憧れの人は、過去の人   作:おおきなかぎは すぐわかりそう

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ローストの肉料理

 

 

「ケホ、ケホ」

 

 

「ヒカリ大丈夫?」

 

 

「うん、年に一回のイベントみたいなものだから」

 

 

 体調を崩し、苦しそうに不発の咳をするヒカリ。

 

 ベットでその身を安静にして、厚手の布団で体を覆い、特徴的な彼女のつり目もこの時ばかりは力を失う。

 

 ヒカリは別に病気がちではないのだが、傍若無人を地で行く彼女は、他の人よりもそれだけ病気を集めてしまうのだろうか。と勝手なことを考える。

 

 

「それよりも、早く学校に行ってきなさいよ」

 

 

「ヒカリを置いてはいけないよ!」

 

 

「ちょっとうるさい、頭の中がガンガンする」

 

 

「ご、ごめん」

 

 

「……ハウスキーパの一人でも呼んで、その人に面倒を見てもらうから」

 

 

「でも……」

 

 

「勉強で成績あげるんでしょ? だったらなおさら休めないじゃない」

 

 

「けど、ヒカリ今日ずっとベットの上なんでしょ? 今日いちにち退屈だよ?」

 

 

「……」

 

 

 言われて気付く、動けないことへの不平不満。その点コウキは私のことを理解しているのだと得意になる気さえして、鼻が高くなる。

 

 

「それでも学校をずる休みするのはどうなの?」

 

 

「? ずるなんかじゃないよ、ちゃんとヒカリのこと見守ってるんだもん」

 

 

 一本取られたと布団を被るヒカリ、どうしたんだろうと首を傾げるコウキ。こっちに分がないのがわかってしまうと、ヒカリは受け入れるようにサボりを指示する。

 

 それに笑って答えるコウキに、なおさらモヤモヤと掻き乱されている。いいや、これは風邪特有の症状で、この高鳴る鼓動は錯覚なんだと自分に言い聞かせて。

 

 

「えっと、それで看病ってどうすればいいんだろう……」

 

 

「はあ、とりあえずお水頂戴?」

 

 

「うん、わかった」

 

 

 パタパタと背を向ける離れるコウキに、フウと息を吐いた。

 

 これではどっちが介護される立場かわからないじゃないか、と。しかし普段とは違う一面も窺えるこの機会に、前回前々回と病床に伏している時とは違い、楽しさを見出すのだった。

 

 

 ──────

 ────────────

 ──────────────────────

 

 

 日曜日。出掛け先からの帰り道。

 

 込み合うような電車のなかで、どうもヒカリの様子がおかしい。

 

 

「どうしたの? 気持ち悪い?」

 

 

 ゆっくりと頷いたヒカリ。熱っぽさがあるような、ぼうぼうとした態度はいつもの威圧感を薄める。取り敢えず新鮮な外の空気を取り入れさせるため、途中下車する。

 

 ベンチに座らせ、新しく買った冷たい水を飲ませて様子見。

 

 

「電車の音うるさい。頭がガンガンする……」

 

 

「あと一駅だから、そこまで我慢できる?」

 

 

「ん~、頑張る」

 

 

 人が雪崩降り、雪崩れ込むその波に乗って、二人は無事電車に乗ることが出来た。

 

 

 

 

 

「明日の朝には治るのかしら……」

 

 

「難しいんじゃない? ピークはまだ先っぽそうだし」

 

 

 帰宅した二人はすぐにもヒカリの部屋へ移り、看護の体勢を取った。

 

 それなりに数をこなして経験値もあるコウキにとってみれば、一種の資格のようなものだ。

 

 

「ねぇあれが食べたい、コウキの作ってくれるカレーライス」

 

 

「あんまり病人が食べるものじゃない気がするけど。わかったよ、材料買ってくる」

 

 

 普通ならもっと消化のいいものを食べさせるのがつねだけど、一番の目的は栄養を付けさせて力をつけさせることだ。

 

 相手の好みを聞き入れることは、ただでさえ落ちがちな食欲を引っ張り上げる。

 

 美味しいご飯は免疫力をつけるのにもってこい。それが相手のリクエストならなおさら聞き入れるべきだろう。

 

 

 久しぶりの買い物に、少々緊張気味で必要なもののメモを取る。

 

 財布はしっかり忘れずに持って、いざ出発。

 

 いつもよりも数段ワクワクしているように見える彼の物腰は、あながち間違ってはいない。

 

 

 

 

 

 スーパーで買い物を終えたコウキは、見覚えのある背後に心奪われる。

 

 見間違うはずもない、やはり自分は運がいいと、その背後へ駆け寄った。

 

 

「コカゲ?」

 

 

 ふっと偶然を装うように声を声をかける。背格好で確信に近いものを得ているが、あえて自信のない風を真似て、相手に振り返る余裕を与える。

 

 同じように買い物袋を携えた、二日ぶりともいえるコカゲが驚いたように眉をあげた。

 

 

「あれ、タセツナくんだ! 今日はどうしたの? ヒカリさんは?」

 

 

「うん、病気でちょっと寝込んじゃって。だから代わりに買い出し」

 

 

 ヒョイっと、カレー材料の詰まった袋を持ち上げ説明する。

 

 

「うわ〜タセツナくん偉いね! なに作る予定?」

 

 

「ヒカリがカレー食べたいって駄々をこねたから、わざわざ固形カレーなんかを買い揃えてね。コカゲさんは?」

 

 

「偶然! 私もカレーなんだよ!」

 

 

 コロコロと変わる表情。

 

 彼女が裏表のないような、正直な人間であることを理解せずにはいられなかった。

 

 

「それじゃあ! ヒカリさんによろしく伝えておいてね?」

 

 

「ちょ、ちょっとまって!!」

 

 

「?」

 

 

 あまりにも早い切り上げに、つい声をかけてしまった。

 

 自分でも驚くような大きな声に、動揺を隠せない。

 

 けれどもこのまま黙っているわけにもいかず、なんとかして次への布石を打とうとする。

 

 

「明日。月曜日時間作れないかな? 前に話したテストの点数が上がったお祝いをしようよ」

 

 

「いいの? タセツナくん、ヒカリさんのこと放っておいて」

 

 

「大丈夫だよ、ヒカリは少し我儘すぎるから。こっちの言い分も聞いてくれなきゃ」

 

 

 お祝いと聞いて、コカゲは一瞬喜ぶような仕草を見せる。しかしヒカリの影がちらついたのか、遠慮がちに質問を返した。

 

 あの調子だと、明日まで風邪は長引きそうだから、放課後の一時間程度ならなんとかごまかせる。そんな腹づもりで、軽い調子で大丈夫だと伝える。

 

 いつもは監視の目があるので難しいが、今回はまたとないような好機。絶縁宣言が発令されているのも忘れて、目の前の報酬にかじりつく。

 

 

「そっかー……じゃあ明日。楽しみにしてるからね?」

 

 

「うん、また明日」

 

 

 今度こそ"それじゃあ"と別れを告げるコカゲの手に、流行る気持ちを押さえながら手を振った。

 

 

 

 

 

「おかえり、コウキ」

 

 

「……寝てないとダメじゃないか」

 

 

「だって……退屈だったんだもん」

 

 

 晩ご飯の支度をしながら、そんな会話を繰り広げる。

 

 いじけるように目線を下げたその動作で、コカゲとあっていた事実がバレていないことを確信した。

 

 一瞬たった鳥肌も、やがて落ち着きを取り戻す。

 

 

「部屋で本でも読んで待ってて?」

 

 

「やだ、後ろでみてる」

 

 

 相変わらず融通が効かない。

 

 けれども、これで風邪が長引いてくれれば、コカゲとの約束が果たせる。

 

 明日まで長引きそうと予想をうったものの、どこからか湧く不安を払う材料にはうってつけだ。そんなヒカリの行動に久々感謝した。

 

 ジーと眺める、背後を見つめる視線に恐怖心を抱く。

 

 何もかも見透かしてしまいそうな注視。

 

 包丁を扱いながら、自分の指を切らないように細心の注意を払っていると、ヒカリが飛びつく。

 

 脅されるんじゃないかとビクッと肩を震わせて、そのあまりの驚きぶりにケタケタヒカリは笑って、首筋に顔を埋めてくる。

 

 風邪は相手に移すと治りがなやくなるなんて話があるが、あくまで白を切るのに堪え兼ねて、風邪を移してコカゲとの約束を引き裂こうとしているんじゃないかと変な想像をしてしまう。

 

 いやでもしかし、いつもとは様子の違うヒカリに、それは違うよと言い切ることもできず、尻尾を絶対に掴ませまいと意地を張る。

 

 その後も続くヒカリの攻撃。

 

 包丁とか火を扱うので危ないのは百も承知だろう。

 

 いつ切り出されるかわからないコカゲの話に、ヒカリが体から離れるまで生きた心地はしなかった。

 

 

 

 

 

 ──────翌朝。

 

 

 朝早く目が覚める。

 

 固まった体をほぐしながら、時計を見る。

 

 いつもなら、ヒカリがキッチンに立っている時間帯だ。

 

 しかし、その姿はなく。その事実に安堵と共に嬉しくなって、ヒカリの様子を探るために寝室に向かう。

 

 コンコンとノック。返事はない。ゆっくりと開けると、ヒカリは本を読んでいた。

 

 

「なんだ、起きてたんだ」

 

 

「うん、ついさっきまで寝てたんだけど……」

 

 

「調子はどう?」

 

 

「まだちょっと熱っぽいかな」

 

 

「あんまり無理しないほうがいい、今日は学校休んだら?」

 

 

「うんそうする。……コウキは?」

 

 

「ん?」

 

 

 パタンと呼んでいた本を閉じ、何かを求めるような視線に対して、コウキは極めてごく平静を装いながら言葉を選んだ。

 

 

「そうだね。授業の遅れが出るといけないから、今日は学校に行くよ。ヒカリの分のノートも取らないといけないし。ね?」

 

 

「ふーん。そう」

 

 

 なるべく気分を悪くさせないように、効果の程はいかほどかと確認を取る。

 

 ヒカリは別段怒る様子もなく様子もなく、寂しげに本の表紙を見つめていた。

 

 

「朝ごはんどうする? 作ろうか?」

 

 

「……ううん、いまはちょっと食欲ないから」

 

 

「ならお昼はカレーを温めて食べてね」

 

 

「うん」

 

 

 急に元気を失ったヒカリに、若干の不気味さを禁じ得ない。

 

 それでも学校にむかう口実ができたと、リビングの菓子パンひとつ袋から取り出し、パックリと口に運ぶのだった。

 

 


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