憧れの人は、過去の人   作:おおきなかぎは すぐわかりそう

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ヤンデレほいほい。

狙ってランキングを取りにいく人間のクズ。


前菜

 

 

 

 大企業イットキコーポレーション。

 

 その会社から僕の父は事業融資を受けていた。

 

 かの会社、正確にはイットキ家の面々に、家族揃って頭を上げることが出来なかった。

 

 巨大企業であるイットキが、なぜ中小零細であるタセツナ社に良くしてくれるのかは当時の僕にはわからなかったけれど、イットキ家のイベントに呼ばれた時の両親の態度で全てを察してしまったのだ。

 

 優しくて恩情に溢れる自慢の父が、膝を地面へ接着し、両手をベッタリと地面につけ、頭を畳に擦り付ける。

 

 衝撃の光景だった。母もそれに続くものだから、僕には何が何だかさっぱりで、ただ周りの様子を伺い周囲をキョロキョロ。

 

 後に父の怒号が聞こえ、訳もわからず両親のポーズを真似っこした。人は皆平等であると、学校で習った。でも目の前で笑っている人たちには、逆らっちゃいけないんだと幼いながらに直感する。

 

 無表情。一段上がった座敷上。笑っている人々の中でただ一人、彼女だけはムッスリと退屈そうな顔をソッポに寄せる。

 

 口を閉じるのを忘れるほどに整った顔立ち。白雪が降りしきったような一点の曇りのない肌。もの虚げな吊り目に、主張の小さい鼻。溶け込むような黒の長髪は、川が流れるように艶やかだ。

 

 そんな視線に気づいた彼女は、僕の間抜け顔を見たのかクスリと笑う。途端に火が出るほど恥ずかしくなった。

 

 

「私達は大事な話があるから、ヒカリ様のお相手をしてくれないか? コウキ」

 

 

「はい。わかりました父さん」

 

 

 ふすまの向こうへと消える父。父は、父の仕事に専念しているのだ。僕も僕のやるべきことに専念しよう。相手を待たせては悪いとさっさと振り返り、先ほどより楽しげな彼女に向き直った。

 

 

「は、はじめまして。私はタセツナ コウキ、と申し上げます」

 

 

「ふっ。なにその日本語」

 

 

「なにか、ご希望はありませんか?」

 

 

「大人みたいで嫌い。普通にしゃべって?」

 

 

「……」

 

 

 即興であるが、大人達と同じようにうまくやろうと頭をフル回転。

 

 しかしお気に召さなかったのか、雪のように冷たい彼女の無表情の前に言葉を失った。どうするべきかを考えあぐねている僕に、彼女は表情を緩めて助け舟を出す。

 

 

「大丈夫、言いつけたりしないから」

 

 

「それじゃあ……なにして遊ぼうか」

 

 

「そうねぇ……」

 

 

 そう言って、人差し指を唇の下に留め置き、考える仕草をした彼女が出した結論がこれまた僕を困らせる。

 

 

「面白いことして」

 

 

「え、えぇー……」

 

 

 鹿威しの声が同意を促し、いきなり面白いことをやれと言われ、ハードルも地味にあげれていることにパニックで気づけない。

 

 何かしなきゃ何かしなきゃと、さっきまで緩やかだった彼女の表情が段々曇っていくことに恐怖心を覚えた僕は、……鯉のいる池に飛び込んだ。

 

 

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「ねぇコウキ、今からあの池に飛び込んでよ」

 

 

 女子のグループが、ククススと笑いながら僕を見ている。そのなかの中心的存在であるヒカリにこう言われて、僕は彼女と会った時のことを思い出していた。

 

 

「……」

 

 

 本当に池に飛び込むの? と懐疑的な表情で見つめてくる取り巻きは一応にこちらを下に見て、噂だとかの類でその奇行が知れ渡っているはずなのに、クラスが入れ替えられて無知なメンバーへ、"自分がどんな立ち位置にいるのか"のお披露目会だ。

 

 ここでも彼女の表情が冷え切って聞くのに耐え切れなくなった僕は、ドッドドッドと煩すぎる心臓を冷ますように、公園の水草が浮いた池に飛び込んだ。

 

 

「ほら見てよ! 本当間抜けでしょ!?」

 

 

 キャッキャと笑うヒカリ。

 

 飛び込めと言われて、公園の淀んだ水の中にその身を沈めるのがそんなに面白いのかと取り巻きは思ったが、彼女がイットキ財閥の娘である点から、合流しないのは後が危ないと皆一応に下手に拍手し下手に笑った。

 

 その中の一人が勇敢にも、彼との関係性を好意的なものとして質問を投げかける、が。

 

 

「違うわよ、あれは単なる下僕。そばに置いてくれってうるさいから身の回りの雑務をやらせてるの」

 

 

 まってましたとイットキは決まり文句を告げ、その場の誰もを総引きさせた。それでもそばに置いてるのだからと、空気の読めない子が再び質問すると。

 

 

「違う違う、コウキが一方的に私のことを───────」

 

 

 ザバリと池から這い上がり、頬にへばりついた水草を取っ払って、僕はいつものようにカバンを背負う。そこに高節を垂れ終わったヒカリが駆け寄って、小さく呟く。

 

 

「冷蔵庫の中身カラだったから、帰りにスーパー寄らなきゃ」

 

 

「そう」

 

 

 っとだけ短く解して、思うような答えじゃなかったのか、頬をムックリ膨らませながら不満を示す。

 

 

「……ねえ、か弱い女の子を置いて帰る気?」

 

 

 この全身ずぶ濡れの形態を見てもそんなことをいってくるのかと、抗議する気は起きずむしろいつも通りと納得さえした。そんな態度が余計にいけなかったのだろうか、ヒカリの顔から楽しいといった好奇心を奪っていく。

 

 

「あ、そ。確かに風邪ひいちゃいそうだからいいよ、帰って」

 

 

「一緒にいかせてください」

 

 

 まってましたとメーターをプラスの感情の持っていく彼女。ヒカルはこれも予定調和と表情をコロコロかえ、表情を楽しい方へ持っていく。

 

 

「それじゃあいきますか」

 

 

 自分の取り巻くを完全に放置する形で大丈夫なのかとちらりと彼女らを伺ったが、皆一様に視線を合わせずにいるだけで、口はニヘラと下手くそに歪んでいた。

 

 

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「ねぇコウキー今日のご飯なにがいいー」

 

 

「そうだね、パスタとかいいんじゃない?」

 

 

「わかった、じゃあ特売のパスタ茹でるねー」

 

 

 彼女の住む一人暮らしの高層マンション。

 

 そんな空に近い場所のお湯を一足早くお借りして、臭みが取れて出てきた途端にリクエストを取られた。

 

 部屋は二人で過ごすのにも広々すぎて、外国人は日本の物件を狭すぎてトイレと表現するが、僕はトイレぐらいがお似合いなんだろうなと勝手に答えを出す。

 

 

「あ、そうだ。あとでテストの結果見せ合いっこしようよ」

 

 

 無地の黒のエプロンをする彼女が愉快そうにそういう。僕は黙って首肯で返すのだった。

 

 

 

 

 

「おまたせー」

 

 

 彼女の作ったあさりを使ったスープパスタは、液体を白濁に染め上げ、いい出汁が出ていることを暗示する。散らされたネギと、強い香りのするニンニクに、ちょこんと置かれた鷹の爪が食欲をそそる。

 

 リビングの机で向き合った二人は、手を合わせていただきますと唱えた。

 

 

「「いただきます」」

 

 

「あ、最後の数学の問題解けた?」

 

 

「ギリギリ、なんとか」

 

 

 そんな他愛もない会話に花を咲かせる。ずるずると行儀悪く麺をすする僕に対して、ヒカリはこなれた手つきでフォークを巧みに使いこなし、パスタを端から巻き取っていく。

 

 テーブルマナーを直々に仕込まれた身としては、本当は自分も合わせた方がいいのだけれど、プライベートなんだから食べやすいように食べたらと提案したヒカリの意見を採用した。

 

 ちなみに、ヒカリはどうなの? と聞いてみたところ、むしろ扱い慣れたテーブルマナーの方が食べやすいと語った。これが教養の差、ってやつなのか。

 

 

「そういえばさ、今日メガネの子とどんな話してたの?」

 

 

「……みてたの?」

 

 

「うん。あんまり他の女の子と仲良くしない方がいいよ? だってほら、私たち許嫁だし」

 

 

「許嫁って、ウチの会社が業績悪い時の交渉材料なんじゃないの? 僕たちが気にす「関係なくないでしょ? お義父さんの会社だって、いつ経営不振に陥るか分からないんだから。もちろんイットキカンパニーにも利益のある話だよ?」

 

 

「うん……」

 

 

 いつの間にかまとまっていた許嫁の話。

 

 自分が外交の道具として使われているはずなのに、彼女のそばに居られると思うとそれはもう飛び上がって喜んだものだ。

 

 けれどもそれは昔の話。昔は好きだった。と表現するってことは、今はどうなんだって話。僕はこの質問に、沈黙を貫いた。

 

 


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