肉料理だから、肉弾戦なんて・・・・安直ー。
「おいイットキ。お前自分が大企業の令嬢だからって調子乗ってるだろ」
いい学校とは、お金のかかる学校である。極論をいうとそうだ。
なぜなら、お金を積まれるということは、それに見合った対価が用意されている場合が多いからだ。もしも支払う金額と釣り合わないと思ったのなら、金持ちはさっさと他の学校に転校するだろう。
しかし世の中は面白いもので、金を持っただけのボンボンが、いい学校に紛れ込んでしまうこともしばしば。中等部時代の一コマ。ここに一人、一時の感情だけで全てを棒に振るう哀れな男が。彼は軽い調子で、椅子をギシギシ傾けながら、ヒカリのことを馬鹿にする。
「は? なにいってんの? あんたらが猿みたく喋ってうっさいから、注意してあげただけじゃない」
対面する男子はボリボリと頭をかいて、仲間内に目配せする。類は友を呼ぶとは、言い当て妙である。
立ち上がる男。一瞬怯むヒカリ。しかし互いにグループを後続に控えているので、もはや後には引けるような状況ではない。
椅子から乱暴に立ち上がった男は、何より女が嫌いであった。それは母親の愛情を受け取れなかった歪みなのかもしれない。特に嫌いなタイプが、自分はか弱い女の子だから、男子は暴力を振るうはずがない。といった、相手に信頼を押し付ける、その態度が気にくわなかった。
イットキ ヒカルその人は、上記の条件に合致する。
「ほら、なんとか言ってみろよ」
「……私に手を出したその瞬間、イットキカンパニーがお前を殺す」
「へッ。優しくない男子とわかったら今度は権力で脅すのか」
特に逡巡することなく、胸ぐらを掴まれ体を持ち上げられる。相手に常識が通用しないとわかった取り巻きは、皆一様に動きを停止させた、次のターゲットになんて誰もなりたくはない。
始めは乗り気を示していた仲間も、そこまでやるのかと慌てて咎めにかかる。しかしそんな忠告を素直に聞けるのなら、始めからイットキなんぞに目はつけられない。
「おら、さっきまでの威勢はどうした」
「……」
先ほどまで高圧的な態度であったヒカリも、流石に目線をそらさずにはいられない。たとえどんな報復が待っていようと、今ここの瞬間だけは、彼女に暴力をふるうことが出来るのだから。
そんな弱気な態度が余計に相手に付け入る隙を見せる。調子に乗った女に、制裁と伸びる腕。予備動作を目の当たりにしたヒカリは、恐怖心で目をつぶる。伸びた手はそれきり前には出なかった、誰かが両手でストップをかけたからだ。
「何してんだお前」
「ヒカリから手を離してよ」
「女の前だからってカッコつけてんじゃねえぞ? お前から先にぶん殴ってやろうか?」
「……」
足が震える。殴り合いの喧嘩なんかしたことなんてなかった。けれども、父の会社を保つ"契約"としての側面。初恋の相手を傷つけさせまいとする"義憤"の心。その二つが合わさり、かろうじて二本足で立っていた。
もしも、"契約"だけの間柄だったのならば、彼がこの場に介入することはなかったであろう。それだけ強いのだ、人に惚れてしまった奴というのは。
両手で塞がれて腕を動かせないので、ヒカリの拘束を解いて振りかぶる。
机が跳ねた。女子の悲鳴だ。みっともなく、受け身を取れずに転げ回る。男は机を切り開いて道をつくるのを眺めてから、視線をヒカリへと戻す。
今度はお前の番だと言いたげに。
「やめろ!!」
悲痛な叫び声。めんどくさそうに視線を送る男。気が付けば何も考えずに突っ込んでいた、体が動いてしまったのだ。
男が体勢を整える前に相手に取り付く。
格好のサンドバックに、攻撃が加えられる。
猛烈なラッシュは、先生が生徒を取り押さえるまで続いた。
「ここは?」
「保健室だよ、コウキ」
目を覚ますと、寝かされていて、コウキが発した疑問にヒカリが答える。
「ヒカリ? 怪我はない?」
「うん。おかげさまで」
「そうか……よかった」
「よくないわよ! なんなのあいつ! 頭オカシイんじゃないの!」
「イットキさん? 保健室では静かにお願いしますね?」
「は、はい。ごめんなさぃ……」
萎んでいく元気なヒカリを見て、安堵の気持ちと共に息を吐き出す。どうやら怪我を負ったのは無駄にならなかったようだ。後半は意地でしがみついていたので、気を失っていたのかもしれない。
「いつッ」
「き、傷が痛むの? すごく殴られたから……」
「いや大丈夫だよ、多分打撲の怪我だから」
「……なんであんな危ないことしたの?」
「ヒカリを放っておけなかったからかな……」
「へ、へー」
クルクルと髪の毛先をいじくりまわし、満更でもない表情で視線を逸らす。そんな表情をみてしまったのなら、僕だって顔があかくなってしまう。そん恥ずかしさを隠すように、ヒカリは先ほどの感想を伝えた。
「ちょっとだけカッコ悪かった。でも、ちょっとだけカッコ良かった。……でも私のそばにいたいのなら、格闘技の一つや二つ、覚えなさい。……私の伝でいい先生を紹介してあげるから」
そうやって手元を弄るヒカリに、僕は何も言えないでいた。
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「外に行こう」
パタンと本を閉じたヒカリが、とっぴにそう告げる。
現在の時刻は23時過ぎ。会うべき人にあったなら、間違いなく補導ルートだろう。けれども今日は金曜日。最後の日曜日に夜更かしする勿体なさを考えたなら、理解できなくもない考えだった。
「今日買った服に着替えて準備して?」
お風呂にも入って、もうラフな格好にも着替えたのに、そんなこと無視するようにヒカリは命令を告げる。こう言い出すとヒカリは決して自分の意見を曲げはしない。大人しく従っておくのが賢いだろう。
「わかった」
夜の街に二人は繰り出す。
「うん、やっぱり似合ってるよ」
「そう?」
自分が思う、似合うとの形の齟齬に疑問符を浮かべる。
もっと地味な無地とかが好みなのに、これではまるでイケイケの人間の服装だ。
気恥ずかしさを覚えるが、そんなこと言おうものならヘソを曲げられてしまうかもしれない。人に見せるのは恥ずかしいが、夜の闇がごまかしてくれると自分に言い聞かせる。
街灯の光に度々焼かれながら、ヒカリは目的地も定めずに気まま勝手に練り歩く。
度々お巡りさんを見かけては、いけないいけないと心底楽しそうに駆け出した。
そうやってルートを選別すると、自然と人気の少ない公園にたどり着く。ベンチに座ったヒカリはポンポンと隣席を所望し、大人しく従えば、何を話すでもなく沈黙した。
( ゚∀゚)ギャハハ八八ノヽノヽノヽノ \ / \/ \
びくりと肩を震わせる二人。バカ笑いを響かせながら、どうやら同じような考えを持ったグループが、公園へ迷い込んだようだ。
イットキ達と違う点は、カップルではなくて野郎の集団である点。
面倒事はごめんだとヒカリの手を取る。しかし、当の彼女は確固たる意志を持つようにその場を動かない。コウキは小さくため息を吐くと、諦めて腰を下ろした。
「おいおいおい!! カップルいるぞ、カップル!!」
「お取り込み中でしたか!!」
「ごめんねこいつ空気読めなくて!!」
赤信号、みんなで渡れば、怖くない。束になると大胆になる人間を詠った五七五。ヒカリを見遣るコウキ。こうなるとテコでも動きそうにない。
「え? なんか彼女さん睨んでね?」
「あれじゃねぇの? 彼氏との時間を邪魔されて怒ってるとか」
「てかめっさ可愛いじゃん。こんなファッションセンスのねぇ芋みたいな男より、俺たちと仲良く遊ばなぁ〜い」
面白がるように近付く野郎の集団。コウキは安全のために前に出る。
「なぁーちょっとだけ彼女さん貸してくれねぇ?」
「代わりにクラスの芋女紹介してあげるから」
( ゚∀゚)ギャハハ八八ノヽノヽノヽノ \ / \/ \
「こんの低脳どもが!!」
「待てヒカリ挑発するな!」
「へぇ〜ヒカリちゃんっていうのかぁー」
「気が強そうだけどタイプだなぁ〜」
「もぉ〜そんなカリカリしないでよー」
「!」
ヒカリに触れようとした一人を殴り飛ばす。瞬間相手の表情が変わって、一気に三体一に縺れ込まれた。
しかしこっちには、守らなければならない対象がいる。
「ぶっ殺してやる!!」
殴られた一人が殴り返しにかかる。
背後にはヒカリが。
避けるわけにもいかずカウンターをお見舞いする。
冷や汗が頬を伝った、久しぶりだったが体は動いてくれた。まず一人。
一人倒されたことで野郎達に動揺が広がる。このまま距離をジリジリと攻めていくと、相手の方から降参した。
「ご、ごめんなさい」
「からかってすみませんでしたぁ」
倒れ込んだ一人を抱えて、そのまま尻尾を巻いて逃げていく。
しっかり相手のことを見送って、警戒を解いた。
ドッと疲れがのしかかってくるようだ。背後でパチパチと拍手の音が。
「カッコ良かった」
「……うん、ありがとう」
本当なら避けられた諍いだ。
それに、三体一で勝てるのなんて物語の中の話。もしも彼らがしっかりと連携をとっていれば、危なかったのはむしろこっちだった。
喧嘩に武道を持ち込んではいけないとの教えも破ってしまった。
そんな複雑な感情を内に秘めて、ヒカリの賛辞を受け取る。満足したのか帰路につくヒカリ。彼女は上機嫌で鼻歌を混じらせるのだった。