とある洋食屋の物語 作:ジャンパー
最近週末が忙しい…。
誤字報告、投票、お気に入り登録、感想もありがとうございます。
紗夜捜索事件から一夜明けた。
就寝時刻は2時を回っていたが、いつも通り4時半には起きなければならない。
これは仕入れのためというのもあるのだが、万が一トラブルで店を開けられない状況になった時に、仕入れの配達をストップする必要がある為だ。
野菜や肉は何かしら使い道を考える事が出来るが、パンだけは無理だ。
パン粉にするとか、クルトンにするとかは出来るが、そこまで大量には必要ない。
そんなわけで、何かの事情で店を開けられない時は先方に連絡するようにしているのだ。
やまぶきベーカリーは5時にはパンを焼き出してるからな。
さて、何故突然こんな話をしているかと言うと…。
ものの見事に風邪を引いてしまったからである。
熱を測ると、38.0と表示されている。
普段から体調管理はしっかり行っていたのだが、昨日は眠気に負けてしまった。
その結果が出てしまった形だ。
これは完全に自己責任である。
とりあえずこの熱では休む他ないだろう。
無理をすれば仕事出来る範疇ではあるが、お客さんに移すわけにはいかない。
そう思い、今日は臨時休業する事にした。
とりあえず各所に連絡して仕入れを止めてもらい、昼のパートの方に休んでもらう。
パートの方には8時半ぐらいに電話すればいいだろう。
予約は…確か今日はなかったはずだ。
元々予約は少ない店だから、こういう時は助かるな。
とりあえず各仕入れ先に電話してしまおう。
プルルルルル プルルルルル
ガチャッ
「お電話ありがとうございます。やまぶきベーカリーです」
電話してみると沙綾が出た。
まだ5時にもなってないが、あいつも大概早起きだな。
「おはよう沙綾。東雲亭の東雲悠介です」
「あれ、悠介? こんな時間にどうしたの?」
「あー、すまん。実は風邪引いてしまって、今日の仕入れを取り止めにして欲しいんだ」
「えっ!? 風邪って…大丈夫なの?」
「あぁ、今日一日安静にしとけば治るとは思う」
「そっか…。まぁそれなら良かったよ。とりあえず今日はパンの発注は無しって事でいいの?」
「申し訳ないけどそれで頼むよ」
「了解ー! あっ、後でお見舞い行くね。なんか持ってきて欲しいのとかある?」
「いや、移すと悪いからいいよ。店も含めたら大抵の物はあるし」
「 そっかー。じゃあスポーツドリンクだけ持っていくね」
「いや、だから…」
「どのスポーツドリンクがいいの?」
「いや…」
「どのスポーツドリンク?」
「……じゃあポ○リ」
「おっけー。じゃあ後で持っていくねー」
半ば押し切られてしまった。
沙綾はたまに妙な押しの強さを見せる事があるからな…。
とりあえずその事は忘れて、他の仕入れ先にも連絡しないとだ。
銀河青果店は爺さん、北沢精肉店は親父さんが出たので話はスムーズに終わった。
魚河岸の方にも一応行けないとだけ連絡しておこう。
葵はまだ寝ている時間だ。
6時頃になったら起きるだろうからその頃に起きて、今日は臨時休業すると伝える事にする。
そして俺はもう一度眠りについた。
ピピピピ ピピピピ ピピピピ
カチッ
「……そろそろ起きないと」
ほぼ毎朝仕入れに行ってる兄さんが少しでも楽出来るようにと、なるべく私が朝食を作るようにしている。
兄さんには数え切れない程の恩もある。
私に出来る事は、その恩を少しでも返す事だけ。
優しい兄さんは『そんな事しなくていい』と言うけど、それを完全に享受してしまうのは私の中の何かが許さない。
その為、せめてもの…という事で朝食の用意とお店の手伝いだけは買って出ている。
油断すると朝食は作られてしまうので、なるべく早く起きては朝食の用意をするのだが…
「…あれ?」
兄さんの靴がある…?
この時間だといつもなら仕入れに行ってるはず…。
台所にも店の方にもいない。
まさか寝坊してるのかも?と思い、私は兄さんの部屋に向かった。
そして恐る恐る扉を開けると、やはり兄さんが寝ていた。
慌てて起こそうと駆け寄ったのだが、何やら様子がおかしい…。
よく見ると、顔が少し赤くなっており、周りには携帯と体温計が置いてある。
額を触ってみると、やはり熱くなっていた。
私は察して、兄さんの好きなポ○リを買いに行き、卵粥を作っていたのだが…
ピンポーン
インターホンが鳴った。
兄さんなら仕入れは止めてるはずなのに…
扉を開けると、そこには沙綾ちゃんがいた。
「おはよう、葵お姉ちゃん!」
「おはよう、沙綾ちゃん。今日は兄さんは…」
「あっ、知ってるよ。だからお見舞いと差し入れ持ってきたんだ!」
「あっ、そうなんだ。ありがとうね。でも今、兄さんはぐっすり寝てるんだよね…」
「ありゃ、もう寝ちゃったんだ。まぁ仕方ないかなー。そしたら一応一目だけ見て、差し入れ置いて来ていい?」
「うん、いいよ。私は兄さんが起きた時用に卵粥作ってるから、勝手に入って大丈夫だよ」
「はーい、じゃあお邪魔します」
沙綾ちゃんは勝手知ったるといった感じで兄さんの部屋へ向かった。
10分程したら出てきて、お店の手伝いに戻ると言って帰っていった。
その後すぐ、はぐみちゃんが同じようにやってきて、大量の荷物を持ってお見舞いにやってきた。
沙綾ちゃんと同じように兄さんの部屋へ行ったのだが、ほんの2〜3分で出てきたのだった。
大量の荷物は無くなっていた。
一体何を持ってきたのか聞いたけど、『風邪の時に大事なものっ!』とだけ言って帰っていったのでよくわからなかった。
さらにその後、ますきちゃんもやって来て、お見舞いと差し入れと言って部屋へ向かった。
帰る際に何故か『私は無力だ…」と言って落ち込んでいた。
理由を聞いたけど、『私には力も速さも足りない…』としか言わなかった。
意味がわからない…。
『ますきちゃんってこんなキャラだったっけ…?』とは思ったけど、卵粥の調理が佳境だったからとりあえず慰めるだけしてスルーした。
そして私も学校へ行く前に、兄さんへの書き置きとポ○リを持って部屋へ向かう。
そしてドアを開けた時、私は驚愕したのだった。
ふと目覚めた。
携帯を開いて時間を見ると、8:30になっていた。
この時間だと葵は既に学校に行ってるだろう。
そして、何となく辺りを見渡した時、東雲悠介は驚愕した。
先程、東雲葵も同じように驚愕したのには理由がある。
何故なら
辺り一面、ポ○リで埋め尽くされていたのだから…。
「どうしてこうなった…」
パッと見でも30本近くはあるように見えるのだが…。
よく見るとメモ書きがいくつかあった。
「兄さんへ
よく眠っていたので起こしませんでした。
台所に卵粥を作って置いてるので、起きたら食べて下さい。
水分補給用のポ○リを買ってきましたが、みんなと被っていっぱいになりました、ごめんなさい
葵 」
「悠介へ
電話で言ってたポ○リを持ってきたよ!
足らなくなったら困るかと思って少し多めに買ってきたから、たくさん飲んで、早く良くなってね。
お大事に。
沙綾」
「ゆーくんへ
風邪引いたって聞いたからポ○リいっぱい買ってきた!!
いっぱい飲んでいっぱい汗かいてね!!
水分補給は大事だよーっ!!
はぐみ」
「悠兄ぃへ
ごめん、被った。
こんな事になるとは思わなかったんだ…。
とりあえずお大事に。
ますき」
みんな…ありがとうな…
俺はこの大量のポ○リから目を逸らしつつ、葵の作った卵粥を食べにいくのだった。
所変わって花咲川女子学園
「葵さん、おはようございます」
「あ、紗夜さん、おはようございます」
「昨日はご迷惑おかけしました…」
「いえいえ、全然大丈夫ですよ! あ、でも…」
「……? 何かありましたか?」
「実は…兄さんが風邪を引いてしまって…」
「な……なんですってっ!?」
周りの視線が一気にこちらに向いた。
「えっ? ちょっ! 紗夜さん!? 落ち着いて!」
「はっ! ごめんなさい…。取り乱しました…」
「珍しいですね…。紗夜さんはいつも冷静沈着なイメージでしたけど」
「そ…そうでしょうか…? それで…大丈夫なのですか…?」
「ええ、来る前に見たらぐっすり寝てましたので、しっかり休養は取れてるし大丈夫だと思いますよ。多分、疲れも溜まってたんじゃないかと」
「そうですか…。でしたら、今日の放課後にお見舞いに行きます」
「本当ですか? きっと兄さんも喜びます!」
「ええ、ご迷惑でなければポ○リでも持っていきますね」
「ポ○リはダメですっ!!!」
東雲葵は絶叫した。
必ず、かの邪智暴虐のポ○リを除かなければならぬと決意した。
「あ…葵さん…落ち着いてください…」
「はっ! す…すみません…」
思わず取り乱してしまった。
あの悲劇を繰り返してはならない。
「とりあえずポ○リ以外でお願いします…」
「……?? まぁ葵さんがそう言うのであればわかりました」
どうやらわかってくれたようで何よりです…と安堵していたのだが
「あ、そういえば」
「どうしました?」
「いえ、もう聞いてるかもしれませんが、実は昨日から悠介さんとお付き合いする事になりましたのでそのご報告をと思いまして」
「え?」
惨劇を回避出来たと思って満足していたら、紗夜さんから特大の爆弾を投げられた。
「ええええええええええええええええええええっっっっっ!!!!!!」
その爆弾は当然のように爆発し、今日一番のデシベルを記録した。
さすがに3度目な事もあって、周りの視線がとても痛かった。
「もうポ○リは見たくねえ…」
皆の好意で持ってきてくれた物にケチを付けたいわけではないのだが、流石に限度というものがある…。
俺はポ○リが好きだ。
スポーツドリンクなら迷わずポ○リを選ぶぐらいには。
でもこの量はさすがにきつい。
3本までは頑張って飲んだが、一向に無くならない光景が辛すぎて、残り全てを冷蔵庫に放り込んでおいた。
そうこうしている内に葵が帰ってきた。
「ただいま戻りました、兄さん。具合は……。あれ? ポ○リはどうしました?」
「お帰り葵。ポ○リは冷蔵庫に入れたから、良かったら飲んでくれ。さすがに飲み切れんからな…」
「ですよね…。ごめんなさい、兄さん…。まさかあんな事になるなんて…」
「いいや、みんな気を使ってくれた結果なんだからいいよ。この結末は予想しなかったけどな…」
「私もです…。あ、それで思い出したんですけど、今日、紗夜さんもお見舞いに来るそうです。少し弓道部に顔を出してから行くとの事でしたので、恐らく後で来るかと思います」
「あ、そうなんだ」
内心早く会いたいと思ってしまったが、それを態度に出すのは恥ずかしいのでポーカーフェイスを貫いた。
まだ葵に話すには少しだけ覚悟が欲しいのだ。
「あ、聞きましたよ。紗夜さんと付き合う事にしたって」
「 神は死んだ」
ここでおれが何を言ったかはご想像にお任せしよう。
とりあえず不意打ちは良くないと思う。
更に頑張ってアレを消化していた俺だが、何故かAfterglowのみんながお見舞いに来てくれた。
こういう時、笑いの神様は空気を読むのだろうか。
みんな当然のように例のアレを持ってきていた。
俺、そろそろ見たくなくなってきたんだが…。
「ゆーくんが風邪なんて珍しいねー」
「まぁ昨日色々あったんだよ。つーかなんで風邪って知ってるんだ? 仕入れ先にしか連絡してなかったのに」
「私が日菜先輩から聞いたんだよ。聞いた時はびっくりしたんだからね」
「日菜ちゃんは………まぁ紗夜からだろうなぁ…」
「「「「「紗夜?」」」」」
結論
風邪を引いてはいけない。
色々気が緩んでつい口が滑ってしまう。
そこからはなんというか、もう地獄絵図のような光景になり果ててしまった。
巴は怒ってるし、ひまりは泣き喚くし、つぐは狼狽えてるし、モカは妙にニヤニヤしてるし、蘭は何やら呆れているし。
なんだかんだで収束(という名の尋問)するのに1時間ちょいかかった。
昨日の事、紗夜と付き合いだした事、Roseliaの子達を送り届けた事、ほんともう洗いざらい喋らされた。
そして納得する代わりとして、夏になったらみんなを連れて海に行く事を約束させられた。
とは言え、実は毎年行ってるのだから今更と言えば今更な約束なので特に気にも留めなかった。
そして俺はあまりにも疲れてしまっていたので、気付けば寝落ちしてしまったのだった。
ジャバジャバジャバ
何やら水音が聞こえる。
そして額にヒヤッとした何かが乗せられた気がした。
ゆっくり意識が覚醒していく。
目を開くと、そこには紗夜がいて、固く絞ったタオルを額に置いてくれていた。
「あっ、ごめんなさい。起こしてしまいましたか?」
「いや、全然大丈夫だよ。どちらにせよ、そろそろ起きてたんじゃないかと思うし」
「それなら良かったです」
そう言ってふふっと笑う紗夜。
しかし、途端に申し訳なさそうな表情になり
「悠介さん…。昨日は本当にごめんなさい…。私のせいで風邪を引かせてしまって…」
「気にしなくていいよ。俺がやりたくてやった事だからね。それに…」
「……?」
少し言い淀んでしまう。
こういう事を言うのは正直少し恥ずかしいのだが…
「……自分の好きな子のためなんだから、頑張りたくもなるよ…」
最初は意味が良くわからなかったのかキョトンとしていたのだが、次第に理解してきたのか、今となっては顔を真っ赤にして震えている。
こういう反応はズルいと思う。
「……そういう言い方は……ズルいと思います…」
「いや、それは俺のセリフだから」
「なっ! 何故ですかっ!? 悠介さんこそズルいですよっ!」
側から見たらバカップルみたいなやり取りだが、当の本人達は気が付かないものである。
そしてその事にお互い同時に気付き、恥ずかしくて沈黙してしまった。
何やら甘酸っぱいような、無性に照れ臭い沈黙だ。
その沈黙に耐えられなかったのか、それを破るように紗夜が
「そっ、そういえば、ポ○リを飲むんですか?」
俺の枕元に置いてあるそれを見てそう言った。
「あぁ…うん…。まぁ一番好きだからね」
「そうだったのですか…。おかしいですね…。葵さんにポ○リはダメと言われてしまったんですが…」
どうやら葵が惨劇を止めてくれたようだ。
これ以上増えては堪らないからな…。
葵、ほんとナイスプレーだ!
「なのでアク○リにしてしまいました…。ごめんなさい…」
違う、そうじゃない。
どうやら葵の言葉足らずだったようで、スポーツドリンクの種類の事だと思ったようだ。
だが、事の顛末を知らない紗夜にその事を告げる訳にはいかない。
好意を無碍にするのは俺のポリシーに反するからだ。
「いや、アク○リだって好きだから嬉しいよ。ましてや紗夜が持ってきてくれたんなら尚更だ」
「悠介さん…」
紗夜がまたもかわいらしく顔を赤らめて見つめてくる。
そういう反応はズルい以下ループ。
「あ、そういえば、お腹空いてませんか?」
「お腹? あー、そういえば少し空いてるかな?」
よくよく考えてみれば、朝に葵が作ってくれた卵粥を食べたきりだった。
食欲は戻ってないが、お腹は空いている。
「実は今井さんに教わりながら卵粥を作ってきました」
もしかして遅くなった理由はこれだろうか?
俺の彼女、めっちゃ健気すぎだろ…。
卵粥が被る?
大丈夫、作り手によってわりと味が変わるから問題ない。
どうやらステンレスの魔法瓶にお粥を入れてきていたようで、まだ熱々っぽい。
使い捨ての丼とスプーンも持ってきていてかなり用意周到だ。
恐らく今井さんの入れ知恵だろう。
そして紗夜はお粥を少量掬い、ふーふーと冷まして
「…悠介さん。はい、あーん…」
その瞬間、俺は固まってしまった。
これも今井さんの入れ知恵だろうか。
当然ながら紗夜も恥ずかしいのだろう、顔が真っ赤だ。
俺も真っ赤だと思う。
かなり緊張してしまったが、意を決して『あーん』を受け入れようと、俺は口を開いた。
ガチャッ
「ゆーくん!! お見舞いに来た……。あれ?お姉ちゃん?何してるの?」
突然の闖入者、日菜ちゃんが現れた!
今現在、『あーん』をしてもらう直前のタイミングだ。
この光景を見られたのはかなり恥ずかしい…。
だが、俺は気付いてしまった。
日菜ちゃんの手にある袋に入った、アレの存在を…。
そして俺は、羞恥と絶望のダブルコンボで灰となった。
戦犯はおそらくはぐみ。