憧れの人は、過去の人   作:おおきなかぎは すぐわかりそう

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ソルベってなんだよ・・・・。


ソルベ

 

 

 世界が浮かれる聖なる夜。

 

 降り頻る雪の日、ザッザッと雪を刻む音。

 

 ラッピングが施されたプレゼントを胸に、踏み締める感触は次第に早く。約束の場所へと急かす急かす。

 

 コンコンとノックすれば、遅れて扉は開かれん。

 

 

 

 

 

「これ! クリスマスプレゼント!」

 

 

 そう言って少年が差し出したのは、姫とナイト、そしてドラゴンが描かれた本であった。

 

 ヒカリが本好きというのは知っていたので、自分がもっともお気に入りの英雄譚の本を彼女にプレゼントした。

 

 流石に自分が所有するボロボロの本を送るのは気が引けて、お小遣いとお手伝いをやりくりして、ようやく手にした代物である。

 

 満面の笑みで、新品のピカピカとした表紙を差し出すコウキに、ヒカリは驚きながらもその手に取ってみる。暗雲立ち込めるお城を背景に、真紅のドラゴンが真っ赤に燃え盛る炎を吐き出し、姫を庇うナイトの盾へ殺到している。

 

 正直な感想。男の子が好むようなお話が、果たして私に合うのだろうか? そんな疑問を飲み込んで、目を純真にキラキラとさせるコウキへと視線をくべた。

 

 

「ありがとう。大切にする」

 

 

 そう微笑みを浮かべて、ギュッと抱きしめられる絵本。コウキは赤べこのように点頭を繰り返す。二人で過ごすささやかな夜。薄暗い閉所、持ち込まれたお菓子、ただ一つの明かりを共有して。

 

 

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 深夜もすぎた頃合いに、私とコウキはマンションへと帰宅した。

 

 どっと疲れた様子のコウキは、リビングに着くなりソファーに倒れ込む。

 

 

「疲れてるの? まあ当然ね。どう? 今日はベットで寝る?」

 

 

「……そしたらヒカリはどこで寝るの?」

 

 

「それはもう、上手くやるわよ」

 

 

 腕で額を覆って、疲れている様子のコウキに提案する。

 

 けれど、私への気遣いが疲れを上回るのか、どこか同伴することに否定的だ。

 

 

「そんなところで、首痛くならないの?」

 

 

「もう慣れたよ」

 

 

 ついには腕で視界を覆って、外部との繋がりを断った。

 

 どこか諦観したような態度。少しだけ物申したい気持ちもあったが、明日もコウキとたくさん遊ぼうと思考を切り替えて、さっさとシャワーを浴びに向かった。

 

 温水の雨に打たれながら、今日のことを振り返る。

 

 やはり一番印象的だったのが、暴漢に颯爽と立ち向かうコウキの姿だ。

 

 普段は大人しいコウキが声を荒げ、あんなに必死になって私のことを守ってくれた。

 

 ポッと火が灯り、胸が満たされていくのがわかる。

 

 昔、プレゼント表紙に乗っていたナイト。物語の出来事に、私とコウキを当てはめる。

 

 愛してる。そんな言葉はもう聞き飽きたが、私がコウキに愛されていることを肌で実感するのがこんなにも心地いいなんて。選んだ服を馬鹿にされた時は少々頭にきたが、それも無様に逃げ帰った後ろ姿を思い出せば、胸の空く思いだ。

 

 ……もう少し積極的なところがあれば、私の好みドストレートなのにな。

 

 そんな内なる思いは相手へ届くはずもなく、降り注ぐ水を塞き止め、タオルを引っ張り出して体に巻く。ソファーで腰を悪くしないだろうか。ひょっこり顔を出して伺ってみるが、スースーと寝息を立てる音だけが聞こえたのを確認して、自分の部屋へと向かった。

 

 

 

 

 

 白で統一された色調。

 

 無駄なものは一切ないミニマムな部屋。

 

 女の子趣味なフリフリしたベット。三面鏡がついたドレッサーは、足の部分が曲線を描くアンティーク調。そして単一色で仕上げられた白いチェスト。

 

 チェストは宝箱みたいに上下の開閉式で、機密保持のための鍵穴もついている。

 

 ささっと着替えたヒカリは、お目当てのものを取り出すために白いチェストを開ける。ちょっと中身を弄ると、色はくすんでいるが綺麗な状態を保っている絵本が出てきた。

 

 表紙を撫で、ついで中身を開き、名残惜しげに文字をなぞる。開け放たれた箱をよくみてみると、いままでにコウキに送られたプレゼントが綺麗に整頓されていて、その光景だけでヒカリは顔を綻ばせる。

 

 挿絵で描かれるナイトを撫でて、夢みがちな少女は静かに夜を過ごす。

 

 

 

 

 

 コウキはベーコンが焼けるいい匂いで目を覚ます。ゆっくりとおぼろげに目を開けると、一足早くヒカリが朝ごはんを作っていた。

 

 

「あ、コウキおはよう。朝ごはんもう少しでできるから顔洗ってきて?」

 

 

「うん、おはよう」

 

 

 テキパキとお皿に盛り付けをするヒカリ。

 

 トースターが焼き上がりを知らせるベル音を鳴らし、駆け寄って食パンをお皿に移す。

 

 クワッと一つ伸びをして、目頭ももみこんで血流を促進。案外、人は慣れてしまえばどこでも眠れるのでたくましい。顔を洗って戻ってくると、すでに朝ごはんは出揃っていた。

 

 

「食べましょ?」

 

 

「うん」

 

 

「「いただきます」」

 

 

 朝だからそんなに量も多くない。備え付けのサラダをムシャムシャ青虫の如く食べていると。

 

 

「今日は海にいきたいな」

 

 

「……そうだね」

 

 

 またいつもの如く、勃然と飛び出るあの場所に行きたい。個人的には、ヒカリからプレッシャーをかけられている勉強を進めたかったが、今からでも間に合うのだろうか。

 

 

「昨日わからない問題があったんだ」

 

 

「見せなさい」

 

 

 テキストを取り出すと、飯を片手間で次々疑問が消えていく。

 

 

「これで全部なの?」

 

 

「うん」

 

 

「じゃあお出かけできるよね?」

 

 

「……うん」

 

 

 ヒカリはこう見えても教えるのが上手い。

 

 勉強が得意な力と、人に教える力は別物かと思うが、ヒカリはその辺りの才能があるのかそつなくこなす。

 

 そういえば、コカゲに勉強を教えている時、わかりやすいと褒められたことがある。長年一緒にいるもんだから、ヒカリの教え方がうつったのかもしれない。そう考えると複雑な心境だ。

 

 


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