とある洋食屋の物語   作:ジャンパー

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今回はここまでの紗夜の色んな場面での心情を書きました。
ちょっと長くなりそうだったので前後半に分けます。
あと先程アップした設定資料ですが、それは補足説明や、ここまで出た情報のまとめなので別に読まなくて大丈夫です。
一番大事なのは、時系列適当だけど気にしないで!という事です。


紗夜の心情 前編

Roseliaの練習が終わったのは20時頃だった。

 

でも今日の練習でどうしても気になったところがあったため、まりなさんに無理を言って21時までスタジオを貸してもらった。

 

1時間練習を増やしただけであの子との差を縮められるとは思わなかったが、やらないよりはマシだと自分に言い聞かせる。

 

そして1時間練習してからまりなさんに御礼を言ってCiRCLEを後にした。

 

 

 

 

あの子がギターを始めてから、純粋に楽しんで弾く事が出来なくなってしまった。

 

以前であれば、ギターを弾いている事がとにかく楽しかった。

 

あの子と比べられる事もなく、上達へと邁進していられたのだから。

 

しかしそれも終わってしまった。

 

とうとうあの子がギターを始めてしまったのだから。

 

これまであの子に見つからないように細心の注意を払っていたのだが、『偶然』アイドルバンドのオーディションを受けて、『偶然』ギターを始める事になったと聞かされた時は本気で目の前が真っ暗になった。

 

もし神がいるのだとしたら、どうして私にこんな仕打ちをするのかと問いただしたい。

 

ニーチェは言った。

 

『神は死んだ』と…

 

全くもって同意だ。

 

 

しかし

 

 

 

昔はあの子とも仲が良かったという記憶がどうしても嫌いになりきれず、そしてなってはいけないという想いもある。

 

そこは越えてはいけない一線である事は自覚している。

 

故に、『避ける』という手段を取った。

 

しかしそんな行動を起こしている私に対して、あの子はそれでも歩み寄ろうとこちらに話しかけてくる。

 

それなのに、こんな幼稚な事をしている自分に心底嫌悪する。

 

どうすればいいのか…どうすれば歩み寄れるのか…

そんな悩みが紗夜を容赦なく責め立てる。

 

 

「何かきっかけがあれば…」

 

 

そんな事を思いながら、帰り道の途中にある商店街を通る。

 

それなりに日が落ちるのが遅くなったとは言え、そろそろ21時半になる。

 

商店街もほぼ閉まってはいるが、それでも人通りは多少はあるので、少し遠回りにはなるがこの道を選択する。

 

そしてよく行く羽沢珈琲店の近くを通りがかった時、とても食欲を刺激する匂いが漂ってきた。

 

間違いなく私の大好物であるポテト、それも相当な上物…!!

 

『こんな時間にまだやっている店があるのだろうか』とは思うが、この暴力的なポテトの匂いには抗えない。

 

匂いを辿ると、どうやら洋食屋らしきお店に辿り着いた。

 

名前は『東雲亭』というらしいのだが、パッと見た感じやっている雰囲気はないのにcloseにはなっていない。

 

看板を出し忘れてるだけだろうとは思うのだが、極上のポテトを諦めきれず、恐る恐る扉を開ける。

 

 

 

カランカラン

 

 

 

「すみません…。まだやっていらっしゃいますでしょうか…」

 

 

そう言って入ってみると、黒髪の男女がご飯を食べていた。

 

男性の方はこちらに背を向けている状態だったが、振り向いてこっちをみると何やら驚いている様子だった。

 

恐らくコックコートを着ている事から、この方がこのお店の主なんだと予想する。

 

そして女性の方は…あら?

 

 

「ああ!氷川さん!」

 

 

 

やはり見覚えがあると思った。

 

 

 

「あら、あなたは同じクラスの東雲さん…。どうしてこちらに?」

 

「ここ、私の家なんです。1Fは兄さんの店なんですけどね。えへへ…」

 

「そうだったんですね。ポテトのとてもいい匂いがしたので、匂いを辿ってみたのですが…」

 

 

そしてやはりポテトの匂いはここからだと確信した。

 

東雲さんはお兄さん(?)にクローズ看板の出し忘れを指摘され、慌てて出しに行っている。

 

そしてやはりこの男性は東雲さんのお兄さんだったようで、不手際について謝られたのと、やはり閉店であった事を告げられた。

 

残念だけど仕方ない。

 

また今度来ようと思って退散しようとした。

 

 

 

「ああ、氷川さん、ちょっと待って!」

 

「はい?」

 

 

 

急に呼び止められ、何事かと思ったら夕飯のお誘いだった。

 

しかもポテト付き。

 

とても魅力的で心惹かれてしまうが、やはり家に夕ご飯もあるだろうし、ポテトに釣られた女というのは何となく体裁が悪い。

 

すごく…すっごく残念ではあるが、今日はコンビニのポテトで我慢して近々また来よう。

 

 

 

「……せっかくのおさそ『氷川さん、良かったら食べていって下さい!兄さんのフライドポテトは絶品ですから』

 

 

断腸の思いで断ろうとしたのだが、クラスメイトの東雲さんにまで誘われてしまう。

 

そして東雲さんも言った。

 

あくまで直感でしかなかった『極上のポテト』は、やはり『極上』なのだという。

 

そう聞いてしまっては我慢なんて出来ようはずもない。

 

気付けば私は

 

 

 

「それでは良ければご馳走になります」

 

 

 

そう答えてしまっていた。

 

 

 

「了解。そしたら氷川さんの分のスープとか用意してくる。ちなみにアレルギーとか、苦手な食材とかはある?」

 

 

アレルギーはない。

 

しかし苦手な食材はある。

 

正直、恥ずかしいのであまり言いたくはないのだが、『アレ』は油断するとそこかしこから現れる。

 

言わなければ出てきてしまう可能性は高いが、言わずに出てきてしまえば食べざるを得ないだろう。

 

羞恥で顔から火が出そうだが、言わざるを得ない…。

 

 

「アレルギーはありませんが………………にんじんが少し……苦手なので外していただけると…」

 

 

 

しかし、東雲さんのお兄さんは特に気にしなかったようで、何の気もなしに「了解」とだけ言ってくれた。

 

笑われるんじゃないかと思ったので、正直ホッとした。

 

 

その後は東雲さんに案内されて手洗いをさせてもらい、テーブルでお兄さんを待つ。

 

 

「そういえば氷川さん、どうしてこんな遅い時間に来たんですか?」

 

「今日はバンドの練習があって、この時間になったんです」

 

「そういえばいつもギター持ってますもんね」

 

 

そんな当たり障りのない雑談をしていたら、お兄さんがトレーに色々載せて戻ってきた。

 

 

「お待たせ。お口に合えばいいんだけど」

 

 

 

サラダやスープもあり、栄養バランスも考えられているんだろうなと思ったが、どうしてもポテトから目が離せない。

 

恐る恐る1口食べてみると、気付けばポテトばかり食べていた。

 

他にあった唐揚げやスープもとても美味しかったが、このポテトは別格。

 

コンビニやファーストフードでよく見掛けるポテトよりも少し細めなのだが、カリカリしつつもネットリとした舌触りで、これは初めての味だ。

 

気付けば用意されたポテトをほとんど食べ切ってしまっていた。

 

 

 

「氷川さん!兄さんのフライドポテト、すっごく美味しいですよね!?」

 

 

とても嬉しそうに私に問い掛けてくる東雲さん。

 

 

「ええ、ここまで美味しいフライドポテトは初めて食べました。一体何が違うんでしょう…」

 

 

そう言うと、東雲さんはとても嬉しそうに笑った。

 

お兄さんのポテトを褒められて嬉しい、といったところだろうか。

 

そしてお兄さんが違いの解説をしてくれる。

 

どうやらメークインという品種を使っているそうで、メークインと言えば煮物に使われるイメージしかなかったので驚いた。

 

しかし、お兄さんの解説に対して東雲さんが怒っていた。

 

どうやらポテトの秘密を隠されていたからのようだ。

 

……いや、これは『怒る』というよりは『拗ねてる』なんじゃないかと思う。

 

このような東雲さんは初めて見たし、こんな風に遠慮無しにじゃれあいの出来る兄妹は…なんというか…少し眩しかった。

 

私もいつかあの子とこんな関係になれる日が来るんだろうか…

 

 

 

「氷川さん、どうかした? フライドポテト足りなかったら追加揚げてくるけど」

 

 

どうやらボーッとし過ぎたようだった。

 

ポテトは正直名残惜しいが、さすがにこれ以上は厚かましいだろうと思うので遠慮しておく事にした。

 

 

 

「いえっ、ポテトはもう大丈夫です。ごちそうさまでした。とても美味しかったです」

 

「いえいえ、お粗末様でした。それならどうしたの?」

 

「いえ、お二人はとても仲が良いなと思いまして…。少し羨ましいなと…」

 

「羨ましい?」

 

 

しまった、ついつい口が滑ってしまった。

 

正直、話を聞いてもらいたいとは思わなくもないが、急に妹との不仲の相談をされても困るだろう。

 

それに、やはり初対面の人にそこまで自分を晒すのは少し怖い。

 

 

「あっ……いえ……失言でしたので忘れてください…。それよりもご両親はいらっしゃらないのでしょうか? もし良ければご挨拶させていただきたいのですが…」

 

 

誤魔化すつもりでそう言ったのだが、瞬間、空気が固まった。

 

 

「あー…ごめん。実はうち、両親は事故で亡くなってるんだ…。だからうちは、俺と葵しかいないんだよ」

 

 

しまった。うっかり地雷を踏んでしまったようだった。

 

しかし、お兄さんも東雲さんもすぐに空気を払拭しようと流してくれた。

 

そのおかげで重苦しい空気は霧散し、元に戻る。

 

そしてすぐさまお兄さんがデザートとコーヒーを出してくれ、私のギターに気がついたみたいでそっち方面に話を広げてくれた。

 

お兄さんがテンポよく質問してくれ、東雲さんも聞き上手なのだろう、気付けば1時間ほど滞在していたようだ。

 

そろそろ退散しようとしたら送ると言ってくれたのだが、ここからはそこまで遠くないし、さすがに悪いので遠慮した。

 

 

 

 

そして帰る間際、入る時には気付かなかった『スタッフ募集』のポスターを見つける。

 

前々から何かしら社会経験をしてみたいとは思っていたのだが、ここでならもしかしたらあの子に歩み寄れるきっかけを見つけられるのではないかと思った。

 

これだけ仲の良い兄妹であれば…

 

そう思った時、気付けば自分の口から言葉を紡いでいた。

 

 

 

 

「あの…こちらでバイトとして働かせていただきたいのですが…」

 

「……………え?」

 

 

 

 

結果としては親に許可さえ貰えばOKという返事をもらった。

 

帰ったら親を説得する事になるが、恐らく大丈夫だろう。

 

あとはあの子にはまだバレないように、そこだけ気を付けるとしよう。




後半は明日中にアップ出来たらいいなぁ…
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