなぁ」
「これ!すっごく美味しそうだね!りんりん!」
「うふふ…そうだね…あこちゃん…」
「悠介さんの料理は特に見栄えも凄いですね。これもとても美味しそうです」
ちなみに遅い時間である事と、大半の子は晩ご飯を食べた後なので、俺と葵と紗夜の分以外は少し小さめにしている。
「おかわりもあるから、足らなかった言ってね」
一応そう言っておいた。
結論から言うと、全員おかわりしてきた。
日菜ちゃんに至っては2回した。
女の子とは言え、高校生の食欲を舐めてはいけないなと痛感した。
あれだけ作っていたチキンライスはちょうど綺麗に無くなった。
「「「「「「「ご馳走様でしたっ!」」」」」」」
「お粗末様です。とりあえず皆車で送って行くよ」
実はもう0時も過ぎている。
さすがにこの時間から歩いて帰す訳にはいかない。
仕入れで使うからと大きめのボックス車にしていたのがこんな所で役に立つとは…。
定員は7人なので、葵に留守番してもらったらちょうど全員乗る人数だ。
「あ、その前に…」
そう言って紗夜が止める。
「今日は私のせいでこんな時間に集まる事になってしまってごめんなさい。……あと…。集まってくれて…とても嬉しかったわ…」
恥ずかしかったのだろう、顔を真っ赤にしている。
なんていうか、恥ずかしがってる紗夜めっちゃかわいい。
そしてそれを思ったのは俺だけじゃなかったようだ。
「お姉ちゃーーん!!」
「ちょっ、日菜っ!?」
「あはは、まぁ日菜の気持ちもわかるかな〜。今の紗夜、ちょっと反則だったし」
「紗夜さんかっわいいい!!」
「ちょっと! 私は真面目な話を…!」
「大丈夫よ、紗夜。みんな、ちゃんと分かってるから」
「…はい。…大丈夫です…」
紗夜はほんと仲間に恵まれたな。
これだけでRoseliaがとてもいいバンドである事がわかる。
「もちろん俺もわかってるよ」
「私もですよっ! 紗夜さん!」
そして紗夜は俺に抱きついて泣いてきた。
………………………えっ?
「わ〜お。紗夜ったらやるね〜」
「…氷川さん…大胆です…」
「紗夜ったらいつの間に…」
「さっ、紗夜さんと悠兄ぃが…」
「兄さん、やっと春が来たんですね…」
「お姉ちゃんがするならあたしもー!!」
「こらっ、ちょっと日菜!」
今日何回呟いたかわからないが
「どうしてこうなった…」
少し盛り上がってしまったが、ようやく落ち着いたので皆を車で送り届ける。
あこちゃんの家に行った時は巴が出てきて問い詰められかけたが、あまり時間もなかったので逃げた。
白金さんの家でも、ご両親が出てきてなんか勘違いしてたような気もするが、軽く否定だけして逃げた。
湊さんの家では父親が出てきたのだが、自分がよく聴いてたバンドのボーカルの方だと気付いて俺が固まった。
今井さんの家ではご両親は就寝中だったようで特に何もなかったと思いきや、『今度料理教えてくださいね』と言って手を握ってきた。
その直後に背後から何やら不穏な空気を察知した俺は固まってしまった。
なんで家に送るだけなのにこんなに波乱万丈なんだよ…。
今井さんは間違いなく確信犯だろうが。
役得ではあったが、おかげで紗夜が少し拗ねてる。
そんなわけで今、車内は俺と紗夜と日菜ちゃんのみになっている。
Roseliaの面々がいた時はかしましい雰囲気があったのだが、今は少し空気が重い。
原因は…紗夜だろう。
日菜ちゃんとの確執にまだ踏ん切りがついていないのか…
重苦しい空気に耐えかねてチラッと外を見ると、先程の雨はなんだったのかと思う程、綺麗な月が出ていた。
「悠介さん。少しだけ止めてもらえますか?」
「えっ? まぁいいけど、何かあった?」
「ええ、日菜と話がしたいと思いまして」
「なるほど。俺は少し外した方がいいかな?」
「いえ、出来ればいて下さい…。その方が勇気が出そうなので…」
「了解だ。思う存分話してくれ」
「お姉ちゃん…?」
日菜ちゃんは困惑しているのだろう。
今までの関係性を考えたら、改めて話をされるのに警戒するのは当然と言えば当然か。
「日菜。まず、今日は振り回してしまってごめんなさいね」
「ううん! こっちこそお姉ちゃんの気持ちも考えずにごめんね!」
「私の気持ち…。正直な話、私は今までずっと、日菜に嫉妬していたの」
「お姉ちゃん…?」
「私が始めた事を日菜も始める。最初は良かったの。私の後ろをついて回る、とてもかわいらしい妹だと思ってた。そして追い抜かれても、人間には得手不得手があるのだからと楽観してた」
「……………」
「でも、その楽観が焦燥に、そして諦観へと変わるのに時間はかからなかったと思うわ。………そしてそれはいつしか……」
紗夜が言い淀む。
何を言いたいのかは流れ的にわかるが、言葉にしにくいのだろう。
俺はそっと、紗夜の手を握った。
紗夜はびっくりした様子でこちらを向いてきたので、そっと頷いた。
そして紗夜は意を決し、深呼吸をして
「…いつしか、拒絶に変わったの。たった1人の妹を…私は拒絶してしまった」
「お姉ちゃんっ! もういいよっ! 無理しないでっ!」
「いいえ、これはケジメなの。大丈夫よ」
「…わかったよ。あたしも覚悟を決めるよ…」
「ありがとう、日菜。……そしてその結果、私は日菜から逃げる選択を取ったの。違う学校を選んだのもそれが一番の理由。新しく始めるものも日菜にはバレないように。それでずっと、自分の中で心の平穏を保ってきた。その中でまず出会ったのがギターだった。これも日菜にバレないよう、細心の注意を払って練習したわ。そして、Roseliaを結成した。これで私は変われる。そう思っていた。…でも、私が隠したところで、日菜は全く別のルートからギターを始める事になった」
「っ!!」
「私は正直、運命を呪ったわ。そして日菜の存在が露わになる事で、Roseliaが私を捨てて日菜を選ぶんじゃないかとずっと不安だったの。今から考えたらそんな事あるわけないのにね」
はっと自嘲気味に笑う紗夜。
「そんな風に考えてたある日、練習を終えて帰る最中、私は東雲亭に辿り着いた。そこでは悠介さんと葵さんが兄妹とても仲良く暮らしていた。それがすっごく眩しくて…心の何処かで羨ましいって思ったの。昔は私も日菜も、とても仲が良かったのだから。そして、何かきっかけやヒントが手に入るのではないかと思って、私は東雲亭のバイトを始める事にしたの」
なるほど、そういう経緯だったのか。
正直、なんで急にバイトしたいと言い出したのかは不思議だったから。
ぶっちゃけ、ポテトに釣られたのかと思ってた…。
「これもとても楽しかったわ。少しずつ進歩してる実感もあったし、顔を覚えてくれる常連さんもいたし、私も含めて食事やお茶の時間を過ごせるのがとても嬉しかった。そしてこの前のライブの日、悠介さんは私にファンになったと言ってくれた。日菜ではなく、私を見てそう言ってくれた。そして今日、私は東雲亭に向かう道中で、唐突に悠介さんへの恋心に気付いた」
……………うん?
「そして東雲亭に辿り着いたら、そこには日菜がいた。私はまた日菜に居場所を取られるんじゃないかと錯覚したの。そして初恋まで…。そこからは貴女も知っての通りよ。でもね、今日の事と、今までの東雲亭でのバイトの日々が、私を柔軟にしてくれたのだと思うの。日菜がいくら天才とは言っても、出来る事と出来ない事があるって知ったから。信頼関係や人間関係は、どう足掻いても一足飛びに出来るものじゃないもの」
「私は貴女へのコンプレックスを拗らせて、Roseliaや東雲亭まで取られるんじゃないかなんて考えてた。そんな事あるわけないのに。そして今日、それを実感したの。だから…私はようやく貴女と向き合えるようになったと思う」
「お姉ちゃん…!」
「日菜。私が勝手に拒絶しといて図々しい、すごく自分勝手な事を言うのだけれど、私の事を許してくれるかしら…? また、貴女の姉として認めてもらえるかしら…?」
「もちろんだよっ!!! お姉ちゃああああああああん!!!」
そして2人は抱き合ってお互い泣いている。
「日菜、本当にごめんなさい。そしてありがとう…!」
「こっちこそごめんねっ! あたし、お姉ちゃんがそこまで悩んでたのに気付かなくてごめんなさいっ!」
「日菜っ!」
「お姉ちゃんっ!」
そして俺は、泣いている2人を置いて、近くの自販機へ向かった。
あの2人はもうこれで大丈夫だろう。
最初はぎこちないかもしれないが、いずれ時間が解決してくれるに違いない。
そして俺は、缶コーヒーを片手に月を眺めるのだった。
そんなわけで、ようやくくっついて和解しました。
ようやくここまで来れた…。