十話
久しぶりに学部内での飲み会が開かれた。名目としては球技大会の打ち上げというものらしい。
二十歳を過ぎているものたちは酒を飲み、過ぎていないものたちはノンアルコールのカクテルか、ソフトドリンクを飲んでいた。
俺は一応昔のよしみということでこの飲み会に連れてこられたが、気分が乗らずに端っこの方でアルコールを飲んでいる。誕生日は先日迎えており、誰も俺がアルコールを飲むことに文句は言わなかった。
だが、一番誕生日がきて嬉しかったことがある。それは、これでようやくあの口うるさい女に何も言われずに正々堂々飲酒、喫煙を謳歌できるということだ。
目の前に座っている中野五月に俺は勝ち誇ったような表情でタバコをふかした。
「臭い、うざい、きもい」
見事な罵倒の三拍子の後、いつものお決まりとなってしまった、タバコを取り上げそのまま消すといった行為をスムーズに行う中野五月。
俺は唖然としながら、消されたタバコの吸い殻を眺めていた。
「タバコは周りにいる人も体に悪いからやめてよ」
笑顔でそう言い放ってくる彼女に、俺は遠慮のない舌打ちを繰り出す。
「お前、本当に可愛くないな。性格ブスすぎるだろ」
その罵倒に流石にカチンときたのか、中野五月は額に青筋を浮かべる。その表情ときたらまさしく般若である。いや、鬼の形相とも言えるかもしれない。今の彼女に金棒を持たせたら、節分の日に豆を投げつけられること間違いなし。
「誰が、何ですって?」
完全に我を忘れかけている彼女は、大学一年生の頃の敬語口調に戻っていた。
それにしても、あまりにもいつもより沸点が低い彼女に疑問を抱いた俺は、彼女の手元をふと見てみる。
ああ、なるほど……。道理で彼女が怒りやすくなっているはずだ。
中野五月の手元には、開けられたビールの便が数本置かれていた。誰が飲ましたのやら。きっと、彼女をお持ち帰りしたいと内心画策している馬鹿な男子たちなのだろうが、この面倒臭い女をちっとやそっとで思い通りにできるわけがない。
「飲み過ぎだ、絡み酒は鬱陶しいぞ」
「まだ酔ってませんよ。馬鹿にしないでください」
これは俺の持論であるが、まだ酔っていないと本気で言っている奴は大抵の確率で酔っている。本当に酔っていない奴は、もっと簡素に答えるからな。
「その言い草がすでに酔っ払いの言動な。ほら、お冷や飲め」
そう言って、俺は自分が飲んでいたお冷を中野五月に差し出した。彼女も、自身の顔の火照りには自覚があるのか、そのお冷を受け取ると、一息のうちに飲み干してしまう。
どれだけ喉が乾いてるんだよ。十分酒が回っている証拠じゃねーか。
「お前、一軒目で帰るのか?」
「ええ、そのつもりです。なので、また送ってください」
中野五月は己で何を言っているのか自覚がないのか、支離滅裂な言葉をつむぎだす。
「いや、何でそうなるんだよ。一人で帰るか、この前いた姉妹に頼れ」
「嫌です。姉たちには頼りたくありません。それにあなたには言いたいことがたっくさんありますので」
「何だよ、言いたいことって」
「そりゃー、あなた。いつになったら塾に帰ってきてくれるんですか?とか、いつまで私たちは待てばいいんですか?とかですよ」
中野五月の言葉によって、周りにいた連中も静まり返る。
ああ、空気が悪い……。折角、誕生日を迎えて初めて酒を飲んだのに、酔いが全て飛んで行った気分だ。
俺は中野五月に適当な相槌を打ちながら、さっさとこのクソ女を連れ出すことにした。
これ以上、俺の心を踏み荒らすのはやめて欲しい。