三話
中野五月と俺は特段仲が良いと言うわけではない。正確に言うと彼女は俺のことどう思っているか知らないが、俺は彼女のことを一方的に嫌悪している。
お節介焼きと言うのはいつの時代も疎まれるものだ。思春期の母を持つ男子学生のような気分に苛まれてしまうからな。
彼女はそんな俺の感情を知っているのか、知らないのか分からないが毎日のように話しかけてくる。俺が「もう話しかけんな」と言った回数はきっと両手両足の指では足らない数になっているだろう。
そんな俺と彼女の付き合いが始まったのは大学一年生の頃だった。
学部も同じと言うこともあり、最初のアイスブレイクの時間、一緒にグループワークをしたのがきっかけだった。
初めはどうでも良い内容だったと思う。司会進行役に従いグループワークに則った話をただただ機械的に話していた。まだ彼女は敬語を外すのに慣れていないのか、ぶっきらぼうな口調だったのをいまだに覚えている。そんな姿を見て、最初は真面目な子なのだろうなと思っていた。
次第に彼女の好きなものや俺の好きなものの話などをするようになった。彼女は料理が好きだと言う。作る方ではなく食べる方で。
対して俺はスポーツが好きだと言った。もちろん見る方ではなく、やる方だ。
そろそろアイスブレイクの時間が終わりそうになった頃、彼女は俺を見つめながら徐に質問してきた。
______あなたはどんな教師になりたいのですか?
俺はその質問の内容を吟味して答えた。
______困った生徒を導けるような、そんな優しい教師になりたい。
彼女はそれを聞けて満足したのか、はたまた何かしら違うものを感じ取ったのか、静かにうなずいた。
そんなことをファーストコンタクトの時に話していたせいか、それ以降彼女とは顔を合わせるたびに軽い会釈などをする仲になった。
彼女は客観的に見ても美人だった。スタイルもよくて、数日経てばすぐ同じ学部の男子から言い寄られていた。いや、他学部や先輩からも言い寄られているのを何度か目撃した覚えがある。
俺はそんな光景を見て、これが大学生かとうんざりしていた。
別に女を口説くなと言うわけではない。俺だって女の子は好きだし、彼女だって中学・高校と合わせて三人はいたため、恋愛で積極的に行くことがいかに大事かは知っているつもりだ。
それでも何処か釈然とはしなかった。彼女に言いよる男たちに嫉妬をしていたわけじゃない。
ただ単純に、中野五月を攻めているその男たちが哀れに見えていたのだ。
ある日、そんな彼女からラインがきた。内容は簡単で課題についての質問だった。
俺は自分でわかる範囲で丁寧に教えてあげた。どうやら彼女はあまり勉強が得意というわけではないらしい。不器用なのが相まって人一倍努力をしなくてはいけないというのだ。それは単に要領がクソ悪いだけなのではないかと内心思った。
きっと彼女にそのことを言ったらこっぴどく怒るだろう。
大学に入って一ヶ月経つと、学部の先輩抜きのコンパを開きたいと友達が言ってきた。俺は幹事などは面倒なのでその友達が大体やってくれるなら、補助くらいはしてやっても良いと言った。
友達はそれが嬉しかったのか、早速他の友達にも声をかけてコンパを開いてしまった。
人を集めるのには本当に苦労した。なんせ、同じ男子グループの連中だけでやるのは意味がないので、普段話たことのない男子グループをはじめ、女子のグループにも声を掛けたからだ。
だが一番苦労したのは中野五月を呼ぶことだった。友達間ではもう学部のマドンナと化している中野五月を絶対に連れてくるという共通の目標があった。あの生真面目な中野五月をコンパに呼ぶのは無理ゲーだと俺は思っていたが、どうやら女友達が無理やり引っ張ってきたらしい。男は狂喜乱舞、彼女は意気消沈していた。
結果、コンパには学部の九割の人が参加してくれた。みんな先輩抜きでどんちゃん騒ぎをしてみたかったらしい。
お酒は無しという方向になった。当たり前だ、誰も成人していないのだから、お酒が飲めるわけがない。これでも全員教師を目指す端くれだ。そんな馬鹿げたことをやる奴は一人もいなかった。
コンパは楽しく終わった。俺も話たことのない女子や男子とばかり話していて、新しい交友関係ができた。コンパを開きたいと言った友達には何気に感謝しなくてはいけない。
コンパがお開きになった時、何人かの男子が中野五月を二次会に誘っていた。女子友達も中野五月にあやかって男子にお呼ばれしよう画策しているのか、あまり乗り気ではない彼女を必死に説得していた。
俺もまだはしゃぎ足りないから二次会には行きたかったが、生憎次の日には予定があるためそんな連中に別れを告げて帰ろうとした。その時だった。彼女は俺と一緒に帰る必要があるからと言って二次会を断った。友達はそれを見て、仕方ないと呟くと彼女の女友達を連れてカラオケに行ってしまった。
______良かったのか、お前なら代金も何も払わずに遊べただろ。
______仕方ありません、ああいうのはあまり慣れていないので。
そんな言葉を交わすと俺たちは帰路につくために歩きはじめた。